第六区『読者への挑戦状は出しません』 奏者 まつ
「会長さん。もう皆さん集まってますよ」
「ごめんごめん。遅くなった」
ユメさんに声をかけられ彼女の隣の椅子に座る。文学サロンに集まったメンバーの様子を伺えば、目を輝かせる者、押し黙っている者、鍋をかき混ぜる者、それぞれ浮かべている表情は違えど、皆これから始まる謎解きへの期待は隠しきれていない。本日の主役であるマツリカさんはといえば、いつも通りの黒衣ーー漆黒のワンピースを身に纏い、凛とした姿で皆の前に進み出た。
「揃ったようですね。それではこれより『永井消失事件』に幕を降ろします」
サロンにマツリカさんの声が響き渡る。
ただ立っているだけでも人目を引く美貌のマツリカさんだけど、謎解きをする時の立ち振舞いには高貴ささえ感じられる。
「今回の事件は大学の演劇部内で起こった『人体消失事件』です。この不可思議を解決するためには、同じく不可思議な三つの謎を検討する必要があります」
マツリカさんは自らの目の前に手をやると、指を一つ立てて見せる。
「一つ目の謎。なぜ文学サロンに事件を持ち込んだのか」
続く言葉を待たず、さっそく教授が口を挟んだ。
「いや、そこは不審じゃないだろう。警察や探偵で門前払いにされたからうちに来たと」
横槍が入ることなど想定内という風にマツリカさんは教授の方に向き直り応じる。
「永井さんは年齢、住所、職業、交遊関係その他諸々、調査に必要な情報が十分すぎるほど揃った人物です。そんな人物の捜索依頼を、警察はともかく探偵事務所が門前払いにすると思いますか?」
「それは、人体消失という信じ難い事件だからだね……」
教授の言葉にマツリカさんはサロンのメンバーを見渡し問いかけた。
「演劇部の皆さんは誰一人『消失』の瞬間を見ていない。そんな状況で人体消失や神隠しだなんて信じるでしょうか。普通は自分達の勘違いを疑うはずです。であれば、探偵に捜索を依頼する際に非現実的な話を持ち出す可能性は極めて低いかと」
確かに、警察や探偵で『人体消失』や『神隠し』なんて説明をするのは相当な勇気と確信が無ければ出来ない。確実に頭のおかしい人間だと思われてしまう。
「仮に『人体消失』を信じていたとしましょう、それでも探偵に探して欲しいのなら『人体消失』なんて疑われるような話はせずに『大学で劇の練習中に失踪した』とだけ言えばいい。これなら十中八九調査は引き受けてもらえます」
ここまで話して教授からの反論が無いことを確認すると、マツリカさんは結論を口にする。
「門前払いをされた。という証言から考えられる可能性は、探偵にわざと断られるように相談した。または、そもそも依頼したというのさえ嘘なのかもしれません」
謎解きの大前提から覆す展開に皆が息を呑んだのが分かった。そんな僕らの混乱などお構いなしにマツリカさんは二本目の指を立てる。
「二つ目の謎。依頼人の証言」
「証言?うーん、私は凄く分かりやすかったと思うけど」
吾が輩を撫でながら話を聞いていたミカンさんが演劇部の証言を思い出すように、首を傾げながら考え込む。
「そうですね。演劇部の皆さんは、必要な情報をとても分かりやすく話して下さいました。分かりやす過ぎるほどに」
マツリカさんは本棚に歩み寄ると、ミステリ小説が並んだ一角の背表紙をゆっくりと撫でた。
「私達は多くの物語に触れています。だから今回の事件もミステリ小説の謎解き、いわば文章問題のように捉えてしまった。それが向こうの狙いでした。ミカンさん、もしも身の回りの人が失踪したら普通は何から調べますか?」
「えーと、どうかな。何か悩みがあったのかなーとか。いつもと違うことはなかったかなーとか?」
「さすがミカンさんですね。普通は最初に調べるのは『動機』です。人体消失の謎を解いても永井さんの居場所が分かるとは限りません。行き先を突き止めるなら『なぜ失踪したのか』という動機を調べる方が圧倒的に早い。消失の方法は見つけた後に聞き出せば良いのですから」
ミカンさんは、マツリカさんに誉められた!とガッツポーズをしている。
「しかし、演劇部の皆さんは動機には一切触れず、現場の状況や登場人物の関係など推理小説にでも出てきそうな証言ばかり。まるで、解かせるための問題を提示するかのように」
僕たちは『謎解き』=『解決』だと思い込んでいたが、言われてみれば確かに『発見』という目的のためには謎解きは必ずしも必要な事ではではない。むしろ、現実の事件では不要なことの方が多いだろう。
「この事から推測できるのは。彼らの証言は作られたものである、ということです」
畳み掛けるように、マツリカさんは三つ目の指を立てる。
皆の視線がまるでそこに答えが書かれているかのようにマツリカさんの手に吸い寄せられていく。
「三つ目の謎。脚本。彼らは永井さんの脚本を一度も読んだことがないと言っていました。二月に脚本希望で入部した部員の脚本を入部から四ヶ月たった今も誰も読んでいない。これはほとんどあり得ないでしょう」
鋭さを増すマツリカさんの推理にだれも言葉を発する事が出来ない。
「彼らは脚本家の四年生がいると話していましたが、来年には卒業を控え、六月の現在まさに就職活動中であろう四年生にいつまでも脚本を頼るわけにはいきません。そんな状況で新たな脚本家である永井さんの書く脚本には皆が興味を持つはずです」
永井さんは脚本を書いていなかったとしたら。ふと浮かんだそんな反論を自分で打ち消す。脚本希望で入ってくるからには何かしらの創作経験はあるだろうし、先輩の脚本を持って帰って勉強していたという人間が四ヶ月たっても一つも書けないとは考え難い。
僕は灰色の脳細胞をフル回転させて、ここまでのマツリカさんの推理を振り返る。
『本当はしていない捜索依頼』
『都合よく作られた証言』
『だれも読んだことのない脚本』
全ての謎は一つの真実を指していた。
「ここまでの推理は、確固たる証拠があるわけではなく状況からの推測です。一つ一つであれば否定することも容易いでしょう。しかし、三つ重なれば折れない矢となり真実を射抜くことができます。すなわちーー」
しんと静まり帰る部屋に、マツリカさんの声で真相が浮かび上がった。
「永井なんて人物は存在しません。彼は演劇部によって作り出された架空の人物です」
誰もが押し黙る中、沈黙を破ったのはマスターだった。
「事件そのものが演劇部のでっち上げだと?なぜそんなことを……。イタズラにしては手が込みすぎていると思うけど」
「状況からの推測になりますが、彼らは文化祭で新作をお披露目する予定でした。しかし、脚本の四谷先輩は就職活動に忙しく新しい脚本を書けなくなってしまった。しかも、文化祭劇の公演場所は認知度の低い旧講堂。このままではまともな集客は望めないと焦った彼らは、劇の会場である旧講堂での人体消失という謎をでっち上げて文学サロンに持ち込み、私達に推理させ面白いアイデアが出ればそれを脚本にしてしまおうと考えた。これならわざわざ文学サロンに事件を持ち込んだ理由も明確です。『解決』ではなく『創作』が目的なのですから」
「脚本が必要ならわざわざこんな回りくどいやり方をしなくても、私達に脚本の執筆を依頼すればよかったのでは?」
キッチンで鍋をかき混ぜていたオーナーが初めて口を開いた。この香り、今夜のメニューはシチューだろうか。
「ええ、ただ脚本を作ってもらうだけならそれで問題なかったでしょう。しかし、彼等にはより確実に集客しなくてはならない理由がありました。気づきましたか?彼等の中に一年生が一人もいないのです」
教授が資料として作り、メンバーに配っていた人物リストを見返す。確かに二年生以上の部員しかいない。
「ユキさんは『今年は新しい部が増えたせいで講堂が取れなかった』と言っていました。部が増えたことにより、新入生の獲得競争が厳しくなり新入生が一人も入っていないのだとしたら……来年はよくても二年後、三年後の演劇部存続の危機になるかもしれません。文化祭は新入部員獲得の最後のアピールチャンスだったのです」
マツリカさんが答えを促すかのように、こちらにチラリと視線をやった。僕は小さく頷くと慎重に答えを口にする。
「演劇部で失踪事件が発生し、探偵のような集団が事件の調査に来たらしい。こんな噂を流せば、噂が真か偽かに関わらず文化祭劇は学内の多くの人の興味を引き、集客も期待できる」
マツリカさんによって事件が纏っていた謎は剥ぎ取られた。演劇部の彼らとの会話を思い出しながら、僕は思わず呟いた。
「彼らの目的は脚本と客寄せのための話題作りだった、と。あの部長さん『パンダ』なんて呼ばれてたけど、客寄せパンダにされたのはこっちの方だったのか……ああ、やられたね」
自然と不快な気持ちは湧いてこなかった。彼らは演劇部という、演劇が好きな仲間が集まる居場所を守りたい一心だったのだろう。その気持ちは僕にもよく分かる。それに綾辻さんが見せた涙。たとえ演技だったとしても僕は女の子の涙には弱いのだ。
「以上が『永井消失事件』改め『永井創造事件』のあらましです」
マツリカさんは優雅にお辞儀をすると、そんな台詞で謎解きを締めくくった。
○
サロンに戸締まりをして外に出ると辺りはすっかり暗くなっていた。
マツリカさんの提案で、演劇部の嘘を咎めることはせずサロンのメンバーそれぞれが脚本案を提案する、という結論で落ち着いた。舞台脚本という新たな宿題を与えられたメンバーは、次はマツリカさんに負けまいと息巻いて足早に帰っていった。彼らを見送って一人残った僕は階段を下りながら考える。さて、どんな脚本を書こうか。失踪した大学生の噂を聞いて肝試しに行った大学生グループが一人づつ怪物に殺されていく。食べた人間に化けることが出来る怪物を美人探偵と猫のコンビが追い詰める!とかどうだろうか。
俯いて脚本のアイデアをぶつぶつと呟きながら駅までの道を歩く。会長、と呼ぶ声に視線を上げると、街灯の下マツリカさんが一人で立っていた、
「会長。少しだけお話いいでしょうか?」
マツリカさんからの誘いなんて滅多にあることじゃない今日の謎解きについてだろうか。
「もちろん。駅まで一緒に行こうか。ああ、言い忘れてた。マツリカさん、今回の推理も凄かったね」
「私のは『推理』ではなく『終了』です。謎に対して結論を用意して終わらせる。それが真実かどうかは関係ありません。探せばいくつか粗は出てくるでしょう…。でも堂々と披露すれば案外人はその結論を疑わないものですよ」
推理ではなく終了…?なにかの小説からの引用だろうか。マツリカさんは時々不思議なことを言う。
「えっと…。つまり、さっきの推理が真実ではないと?」
「ええ、あれは文学サロンのメンバーに対しての結論です。実際は本当に消失したのかもしれませんし、他の人にとっては事件は終わっていないのかもしれない。世の中には、常識で計れないこともあるものです」
そう言ってマツリカさんは微笑むのだった。
○
『デウス・エクス・マキナ』なんて大層な名前で呼ばれているけれど、結局のところ私に出来ることは『終わらせること』だけだ。
だから文壇での戦いが始まりそうな気配を感じたとき、私はたった二人だけの大切な仲間の一人に身代わりになってもらい、全ての原点であるこの世界に跳んだ。後に『光の聖書』を生み、星の文壇となる助助文学サロン。このサロンが生まれる前に『会長』を終わらせれば、サロンは誕生せず、小説の感覚も、星の文壇も、そして私も、全ては消えて世界はあるべき未来へと戻っていく。それで全部おしまいだ。
この世界に来た私はどうせすぐに終わらせるならと、興味本意であなたが初めて企画した読書会に参加してみた。初めて会ったあなたは世界を支配する文壇の設立者なんて凄みはなく。どこまでも普通の人だった。それからもなんとなく会に参加してしまい、同じ時を過ごすうちに私はあなたを知ってしまった。自分の事が大嫌いだったあなたが何日も何日も悩み恐怖に怯えながらも初めてのイベントを立てたことを。集合場所で、帰ってしまいたいと不安で震える足を必死に押さえつけていたことを。うまく話せない自分にいつももどかしさを感じていたことを。そして、仲間が出来たことがあなたにとってどれだけ嬉しかったかを。この文学サロンがどれだけ大切な場所なのかを。
いつの間にか私には終わらせることができなくなっていた。時に熱く、時に論理的に、時にふざけながら、いつまでも本について語れるこの場所が、私にとってもかけがえのない場所になっていたから。
今まで考えもしなかったけれど、もしかしたら星の文壇の皆ともこんな風になれるだろうか。
○
「会長。実は仲良くなりたい人達がいるんですが、今度その人たちを誘って読書会を開こうと思っていて…。アドバイスを頂いてもいいでしょうか?」
私のお願いにあなたは一瞬驚いたような顔をして、すぐに満面の笑みを浮かべる。
「マツリカさんがついに読書会やるんだね!あとで僕がまとめた読書会の話題一覧送っとくから。話題に詰まりそうなら課題本形式にして皆で同じ本について話してもいいし、あ!途中でボードゲームとかやると仲良くなれるかも。それからーー」
自分の事のように喜び、止めどなく話すあなたの姿に思わず吹き出す。
「会長、落ち着いて。よろしければお酒でも飲みながらゆっくり話しましょう」
エラリーがミステリについて熱っぽく語り、それにオッカムが皮肉げに反論する。老子は小説の一節を引用しながら二人の議論に加り、フレイヤは「男って馬鹿ね」と恋愛小説をめくる。我は奇書とか好きそうだし、主はディストピアSFのイメージがぴったり合う。オススメを聞いたら二人とも長く語りだしそうだけど。
そんな光景を想像していると、つい笑みがこぼれてしまう。
会長。私も頑張ってみますね。
先を歩くあなたの背中にそっと呟く。
私が開く初めての読書会。
それはまた別のお話。
これはあくまで彼らの。助助文学サロンの物語なのだから。
頂いたお題の『原点回帰』という言葉は入れられませんでしたが、原点回帰をテーマに書いたつもりです。謎解きのオチは流石にオリジナルは思い付かなかったので某米澤小説の流用です。色々苦しいのは重々承知ですが…。良いアイデアが思い付かず前の走者の方々の話と繋げられず申し訳ないです。特にシタンさん。無理だよ笑
渾沌譚との繋がりは大丈夫かなぁとヒヤヒヤしながら入れてみました。
次のお題は「あの日」で。
ひろさん、残りの走者の皆さんよろしくお願いします。




