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095 わたくし脱出経路を手に入れたいですわ

本日二度目の更新です。お昼過ぎに1回更新しているので順番にお気をつけください。

「あ、あの、ここ、どこなの?」

「どこって、奴隷ギルドですわよ」

「売られるの!?」


 なんかさっきのイリスと似たような誤解をしている。

 イリスもそれを思い浮かべたのか、苦笑気味だ。

 僕らはいま、王都内の奴隷ギルドまで来ていた。といっても誰かに会いに来たわけじゃない。

 より正確に言えば、会う前に秘密の相談をするために、余人を寄せ付けない場所が必要だったので部屋を借りている形だ。


 奴隷ギルドを管理している貴族の家なら、これくらいは自由にできる。


 余談だが、イリスの拘束魔法でぐるんぐるんの簀巻き状態でここまで来たので一目は惹いたけど、《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》くるくる回しながら《玉呑みのカンテラ》を発光させたら一斉に逃げ出した。


「まぁ、戦力的に考えたら売り飛ばすより手ごまにしたほうがいいですわね」

「ク・リ・ス・タ・さ・ま・?」

「冗談、冗談ですわよイリス。だから脚を踏まないで。あぁナターシャはその辺にお座りなさい。本性の方が楽ならそっちでもよろしくてよ?」


 そういってふかふかのソファにぼすんと座り込む。

 イリスもその横に座ると、ナターシャに掛けた魔法を解除した。

 話し合いの場で相手を拘束したままというのはよろしくない。


「う、うん。それで、何の話?」

「あら、意外と冷静ですわね?」

「だって、あの話を聞いた上で攻撃じゃなくて拘束だったから……」


 なるほど、魔獣だと知って、さらに言えば人を食らい、その人に成り代わるほどの魔法を行使する存在と知って尚、害獣ではなく人間として扱ったからか。


「貴女、うちの国籍があるのでしょう? 貴重な家畜をむざむざ傷つける無能者のつもりはなくってよ」

「家畜……」

「家畜扱いはお嫌でして?」

「う、うーん。魔獣は普通害獣扱いだから、むしろいいほう、かも?」


 予想通りか。

 そういうスタンスだと悪役令嬢が捗ってありがたいんだけど、この娘本当に魔獣なのか。そこらの人間よりよっぽど親近感が沸くんだけど。


「そ、それで、なんの用事? 拘束を解いたなら、逮捕じゃないんだよね?」

「話が早くて助かりますわ。聞きたいことがありますのよ。貴女のお話にいた奴隷商人、その後どうなりましたの?」

「……? みんな連れて急いだからわからない。たぶん逃げた、はず」


 そう、僕がナターシャをお爺さまに突き出さないのは、なにもクラスメイトだからってだけじゃない。それがゼロとは言わないけど、彼女の話に出てきた奴隷商人は十中八九闇奴隷商だ。

 可能ならお爺さまには関わらせず、この手で直接捕まえたい。


 理由はいくつかあるけど、一番ほしいのはその売買経路。より正確に言えば国外への脱出経路だ。


 闇奴隷が横行する理由はいくつか話したと思うけど、時に国外からわざわざこの国まで仕入れにくる商人がいる。この国では魔獣や魔物に人が殺されるなんて日常茶飯事だ。違法に入手した奴隷であっても、そういう事件や事故に巻き込まれたことにするのは容易い。

 奴隷用の首輪も比較的簡単に手に入る。なにせ適当な奴隷を殺して奪えばいいのだから。


 そうした商人たちは秘密裏にこの国と周辺諸国を行き来する経路を構築している。僕はそれがほしい。お爺さまは見つけ次第その経路を徹底的に潰してしまうので、独占しないと意味がない。


 そのための鍵がこのナターシャだった。


「その奴隷商人、捕まえるのに協力してくださるなら、貴女が正式にあの奴隷たちの主人として認められるようとりはからってあげてもよろしくてよ?」

「……そうしたら、みんなは中に入れる?」

「中?」

「王都にって事じゃないでしょうか? ナターシャさんの奴隷、いえ、仲間の皆さんはあのスラムに住んでいるということですよね?」


 イリスの言葉にコクコクと頷くナターシャ。

 そういえば、妙にスラムの家が立派だと思ったけど、あれを作ったのはもしかしたらナターシャなのかもしれない。高位の土魔法でも使えば可能だろう。


「そうですわね。成功報酬、つまり貴女がその奴隷商人を捕まえるのに成功したら王都へ入れるよう取り計らってあげますわ」

「具体的にはどうされるおつもりなんですか?」

「あらイリス、簡単な話ですわよ」


 貴族でもなく、かといって今日から大富豪になんてなれるわけもないナターシャがどうやって多くの奴隷を抱えることを認めさせるか?

 餅は餅屋というじゃないか。


「ナターシャ、貴女奴隷商人におなりなさいな」

「ああ、なるほど」

「な、仲間は売らないよ」

「別に売る必要はありませんわよ。覚えておきなさいナターシャ。人間には、資格を持つだけもって、使わないという手もありますのよ」


 国際条約で個人飼育禁止されている動物を飼いたい人が、そのためだけに輸入や管理の資格を取るようなものだ。動物園や水族館にいったら大歓迎される資格持ちの個人飼育者とか、意外と野にいる。それの奴隷商人版だと思ってもらえばいい。


 もっとも、動物園や水族館の飼育員って厳しい試験を潜り抜けたスーパーエリートだったりするんだけどね。それこそ魔導騎士並の。

 と、また話がそれた。


「で、でも。わたし魔獣だし、そう簡単には」

「いやいや、貴女わたくしを誰だとお思いですの?」

「クリスタ=ブリューナク……あ」

「さすがに高級商店なんてあげられませんけれど、奴隷商人としての最低ランクくらいは差し上げますわ。それで、どうします?」

「ち、ちなみに断ったら」

「お爺さまに突き出しますわ」


 おお、なんか久々に真っ当な悪役令嬢を演じている気がする!

 最近は武力に傾倒してたけど、こういう裏工作が悪役令嬢の花だよね。

 まぁ実際ナターシャがやっているのは犯罪なわけで、僕はそれを取り締まる側なんだから、この措置は十分やさしいだろう。


「わ、わかった、協力する」

「大丈夫ですか? クリスタさまも鬼じゃありませんし、1日くらいなら待ってくれますよ?」

「ちょっとイリス?」

「大丈夫。考えてみたら、わたしに損はない。それに、ドレイショウニンには借りもあるの」

「わかりました。今日から一緒にがんばりましょう!」

「いえ、本格的に悪役側(こちらがわ)へ引き入れるわけじゃありませんからね? イリス、お聞きになって?」


 僕を置いて女子二名がきゃいきゃいしているが、概ね望んだ方向へ向かっていることにほっと胸をなでおろす。


 ひと段落したところでナターシャに腕を仕舞いこんで人間に擬態してもらうと、ギルマスさんを呼んで奴隷ギルドへの登録を済ませる。当然奴隷としてではなく、管理側、奴隷商人としての登録だ。奴隷の受付なら誰でもいいけど、管理側となるとギルマスからの認可がいるんだよね。


「それで、なんでいきなりナターシャさんを捕まえたんですか?」


 ナターシャが色々と書類を書かなければいけないということで別室へ行ったのを見計らって、イリスが問いかけてきた。


「理由ならさっき言ったじゃありませんの」

「闇奴隷商を捕まえる。たしかにレポートの内容と照らし合わせればおかしな話じゃありませんけど。他にもなにか企んでますよね?」

「……いえ、まぁ」

「話してくださいクリスタさま。わたし、家族(ペット)で共犯者ですよ?」


 そう、そうなんだよね。

 このままいけばイリスも巻き込まれるんだし、話せることは話しておこう。

 性別? それはまた今度ね、今度。先にあの男装王女様をなんとかしないと。


「イリスには今更隠しても仕方有りませんから、素直に言いますけれど。結構やりたい放題してますのよ、わたくし」

「? ええ、そうですね」

「表向きは家畜を虐げているから奴隷解放派の貴族には敵視されているでしょうし」

「そもそも侯爵家ですもんね」

「結果だけみると、奴隷や平民を助けてしまっていることも多々あるわけで」

「お優しいですよね、クリスタさま」 


 うん、嬉しい。

 嬉しいんだけどね、イリス、この逆コウモリ状態ってさ、このままだと。


「このままだと、その内お爺さまにぶっ殺されますわ」

「え!? く、クリスタさまのお爺さまって宰相閣下ですよね? ま、孫を殺すなんてそんな」

「そういう人ですのよ、お爺さまは」

「それでなんで闇奴隷商を……、売買経路、脱出路ですか」

「さすが、話が早くて助かりますわ」


 なんなら王族を敵に回すルートも想定している。

 ちょっと前ならいざ知らず、王様が聖獅子の始祖とかいう準神で、殿下たちがその間の子の貴種とか知ってしまった今となっては勝ち目が見出せない。


 いや、イリスならひとりくらい倒せるかもしれないけど、そんなことしたら全面戦争まった無しだ。勘弁していただきたい。僕は魔法が使えないんだぞ! 生き残れるか!


 というわけで国外への脱出路は必須なのである。


「でも、今すぐ、今日明日にどうこうってお話ではない、ですよね?」

「ええ、なんだかんだとこの国にも、学園にも愛着がありますし、本当に最後の手段ですわ」

「それを聞いて安心しました」


 そう言ってイリスが取り出したのは分厚い参考書の山、山、山。

 どこに隠し持って……魔法か、そうか、便利だよね魔法。僕も使いたいなぁ。


「これは……?」

「参考書です」

「見ればわかりますわ」

「今度の試験範囲で、およそクリスタさまが覚えていないであろう範囲全てです。ナターシャさんが戻ってくるまでに少しでも進めてしまいましょう」

「あ、あははは」

「ふふふふ」


 クリスタは逃げ出した。

 しかし回り込まれてしまった。


 クリスタは逃げ出した!

 しかし回り込まれてしまった!


 クリスタは全力を持って逃げ出した!


「お嬢様、こちらへお寄りだとお聞きしへぶぁ!?」

「きゃっ!?」


 唐突にやってきたジェイドに衝突した!

 クリスタは逃げられなかった!


 クリスタは逃げ出し……イリスとジェイドに両側から肩を捕まれた!

 この勉強からは逃げられない!





「5分。いえ、10分でいいので休ませてくださいな」

「では東の迷宮・大森林を抜けた先にある隣国の名は?」

「……インサニオ?」

「何を言ってるんですかお嬢様、そこは魔法王国ソッレルティアです。死霊帝国インサニオは北のメトゥス山脈を越えた先です」

「ではその部分の復習と参りましょうクリスタさま」

「あの、休憩」

「クリスタさまがおサボりになった分を取り戻してからです!」


 そんなー。

 どこかに脱出経路は……なさそう。

 悲しみのあまりジェイドを見るが。


「自業自得です、諦めてください。いえ、別に遺跡でのお返しをしようだなんて思っていませんよ。ええ、ちっとも!」


 救いは無かった。

 明らかに根に持っている。いや、あれだけのことをしてこの程度で済んでいるのだから、むしろよかったのだろうけど。万が一アリスちゃんが取り返しのつかないことになっていたら、今頃本気で僕を殺しに、いや、僕はとっくに殺されてこの国でレヴィアタンが大暴れするような事態になっていたか。


 そう思えば勉強くらいなんてこと、なんてこと。

 ……ちくしょう、グリエンド語と日本語と英語ならわかるが、周辺諸国の言葉とかわからん。これとか英語っぽいし、これでいけるか?


「み、みんな何してるの? お勉強? ……あ、その国のスペルはそっちじゃなくてこうだよ」

「……ありがとうナターシャ」


 ギルマスと一緒に戻ってきたナターシャが、僕の勉強ノート(真っ白な紙でわりと高価)の間違いを指摘する。疑うことなく書き直す僕。人間、何かを教わる時に屁理屈こねて抵抗しても成長できないのだ。


「そういえばナターシャさんって、聞いた話が正しいなら数日で人間の言葉を覚えて、いきなり呪文の詠唱成功させたんですよね」

「語学学習は、得意。ぶい」


 ぴーすぴーすと主張するナターシャ、いや、ナターシャさん。

 この場において学力のないものには人権がないのだ。逆に言えば学力があるなら魔獣であっても人権が生じる。それが筆記試験であり、その前段階の試験勉強である。


「ああ、クリスタお嬢様、こちらですが、神消魔導歴以前の暦は神歴ですが、この場合の表記は紀元前ですね。神歴は神々が生まれ出でてより数億年と非常に長く、正確な年数が記録されていないのです」

「ギルマスまでわたくしをいじめますの!?」


 おかしい、さっきまでもっとダーティな雰囲気だったはずなのに……。


 ええいこうなったらやってやる、やってやるとも! 

 魔法が使えない分学力で一位になってやる!


 こうして突発的に始まった、いや、再会された試験勉強は夜遅くまで続いたのだった。

クリスタくんちゃん、17年ぶりの試験勉強。

いくら勉強しても高熱でおじゃんになり、高校浪人した挙句大学受験には失敗しそのまま死亡した晶くんにとって、勉強は好きな部類ではなかったり。


そしてナターシャさんはあんな感じですが正規の手続きで魔導騎士科へ入学しているので、人並み以上に勉強はできます。少なくとも筆記試験は。


あ、今後は鬼毒蜘蛛がナターシャさん、奴隷少女のほうがナターシャちゃんとなります。

それでも若干紛らわしいですがお付き合いください。


いや、本当はナターシャちゃんを国外へ逃がしてナターシャさんは残ったって言うパターンも考えてたんですけど、それやると奴隷の密輸に加担したことになってお爺さまが殺しにやってきちゃうんですよね……。

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