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093 大森林の鬼毒蜘蛛と逃亡奴隷 中編 sideナターシャ2

ロスタイム! そして後編だとは言ってない(ごめん伸びた)

 順調に大森林を抜け、隣国へ。そんな簡単に話が済むなら、ここにはもっと多くの人間がやってきているわけで。わたしが見てきた人間の大半が冒険者、つまり強い人間という事からも、この場所が人間にとって危険地帯ということがわかる。


 いまわたしと、わたしが守ってやっている人間の群れがいるのは入り口からそこそこ奥へと来た辺り。そこそこっていうのは、まぁそこそこだ。

 この大森林はとにかく広い。そして深い。

 わたしどころか、わたしの同族たちだって自分達の生息範囲しか理解していないから、きっとまだ見ぬ、そして危険な隣人がいっぱい居る事だろう。


 そんな場所を冒険者でもない人間がさくさく進めるわけもなく、魔獣が現れては苦戦をし、ゴブリンみたいな雑魚魔物が現れては大混乱といった有様だ。

 それでも今日まで全滅せず、それどころか死者もほとんど出さなかったのはこの群れに魔法を使える人間がいたからだろう。


 それに粗末な武器を扱ってそこそこ戦えるのもいる。ナターシャの父親もまぁ弱くはない。

 でも正面から戦ったらたぶんわたしが勝つ。隠密と不意打ちに長けた鬼毒蜘蛛の、さらに欠陥個体であるわたしが勝ってしまうという事は、まぁその程度の実力ということなのだけど。


 硬い木の枝などを加工した即席の槍は全員装備しているが、大した役には立たないだろう。

 わたしが糸を使えれば、もう少しマシなものを用意できたかもしれないけど、使えないんだから仕方ない。


「どうしたのリス蜘蛛さん。考え事?」

「……」


 このままこの森で人間達が暮らすという手も……ないな。こんな弱くてはわたしの同族たちの餌になってしまう。わたしの同族たちはわたしほど賢くないので簡単に人間に襲い掛かる。

 そんなことしたら強い人間にやりかえされるだけだというのに。あほだ。


「ねーねー、リス蜘蛛さーん?」

「……」


 ナターシャがわたしの上で跳ねている。

 わたしは弱いけど、鍛えていない人間なんかよりは遥かに強いからどうということもないけど。ナターシャ、わたしは君たちのことを考えて悩んでいるというのに、鬼毒蜘蛛より立派な頭をもっているはずの君が呑気に遊んでいるのはどういう事だ。


「ナターシャはすっかりその蜘蛛に懐いてしまったな」

「リス蜘蛛さんいいこだよ?」

「俄かには信じがたいが、ここまで一緒にいればそうだという事はわかっているさ。なぁみんな」


 ナターシャの父親にふられ、群れの人間達が苦笑しながら頷く。

 人間は表情というものでコミュニケーションが取れるらしい。うらやましいと思うが、虫にそんな機能はないし、リスもあんまり上手ではない。口を開いて威嚇とかはできるけど。


 いつまでも跳ねられていてはたまらないので、リスへ変身してナターシャの足元をすり抜ける。


「おっとと」

「……」


 そのままナターシャの足を伝って肩へ上ると、毛づくろい。別にそんなことしなくてもいいのに、この姿だとついついしてしまう。最近はこの肩がわたしの定位置になっていた。


「……?」

「どうしたのリス蜘蛛さん」


 いま近くで魔法が使われたような?

 でも他の生き物、少なくとも魔法を使うような存在は群れの人間くらいしか感じ取れない。

 わたしの感知能力はそこそこ強い。そうじゃないとこの大森林では生きていけないからだ。


 だからこそ、魔法の反応を間違えるはずもない。だから魔法が使われたのは間違いないはずだけど。どこで使った? 何が使った?


 そういぶかしんでいたら、木々の間から知らない人間たちが現れた。

 6人ほどの小さな群れだ。


「おやおや、本当にこんな大迷宮に奴隷がいるとは」

「だからいったじゃないですか。約束の件お願いしますよ」


 みんな硬そうな鎧を着込んでいるけど、中でも一番えらそうなひげもじゃの人間に、がりがりの、ひとりだけ粗末な鎧を来た人間がへこへこしている。

 その見た目はあの群れの仲間というより、どちらかといえばわたしのいる群れの仲間みたいだ。


「ピクロスさん?」

「やぁナターシャちゃん。久しぶりだね」

「王都へ行くと行っていたお前が、何故ここにいる? その人たちはいったい?」


 不思議そうにがりがり男の名前らしきものを呼ぶナターシャちゃんと、あからさまに警戒している父親と群れのみんな。

 

「へへ、まぁ、たしかに大森林を越えるなんて無茶だって俺達は王都へ向かったんだがね。生憎、そっちも平原狼やらヴォイドレックスやらわんさかいて、俺以外みんな死んじまった」


 誰だろうこれと思っていると、小声でナターシャが教えてくれた。

 このピクロスという男は同じドレイショウニンに管理されていた奴隷らしい。他にもたくさんいて、逃げずにその場に残った奴隷、王都へ向かった奴隷、国境を越えようとした奴隷と散り散りになった。


 その王都へ向かった奴隷のひとりがこいつで、国境越えを目指したのがいまわたしがいる群れだって。


「だが俺は運よくこの人たちに助けられてな。残念ながら立場は奴隷にもどっちまったが、それも今日限りだ」


 管理者の居ない野良の奴隷は早い者勝ちで所有物にできるらしい。だから彼らに助けられた、捕まったピクロスは自由の身から奴隷に戻ってしまった。

 じゃあ、なんで王都、つまり国境と反対に向かっていたピクロスがこんなところにいるのか。


「ピクロス、話はもういいだろう。こんな危険地帯、商品を仕入れたらさっさと出たい」

「……ピクロス、貴様、俺達を売ったな」


 偉そうな男の合図でこちらへ武器を向ける男の仲間達。

 

「そうさ。もっといい、魔法が使える奴隷や女のガキもいるって伝えたんだ。案内する代わりに俺は自由の身にしてくださいってよ!」

「たしかに俺達は逃亡奴隷だ。真っ当な人間に捕まれば、身の安全を保障される権利すらない存在だ。だが、商品の仕入れと言ったな? たかが奴隷のために、危険場所までやってくる真っ当な奴隷商人がいるものか。貴様ら、闇奴隷商だな」


 ドレイショウニンというのは奴隷を売る人間らしい。ヤミドレイショウというのはよくわからないけど、たぶんどっちも一緒だろう。ドレイショウニンの進化版とかかもしれないけど、ドレイショウニンでいいや。


「さっさと捕まえろ。手足のニ、三本はもいでもかまわん。治癒魔導師は確保してある」

「武器を構えろ、来るぞ!」


 戦いが始まった。

 重たそうな鎧を装備しているだけあって、こちらの粗末な武器ではあまり効果がない。

 困ったことに強いのは装備だけじゃなく、敵の人間自体が結構強い。この大森林に侵入してくるだけはある。


 このままだと簡単にこっちの群れは全滅しそうだ。それは嫌なので手を貸してあげよう。

 わたしはリスの姿のまま飛び出すと、ナターシャの父親とつばぜり合いしていた敵の肩へ飛び乗って《変身》を解除した。


「ひぇ? な、なぁっ!?」

「…………キチキチ」


 驚く敵を無視して、牙をきちきちと鳴らす。《猛毒付与(ポイズンエンチャント)》完了。がぶりんちょ。


「ぎゃあああああああああ、ああ、あ、あ、あぁ、ぁ……ぁ」


 鎧の隙間、首周りから牙を突き入れられた敵は死んだ。

 わたしが人間を襲わないのは強い人間に襲われたくないからだ。逆に言えば群れの仲間を襲われたら容赦なく殺す。


「な、巨大蜘蛛ジャイアントスパイダー!? どこから」

「違う、小動物が変身したのをこの目で見た、《鬼毒蜘蛛(オーガタランチュラ)》だ!」


 どうやらわたしたちを知っている敵が居たようで、一気に警戒が強まる。

 たぶんわたしひとりならこの数の人間を相手にするのは難しい。糸もだせず、強い生き物に変身もできないからだ。


 それでも群れの仲間が足止めしてくれれば、その隙を突いて殺すのは簡単。

 あぁ、ひとりじゃないって素晴らしい。


「魔獣とはいえ所詮虫けらだ、焼き殺せ」

「任せな。 ”焼きつくせ!”《火矢(フレイムアロー)》!」


 敵のひとりが魔法を放ってくる。強力な火を圧縮した魔法の矢だ。

 二本三本と放ってくるが、避けるだけなら簡単簡単。でも直撃はまずい、こっちは火への耐性は皆無なんだよね。


「ちょこまかと、”空より来たりて燃え広がれ”《炎上する雨(フレイムシャワー)》!」


 敵の矢がわたしではなく上空へと吸い込まれる。

 はずしたのかと思ったら、それは空中ではじけとび、無数の小さな火の粉となって降り注いできた。


「うわあああ!?」

「きゃああああ!」

「あつ、あっづ」

「てめぇ俺達まで巻き込んでんじゃねえぞクソが!」

「仕事終わったら覚えてろよぶん殴ってぎゃああ燃える燃える!?」


 こちらの群れ、敵の群れ、どっちも等しくその火の粉を浴びていた。これはひどい。

 もちろんわたしも浴びる。あっつい、すごいあっつい!

 しかも森の木々が焼けていく。水気の多い木を焼くほどの火力がこの小さな火にこもっているのはすごいけど、この森で火はまずい。 


 焚き火程度ならともかく、こうも派手に使うと、奴が来る。


「クゥァー!」

「なんっ、かはっ」


 緑の何かがすごい勢いで通り過ぎたかと思うと、魔法を使っていた敵がまっぷたつになった。

 別たれた下半身を見つめながら叫ぶそいつを尻目に、緑の何かを確認する。


 大きな鳥だ。

 大きいといってもロック鳥やコカトリスみたいにすっごい大きいわけじゃない。精々1mほどの、翼を広げたって4mにも届かないくらい。


 けれど大きさなんてどうだってよかった。

 重要なのはアレがなんであるか。アレは魔獣じゃない、魔物だ。それもゴブリンのような雑魚ではなく、大きな魔法が力をもった存在だ。


 魔物が尾羽を開く。身体に対して上方へ伸び、左右へ開いたそこに映し出されるのは美しい模様と、それを霞ませるほどに存在する無数の瞼。それが一斉に開いた。


「ひっ」

「なんだあれは、魔獣、いや、魔物か!?」


 千の瞳を持つ魔物。翡翠孔雀(エメラルドピーコック)

 この大森林を昔から見守り、秩序を乱す存在を(ついば)ばんできた怖い鳥。あの鳥は同じ魔物でさえ容赦なく殺す。以前ゴブリンキングを瞬殺しているのを見た。その上魔物だから物理無効。戦っちゃいけない。


 火災は森にとって天敵だ。だから《千里眼》によって森の全域を観察している翡翠孔雀は大きな火をみると飛んでくる。

 

 下手な動きをして敵と認定されたらみんな死んでしまう。だからそっとこの場を離れようとしたのに、馬鹿がいた。

 ドレイショウニンが仲間に命じて翡翠孔雀を攻撃したんだ。

 さすがにアレが魔物だということはわかっているみたいで、魔法か、魔法を付与した武器で攻撃した。

 けど矢は届く前に風魔法で吹き散らかされ、届いたはずの剣は地面に打ち付けられる。


 翡翠孔雀の目は伊達でもなければ《千里眼》のためだけのものでもない。そうであればあの魔物はもっと単純に大きな目玉みたいな姿になっていたはずだ。

 これは後から勉強したことだけど、翡翠孔雀の原典は《森の監視者(クストス・シリヴァム)》。文字通りこの大森林を管理するために生み出された魔法だ。

 故にこの森の全てを把握し、操り、騙すことができる。

 使用可能な魔法もそれを表していて、矢を弾いた風魔法に加え、幻惑魔法も使ってくる。


「クアゥー! クアゥーーー!」


 翡翠孔雀の鳴き声に反応し、森の木々が動き出す。

 草や蔓は蛇のようにのたうち、木々は枝を、根を槍として突き出してくる。


 逃げようとしていたドレイショウニンも、その仲間も、ことごとく草木に拘束されてしまった。


 ただ、翡翠孔雀が怖いのは強いからじゃない。

 捕まえたピクロスへ近づいた翡翠孔雀は、その顔にくちばしを突き入れた。


「ぎゃあああああああ!? ひ、やひゃめ、ああああああああ!!?」

「ひっ」


 怯えるナターシャを背後にかばいつつ、翡翠孔雀の動向を見守る。

 翡翠孔雀は強いけど、その力は魔力によるもので、無限なわけがない。これだけ大規模な魔法を行使するにはその身体はあまりにも小さい。


 ならどうやって回復するか。自然の魔力が身体に集まるのを待つ? それもある。わたしも、人間だって息を吸うようにそれをしている。けれど翡翠孔雀はこの森を監視し続けなければいけない。回復を待つような暇はない。


 なら簡単だ。貴重な魔力を消耗させた侵入者から返してもらえばいい。

 その手段は動物や魔獣がエネルギーを回復させる方法となんら変わらない。つまり、見たままの捕食。


「ちくしょう、なんだってこんな。この森を抜ければ自由の身だったってのに!」

「逃げられ、はしないか」


 群れの人間が言うように、逃げるのは無理そうだ。周囲の草木は未だ魔法が掛けられたままうごめいていて、小さな隙間はあるけど、そこへ近づいた瞬間襲われるのは分かりきっている。


 どうしよう。正直、人間の群れを見捨てれば、わたしは助かる可能性が高い。元々この森で生まれ育ったから侵入者じゃないし、《気配遮断》を使えば翡翠孔雀本体ならまだしも、魔法をかけられた草木程度ならどうとでも誤魔化せる。


 ピクロスを食べ終わった翡翠孔雀がこっちを見る。

 そしてその千の瞳は人間の群れを逃がすまいと睨みつけていた。


「なぁ、リス蜘蛛さんや」

「……?」


 群れの中で一番年をとった人間が穏やかな顔で話しかけてきた。

 何の用だろう。状況をわかってるんだろうか?

 あとわたしは鬼毒蜘蛛であってリス蜘蛛ではない。


「あんたぁ、わしらが合流するまで、しばらくナターシャを守ってくれとったんだろう? あの魔物、倒せるかい?」


 わたしは無言で足を一本横に振る。

 人間達がする否定の動作だ。覚えた。


「じゃあ、みんなで逃げられるかい?」


 同じく否定。無理だ。


「なら、ナターシャだけなら、この子だけなら連れて逃げられるかい?」

「ギムルおじいちゃん?」

「…………」


 否定、はしなかった。

 《気配遮断》は自分の周囲の気配を消す魔法だけど結構魔力が必要で、みんなにたくさん使える魔法じゃない。だけど、わたしとナターシャくらいならできるし、彼女の大きさならわたしの背中に乗せて逃げることも出来るだろう。


 だけど、その場合この群れは置き去りだ。


「カッツさん、しょうがないんじゃないですかい?」

「……そうですね、仕方ない、ですかね」


 カッツというのがナターシャの父親の名前らしい。初めて知った。

 いや、これまでにも名前は出ていたんだろうけど、興味なかったから初めて覚えたというのが正しい。


「じゃあ蜘蛛さん、娘を頼みます」


 そう言ってカッツが槍を、あの死んでしまった、わたしが埋めた人間から引き継いだ粗末な槍を構えて、翡翠孔雀に突撃した。


「うおおおおおおおおおおおっ!!!」

「ぬおおおおおおおおおおお!!」

「待ってお父さん! ギムルおじいちゃん!」


 年寄り人間もつっこんだ。こっちは剣を持っている。


「 ”穿て!”《水弾(アクアバレット)》」


 わたしの群れで唯一の魔法を使える人間が魔法を放った。

 物理攻撃が利かないから、つっこんだ二人はただの囮で、本命はこちらという事になる。


 けれど弱い。あまりにも弱い。

 こんな魔法では、翡翠孔雀どころかわたしを殺すことすらできやしない。


 わたしは水の弾丸を翡翠孔雀が風魔法で打ち消したのを確認すると、前を走る馬鹿な人間二人に追いすがり、横から体当たりで吹き飛ばす。


「な!?」

「ぬう!?」

「蜘蛛さん!?」


 ナターシャの驚く声が聞こえるが、こっちはそれどころじゃない。

 わたしは吹き飛ばした二人の元々居た場所には、無数の蔓が槍のように寄り集まって突きこまれていた。あのまま走っていたら人間が二人死んでいた。

 あの、わたしを見て笑っていた人間のように。


 それは嫌だった。

 なによりナターシャがまた泣くのが嫌だった。


 翡翠孔雀の瞳がわたしを見つめる。怖い。相手は明らかに格上の魔物。対してわたしは魔獣の欠陥個体。

 だけど、そんなわたしはその瞳から逃げることもせず、牙へ《猛毒付与》を施すと一直線に飛び掛った。


 わたしは賢い。

 そう思っていたけど、勘違いだったらしい。

 わたしはやっぱり、虫けららしく大馬鹿だ。

なんか鬼毒蜘蛛ちゃんすごく気に入ってきた、可愛い。

可愛くない?

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