モノクロメッセージ
夕貴に背を向けたその日の夜、菜摘からメッセージが入っていた。
お風呂上がりの真琴は気乗りしないまま、自室のベッドの上でスマホをいじる。
『足、大丈夫? 今日、稲瀬っちと喧嘩したんだってね。めっちゃ心配してたよ』
『なーに、あいつに何か言われた?』
『言われたと言うか、聞いたと言うか。玄関で喧嘩してたでしょ。真琴の声、響いてたよ。それで慌てて見に行ったら、稲瀬っちが恥ずか死しそうだったから移動させてさー。そん時に聞いた』
『なる。ちなみに何聞いた?』
メッセージをつらつらとやり取りする。先ほどまでぴこぴこと鳴いていたスマホが、急に大人しくなった。メッセージアプリに既読マークもつかない。何かやってんのかなーと思いながら、ドライヤーで髪を乾かしはじめる。
髪が完全に乾くころ、ようやく菜摘から返信がきた。
『真琴が大会出るつもりないって』
真琴はピタリと動きを止める。やっぱ話してたかと舌打ちしたくなった。
『怪我したし、記録でないし、別にいいかなって思ってさ。大会行っても後ろに引っ掛かるだけだから。今年引退だし、ちょうどいいよ』
『……真琴、ずっと悩んでたもんね。やっぱ陸上、つらい?』
『走るのは好きだよ。でも記録に左右されるのがね、ちょっとね、つらいかなぁ』
『そっか』
真琴は返信の手を止めた。
菜摘には前から何度も記録が伸びないことを相談していたから、すんなりと理解してくれたようだ。練習中、親身になってアドバイスもしてくれた。菜摘がいたから、転部もしないで部活をなんとなく続けていたのも大きい。
メッセージが止まってしまった。何て打てばいいのかと思っていると、菜摘から連続してメッセージが入ってきた。
『真琴がそれで良いなら、良いと思うよ。ただ、真琴が大会に出ないのを残念がる子がいるから、その子には謝ってあげて』
予想外のメッセージに、真琴は首を捻る。自分の、隠れファン? 表彰台に立ったこともない自分に?
『誰? そんな子いるの?』
『稲瀬っち。大会応援に行くんだって張り切ってたじゃん』
『あれ、菜摘の応援って意味じゃないの?』
『はぁ? 何言ってんの、明らかにあんたのじゃん』
ますます意味が分からずに首を捻る。
返答に困っていると、またピコンと通知が入る。
『ま、なんでもいいけどさ。あ、来週の火曜日は学校に来なよ』
火曜日。
夕貴に指定された日だ。
ついつい勘繰ってしまい、返信の言葉に刺が入る。
『どうして?』
『部活に決まってるじゃん。足、治る頃でしょ? 大会出ないこと、どうせザキティーにもまだ言ってないんでしょ。明日終業式だから部活ないし、その足じゃ探しに行くのも大変じゃない?』
至極全うな理由で肩透かしを食らった気分になる。
それでも心配をかけているのは分かっているので、『分かった。行くよ』とだけ返信して、真琴はスマホを充電器に差し込んだ。
その後もピコンと通知が入るけど無視する。
火曜日。
夕貴にも来いと言われているけど。
会わせる顔がなくて、真琴は布団を頭から被る。
夕貴にきつく言いすぎてしまったことが、胸に重たく残っているのだ。
寝るには早いけれど、真琴は目を瞑る。
何も、考えたくなかった。