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094 大森林の鬼毒蜘蛛と逃亡奴隷 後編 sideナターシャ3

気圧の変化に弱いのもあってゲリラ豪雨をキッカケに寝込んでました。すみません。

 避ける、避ける、避ける。

 翡翠孔雀(エメラルドピーコック)の放つ風の刃を、木々がありえない柔軟さでしなりながら繰り出す枝の槍を、避けて避けて避けまくる。

 いまのわたしは狼の姿をしていた。

 平原狼と呼ばれる雑魚中の雑魚。

 魔力もない、ただの獣の中では優秀だけど、魔獣ですらないこの動物はわたしがあっさり捕食できるほどに弱い。けれどこの魔獣ひしめく大地で、繁殖力に応じた群れの数と、純粋な脚力だけで生き残ってきた貴重な動物だ。


 そして、その姿になったわたしは魔力を、魔法を扱える。

 魔獣としての平原狼という自然には存在しない個体となったわたしは、強化魔法によってその長所を、脚力を引き上げて、翡翠孔雀の猛攻を避け続けていた。


 鬼毒蜘蛛(オーガタランチュラ)の中でも欠陥個体であるわたしは、自分よりも強い獲物を狩ったことがない。罠に使う糸が紡げないからだ。それはつまり、わたしの変身できる姿にわたしより強い翡翠孔雀を倒せるものがないという事。


 だけどわたしはここから逃げられない。

 逃げたら群れの仲間が殺される。翡翠孔雀は大森林の秩序を乱す存在を許さない。それは脆弱な人間だろうとも。

 

「…………っ!」


 いくつかの枝を飛び越えて、未だ翡翠孔雀の影響下にない木を踏み台に、上空にいる翡翠孔雀へと飛び掛る。

 大げさに避けようとする翡翠孔雀だけど、そうするのは始めから分かっていた。

 わたしはその場で平原狼から名前も知らない小鳥へと変身する。

 鳥は時々大迷宮を越えてこの土地に迷い込んでくるから、ただの獣であることも多い。そしてそういうのはわたしにとって格好の獲物だった。


 そのおかげで、わたしはこうして翡翠孔雀に追いすがれる。

 上方をとったわたしは、その場で本来の姿、鬼毒蜘蛛へと戻ると、8本の足全てをつかってその全身を拘束。魔物といえど翼を使って飛んでいる翡翠孔雀は、それを封じられた結果重力に引かれて地面へと真っ逆さまだ。


 もちろんこれで魔物が死ぬわけがない。

 けれど、《猛毒付与》されたわたしの牙は強力だ。

 魔法の毒であるが故に治癒魔法で癒され、魔法の毒であるが故に、魔物に届く。

 そのはずだった。


 わたしの牙はすかり、拘束していたはずの魔物はどこにも居ない。

 どこだ、この一瞬でどこへ逃げた?

 その答えは、カマイタチとなってわたしの背に降りかかった。


「…………ギィッ!?」


 上空。

 やつはわたしが最初に見た場所から、動いていなかった。

 やられた。幻惑魔法の中でも強力な、人間たちが高位魔法と呼ぶ魔法を使われていたらしい。

 見え、触れ、嗅げ、しかし幻にすぎないそれを、わたしが飛び掛った瞬間に上空へと逃がした。わたしが鳥となって追ったのも、鬼毒蜘蛛として捕らえたのも、全て幻。


「クゥアアアアアァァ!!」


 二発目のカマイタチが襲い掛かってくる。

 自然のものではないそれは、翡翠孔雀の魔力色である孔雀緑に輝き、眼に見える。

 けれど、あぁけれど、魔法の直撃を受けたいまのわたしじゃ避けられない。

 せめて、せめてあと10秒もあれば魔力を使って自分の傷を癒すくらいはできたものを。


 ずばっと肉の切り裂かれる音がして、けれど痛みはない。

 それはそうだ、蜘蛛の、虫の身体が切り裂かれて、肉の音なんて出やしない。


 小さな重みを感じて上をみれば、小さな生き物が乗っていた。

 それは人間という、動物なのか魔獣なのかよくわからない生き物の子供で。

 殺すと強い人間が仕返しにくるけど、助けたら仲間にいれてくれる変な存在で。


 わたしの、初めての仲間で。


 暖かいものを全身に浴びる。

 何度も何度も、いや、毎食毎食感じるあの臭いがナターシャからあふれ出していく。

 それは彼女を、そして彼女が覆いかぶさるわたしの上面を伝い、わたしの顔まで垂れてくる。

 口に入り込んだそれは、暖かくて、鉄の味がして、毎食毎食味わった、けれど初めての味がして。


 ……え、あ、嘘。なんで?


「り、す……ぐも、さ……だいじょうぶ?」

「…………」


 なんで、なんで逃げてない。

 遠くで、魔法が使える人間が翡翠孔雀へ攻勢魔法を使う音が聞こえる。

 他の仲間たちも、翡翠孔雀の気を引こうと、叫んでいるのが聞こえた。


 火で拘束していた蔓が燃えたのか、ドレイショウニンとやらが逃げる叫びが聞こえた気もするけど、それは本当にどうでもよかった。


「よかった、いきて、た。わたしも、だいじょうぶ、みたい」

「…………」


 嘘だ、その傷で助かるわけがない。

 いや、たしかに傷そのものは大きくない。けど、深い。

 今すぐに死ぬことはないけど、ここには治癒魔法を使える人間が居ない。

 だから、ナターシャは死ぬ。死んでしまう。うそだ、そんなの嘘だ。


 嘘だ。

 嘘だ、嘘だ、嘘だ。

 嘘だ、嘘だ。

 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ。


 嘘だ。

  

 そう、嘘だ。

 ナターシャはまだ生きている。

 血があふれていて、今にも死にそうだけど、まだ生きている(・・・・・・・)


「わたしね、じぶんのなまえ、すき」

「…………」


 知っている。死んだお母さんから貰った大切なものだって、聞いたことがある。

 蜘蛛は人間と違って生まれた瞬間から弱肉強食だから、よくわからないけど、人間にとって親は大切なものらしい。それがナターシャの語り口からよくわかった。


 だから、知ってるから、もう話さないでほしい。そんなことで、貴重な時間を使わないでほしい。


「でもね、わた、が、わたしがしんだら、なくなっちゃうからね」

「…………」


 だからやめてほしい。そんな、最後みたいな。

 せっかく、せっかく欠陥個体のわたしにできた、はじめての仲間なのに。


「リス、ぐもさんに、ううん、ナターシャ(・・・・・)にあげるね(・・・・・)、わたしのなま……」

「…………ぁ」


 カチリと、何かが動いた気がした。

 今となっては、本当にこれがきっかけだったのかわからない。

 だけどもし、もしもナーチェがこの時のわたしを見ていたら、その鑑定眼にはこう表示されていたと、そう思う。


 《鬼毒蜘蛛》への名づけに成功しました。

 固有魔法《変身(トランスフォーム)》から固有魔法《部位変化(パーショリィチェンジ)》へ派生しました。


「…………ま、まだ間に合う」

「…………」


 部分的に人へ変化した口で、慣れない、けど必死に練習してきた人間の言葉で呟く。

 反対に黙りきってしまったナターシャを。部分的に人へ変化した手でそっと地面へ下ろす。


「お、お前を殺して、ここを出て、治癒魔導師を探せば、ま、まだ、間に合う」


 わたしは人間を食べたことがない。だから人間には変身できない。

 けど、ナターシャが名前をくれたことで、わたしの力が増した。わたしの新しい固有魔法なら、血の一滴からでも、部分的に変化させることができる。


「だから」


 《部位変化》を発動。

 完全な人間にはなれない。元の姿に近ければ近いほど魔法の持続時間が伸びると直感的に理解した。

 

 なら、基本的な形状を人型へ、間接は虫に近い球体に、手足の総数もそのままにそのうち6本の先端は人の手に、二本は可能な限り人間に、つまりは脚に。身体もできるだけ人に、質感は虫のまま、色合いは人間のものに。


 首から上は、可能な限り人間に。

 だってそうしないと、申し訳ない。わたしが飲んだ血はこれだけだから、仲間の顔を他の種族とのぐちゃぐちゃなものにするのは嫌だから。


 そして人に近く、人には見えず、けれど顔だけはナターシャそっくりになったわたしは。

 まるで六腕の人形のような姿をとった鬼毒蜘蛛ナターシャは──


「”空より来たりて燃え広がれ!”《炎上する雨(フレイムシャワー)》!」


──生まれて初めて、食欲ではなく、明確な殺意をもって魔法を発動した。





 過剰に降り注ぐ火へ翡翠孔雀が反応する。

 わたしは休まず魔法を放ちつづけ、周囲の森を、正確には翡翠孔雀の魔法によって操られている木々を焼き尽くす。群れの仲間には魔法をかけて保護することも忘れない。


 あのドレイショウニンたちの魔力ではここまでの火力も、連続発動もできないだろうけど、わたしは違う。糸が使えなかろうと、欠陥個体だろうと、わたしは魔獣だ。鍛えなければ魔法を使えない人間とは、そもそもの魔力容量が違う。


 その代わり生まれつきの魔法しか使えないという欠点があるけど。それも仲間に魔法を教えてもらって、詠唱できる人間の顔を手に入れた今となっては過去の話。


 燃え尽きる前に一太刀と迫り来る枝の槍を掻い潜り、翡翠孔雀へと迫る。

 こうしている間も《炎上する雨》は降り続き、翡翠孔雀を無敵の空から木偶の大地へと押さえつけている。


「クゥウウアアアアアウゥアア!!」

「煩い!!」


 魂のない、生き物ではない、危険を感じるはずもない翡翠孔雀が、それでも叫び、地面の中に埋まっていた無数の根っこが飛び出すと、翡翠孔雀を半球状に覆った。

 強い魔力を帯びているようで、降り注ぐ火の粉を弾いている。


 だけど。


「い、急いでるんだから、手間取らせないで!!」


 慣れない人間の足は、それでも思うように動いてくれる。

 その根っこに6つの手で張り付いたわたしは、仲間の人間が「すっごい強いんだけど、人間の身体だと無茶すぎて、ゴーレムとかに使わせるしかない魔法」だと言っていた魔法を発動する。


 大丈夫、いまのわたしは人型だけど、人間になったわけじゃないんだから。


「ま、”回りて(えぐ)れ、全てを穿(うが)て”《刳り貫く(エクスカヴェイト)》!」


 わたしの6つの手は魔力を帯び、手首から横に拘束で回転しはじめた。

 そして木の根をぐりぐりと、ぐしゃぐしゃと、ギュルルルルルルルルルルル!!!! っと抉り取っていく。

 あぁ、うん、これ人間が使ったら重症だ。間違っても使っちゃいけない奴だ。わたしは平気だけど。


 そうして、半球状の木の根に複数の穴をあけると、わたしはその中心部分を蹴り飛ばす。

 脆くなったその部分はあっけなく割れ、中の獲物をさらけだす。


「ク」

「ばいばい」


 わたしは回転したままの手で翡翠孔雀を解体した。





「そ、それで、大森林を越えるのは無理だって諦めて、急いで大ムカデを探して、食べて、そ、それに変身してナターシャたちを乗せてここまで来たの」

「お、王都まで来ましたの? よく、騎士団や魔導騎士に狩られませんでしたわね」

「? き、騎士団は結構蹴散らしたの。殺しては居ないけど。魔導騎士は、負けたけど、理解? 把握? してくれて、ナターシャを助けてくれたの」


 一歩間違えば殺されていたから、今思い出しても少し怖い。

 あの赤い髪の魔導騎士は誰だったんだろう。教官と似た髪の毛だけど、教官より若い人間だった。


「ということで、ナターシャはとってもすごいんだよ! 強いんだよ!」

「な、ナターシャ、恥ずかしいからやめて」


 話の途中で混ざってきたナターシャがわたしを大げさに褒める。うれしいけど、恥ずかしい。これが羞恥心。人間の心を学べてうれしいよりも、やはり恥ずかしい。

 二人ともナターシャなので紛らわしいけど、わたしもナターシャもこの名前が大好きだから、変えるつもりはない。


「話はわかりましたけれど、ひとつよろしいかしら?」

「な、なに?」


 この人間、クリスタ=ブリューナクは魔獣の視点でも、人間の視点でもやることなすこと頭がおかしいから、要注意。何かあったら、わたしがナターシャを守らなければ。


「ナターシャ、えっと、小さいほうのナターシャたちは主人のいない奴隷、ですのよね? そのままですと強欲な貴族に奪われてしまうのではなくて?」

「だ、大丈夫。わたしが主人になってるから」


 どうやらナターシャたちの心配をしてくれていたらしい。もしかして、いい人間、なのかな。

 この件については魔法が使える仲間、魔導師が提案してくれた。今では魔導師という呼び方を覚えた。えっへん。


「そう、全部で何人だったかしら」

「え、えっと」

「わたしも入れると19人だよ!」


 ナターシャが教えてくれた。実はまだナターシャとか一部の人間しか顔を覚えてなかったから、助かる。


「……ナターシャ、えっと、クラスメイトのほうのナターシャ」

「な、なに?」

「貴女、まだ貴族でもなければ、定職にもついていませんわよね? 実は大富豪だったりしますの?」

「え、国籍は魔導騎士の人に貰ったけど、平民、のはず。収入は、たまに魔物とか狩ってるくらいだけど」

「イリス」

「はいクリスタさま」


 次の瞬間、知覚すら出来ない速度で地面から伸びた無数の腕が、わたしの全身を拘束した。


「うわ!?」

「ナターシャ!?」


 驚いて、咄嗟に振りほどこうとするけど、はずれない!?


「地位もなく、大した金もない家畜が所有できる奴隷の数は、3人までですのよ」

「……ワタシマジュウダカラヨクワカラナイ」


 わーわーわー誰にも怒られてないから気にしてなかったけどそういえばそんな決まりがあるって言ってた気がする!

 どうしよう、どうしよう。この人間の強さはよくわからない。正直本気でやれば倒せる気がする。

 でも、でもその後ろにいるあの人間はだめだ。

 イリスはだめだ、まずい、無理、わたしが10匹居ても勝てるか怪しい、それくらいの化け物だ。あれが人間とか絶対嘘だ。


「よりにもよって、奴隷の管理者であるブリューナク家(わたくしたち)の前で正直に話すとか、何やってますの、このお馬鹿」


 化け物を従えている頭のおかしい人間は、片手で顔を覆いながら、盛大にため息を吐いていた。

日本の季節は春梅雨夏秋冬の5つあるなんていわれたりもしますが、いつから台風祭りを加えた6つになったんでしょうか?


シリアス「がんばった、がんばったよ……」

コメディ「最後の最後で出番奪われた気持ちはどうですかー?」

シリアス「もっと活躍できる作品求む!!!」

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