<7.戦闘理論>
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「いかなる姿勢、いかなる状況でもあの程度の不意打ちには対処できねばな」
結局、ザフラの蹴りは、コウタの肋骨を二本ほどへし折っていた。
もっとも、まともに入っていれば六本は砕けていたはず、らしい。
「痛っ……そう言ったって、いきなりあんな……」
攻撃の気配を感じて無意識のうちに身体を捻っていた、その防御反射については、ザフラは「よい反応」と言っていたのだった。
「わしは、お前に、戦い方を教えると言ったのだ」
ザフラは自分でつけたコウタの怪我を手早く治療すると、そのまま「この世界での戦闘方法」について説明を始めた。
「戦い方?」
「そうじゃ、人攫いの奴らからミユキとやらを取り戻すには、戦って勝つしかない」
「……不意打ちに対処するのも戦いのうちって?」
「むしろ、基礎ですらある」
ザフラはそう言い切った。
「って言っても、頭を下げている人間にいきなりあんな――」
「お前は、先の一件で何も学ばなかったのか?」
「――っ」
『先の一件』が他でもないミユキをさらわれたことであると、コウタはずぐに悟る。
「良いか。まだ分かっていないなら今ここで明言しよう。戦いというものはな、いかなる状況、いかなる種類においても相手の不意を突くということが肝要なのだ。そのためなら――勝つためなら、何でもする。親切を装って味方の振りをし、相手の警戒を解くことなど、常套手段と言えような」
「…………」
その『常套手段』にまんまと引っ掛ったコウタは、ただ苦い顔をするしかない。
「だから……あいつらは、俺とミユキを騙したのか。わざわざ魔物から助けて、晩飯まで振る舞って、家を貸して」
「相手の戦力が未知数なら、それが一番安全で効率が良い。もっとも、相手が何の力も持たないクソガキだとわかってさぞ拍子抜けしただろうがな」
「……」
「ゆえに、正面から、正々堂々と戦うのは、戦術として下の下。相手が気づかぬうちに止めを刺すのが上策であり、初期段階で理想とすべきことなのだ」
騎士道精神やその他諸々をまとめてゴミ箱に投げ捨てるような言い分だったが、コウタの中で腑に落ちるものがあった。
この老婆の言うことは、ただただ現実的かつ合理的であるだけなのだ。
それに感覚として違和感を覚えてしまうのは、平和な時代に生まれ、平和な環境に慣れきっていて、戦いを知らないから、なのだろう。
しかし、どうやらこの世界はそうではない、らしい。
(そうだ、平和な時代っていえば――)
「……そういえば警察じゃない、何か治安を維持する人間とかいないのか? 犯罪者の取り締まりはどうなっているんだ」
ふと思い浮かんだ疑問に、「それは『都市』近辺の話じゃな」とザフラは答えた。
「治安を守るのは騎士の役目。だが騎士を動かせるのは、騎士に金を払える者だけじゃ」
「金って……」
「まあ賄賂じゃな。騎士も利がなければ動かんからの」
賄賂社会かよ、とコウタは心中で毒づく。
「くそ、腐敗してやがる……。法律は? 行政は? そういうのは機能していないのか?」
「まぁ、そういう部分がしっかりした国もあるにはあるが、潰れかけの王国の、しかもこんなド田舎ではまったく無縁のことじゃな。辺境の地では監視も行き届かんし、官吏も私腹を肥やすのみということじゃ」
本当になんて世界だ。倫理も正義もへったくれもない。
そこまで思ってから、コウタは唐突に気がついた。
「そうか……誰も守ってくれないから、自分の力でどうにかするしかないってか」
「当然じゃの」
何を今更、とでも言いたげな語調。
どこまでも容赦のない現実を突きつけてくるザフラの言葉。
自分が浸かっていたぬるま湯から引きずり出され、冷水をぶっかけられるような感覚だ。
「……結局、力か。ミユキを取り戻すにはあいつらと戦って……いや」
(正面からの戦いは下策――だったよな)
コウタはザフラの言葉を思い出し、考えを修正する。
「ミユキが囚われている場所に隙をついて忍び込み、見つからないように脱出する――が正しいのか」
「それが理想じゃな」
ザフラは頷き、
「だが理想は理想。第一目標ではあるが、無論理想通りに事が運ぶ保証などない。仮に発見され、戦闘状態に突入したとして、戦力を分断しての各個撃破が望まれる」
「まあ……そうだな」
「だが、それもしくじったとき、つまり最悪の状況は、お前一人で件のパーティー七人を相手する、ということになる」
「……」
「勝ち目はあると思うか?」
ザフラに言われ、考えるまでもなく断言する。
「――無理だ」
「……理由は?」
「あんたが何を教えてくれるのかわからないが、仮に剣術と魔術をあいつらと互角でも、あいつらは連携に慣れたパーティーだ」
そして、とコウタは続け、
「ミユキを助ける以上、時間は限られてる。半日か一日鍛えたとしてあいつらに追いつけるはずがない」
「結構。わしと同じ見解じゃな」
ザフラは満足げに言い、
「わしにも『秘策』はあるが、それを考慮しても、お前の言うことが正しいならば、その練度のパーティーには手も足も出んだろうな」
「秘策……」
「うむ、お前もわかっておろうが、本来、たった半日やそこらで素人にまともな戦闘技能を与えることなど不可能じゃ。が、ある程度それが可能な、例外がある」
「その例外を以てして、ようやく|逃走のための悪足掻きと時間稼ぎが行える程度の戦力となる。その心得よ」
「……わかった。それで、その例外ってのは?」
「ふむ、その話をする前に、まずはお前に『常識』を教えねばならんな」
「――常識?」
「そうじゃ、この世界での戦闘方法――その一般的な知識じゃ」
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「戦闘方法……っていうと、剣術とか、魔法とか?」
「ふむ。魔法……というと少し違うな。人間が使えるのは、あくまで魔術じゃ」
「魔術……? 魔法と魔術は違うのか?」
「違う。魔術は魔法ではない。魔法は現象。魔術は技術じゃ」
「……どういうことだ?」
「今は人が起こすのが魔術、自然界に発生するのが魔法と覚えれば良い」
なおもよくわからない、という顔をコウタがしているとザフラはやれやれとため息を吐いた。
「例えば……そうじゃな、水瓶から水を汲んで花壇に水をやるのが魔術なら、雨は魔法じゃ」
「魔法は起こすものではなく、起こるもの、ということか……?」
「うむ、悪くない認識だの」
確かに雨や台風は人為的には起こせない。『魔法は現象』とはそういう意味か。
「まあ扱えもしない魔法の話はどうでも良い」
サフラは話を戻す。
「大原則として、この世界での戦闘は、魔力を使う」
「でも剣士は――」
「最後まで聞け。そして、魔力の使い方で戦い方や役割は変わる。その戦い方で、戦闘を行う者は四つの型式にわかれる。すなわち『魔術師』『僧侶』『召喚士』『戦士』。それぞれの違いはわかるか?」
「いや……」
RPGなんかで聞き覚えのある単語だ。だが、それで分かった気になってはいけない。
どうやらこの世界、言葉は通じると思っていたが、その言葉の定義は自分の知識とはかなり違うらしい。
もしかしたら、というかたぶん、この世界の言語は地球とはまったく別物でそれが何らかの方法で翻訳されているのでこんな粗誤が起きるんだろう。
とすると、さっきの『魔法』のように認識の齟齬があるかもしれない。
「魔術師は魔力を『攻撃魔術』に用いるタイプじゃ。魔術攻撃には様々な属性と手順があるが共通するのは魔力を全て体外に放出し、現象として顕現させるという点じゃな。また、全般的に射程が長く、多くは遠隔攻撃になる」
とすると、グスクルが魔物に向けて飛ばしていた炎弾が攻撃魔術ということか。
だいたいイメージ通りの『魔術師』だ。
「とすると僧侶は? 回復魔法……魔術?」
「回復――治癒魔術は僧侶の役割の一つじゃな。じゃがもう一つ、加護魔術というものもある。味方の身体能力を高めたり、剣の切れ味を増したり防御力を高めたりといったものじゃ」
「へぇ……なるほどね」
だいたいわかってきたぞ、とコウタは得心する。
攻撃魔術が『敵に』使われるのに対し、治癒魔術・加護魔術は『味方』に使う。
だから、その効果は体力の回復やステータスの上昇……というものになるわけだ。
言われてみればドラ○エの僧侶だってス○ラを使うものだ。
こちらの僧侶はバイキ○トも使えるらしいが……つまり味方へのサポート系全般だな。
そこで、ふと気になってコウタは訊ねてみた。
「なら加護魔術の逆は?」
味方ステータスを上昇させる魔術があるなら、敵ステータスを下降させたり、マイナスのステータスを生じさせたりする魔術があってもおかしくないはず。
要は強化に対する弱体化だな。
「それはいわゆる『呪術師』と呼ばれるものじゃな。確かに敵の動きを鈍くしたり、意識を混乱させたり、といった魔術――つまりは『呪術』を使うものも過去にはいた。しかしそのような魔術を使う『呪術師』は多くの国がその存在を禁じてな。今はほとんどおらん」
「へぇ……そりゃまた何で?」
「危険だから、ということじゃな。特に厄介なのは、その場の現象で完結する攻撃魔術と異なり、『呪術』には継続して効果を持つものがあるということじゃ。ゆえに、良からぬことを企むには絶好の術でな。国が嫌がるのも自ずとわかろう?」
「なるほど……」
単なる戦闘だけではない、裏工作にはもってこいの力だろう。むしろそれにこそ真価を発揮する、と考えると遥かに厄介だ。
この世界では原則的にルカ○ンやメ○パニは使えないし使ってこない、と考えよう。
「そして召還士」
老婆は続けた。
これはドラ○エにはない単語だ。ただもう一つのシリーズにはあるし、名前からその役割を連想できる。
「召還獣でも召還して戦わせるのか?」
「うむ」
拍子抜けするほどあっさり頷くザフラ。
これも言葉通り……どうにもわかりやすい世界観だ。
そしてザフラは、そのままさらりと、とんでもないことを言った。
「お前はこの、召還士になれ」
「…………はい?」
一瞬、言葉の意味がわからずにコウタは思考を止め、ゆっくりと自分を指さし、
「……召還士!? 俺が!?」
「適役だ」
ザフラは、躊躇無く断言した。
その様子に、何か明確な理由があるのか、とコウタは思い至る。
「それって、どういう……?」
「通常の召還士は、専用の魔術を用いて魔獣を召還し、双方の合意のもと契約を行うものだ」
それは、確かにコウタのイメージ通りの召還士だった。
しかし、ザフラは続け、
「だが、お前にはすでに、契約すべき対象がいる」
「対象? ……って、まさか……」
召還『獣』に当てはまるものに、一つ心当たりがある。
「まさか――ミユキを?」
「そうじゃ」
そんな馬鹿な、と思うと同時に、やはりそうか、という納得もあった。
「ゆえに召還は必要ない。お前には召還獣との契約方法と、それを操る術だけを教えよう」
「そんなの……半日でできるのか?」
コウタの疑問を無視し、ザフラは説明を続ける。
「召還士は召還獣の魔力を外側から制御し、その力を最大限に発揮するのじゃ。そしてその契約対象が多様体ならこれほど強いものはない。なにせ無限に魔力を行使できる存在だからの」
「……でも待てよ。まずその契約するっていうのが問題なんじゃないのか? だってミユキは――」
――奴らに捕まっている。
それも、楽観的に考えての話だ。
「まぁ、そもそもが楽観的推測の元に計画を立てておるからな。その多様体が死亡しているか、あるいは戦える状態になければ、それまでじゃ。だが、わざわざ魔術を駆使して人間態に還元しようとした程にはものの価値の分かる連中じゃ。迂闊な真似はすまいと思うがの」
「……」
今さら確証なんて求めても仕方ない。自分の目で確かめる以外は、全て推測にすぎない。
それに何より、
「他に良い方法がない、か……」
「良いというよりは、一番マシ、程度のものじゃがな」
「だけど……問題は他にもある」
「ほう?」
ザフラは挑戦的な口調で問う。
問題などあるはずがない、そう言わんばかりに。
「そもそも、ミユキを戦わせる――ってところだ」
「それの、何が問題じゃ?」
「何がって――俺はミユキを助けるために戦おうとしてるんだぞ!? それを……!」
「戦わせるのが嫌、と」
「当然だ!」
コウタにとって、ミユキは守るべき対象だ。
それを、他に方法がないからといって、戦力としてあてにするなんて――まして、ザフラの口ぶりからすると、召喚士というのは召喚獣に戦わせる、つまり自分より召喚獣が矢面に立つことに他ならないのだ。
そんなこと――許容できるはずがない。
「本末転倒だ。ミユキを戦わせるなんて――」
「何がじゃ?」
ザフラは、コウタの激昂にも取り合わず、冷徹に問い返す。
「何が本末転倒だと? 言ってみよ。お前の『本』――第一目的は何じゃ」
「それは当然……ミユキを助けることだ」
「ならば、何もおかしなことはあるまい。先ほども言ったであろう? 目的のためなら――ミユキとやらを助けるためなら何でもする。そう――救出対象を戦力としてあてにすることも含めてな。それが本義に忠実というものではないか?」
「……だけど、ミユキを危険に晒すなんて――」
「お前のような力ないクソガキ一人で、何とかしようとする方が余程危険とわからんか? お前がしくじれば、どのみちミユキにも危害が及ぶ。同じことじゃ」
「……っ」
正論。ザフラは、躊躇なく、容赦なく、正論をぶつけてくる。
コウタの感傷、感情的な拘りを全て切り捨てて。
「余計な感情に流され、目的を見失うようでは何も達成できん。ただでさえ無謀な戦いじゃからな。それを踏まえた上でも五分なら良い方といったところじゃ。最初からわかっている負け戦など――何の面白みもない」
「…………くそっ――わかったよ」
言い方は勘に触るが、ザフラの言い分は、正しい。
全く正しい。
「……じゃあ、最後だ。ミユキは捕まっている」
だが、問題はまだ、残っている。
「だけど、何にせよミユキと合流できなければ話にならない。そこまでは全くの丸腰、ただのガキだ。あんたの話だと、奴らに見つからないようにミユキが捕まえられている場所まで行ってミユキと合流するのが最善策ってことになるが、実際どうする? 奴らの――ミユキの居場所なんてわからない。それを探す手立てはあるのか?」
「無論――」
老婆は言った。
「わしは提案したのは、その手立てがあるからじゃ」