見果てぬタワー
「先輩、こんにちわ。これから部活ですか?」
下駄箱で靴を履き替えていると、夕貴少年が声をかけてきた。
梅雨の時期、結局練習場所の移動は叶わなかった。美術室前の廊下でのトレーニングが見慣れるようになる頃には、夕貴も人見知りをしなくなったのか、むしろ真琴になついてよく話しかけてくるようになった。陸上部のメンバーにも慣れたようで、雨の日に陸上部が廊下を占拠していても、べこりと頭を下げて美術室に入っていく。
そして梅雨が過ぎてもその関係は続き、夏のからりとした晴天の下、ウォーミングアップに校舎回りの周回をしていると美術室から手を振ってくれることもある。
そんな風に、接点のなかった彼らが、良い先輩後輩の関係を築いた夏休み直前の放課後。
真琴は夕貴を見ると、少しだけ気まずそうに笑った。
「今日は行かないよ」
真琴が答えると、夕貴は首を捻る。
「今日活動日ですよね?」
真琴はスクールバックを握りしめた。
「……昨日の練習で、怪我しちゃって」
「えっ、大丈夫なんですか?」
「怪我って言っても軽い捻挫だよ。一週間くらいで治るらしいし」
そういうと、夕貴はあからさまにほっとした様子を見せる。
「良かったですね。それなら大会、出られますね」
大会。
ずきりと真琴の胸に刺が刺さる。
生徒達の声や足音が入り交じるなか、夕貴のその言葉だけが大きく響く。
真琴が下駄箱から出した白いスニーカーに爪先を入れる。
「私、夏の大会出ないよ」
夕貴の表情を見ないで、真琴は背を向ける。
「じゃあね」
真琴は後ろ手に手を振って帰路についた。
タイムが伸びない。
実力がない。
三年間やってて成果がない。
努力だけが取り柄だったのに、その努力する時間もない。
「大会まで一ヶ月切ってるのに……」
たった一週間。
努力してるから、きっと次はうまくいくなんて言えなくなる。
自分に嘘がつけなくなる。
凡人の真琴には大きな壁だ。