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<2.一宿一飯>

$1


 マクドネスの家は、最初にエビルボアーと遭遇した場所よりも南(この世界にも東西南北の概念はあるようだった)、森の外れにあった。

 家が建っているのはやや開けた場所で、さらに南に下れば村があるらしい。


「まあ入ってくれや」


 案内されて入ったマクドネスの家は、平屋だった。

 木造の簡素な作りだがそれなりに大きく、大部屋を含めて三部屋もある。

 昔は妻と二人で暮らしていたが、妻には病気で先立たれたのだそうだ。


「まあ飲め」


 コウタたちは大部屋の囲炉裏を囲んで座っていた。

 マクドネスに差し出されたコップを受け取り、一口含み、


「……ってこれお酒じゃないですか!」


 危うく吹き出しそうになるのをこらえ、無理矢理に嚥下する。

 食道を伝って胃に熱いものが流れていく感触。 

 アルコールは去年うっかり飲んだ梅酒以来だ。


「ん? そりゃそうだろ。他に何を飲むっていうんだ?」

「…………いえ、俺は苦手なんで、やめときます」


 未成年だから、なんて言っても通じないだろうと思い、コウタはそう断ったが、


「苦手……? 酒が苦手なやつなんているのか?」

「ああ、ええと……」


 コウタは口ごもる。この世界では強いのが常識なのだろうか? とにかく、適当に誤魔化しておく。


「なんかよくわからないけど、これ飲むとやばいって感じがするんです。本能的に自分はダメだってわかるっていうか……」

「へえ……まあそう言うなら無理強いするわけにもいかねえな」


 マクドネスは自分の酒を一口、ぐいっと呷った。

 適当にもほどがある出まかせだが、納得してくれてよかった、とコウタは胸を撫で下ろす。


「それで……」


 良い人……なのだろう。これまでのやり取りから、コウタはそう思った。

 そこで、ずっと聞こうとしていたことを訪ねる。


「人間が動物に変化したりすることってあるんですか?」

「――……、」


 マクドネスはふむ、と顎に手をやり考える素振りを見せ、ゆっくりと答える。


「いや、聞いたことがねえな、人間が動物に変わっちまうなんて。しかも、言葉を話せるときてる。いや……」

「心当たりがあるんですか?」


 前のめりになって訊くのは、ミユキのほうだ。

 ミユキにとっては一番の問題といってもいい。


「ああ……そうだな、召喚士(テイマー)が召喚する聖獣に似ている」


 マクドネスは言った。


「聖獣は人間並の知能を持ち人語を話すと言うが、それに近いものを感じる」

「召喚士……?」

「あー、獣を使って戦うやつのことだ、うちのパーティーにはいないがな。まあなんにせよ、興味深い」


 マクドネスの言葉を受けて、ミユキはさらに質問を重ねる。


「聖獣って元々人間だったりするんですか?」

「いや……知らないが、そんな話は聞いたことないな」

「そうですか……」

「つってもな、俺もよくは知らねえんだ。聖獣使いなんざ末端の冒険者の俺らとは縁がないからな」


 つまり、『聖獣』と関わりがある『かもしれない』ということ以外は手がかり無しということだ。

 ミユキは黙り込んでしまう。


「なんだったら都市にでも行って調べればいいさ。さて今日はもう遅い。寝るか」


 重くなった空気を振り払うようにマクドネスは言った。

 さすがリーダー、この人は本当に空気を読んでくれる、とコウタは思った。


$2


 コウタとミユキは、部屋の一室を借りて寝ることになった。

 部屋といっても簡素なもので、家具らしきものはほとんどない。片隅に小さな箪笥のようなものが一つ、ポツンと置いてあるだけだ。


「ここで……寝るんだよね」


 ミユキは部屋の中を見渡して、ぽつりと言った。

 この世界の――少なくともこの場所――には布団という洒落たものはないようだった。

 部屋の中に二つほど、藁の塊が置いてあるだけだ。


「それでも野宿よりはマシだろ」

「いやうん、私はいいけどさ。どうせこんな姿だし」


 ミユキは自嘲気味言って、


「でもコウちゃんは……」


 ミユキの言葉を待たず、コウタはぼすっと藁の上へ身体を投げ出しす。


「とりあえず雨風が凌げるなら十分だろ」

「そっか……そだね」


 ミユキもカピバラの姿のままトコトコと歩き、藁の上へと身体を横たえた。

 床の蝋燭(実際はロウではなく油皿に火を灯しただけのものだが)を消すと、部屋は完全に闇の中に落ちる。


 慣れない環境だからか、いろんなことがありすぎて神経が高ぶっているからか。

 寝ようと思ってもコウタの目は冴えたままで、到底眠気はやってこなかった。


 どうやらそれはミユキも同じらしく、身じろぎする音が聞こえる。


「奥さん、亡くなったって言ってたよね」

「……? ああ」


 しばらくして、ミユキは独り言のような調子で話しかけてきた。


「ここ奥さんの部屋だったのかな」

「……かもな。若く見えたけど結婚してたんだな」

「そりゃだって、ここ異世界っぽいし。昔の時代考えたら、あの年なら全然普通なんじゃない?」

「まあ……そうだな」


(異世界か……そうだよな、こんなにファンタジーだもんな)


 皮肉なことに、ミユキがカピバラになってから距離が少し近づいた気がする。

 姿が動物相手だと心が開きやすいのだろうか? とはいえ、今は声が聞こえるだけで、姿なんてほとんど見えない。

 声だけ聞くと、今ここにコウタのよく知ったミユキが居るみたいに思えてならない。


「コウちゃん、好きな人いる?」


 ミユキは、また唐突にそんなことを訊いてきた。

 脈絡のない質問に面食らいつつも、コウタは答える。


「いや……別に」

「好きな人、いた?」

「……、……いや、いたこと無いよ」


 コウタは少し沈黙してから答えた。


「そっか……」


 どこかホッとしたような、それでいて落胆したような声でミユキは呟いた。


「コウちゃんってそういうの、興味なさそうだもんね」

「ああ……まあそうだな」


 特に意味のない相づちを打ちながら『暢気なもんだな』とコウタは思う。

 こんなわけのわからない異世界に飛ばされたというのに、話しているのは全くくだらないことだ。

 これじゃあまるで、修学旅行の他愛ない恋いバナじゃないか――


 だけど――


「お母さん、何してるだろ……」


 ぽつりと呟いかれたその言葉で、コウタはハッと我に返った。

 そうだ、暢気なんじゃない。暢気なことでも言わないと、やってられないんだ。

 ましてミユキは、自分の姿を動物に変えられて……それで、不安を感じないはずがない。

 あまりにも先行きが不安で、わからないことが多すぎて――


「お母さんもお父さんも、どうしてるのかな。私たちって、向こうでは死んでることになってるのかな」

「…………」


 コウタは答えない。答えられるはずがない。

 怖くてずっと確認していなかったが――ミユキにも記憶はあったのだ。

 自分が死ぬ瞬間の記憶が。


「私たちさ、家に……」


 そこで、ミユキの言葉は途切れた。

 ――帰れるのかな、と言おうとしたんだろう。

 そんなミユキに、かける言葉なんてない。そんなのわかるはずがない。

 だけど……


「……大丈夫だ」


 コウタは言った。

 根拠など何一つなくても、何か言わなければならないと思った。

 このままだと、暗闇の不安に押しつぶされそうだった。


「大丈夫……なんとかなるさ。行き詰まったと思っても、案外やりようはあったりするんだ……そういうものだろ、人生って」

「うん……」


 こうして暗い中で声だけ聞いていると、本当にいつものミユキと話しているみたいだ、とコウタは思う。

 向こうにいる間から、もっと話せばよかった、とコウタは唐突に思った。

 いくらでもチャンスはあったのに、それをしなかった。避けられるなら無理矢理話しかけるのは良くないなどと言い訳し、ずっと話すことを怠ってきた。

 逃げていたのだ――ミユキから。


「明日、もう一度マクドネスに色々訊こう」

「うん」

「この世界のこと、暮らし方、金の稼ぎ方……当面のやりくりを考えて――それと平行して元の世界の手がかりを探すんだ」

「うん」


 いちいち相づちを打ってくるミユキの声が、不安を表しているような気がした。

 コウタも不安だった。不安しかなかった。

 お互いの顔が見えない中、このままだとミユキがどこかに行ってしまいそうな感覚に陥る。

 唐突にミユキの手を握りしめたくなり、また獣の足ではそれも叶わないことを思いだし、コウタの手は何もない空を掴んだ。


「……大丈夫さ。二人で頑張ろう」

「うん」


 そんな心の動きを誤魔化すように、コウタは言う。

 ミユキがどこかに行ってしまうなんて、そんなはずはない。

 死んでなお、隣にいたじゃないか。一晩寝るくらいなんだ。

 どこにも行くはずはない、と自分に言い聞かせ、コウタは静かに目を閉じた。


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