097 わたくしが悪いのですけれど、だからって死にたくはありませんわ
翌日からは学生らしい日常へ。
午前中は座学を、午後は戦闘訓練を。
「おいクリスタ」
イリスたちに教わったことを反芻しつつ、授業の内容もしっかり頭に入れていく。
今までは学園を生きて卒業できればいいかくらいに考えていたけど、いまの僕はちゃんと生きようと決めている。なら学べることは学び取っていこう。王子との勝負がなくても、僕はこの世界で生きていくために知らなければいけないことが多すぎる。
「ブリューナクさん」
いつ国外逃亡しても良いように地理と外国語を中心に、魔獣や魔物についても調べておこうかな。この辺はこれが現実と分かっていてもゲーム的で楽しい。
「「無視するな」しないで」
「あなたたち、わたくしの勉強を邪魔するとはいい度胸ですわね」
魔導騎士科の教室で、僕を睨みつける二人、ジミーとミゾレに対してそう答える。
「ほほう、いい度胸だなお前。俺たちには色々と説明してもらう権利があると思うんだが? ん?」
「ひどい目にあった」
ジェイドとの話し合いは済んだものとして、まだこの二人がいたんだよな。
他の科が集合し、班長から教官、つまりロバートへの報告が済んでも静かだったから安心してたけど、タイミングを見計らってただけか。
ちなみに実地訓練でやらかしたことに対するロバートからのお説教はなかった。王様への謁見時に彼も居たからだろう。
「そうですわね。いま学んでいるのは四大迷宮の踏破率ですけれど」
「誰がお前の勉強の進み具合を説明しろと言ったか」
「ふざけないで」
さすがにこれじゃ誤魔化されてくれないか。
困ったことにこのふたり、ジェイドと違って完全に巻き込まれただけなのである。
それもゾルネ村の一件ともあわせれば、二回連続で巻き込まれている。そりゃあ非難の視線も向けるし、直接文句だって言いに来るというものだ。
しかし今回の話、どこまで素直に言っていいものか。
アリスちゃんを助けるために色々やったことはすでに知っているだろうし、あの遺跡でも説明はした。けれど《魔女狩りの火》の効果とか、レヴィアタンについてとか王様との謁見であったこととか、他にも話せないことがある。
この二人に友誼は感じていても、身内ではない。
イリスのように悪役側へ来てもらったわけでも、ブリューナク家やそれに仕えているわけでもない。
しかし迷惑を掛けまくっているのは事実なので、なにかしらの言い訳はしておきたいのだ。本当にどうしようか。いっそ国外逃亡したい。
「まぁまぁ二人とも。ここはわたしの顔に免じて彼女を勉強に集中させてあげてはくれないか」
「ああ? ってげえっ!?」
「……だれ?」
「はじめまして素敵なお嬢さん。この国の第一王子をやっているマリウスです」
そんな僕らの元へマリウス殿下がやってきた。
それを見て苦虫を噛み潰したような顔をしているジミーと、訝しげに見ているミゾレ。
ジミーはこの国の貴族なので王族には逆らえないし、ミゾレは国外からきた冒険者なのですぐにわからないのも仕方ない。TVやネットで顔出しとかできないからね、この世界。
「昨日ぶりだねご令嬢。まさかわたしを置いて帰ってしまうとは思わなかったよ」
「あ、あら嫌ですわ。まさかこのわたくしが王族たる殿下を蔑ろにするはずがないではありませんか」
あっはっは……やっべ素で忘れてた。
そんな僕らを見た教室の反応はふたつに分かれる。
まずジミーのように驚いている赤服の貴族組。
そして殿下の顔を知らず、何事かと訝しげにしている青服の平民組だ。
「ただ、そう、殿下との勝負に全力を尽くすため、勉強をしに戻っただけですのよ。努力する姿を見られるのも、それを自分から告げるのもみっともないではありませんの」
言い訳だ。
僕は楽して勝つことを素晴らしいと思いはしても、努力する姿がみっともないとは思っていない。ただクリスタ=ブリューナクの世間的なイメージなら、こういう発言をしてもおかしくないだろう。
「それは光栄だね。でも、わたしを放置したことは間違いないよね?」
「……も、申し訳有りません」
「謝った!?」
「あのブリューナクさんが!?」
「これが王族の力か」
「いやまて、勝負ってなんだ?」
「王家と侯爵家で? でも、殿下はブリューナクさんに気さくそうだけど」
「あれが王子? わたし国外組だから初めてみた。どんな人?」
「説明しよう!」
「「「「ヨハンは座ってなさい」」」」
おぉ、見られてる見られてる。
クリスタ=ブリューナクの公開謝罪とか激レア案件だからな、気持ちはわかる。
「ま、いいんだけどね。わたしならランクAの魔物が相手でも圧勝してみせるから。それはさておき、サージェスくんと美しいお嬢さん」
「なんだでしょうかねえマリウス殿下」
「……ジミー言葉が変。なんですか、殿下」
「君たちが何を聞こうとしていたのか、大よその察しはついているけれど、その件に関してはわたしが預かることになっていてね。相手が誰であろうと、軽々しく口外しないよう命じているんだ。王家から侯爵家への正式な命令だ。この意味がわからない魔導騎士科ではないだろう?」
無論そんな命令はされていない。
つまりこれは殿下なりのフォローという事なんだろう。なんで助けてくれるのかはわからないけど、ここは便乗しておくべきか。
「申し訳有りませんわねふたりとも。そういうことですのよ」
「初めて聞いたぞそんな話」
「わざわざこちらから言う話でもないでしょう」
「……むぅ。わかる、けど」
二人とも納得し難いようだけど、ここは王国で、王家の命令は絶対だ。
それを知った上で吐けとは言えないんだろう。
王制に馴染みがないなら、お前の会社が取引先と交わした契約書を見せろって言うようなものだと思って欲しい。かーなーりアカン事だとわかってもらえるだろうか。
「まぁ、君たちもあれに巻き込まれて、色々と鬱屈も溜まっているのは知っている。これは独り言なんだが」
そういうと殿下は綺麗な笑顔でこう言った。
「魔導騎士科の午後の授業は、学園内の森を使用した大乱闘だって話だよ」
「何故こんなことに」
午後の授業は殿下の言ったとおり学園内の森を使ったバトルロイヤルだった。
クリア条件は授業終了時間まで自分と、ひとりにつきひとつ渡された護衛対象を守りきることだ。失敗すると補習である。
その護衛対象とは、僕にとってはすっかり見慣れた存在、マシュマロゴレムだ。
生憎ゴブマロの使用は禁止で、学園から配布されたマシュマロゴレムとなっている。
ゴブリンには変形しないし、追加装甲もないし、美脚だって生えたりしない。
が、この学園は異世界なのにもったいない精神を持っており、このゴーレムたちの素材にはかつて僕らが破壊したマシュマロゴレムの残骸が再利用されている。
つまり、中には魔力苺のジャムが詰まり、マジックで書かれたAAのしょぼーん顔も再現され。
『逝きたくない♪ 逝きたくない♪』
喋る。
「だったら静かにしてなさい、見つかったら終わりですわよ」
さて、クリア条件が守りきることだけならばみんなで協力して、攻撃しあわないようにすれば全員クリアできる。だがマシュマロゴレムを一体破壊するごとにボーナスが入るとしたらどうか?
具体的には魔道具、あるいは魔導武器をひとつ、ロバートがポケットマネーで買ってくれるらしい。さすが現役侯爵にして聖獅子騎士団の団長さま、太っ腹だ。
となると目の色変えて動き出すやつらがいるわけで、そうでなくても好戦的な魔導騎士科の面々が黙って隠れているわけがない。こうしている今もどこかで戦いの音が聞こえてくる。
「ぎゃああぁぁあぁぁ! 範囲魔法なんて嫌いだあぁぁぁああぁあぁっ!!」
『マーティンのマシュマロゴレムの全損を確認! よって失格!』
あ、森の上をマーティンが吹っ飛んでいくのが見えた。
同時に鳴り響いた爆音と叫びからして、何らかの範囲魔法、それも高位の爆発系を食らったんだろう。吹き飛ぶといえば風も連想されるけど、それであんな音はしないはずだ。
さて、お分かりだろうか。
マーティンは魔導騎士科第十一席と、たしかに序列は低い。それでも正規の手段でこの科に入った実力者にして知者であり、あのナーチェリアを足止めできるだけのバトルセンスも持っている。見た感じ近接戦闘が得意のようだけど、魔法だって扱える。
それがあの様である。
魔法の使えない僕が、それも訓練であるため真剣の使用を禁止され、《肉を切り刻むもの》を使えない僕が戦って生き残れるような授業ではない。
ここはひっそりと終了時間までやり過ごすしかないのだ。
ちなみに、真剣がだめなのに魔法が解禁されているのは、強力な魔法障壁を張れる魔導騎士科なら高位魔法でも即死はしないからという判断だ。さすがに即死魔法は禁止されている。
物理防壁は最大展開すると自分もろくに動けなくなるから普段はゆるくしてるらしいけど、真剣だと不意打ちでそれを貫通して殺しかねない。もっとも刃をつぶした模造剣は鈍器とかわらないので、あたりどころが悪ければ普通に死ぬ。中身のつまった鉄パイプみたいなものだしね。
「っと、移動しますわよ」
『逃げ出したい♪』
定期的に誰かの使い魔らしき生き物が偵察にくるから、隙を見て移動しないといずれ見つかる。まさか同じところだけを偵察しているはずもないからね。森の全域を順繰りに見て回っていると考えるのが妥当だろう。
「……そんなに急いでどこへ行くの?」
「一度偵察した場所ならしばらくはこないでしょうし、しばらく先にある大木の洞にでも隠れますわ」
「ふーん……」
ギギギギギ、と油の切れた首を回して振り返れば、そこにいるのはジト目で可愛いハーフエルフさん。
「あ、あら、ミゾレ。奇遇ですわね。何故ここが?」
「”教えて”もらったから」
精霊か! そうか、精霊は精霊使いにしか見えないから偵察にはうってつけなのか。
「わたし、怒ってるの」
「そ、そう」
「でも偉い人が事情を聞いちゃダメだって言っていたし、無理に問い詰めるのがいけないのは、知ってる。この国は、王制だから」
やばい、なんか知らんがやばい。
あのミゾレが、とても長文を話している。
「だからね、ちょっとうさばらしに付き合って」
そして、めったに見ない笑顔を見せる。
口角をほんのちょっとだけつりあげるのだ。つまり目は笑っていない。
「”貫いて”」
「きゃあ!?」
『ひどいよー』
僕の足元から飛び出した、周囲の木々とほぼ同じ高さの巨大な霜柱、最早逆ツララと言えそうなソレを、マシュマロゴレム抱えあげて間一髪で避けきる。
「待ちなさいミゾレ、話し合いましょう!」
「大丈夫、これは授業だから」
「貴女らしくありませんわよ、貴女はもっと冷静なはずでしょう?」
「そうでもない、わたし、これでも中位冒険者。荒事は嫌いじゃない」
そうだった。ミゾレは国外から大迷宮を越えてやってきた冒険者だ。
中にはエルフや獣人などを人間種とは認めず、亜人と呼び差別する国もあったとか。
そんな国でどうやって生き残ってきたのか。これを見て悩む馬鹿はいないだろう。実力行使だ。
彼女の無表情はそうした環境から、戦いに有利なように、生き残るために磨かれた歴とした技術のひとつ。
……半分くらいは才能というか、素だと思うけど。
「偉い人も鬱屈が溜まっているなら授業で晴らせと言っていたし、これは合法」
「そこまで直接的には言ってませんわよ!?」
実質言ったようなものだけど、まさかジミーじゃなくてミゾレが来るとは思わなかったなぁ!?
「ブリューナク家のお嬢様なら、ちょっとくらい”氷の矢を乱射して”も大丈夫かなって」
「いえさすがにそれはああぁぁぁっ!?」
いきなり氷で出来た無数の矢がミゾレの前面に生成され、僕目掛けて飛んできた。
横に回避し、それでも避けきれず森の木々を盾代わりにして防ぎきる。
無詠唱。いや、会話の最中に精霊への指示を混ぜていたのか?
ハーフエルフのミゾレは人間の使う詠唱魔法とは別に、精霊の力を借りる精霊魔法も扱える。これがとても厄介だった。
ミゾレは精霊に魔力を渡しているだけなので、戦いながら平然と難しい魔法を放つことができるし、そもそもミゾレが使っているわけではないので。
「あっぶな!?」
誰もいないはずの方向から飛来した氷の矢を模造剣で砕きながら、隠れていた木の陰から飛び出して森の奥へと逃げる。
そう、ミゾレが使っているわけではないので、精霊に頼んで自分の見えないところから魔法を放ってもらうこともできるわけだ。
すごいね精霊魔法、暗殺し放題じゃないか。魔法障壁があると精霊が通れないらしいのと、見えなくても魔力の感知が得意なら魔法の発動を察することができるので無敵とまではいかないけど。
そう、僕も魔法は使えないけど、人並みに魔力を感じることが出来る。
それさえできないなら、さっきの不意打ちでお陀仏だっただろう。
「反撃しないの?」
「残念ながら、自分が悪いとわかっていて逆切れするほど子供ではありませんわ」
本当は反撃手段がないだけなんだけど、こう言っておけば魔法を使わない言い訳が立つ。
「だったら一回くらい当たって」
「痛いのはごめんですわ!」
魔法障壁使えないから当たったら死んじゃうしね!
誰が好き好んであんな物騒な魔法を食らうというのか。
「おっしゃあああ見つけたああああ! 燃えろやあああああ!」
「ああー! 面倒臭いのがふえたああぁぁあぁ!」
前方から飛んでくる火の玉を後方から飛来する氷の矢に当てて相殺。
いや、火の玉が消えるほどの冷気って、凶悪すぎやしませんかミゾレさん。
言うまでもないが、やってきたのはジミーだ。
一応挨拶のあったミゾレと違って、容赦なく攻撃しきてた。一応そういう授業とはいえ、出会いがしらに火の玉を投げつけるのはどうなんだろうか。
「森が燃えたらどうしますの!」
「今日から毎日森を焼こうぜ!」
「あんな事言ってますわよミゾレ!」
「ん? ……あぁ、森はエルフの故郷だけど、わたしエルフ嫌いだから」
「「…………」」
一瞬ミゾレから発せられた澱んだ何かに、僕とテンションの上がっていたジミーが黙り込む。
この国へ来るまでに、一体なにがあったんだハーフエルフのミゾレさん。
「だからって燃やすのはどうかと思うけど。”一緒に敵を切り裂いて”」
「お、それいいな。やっぱ魔法剣はロマンだよな。”炎よ纏いて力と成れ”《火炎付与》」
後方のミゾレが自分の模造剣に氷の刃を作り出せば、前方のジミーが燃え盛る火炎をまとわりつかせる。
模造剣の意味! なし!
「授業で殺人はどうかと思いますわよ!?」
「「これくらいなら平気平気」」
死ぬわ! こちとら魔法障壁使えないんだぞ!
それを言うわけにはいかない僕へ、二人はまっすぐつっこんでくる。
これはあれだな、僕が見事に回避して、二人を同士討ちさせるというありふれた、しかし効果的な手段を取れと言う。
「まとめて燃え尽きろやあああ!」
「”増えて伸ばしてみんな貫いて”」
僕に当たるより遠い場所で振りぬかれた二振りの剣は、片や火炎を増幅し放ち、片や氷が無数に枝分かれして伸びてくる。
そう、これはバトルロイヤル。同士討ちもなにも、ジミーとミゾレは最初から自分以外をまとめてぶっとばすつもりだったのである。
「あ、これ死にますわね」
ごめんよ屋敷にいる母さん、どっかいったまま帰ってこない父さん、そして転生させてくれたお地蔵さま。あとついでにアルドネス兄さんと、ここ10年くらい顔も見てないヴィンセント兄さん。
そして面倒ごとに付き合わせてきたイリスとジェイド。
クリスタは先に逝きます。
「うわっ!?」
そう覚悟した瞬間、木の陰から飛び出した巨大な何かに襟をつかまれ、いや、咥えられて僕はその場から移動、生き延びることに成功した。
さらに炎が氷を蒸発させ、氷も蒸発した先から増えたために周囲が水蒸気で包まれる。あっという間に濃霧に覆われた森の完成だ。
「いたたた、いったい何が……蜘蛛? あ、ナターシャさんですの?」
「だ、大丈夫?」
「家畜にしては気が利くじゃ有りませんの。あとで褒美を取らせますわ」
何故助けてくれたのかはわからないけど、本当に助かった!
ってあれ? 抱えていたはずのマシュマロゴレムが手元にない。恐らくナターシャが助けてくれた際に取り落としてしまったのだろう。
つまり、うちの子はあの火炎と氷の直撃を食らったわけで。
『クリスタ=ブリューナクのマシュマロゴレム全損を確認! よって失格!』
「「あ」」
ロバートの声が響き渡ると、マシュマロゴレムに仕込まれていた短距離転移魔法が発動し、僕を失格組が集まる場所へと転移させた。
僕の他にもちらほらといるようで、あ、さっきふっとばされたマーティンもいる。
でもこれっって要するに。
「最初からマシュマロゴレムを破壊しておけば、あんな目にあわずに済んだのでは」
それに気がついた僕は、どっと疲れを感じるのだった。
実地訓練とは別の、日常的な戦闘訓練の光景です。
道具の使用を禁じられ、事前に策を講じられないとクリスタはこうなります。
ここからは完全に蛇足ですが、マーティンをふっとばしたのはイリスの広域爆破魔法です。マーティンは剣術だとトップクラスなので近づかれる前に吹き飛ばしました。
ナーチェリアも早い段階で失格となっていて、理由は自分の攻撃に自分のマシュマロゴレムを巻き込んだから。護衛できない女ナーチェリア。
なお、真っ先に負けたのは自分の魔法を解説している間にマシュマロゴレムを壊されたヨハンくんです。合掌。




