084 わたくし死にたくありませんわ
まだロスタイム、です!(苦しい
「おにいちゃん!!」
「アリス!?」
「アリスちゃん!?」
激戦を繰り広げる二人の間に飛んでいったアリスちゃん。
そう、文字通りに飛んでいった。
再三繰り返しているが、飛行魔法は純粋な魔力保有量や技量以外に術者との相性が重要な魔法で、イリスであっても使うことはできない。半ば固有魔法だといって差し支えないだろう。
それもあり、巨大なレヴィアタンと戦うにあたってイリスは屋根の上を移動していた。
アリスちゃんは《魔食菌》に魔力が食われていても尚、平均を大きく上回る魔力を有しているが、それが原因で魔法の訓練が出来ていなかったのだから技量は最低レベルのはずだ。相当飛行魔法と相性が良いんだろう。
「お兄ちゃん、あーたん、座って。イリスさんも、その物騒な剣を仕舞ってください」
「アリス、身体は大丈夫なのか!?」
「ぐるぉ!?」
「はい」
あまりの事態に同様するジェイドとレヴィアタンを尻目に、即座に魔法を解除し屋根の上で正座するイリス。
アリスちゃんが明らかに元気、つまり容態が安定していることから、このままジェイドと戦闘を続ける意味はないと判断したんだろう。
あと、いまのアリスちゃんからは逆らってはいけないオーラが溢れている。
「お・に・い・ちゃ・ん・?」
「……レヴィアタン」
「ぐ、ぐる」
レヴィアタンが体を横たえ、その頭頂部でジェイドが正座をする。
横たえと言葉にすれば簡単だけど、レヴィアタンの全長はこの町を囲っても余りある長さで、正確なサイズがわからないほどだ。
まぁ、そんな怪物が今では小さな女の子に叱られてしょんぼりしているのだが。ああなってしまっては可愛いもの……いや、やっぱり怖いな。
「まずは、その、心配かけてごめんなさい」
「ああ。大丈夫、なのか?」
「うん。さっきまで死ぬほど苦しかったけど、今はこれ以上ないくらい元気だよ」
死ぬほど苦しいの時点でジェイドとレヴィアタンが僕を睨む。うん、その反応は間違っていない、僕でよければいくらでも睨むといい。
アリスちゃんが元気になったのを、僕の手柄にするつもりもない。これは、彼女が努力した結果だ。僕の役目はジェイドの足止めと、まぁこの後の色々を引き受ける事かな。
「それはいいの、それはいいんだけど……何であーたんを街中で出してるの?」
「そ、それは……クリスタの奴が予想より手ごわくて」
「お兄ちゃん! 侯爵令嬢様を呼び捨てってどういうことなの!? まさか浮」
「待て! それだけはありえん! さっきまで殺し合っていたからつい」
「殺しあってるほうが駄目でしょう!」
アリスちゃん、完全に正論である。
ありえんの部分でコレットがちょっと赤くなっていたが、あれの半分くらいは僕が男だからだと思う。言えないし、言う必要も無いから黙っておくけど。
「そんなことより、どうやって飛行魔法なんて、いつの間に覚えていたんだ?」
そう、それだよ! みんなが知りたかったことを聞いてくれたジェイドに、一同賞賛の声を上げる。アリスちゃんが怖いので心の中で。
「え? お兄ちゃんとイリスさんのところへ行かなきゃって思ったら飛べたけど」
漫画のようにずっこける一同。
イリスだけは「あー相性いい魔法だとそんな感じですよねー」と言っているが、ジミーとミゾレは全力で頭を振って否定している。どうやらアリスちゃんはイリスと同じ天才型らしい。名前が似てると才能も似るんだろうか。
「で? わたしを心配してくれたのも、クリスタさまがお強かったのもわかったけど。なんであーたんで街中に入ってきたの! 町が壊れたらどうするの?」
「実態化させなければすり抜けるからだいじょう」
「ブレス吐いてたよね!? イリスさんが防がなかったら建物壊れてたよね!?」
「イリスも手加減できるような相手じゃなくてだな」
「だからって、お兄ちゃんが犯罪者になったらどうするの」
「それを言うなら、この惨状はどうするつもりだ。お前や、協力したイリスにク、お嬢様たちは」
そこは気になるところだろう。けど、僕だって何も考えなしでやったわけじゃない。これが目的を果たすのに最も効率が良かったとはいえ、その悪感情がアリスちゃんやグラスリーフ家に向かってしまったら問題だ。
とはいえ、こんな人目のある場所で内容を言ってしまったら台無しになってしまう。
「その事でしたら、お屋敷で話しませんこと? ここではどんな目や耳があるかわかったものではありませんし、アリスが無事だと分かったのなら、わたくしたちが争う理由もないでしょう?」
「それはっ……いいだろう。コレットさま、部屋をお借りしても?」
「ええ、元よりそのつもりです」
「お兄ちゃん、あーたんは還してください」
そのまま屋敷へ向かおうとするジェイドへ、アリスちゃんからのお叱りが飛ぶ。
即座にレヴィアタンは返還され、僕らは徒歩でお屋敷へと向かう。
その直前にレヴィアタンがあげた寂しそうな声は聞かなかったことにした。
「それで、話を聞かせてもらおうか?」
セバスチャンさんに案内され、応接室に通された僕らはふかふかの大きなソファに身を沈め、ガラス製のテーブルを挟んで向かい合っていた。
セバスチャンさんも一緒に焼かれていたはずなんだけど、町民達より遥かに早く元気になっていた。コレットもそうだけど、グラスリーフに関わる人間はしぶといのが売りなんだろうか。いや、コレットパパは白目むいて気絶してるけど。
座り方はジェイドの両脇にアリスちゃんとコレット。
反対側に僕とイリスだ。ジミーとミゾレは出入り口を塞いでいる。未だに警戒されているらしい。
それにしても、こうしてるとハーレムものの主人公みたいだな、ジェイド。
イリスは言うまでもなく美少女だし、僕も外見だけなら同じレベルだ。
「おいクリスタ、何か変なこと考えてないか」
「何のことかしら? それで、話でしたわね。ええ、もちろん構いませんわ」
目ざとく聞いてきたジミーをスルーして話をはじめる。
「とはいえ、そう大した内容でもないのですけれど。ジェイドにはちょっと、この町の英雄になってもらいますわ」
「は?」
今回の作戦、その後始末の全容はシンプルだ。
全部クリスタ=ブリューナクが悪い。以上。
これは何もふざけているわけじゃない。
イリスが僕の使者を名乗ったこと、紋章を使ったことでブリューナク家の関与は明白。
そして計画通りならコレットの語った内容に町民を焼くというものはなかったはずだ。ちょっとした手違いであの場に居た全ての人が燃えたみたいだけど、死者が出ていないならむしろ好都合。
出てないよね、死者。
話を戻そう。
グラスリーフ家はアリスを犠牲にすることまでしか知らされておらず、それ以降は全てブリューナク家、もっと言えばクリスタの暴走という事にしてしまえばアリスちゃんやコレットから目を逸らすことができるだろう。
イリスに関しては実行者だから恨みを持つものもいるかもしれないが、彼女を害せる存在なんて見つけるほうが難しい。それに、イリスは僕側に立ってくれると話はついている。あの黒い制服がその証だ。
とはいえ、これだけではまだ弱い。もっと明確に僕が悪で、他は皆被害者だと分からせる必要がある。そこでジェイドだ。
レヴィアタンに乗り現われ、イリスと戦う姿は多くの町民や冒険者たちの目に留まったことだろう。何も知らない人が見れば町民を焼き殺そうとする貴族の使者を、ひとりの冒険者がわが身を省みず止めたように見えるはず。
……というかこれ、嘘つく必要もなく事実なんだよな。
殺すつもりはなく、後遺症が残る可能性がほぼ無いと分かっていたにしても、町民焼いてたのは事実だし。それをジェイドが止めようとしたことも、理由の大半がアリスちゃんだったとしても事実な訳で。
「流行病を防ぐために家畜をいくら殺したところで、褒められこそすれ責められる謂われなどありませんし、本当に焼いてしまっても良かったのですけれど。アリスやコレットは嫌いではありませんから、そのお仲間を殺すのは寝覚めが悪いでしょう?」
「お前が罪を被るのはいい。アリスを助けてくれたことも、結果論だが、無事に事がなったなら礼も言おう。だが、何故俺が英雄になどならなきゃいけないんだ」
「お兄ちゃん」
「構いませんわアリス。簡単なことですわジェイド。わたくしがこの町を手に入れるためです」
ジェイドの言を借りるなら、結果論でも流行病は根絶された。
正確にはアリスちゃんの中にまるっと入っているのだが、町民はそれを知らない。そして町民たちはアリスちゃんを犠牲にして自分達は助かろうとし、結果自分達も殺されかけたところをアリスの兄であるジェイドに救われた形になる。
ジェイドへの負い目と、恩がアリスちゃんやコレットから目を逸らし、それ以上に彼への信頼となって帰ってくる。
「何か問題がおあり? 貴方が将来コレットと結婚するのなら、この町を手に入れるのが多少早まっただけではありませんの」
「それが、どうお前がこの町を手に入れることと繋がる」
「部下のものはわたくしのもの、わたくしのものも、わたくしのものですわ」
ジェイドが頭を抑えている。
気持ちはわかるが耐えてほしい。
「次の質問だ。俺が英雄視されたとしても、実際の領主はグラスリーフ卿だ。そこはどうする。彼は完全に被害者だろう」
「何を言っていますの。勝手に危険な魔道具を使用していたことが明るみに出れば、最悪お家断絶ですわよ。とはいえコレットの親を殺すというのも、ねえ? お兄様と同じところにでも送りましょう。ジェイド、貴方なら居場所を知っていますわね?」
親を殺すのも、というタイミングで何故かコレットがガッツポーズを取っていたが、続く言葉でそれを抑えていた。僕は何も見ていない。ああ、見ていないぞ。
「何故そう思う?」
「タイミング的に、あそこで何が起きていたのか知っている魔導師が他におりませんのよ。お兄さまの配下が助け出したとは思えませんし、自分で逃げられるような状況ではありませんでしたわ」
半分くらい勘だけど、そう間違っていないだろう。
「最後の質問だ。なぜこの町を欲している?」
「それは、ふたり……いえ、三人だけでお話しましょうか。コレット?」
「はい、お姉さま。行きましょう、アリスちゃん」
「それでは失礼します。お兄ちゃん、クリスタさまもイリスさんもお綺麗だからって、変なことしたら駄目ですよ?」
「するか!」
コレットには事前に人払いをして話をしたいと伝えてあったのですんなり出て行ってくれる。ジミーとミゾレも話を聞きたそうにしていたが。
「深入りすると、お爺さまに目をつけられますわよ?」
「そいつは勘弁だ」
「ん、やだ」
という流れですごすごと退散した。
王国最強の魔導師と敵対したいとは思わないだろう。
「それで?」
「まぁ、正直この町である必要はなかったのですけれど。簡単に言えば非常時の逃亡先、そして逃亡資金源がほしかったってところかしら」
「何から逃げるつもりだ? ブリューナク家に手を出せる存在が、そう居るとも思えないが」
「そんなの、お爺さまに決まっているじゃありませんの。これだけやりたい放題していたら、いずれ殺されますわ」
「「自覚があった」のか」んですか」
ジェイドとイリスの声が重なる。
こいつら、人を何だとっていうのは駄目か。そう見えるように振舞ってきたんだし。
アリスちゃんやコレットの願いは置いて、僕のメリットを上げるならこのふたつになる。
今回倒れている町民達を見て改めて思い知った。僕は罪の無い人間を傷つけて笑っていられるような人間じゃない。これは何も、僕が善人だと言いたいわけじゃなくて、それにストレスを感じるということだ。
けど、ブリューナク家は奴隷ギルドの元締めで、そういう相手を奴隷に落すことだってあるだろう。最強の魔導師の家系という立場上、賊と戦うこともあるだろう。けどその場合、相手が本物の賊とは限らない。そういう事になった善人、奴隷制度に異を唱えるレジスタンスのような組織とか、そういう可能性だってある。
では、その相手を僕が殺せるか? NOだ。
相手が冷酷非道な悪党ならともかく、例えば貴族に騙され、奴隷に落とされた娘を救うために命がけでやってきた親とか、そういう相手を殺せるほどの何かを僕は持っていない。
では、お兄さまの時のように、殺したと見せかけられるか? NOだ。
首を確実にもってこいと言われたらそこで終わりだからね。
つまり、いつか正面からお爺さまに逆らう日が来る。
「わたくしがお爺さまに勝てると思います?」
「まぁ、無理だろうな。しかし意外だな、お前がそんな話をするとは。どういう心変わりだ?」
「アリスがわたくしたちに賭けたように、わたくしもアリスに賭けて見ただけですわよ」
彼女が勝ったなら、僕も流されるのは止めようと決めていた。
そして見事に彼女は勝った。それも、飛行魔法というおまけつきで。
なら、僕も進まなきゃいけない。死んでしまうなら、それまで精一杯生きればいい、ではないのだ。イリスだって巻き込んだ以上、僕は後に残る人の思い出になるわけにはいかない。生きるための努力を精一杯しなければ……したいんだ。
「それに、仮にお爺さまに従って愚かな家畜を殺す側に回ったとして、それはそれで怖い相手を敵に回す可能性が高いですから」
「それは?」
「決まっていますわ。いまこの国で最も家畜を愛し、奴隷制度を嫌っているのは──」
そこまで言いかけた時、応接室の窓をぶちやぶり、何かが飛び込んできた。
「何事ですの!?」
「クリスタさま!」
「屋敷の結界を破ってきたのか!?」
咄嗟にソファから立ち上がり、壁を背に向かい合う。
イリスは僕とソレの間に立ちふさがり、ジェイドも別の位置に陣取る。
その白銀色をした四足の獣は僕を睨み、咆哮をあげた次の瞬間、僕の足元を中心に紅蓮色の魔方陣が展開されたかと思うと、景色が一変した。
どこまでも、巨人が手を上げても届きそうに無いほど高い天井。
白い大理石を思わせる材質の床に、赤く長い絨毯が敷かれている。
とても広い空間に、けれどいるのはたった6人。
ひとりは僕、ひとりはイリス。
ひとりはロバート。ひとりはお爺さま。
残りの二人は見たことが無いが、二人ともロバートと同じ髪の色をし、その内ひとりは──
──咄嗟に膝をつき、最敬礼を取る。ほぼ同時にイリスも察したのか、僕の前から僕より一歩後ろまで下がると、同様に礼を取った。
顔も伏せている。いま下手なことをしたら、確実にお爺さまに殺される。
「ほう、貴様がロイルの娘か」
「はい。名をクリスタと申します」
お爺さまを呼び捨てにし、それが当然のように答えるお爺さま。そんな相手が、世界にそう何人も居るわけが無い。
「さて、色々と聞きたいこともあるだろうが、先ずはオレの質問に答えてもらおうか」
想像していたのとは違う、若い容姿に声。
「先ほど、息子から困った話を聞かされてしまってな。罪もない平民を、町を、盛大に焼き払ったとのことだが……真か?」
だが、見知らぬ二人のうちひとりは間違いなく、玉座に座っていた。
これにて二章完結です。三章に突入します!
という事で滞っていた感想返信も再開したいと思います。
それと章のタイトルなんですが、特定のキャラじゃなくグループなどが中心の章も増えてくるのでもうちょっと中n……しゃれた感じに変更します。
三章では一章から存在が仄めかされていた人が登場しますのでお楽しみに。
い、いったいどこの誰なんだ(棒




