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096 わたくし友達ができましたわ

ロスタイムです!(ロスタイムの法則が乱れる!)

 夜遅くまで続いた勉強会はつつがなく終了し、僕らは帰路についた。

 そう、勉強会だ。途中から参加したジェイドやナターシャさんもクラスメイトなので、当然学期末試験が待ち構えている。そんなこんなでみんなして教えあっていた。

 一応僕も算術などは前世の経験からわかるので、時々教える側に回りながら。


「そ、それじゃ、今日はありがとう。おやすみなさい」

「ええ、いい夜を」


 頭を下げたナターシャさんが王都の外、スラムへと去っていく。

 巡回騎士の巡回経路からはずれているスラムは、危険が多いらしい。

 さすがに回転サソリのような魔獣が襲ってくることは少ないものの、なくはない。特に夜行性の獣は凶悪な場合が多い。

 そのためナターシャさんは学生寮ではなく、スラムで寝泊りしているそうだ。


 ちなみに鬼毒蜘蛛のクラスメイトをナターシャさん。彼女の友人の少女をナターシャちゃんと呼ぶことにした。敬称くらい使い分けないと、ややこしくて仕方がない。


「さ、わたくしたちも帰りましょうか」


 僕らは普通に寮住まいなので学園へ向けて歩き出す。

 魔石灯入りの街灯に照らされた王都は夜になっても明るく、居酒屋などから漏れ聞こえる喧騒はとても楽しそうだ。

 それでも夜空は明るい。ありきたりな表現だけど、満天の星空ってこういう事を言うんだろうな。国の首都という共通点はあっても、東京とは大違いだ。あっちは星もろくに見えないからなぁ。


 とはいえ明るいというのは王都の外と比較しての話。街灯だって東京のようにひしめいているわけもなく、暗く、見えにくい道も多々ある。


 横を浮いている《玉呑みのカンテラ》に小さな魔石をひとつ呑み込ませると、ゆっくりと光を放ちはじめ、ついで周囲の魔力を呑み込もうとしたところで。


「イリス」

「はい、《魔力障壁》」


 イリスにそれを封じてもらう。

 横を浮きながら付いてくるだけの、便利な魔道具の完成だ。


「それでジェイド、何しに来ましたの?」

「グラスリーフの事後処理のご報告を。とは言え、混乱はまだ収まっていないのですが」

「あ、ちょっと待ってください。”音よ惑え”《雑音化(メイクノイズ)》」


 イリスの詠唱が終わり、酒場から聞こえていた喧騒が、声とは分かるものの、単語すら聞き取れない雑音へと切り替わる。

 防音とは違うけど、似たような効果の魔法だろうか。


「これはうっかりしていました。ありがとうございます」

「何をしましたの?」

「基点の半径2mに音を阻害する空気の膜を作り出す魔法です。完全防音にする魔法もあるにはあるんですが、そうすると不意打ちに気がつけない危険性がありますから」

「都合よくこちらの声だけ無音にする魔法なんかはありませんのね」

「対象を話せなくする魔法ならありますけどね」


 ただ、高位の魔導師なら平然と無詠唱ができるので、戦闘で使っても大した効果はないのだとか。


「《雑音化》の範囲内なら何を話しても聞き取られることはないです」

「そう、ありがとう」


 イリスの頭をぽんぽんと軽く叩くように撫でる。

 髪に触れられるのを蛇蝎(だかつ)のごとく嫌う女性も多いけど、イリスはそうでもないらしく喜んでくれる。育った村で同年代の子供がいなかったこともあって、村の大人たちから可愛がられていたからとは本人の弁。


「それで、結局どうしましたの?」

「あの後すぐにハイド殿下がやってきまして、お二人は王城へ連れて行かれただけなので安心するようにと」

「ふーん、そうですの。……誰でしたの!?」


 思わずジェイドを二度見する僕。

 今まで影しかみえず、姿を現していなかった第二王子ついに登場か!?


 クラスメイトの誰かという情報しかなく、恐らくあの辺りかと予想はつけていても、この世界には変身魔法や変声魔法があるので見た目や言動からは確定できない。

 第一王子が王女だったことからも、第二王子が本当に男かどうかすら定かではないのだ。


 ん? 第一王子が王女だったなら、第二王子は第一王子だったってことになるのか……ややこしい。世間的には第二王子なんだし第二王子のままでいいか。


「聖獅子騎士団の甲冑を(かぶと)込みで装備していたのでわかりかねます。声も魔法で誤魔化していたようですし」

「そうでしたの、残念ですわね」

「状況が状況でしたのでお嬢様たちを追うことも、ハイド殿下を追及することもできませんでした。混乱する街を治めなければいけなかったので」

「それはそうでしょうね。コレットは策があるような事を言っていましたけれど、なんとかなりましたの?」


 自分でやっておいてなんだけど、今回の騒ぎは悪ふざけで済むようなものじゃない。

 僕やイリスは元より、領主であるグラスリーフ家にも平民の悪意が向けられるはずだ。そこはなんとかするとコレットが言うので僕らも実行したわけだけど。


「聞きますか?」

「え?」

「本当は、妹が救われたとはいえ、お嬢様を一度か二度、力の限り殴り飛ばしてやろうと思っていたのですが」

「ちょっとジェイド?」

「そんな私が、今回は多めにみてやろうと思うような対応をコレットはしたのですが。本当にお聞きしますか?」

「……話しなさい」


 何をやったんだコレット。

 場合によってはお説教コースだ。


「詩を作りました」

「歌?」

「吟遊詩人が詠う劇調のほうの詩ですね。題目は『悪しき令嬢と病弱な天使』。あぁ、こちらが内容になります」


 手渡された四つ折りにされた紙を開き、イリスと二人で読んでいく。


『悪しき令嬢と病弱な天使』作:コレット=グラスリーフ


街に広がるは恐ろしき病

友は倒れ、親が伏せ、子にすら牙剥く悪魔の吐息

民を家畜と謗る侯爵家の令嬢は、こともなげに呟いた

殺しましょう、屠りましょう、病に掛かった家畜など、屠殺するのが世の定め

制止を叫ぶは領主の娘、されど侯爵令嬢に逆らう力も地位もなし

使い魔を用いて民を焼き払う令嬢に、神の怒りが降り注ぎ、神の獣が現れる

しかして獣は使い魔と争うも、街の被害は甚大なり

それを止めるはひとりの少女

病に侵されながらも立ち向かう少女は空を舞い

その言葉は神の獣の怒りを静める

おお、それこそ彼女が天の使いであった証拠に他ならず

傲慢なる令嬢はこの地を去り、天使の加護を得たこの地は末永く繁栄を約束された


「……傲慢な令嬢?」

「……使い魔?」


 揃って自分を指差す僕とイリス。


「こんな領主に都合のいい話、よく家畜どもが信じましたわね」

「平民に人気の吟遊詩人に頼んだからな。こういうのはどういう内容かではなく、誰が詠ったが重要なものだ」


 人気の吟遊詩人って、アイドルみたいなものだろうか。

 というかジェイド、君も若干呆れているだろう、素が出てるぞ。 


「でもこの内容、大げさな表現に目を瞑れば、大体真実なんですね」

「それもあって、わりとあっさり信じられたな。いまのところグラスリーフ家はブリューナク侯爵家に脅された哀れな領主という形になっている。……俺もまさか、コレットまで燃えているとは思わなかったからな」

「ひどい事しますわね、イリス」

「わたしのせいですか!? 詠唱はともかく、魔法名を決めたのはクリスタさまじゃないですか、アレ本当はどういう意味の名前だったんですか!?」


 新作魔法を《魔女狩りの火(マジョガリノヒ)》と命名したのはたしかに僕だ。

 魔力特攻の火属性魔法にはうってつけだと思ったんだけど。


「遠い異国で、多くの邪悪な魔導師を火刑にした事件が由来ですわ」

「それでなぜコレットたちまで燃えていたのですか」

「その事件、実際のところは魔法の使えない平民も、悪いことしてない魔導師もまとめて殺しまくってますのよ」

「ダメじゃないですか!?」


 イリスの叫びどおりダメダメである。

 ただ言い訳させてほしいのは、魔法名の《魔女狩りの火》はグリエンド語ではなく、日本語の発音だ。これは正しい詠唱と正しい名前を知らなくては魔法を模倣できないことから、他の魔導師に盗まれないようにと考え出した対策だ。

 まさかこの世界に存在しない言語が魔法の効果に影響を与えるだなんて、思うはずないだろう。


 まぁ、僕が異世界から転生してきたと知っているのはナーチェリアだけなので、このふたりにそれを言うわけにはいかないんだけど。

 ……いや、本当は言いたいんだよ? 言いたいんだけど、僕を転生させたのはお地蔵さまだ。そしてその正体は美の女神にしてこの世界の魔神である。


 実は異世界から魔神に転生させてもらったんだよねー、マブダチでさーとか言えるだろうか? 言える訳がない。


「魔法名が与える影響なんて知りませんでしたのよ。魔法なんて使えないのだから仕方ないでしょう!」

「開き直りましたねお嬢様」

「クリスタさま、いくら《雑音化》してるからって、そんな機密事項を外で叫ばないでください」

「大丈夫でしょう、わたくし、イリスの力を信じてますから」

「ご、誤魔化されませんよ」


 とか言いつつも顔が赤くなっている。大丈夫かこの娘、ちょろいぞ。


「ちょろいですわね」

「「反省してください」」

「はい、ごめんなさい」


 声に出ていたらしく怒られた。素直に謝る。


「しかしこれでお嬢様の悪名は国中に轟くことになりますが、本当によろしかったのですか?」

「悪名? 神の獣と相対した勇名の間違いではなくて?」

「お嬢様がそう仰られるのなら構いませんが」

「そういうジェイドさんはどうするんですか? 元々アリスちゃんのために侯爵家にお仕えしていたんですよね?」

「あー、まぁ、宰相閣下は私のレヴィアタンをご存知ですので、暴れたことは伝わっているでしょう。ですから学園を辞めて、妹を連れて他国へ流れる事も考えたんですが」


 ジェイドはアリスちゃんの病気を抑える魔吸石を安定供給してもらうために宰相閣下、つまりは僕のお爺さまに従っていた。僕の監視も、学園へ通っているのも、何ならグラスリーフ家の婿養子となるのもそのためだ。

 けれどアリスちゃんが元気になり、しかも魔法まで扱えるようになったいま、もうお爺さまに従う理由はない。


 ジェイドの実力があれば、元気になったアリスちゃんを連れ、国境にある大迷宮を越えて他国へ逃げる事だって可能だろう。


「妹が、アリスのやつが学園へ通いたいと言い出しまして」

「学園。ガイスト学園かしら?」

「ええ、何でも助けてくれたお嬢様とイリスさんの後輩として、魔導騎士科に入りたいと。そのための勉強も始めるそうで、コレットから色々と教わっているところです」

「あらあら。たしかに彼女の才能があれば可能でしょうけれど」


 僕なんかとは比べられないほど才能に満ちてるからなぁ、アリスちゃん。

 僕も魔法が使いたい! 空とか飛びたい! ゴーレムに捕まって飛んだのはちょっと違う。


「ですので、国外逃亡はなしですね。宰相閣下への言い訳は、お二人も責任を取って一緒に考えていただければと」

「仕方ありませんわね、ここは主人として、いえ、親友としてその望みを叶えてあげましょう」

「調子に乗らないでくださいお嬢様」


 ちょっとドヤ顔して言ったのにばっさり切り捨てられた。ひどい。


「あ、じゃあわたしも親友でお願いしますジェイドさん」

「妹と婚約者を燃やした身で何を言ってるんですか」

「あう」


 イリスまでぶったぎっている。理由を聞けば納得だけども!

 話は終わったとばかりに足を速めるジェイド。いつのまにか学園の入り口まで来ていたらしい。

 僕らは女子寮、彼は男子寮なのでここで別れてもいいのだけど、さすがにこの対応はちょっと寂しいな。

 いや、自業自得なんだけどさ。


 けれど、ジェイドは僕らが顔を確認できない程度の位置で立ち止まると。


「まぁ……妹を助けてくれた恩を加味しても、友人がいいところじゃないかと」


 そう、こちらを振り向きもせずに呟いて、今度こそ男子寮へ向かって走り去っていった。

 

 しばし呆然と立ちすくむ僕とイリス。

 時間の経過で《雑音化》が解除され、夏虫の声が耳朶を打ったところで僕らは顔を見合わせた。


「素直じゃありませんわね」

「ですね」


 くすりと笑って。

 少し軽くなった罪悪感を見つめながら、僕らも女子寮へ、心安らぐ自室へと帰るのだった。

作詞とか分からない……。

絵も文章も動画編集も好きだけど、音楽だけは欠片もできないのがこの作者。色々アレな点には目を瞑っていただければと。


ちなみに今回の責任は元々クリスタが取るつもりだったので、コレットがクリスタに責任を押し付けたわけではありません、念のため。

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