卒業式のゴールテープ
ざわざわと生徒達が最後の別れを惜しむなか、彼女は彼の姿を見つけると、彼の手を引いて連れ出した。あの時のように手を引いて行った場所は、彼女が初めて彼に会った階段で。
彼女は彼の方を振り返り、ふわりと笑う。
「稲瀬。聞いて。突然でびっくりするだろうけど、君に伝えておきたいことがあるの」
彼女は真っ直ぐに彼の目を覗いた。この一年で身長が伸びたけれど、彼女にはまだ届かない。階段を一段降りた彼女と彼の目線が歯車のようにかちりと合う。
「私、稲瀬の事が好き。私に走る勇気をくれた時から。だから、あの」
普段はさっぱりとしていて、今日の式でも泣かなかった彼女も、この時ばかりは頬を上気させて恥ずかしそうに口ごもる。
それでも勇気のある彼女は、言いたいことをちゃんと言う。
「高校に行っても、離れていてもいいなら、さ。付き合って欲しいなって。年上の彼女でいいならだけど……」
セーラー服が揺れる。
ぽかぽかと頬が熱くなる。
ドキドキと心臓がはちきれそうだ。
彼は恥ずかしさで胸がいっぱいになるけれど、言わなきゃと自分に言い聞かせる。
勇気をもらったのは彼もだから。
「僕から言わせてください!」
力みすぎて声が裏返る。でも彼はそのまま続ける。
「ぼ、僕も先輩の事が好きです! 年下の、こ、こんな駄目な僕でもいいなら! 僕と付き合ってくださいっ」
彼はぎゅっと目をつぶる。恥ずかしくて直視できなかった。
言うだけ言い切って俯いていると、彼の首に腕が回される。
「稲瀬は駄目なんかじゃないよ。私が一番よくそれを知っているから」
彼女はそう言って、彼を抱き締めたまま耳元で囁く。
「稲瀬、ありがとう。これからもよろしくね」
彼女が見せる、二度目の涙。
彼は彼女の背中に腕を回して彼女を捕まえる。
いつもは強気な彼女で弱気な彼だけど。
二人だけの時は弱気な彼女と強気な彼になる。
出会ったときから変わらない。
それが二人の関係。