098 わたくし闇奴隷商を探しますわ
新作も投稿しました。主人公が幽霊のVRMMOものです。よろしければ是非。
「ご、ごめんなさい」
「あれは仕方ありませんわよ」
午後の授業が終了し放課後、ジミーとミゾレからの追求はあっさりとなくなった。僕目掛けて思いっきり魔法をぶっ放した事ですっきりしたらしい。単純で助かった。
逆に落ち込んでしまったのがナターシャさんだ。僕を助けたと思ったら、肝心のマシュマロゴレムを見落としてしまったのだから、気持ちは分からなくもない。
「そもそも、どうして助けてくれましたの?」
「し、仕事くれたから」
「仕事……あぁ」
「ま、魔獣は仕事に就きにくいからってこの学園に入ったけど、奴隷商の仕事があれば、みんなを養える、よね?」
就きにくいというか、普通に考えたらまず不可能なんだけど。森豚のような家畜扱いならともかく。
ナターシャさんは王都へ来る際助けてくれた魔導騎士の進めからこの学園へ入ったらしい。
実力があれば種族不問であり、実際人間種だけでなく魔物やら魔獣やらいる。そしてここを無事卒業すればどんな種族であろうと、最低でも一代貴族である騎士の位が得られるので仕事には困らない。
その地位と収入でスラムにいる彼女の仲間、ナターシャちゃんたちを王都に招き入れるつもりだったらしい。
僕の立場を利用して彼女には奴隷商になってもらったから、スラムにいる彼女の仲間は正式に彼女の所有物として認められた。あとは彼女が店舗を得れば仲間を王都へ招き入れることも可能だろう。
さすがに学園の寮にはいれられないからね。
その恩返しに今回の授業では助けてくれたらしい。もっとも、失敗してしまったけれど。
「ごめんなさいクリスタさま。わたしもつい授業に集中してしまって」
「申し訳ありません、私も失念しておりました」
そう謝ってきたのはイリスとジェイドだ。
なんでも、最近の僕を見ていて道具を使わないとまともに戦えないことを忘れていたらしい。
ジェイドに至っては切り札のレヴィアタンまで持ち出した上で僕を倒しきれなかったわけで、気持ちはわかるけど。
あれだって彼が最初から僕を殺す目的で動いてたら足止めすらできなかったと思うよ?
「構いませんわ。それより、結局誰が最後まで残りましたの?」
「わたしとジェイドさんは残りましたよ」
「わ、わたしも生き残った。森は得意だから」
「他ですと、防御系の魔法に長けた第三席のミリアリア=ノースティン様、補助魔法に特化した第五席のセリオが残りましたね」
ミリアリアはA班の班長だったっけ。あのくっころが似合いそうな女の子だ。セリオは、あんまり話したことがないな。いや、ミリアリアともあんまり話してないけど、もしかしてA班のほとんどと交流してない?
「え、5人しか生き延びませんでしたの? ジミーとミゾレは?」
「あ、あの二人ならブリューナクさんが失格になったあと、相打ちになってたよ」
「ああ、想像できますわね。さて、授業の結果はこれくらいにして、レポートを進めましょう。わたくしは闇奴隷についてですが、あなた達はどうしますの?」
興味本位で聞いた結果、イリスは医学、ジェイドは経済学、ナターシャは詠唱魔法についてまとめるらしい。
理由を聞いてみたところ、イリスはアリスちゃんの件を力づくでしか解決できなかったことが引っかかっていて、魔法以外のアプローチを模索するために。ジェイドはいずれグラスリーフの街の硝子をより効果的に流通させるために。ナターシャは人間の魔法についての見識を深めるためにだそうだ。
「医学は気合と根性じゃどうにもならないので、魔法や剣術より難しいですね」
「 「ま、「魔法も剣術も気合じゃどうにもならない」なりません」なりませんわよ」
「え?」
なんていうイリスの天然煽りが炸裂したりもしたけど、みんな考えはあるらしい。
「でしたら、イリスやジェイドはそっちに集中してくださいな」
「大丈夫なんですか、クリスタさま」
「よろしいのですか、お嬢様」
「二人のはレポートのため、というより今後の自分のためのものでしょう。それを邪魔するつもりはありませんわ。幸い実地訓練のように命の危険があるわけでもありませんし」
今回のことは、最悪でもマリウス殿下の監視下に置かれるだけだ。考えようによっては、そのほうがブリューナクらしい行為をしないで済むかもしれない。
もっとも真面目に生きると決めた以上、手を抜いてわざと負けるつもりもない。
「というわけでナターシャさん、貴女が協力してくださいな」
「あの、あの、わたしもレポートが」
「貴女なら『魔獣が詠唱魔法を習得する過程と危険性について』とかなんとかで、レポート自体は合格点に達しますでしょう?」
「……おお!」
余にも稀な人間の魔法を使う魔獣自身によるレポートだ。魔法に携わるものや、魔獣の研究をしている人間からしたら喉から手が出るほどほしいだろう。
上手くすれば奴隷商や魔導騎士以外に研究者としての道も開けるかもしれない。
半ばモルモット扱いされないか心配もあるが、学園を卒業すれば彼女も一代貴族だ。そう悪い扱いはされないだろう。
「わたくしとしては、ナターシャさんが遭遇したという闇奴隷商を生け捕りにできればレポートは完成したも同然ですから」
「そういうことなら、私は遠慮なく自分のレポートに集中させていただきます」
「それがいいですわ。来年アリスちゃんが入ってくるなら、かっこ悪いところは見せられませんものね」
「それもないとは言いませんがね。では失礼します」
そう言ってジェイドは男子寮へ向かっていった。
「クリスタさま、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫ですわよ」
「気に入らないからってナターシャさんに切りかかったり、スラムの住人さんを次元魚に食べさせたりしちゃだめですよ?」
「やりませんわよ!」
「あ、ハンカチはもちましたか? お弁当つくりますか?」
「いーりーすー?」
「冗談です冗談、それではわたしも失礼します!」
とてもいい笑顔で女子寮へ走り去っていくイリス。
僕がわざと悪者として振舞っているのを打ち明けてから、彼女はああいう冗談を言うようになった。
でも、その冗談が僕を心配して言っていることが分かってしまうので、本気では怒れない。
ここは気安く接してもらえるようになったことを喜んでおこうか。
「それでナターシャさん、闇奴隷商についてお聞きしてもよろしいかしら?」
「う、うん。あ、でも、もしかしたらわたしよりみんなのほうが詳しいかも」
「みんなというと、ナターシャさんの奴隷たちですわね? いいでしょう、スラムへ参りましょうか」
善は急げと歩き出した僕は、 袖が引っ張られる感覚に足を止める。
見ればナターシャ さんが僕を引き留めていた。物理的に。
「どうしましたの?」
「こ、これ、着替えた方がいい。顔も隠した方が。みんな、貴族が怖いから」
「そういえば、昨日も逃げられましたわね」
昨日 僕らと話してくれたのはナターシャちゃんと、国外からやってきたという商人だけだ。なんて名前だったかな。
僕がナターシャに奴隷商の資格を与えたことを告げれば 好意的になってくれるかも知れないけど、それが回り回って侯爵令嬢は奴隷の味方だなんて噂になるのもまずい。
ここは素直に変装でもするべきか。
「仕方ないですわね、変装用の衣装を仕入れてきますから、少しお待ちなさい」
「ど、どんな服にするの?」
「平民のような……あぁ、でもこの髪を染めるわけにもいきませんし、肌が綺麗すぎて誤魔化せないかしら。となると異国の衣装?」
これは嫌味でもなんでもなく、本当に僕の身体は綺麗なので仕方がない。
文句があるなら僕ではなく、美の女神なお地蔵さまに言って欲しい。
「よ、よかったら、つくろうか?」
「作る?」
「う、うん。わたし糸は出せないけど、糸の扱いは得意だから。お洋服作れる、よ?」
「裁縫係りゲットですわ!」
「ひょあ!?」
これで使い勝手の悪かった魔石収納スペースとか改良できるぞ、やったね!
「ブ、ブリューナクさん、本気でその格好でいくの? 本気??」
「こらこらナターシャさん、今の僕をその名で呼んじゃあいけないよ」
ナターシャさんが困惑するのも無理はない。
僕の今の格好をわかりやすく説明しよう。
笠を被り顔の半分をマスクで覆ったポニーテールの侍。以上!
マスクは魔道具《七色の声》なので声は男らしくなっている。……元々男なのに男の声を出すために魔道具がいるって、なんか悲しいね。
まぁ侍といってもただの剣道着である。だって本物の侍の衣装なんて知らないし。剣道着なら授業で着たことがあったから、なんとなく構造がわかる。それをナターシャさんに詳しく伝えて、よくわからない細部はお任せした。
僕のほかに剣道着を知ってる人がいるはずもないし、それっぽければ大丈夫だろう。
形状を伝えた時のナターシャさんの困惑顔は凄かったな。いや、いまもその顔は継続中なんだけど。困惑しつつもたった2時間ほどで完成させた彼女の手腕は見事という他ない。
具体的には完全に連携して動く六本の腕が。
平民になりきれないのなら、異国のお偉いさんに成り切れば良い。さらに異国の貴族でもだめならば、よくわからないくらい遠くの国の人になってしまえばいいのだ。一応日本にも貴族と似た華族というものはあったけど、この姿をみてグリエンドの貴族と並べて考える人は居ないだろう。
ちなみにちょんまげは諦めた。さすがにこの綺麗な髪を剃る勇気が出なかったんだ、すまない。
「《肉を切り刻むもの》と《玉呑みのカンテラ》は風呂敷に包んで、刀はさすがに見つからなかったからなぁ。いまから作ってもらうわけにもいかないし」
というわけでグレイブと呼ばれる槍を用意してきた。
日本のものとは多少違うけど、薙刀に近い形状をしている。もちろんここは異世界なので、地球に存在したグレイブとも違う点はあるけれど、まぁ誤差の範囲内だろう。
少なくとも、刀と西洋剣ほどの差はない。
「ほ、本当にそれでいくの? 怪しいよ? も、ものすごく怪しいよ?」
「鬼毒蜘蛛にはわからない、いいや、一部の地域の人間にしかわからない格好よさというものがあるんだよ、ナターシャさん」
「そ、そうなの? 本当にそうなの!?」
そういう事にしておいて欲しい。少なくとも僕はかっこいいと思っているし、スラムの住人もまさか侯爵令嬢がこんな格好で、男口調で話してるだなんて思いもよらないだろう。
最後に改めて装備を確認し、おっとジェムは実態化しておかないと。貴族用のカードなんて出したら速攻でバレてしまう。
情報収集に袖の下は必須だよね。
「では行きますわよ。じゃなかった、いくよナターシャさん」
「う、うん。それで、その格好の時はなんて呼べばいいの?」
「ああ、それか」
僕は風呂敷をくくりつけたグレイブを肩に乗せ、反対の手で笠を深く被るとその名を告げた。
「河屋太郎、太郎と読んでくれ」
トイレの太郎、ついにトイレから解き放たれる。
いざスラムへ向けて、出陣!
ナターシャ「に、人間って、よくわからない……」
シリアスさん「わかるわ……」
コメディさん「うひょおおおぉぉおぉおっ!」




