078 わたくし諦めていましたわ
予定外の時間を使ってしまった僕たちは、ジェイドの次元魚で遺跡の入り口まで戻ってきた。
全身べっとべとなのでグラスリーフ邸でお湯を借りることに決め、ぞろぞろとお屋敷へと向かう。
コレットパパを嫌がっていたみんなも、魚の生臭さに負けて付いてくる。
「お帰りなさいませ皆様方」
「ただいま帰りましたわ。早速で悪いのですけれど、お湯をお借りできますかしら」
「お湯でございますか? ……なるほど。個別にとなりますとお時間をいただきますが、大浴場でしたらお嬢様のご意向でいつでも入れるようになっております」
僕らの惨状をみてひとつ頷き、そう教えてくれるセバスチャンさん。
さすが出来る執事は違う。
「あ、ジェイドさま! それにお姉さま方も!」
「お帰りなさい、皆さん」
「あらコレット。それにアリスまで」
お屋敷の中に入ると、二人が出迎えてくれた。
どうやら僕らの帰りを待っていてくれたらしい。
身体の悪いアリスが出歩いていいのかと思ったけど、寝たきりでは逆に身体が弱ってしまうそうだ。
そんなものかと頷いておいたけど、お兄ちゃんを出迎えたかっただけな気もする。
「お姉さまお帰りなさいませ! 地下5階まで行くとのことでしたが、お早いお戻りですね?」
「ええ、すこし確かめたいことがありますの。それに、この様ですから」
「ということはお風呂ですね? ご案内します!」
話が早くて助かる。
僕らはコレットの先導で大浴場へとやってきた。
昨日は部屋のお風呂を借りたから、少し楽しみだ。女子寮でも男の僕が大浴場にいくわけにはいかないから、部屋のばかりだし。
ちなみにミゾレは「ひとりでゆっくりしたい」と言っていたので僕が借りている部屋のお風呂を使うことになった。何でも精霊にお湯を沸かさせればすぐに入れるらしい。やっぱり便利だな、精霊魔法。
大浴場の入り口で日本の銭湯や温泉のように男女で別れ、脱衣場へと入る。
そこではたと気がついた。
今回の実地訓練ではお風呂があるとは思っていなかったこともあって、水着をもってきていない。
大浴場に備え付けの水着、ないし湯あみ着でもあるだろうか。
というか、ないとヤバい。
「あの、コレットさま。水着がないんですが」
そう思っていた矢先、イリスが聞いてくれた。ナイス!
「ありませんよ?」
「「え?」」
「我が家の大浴場は東方の国のものを模していまして、あちらの国では湯に浸かる際には裸なんだそうです」
「「え?」」
「なんでも裸の付き合いといって、交流を深める意味もあるとか。あ、混浴という文化もあるそうですが、さすがにそれは難しいですから、男女別です。ご安心ください」
「「ええええっ!?」」
「あの、お姉さま。どちらを向かれているのですか?」
「なんでもありませんわ。気にしないでくださいませ」
結局、バスタオルを巻くことだけは許してもらった。
本来なら湯船にタオルを浸けるのはマナー違反だけど、グリエンドはそもそも何かしら着用して入るのが普通なので、怒られはしない。
もっともそれは僕だけで、他の三人は裸である。
そう、コレットとアリスも入っていた。
当然みんな僕を同性、つまり女だと思っているわけで。
そんな彼女たちをマジマジと見るような恥知らずにはなれないわけで。
いや、それを言ったら正体を隠してこうしていることが既に恥知らずなのだけど。
それにイリスは、まぁ僕の奴隷なので見てしまっても法的には問題ないが。いや、見ないけど! 見ないけどね!?
コレットはジェイドの婚約者。アリスはジェイドの妹だ。そんな存在の裸を見るわけには、やっぱりいかない。
今ごろ隣の男湯に居る彼も気が気じゃないだろう。
「そうだお姉さま。確かめたいことってなんだったんですか?」
そんな中、コレットから話を切り出してきた。
こんか状況で聞く内容じゃなかったのだけど、気を紛らわせるには丁度いいかもしれない。
それにコレットも裸の付き合いと言っていたし、最初からそのつもりだったのかもな。
「そのことですけれど。ねぇ、コレット。貴女の得意な魔法って、何だったかしら?」
魔法はそこまで得意ではない、とは聞いていた気がする。
けれど、得意な魔法が無い、とは聞いていない。
「恐らくはお察しの通り、使役術。特にゴーレムの操作を得意としてます!」
にこにこと笑顔のコレット。
昨日までなら素直に可愛いと思えたその表情も、今は少し恐ろしく見える。
いったい裏で何を企んでいるのやらだ。
「わたくしたちが向かった捕食の遺跡。その地下2階で現れたガーベジゴーレム。あれは貴女のものですわね?」
「はい、その通りですお姉さま。確信を持たれているようですので誤魔化す事はしません。ですが、何故お気づきになったんですか?」
イリスちアリスは不穏な流れに気がついて、けれど話に割り込むこともできず、不安そうに僕らを見ている。
「理由はふたつ。ひとつは遺跡のスライムがゴーレムを襲ったこと」
ゴーレムが遺跡に元々あったとして、あんなものに襲われるようでは今日まで無事に稼動しているわけがない。
「そして、わたくしたちの攻撃によって塗装が剥げて、グラスリーフの紋章が透けて見えたことですの」
「まぁ! それはとんだ失態ですわね」
と言うのは実はブラフだったんだけど、見事に引っかかってくれた。あるいは、最初から隠す気はなかったのか。緑色の紋章っぽいとしかわからなかったけど、お屋敷の随所にあるこの家の紋章と雰囲気が似てるなぁと思ってたんだよね。
「どういうつもりですの? 侯爵令嬢たるこのわたくしに危害を加えるなんて、家畜の分際で許されることだとお思いでして?」
「いいえ、思いません。けれど、お姉さまでしたらわたしの意図にお気づきなのでは? 見つけてくださいましたよね?」
「《魔食菌》、ですわね?」
あの容器は一応持ち帰ってある。
いまはジェイドに預けてあるので手元にはないけれど、予想が正しければこのお屋敷にも同じものがあるはずだ。
「ええ、それです。あそこはグラスリーフ家が秘匿している廃棄場。冒険者ギルドもその場所を把握していない秘密のお庭なんです」
「それで、わたくしにこんな危険物を見つけさせて、どうしたかったんですの?」
「もちろん、この町をお救いして頂きたいのです。貴族も、平民も平等に扱うお姉さまであればこそ、そのどちらもお救いくださるのではないかと。この町を襲っている流行病は、お父さまが《魔食菌》を解き放ってしまったのが発端なんです」
そうして告げられた内容は、たしかに看過できるものではなかった。
代々この土地を治めているグラスリーフは、早くからあの廃棄場の存在を知り、将来なにかあった時のために秘匿していたらしい。といっても、初代の王様とかには報告していたらしいけど。
その中で《魔食菌》の存在も知ってはいたが、当然あそこに使えるものなんて無かったので長らく忘れ去られていた。それが地下5階で発見されてしまった。コレットパパは考えたらしい。これを使い周辺の魔物や魔獣を弱体化させ狩ることができれば、その手柄をもってより高い爵位を賜ることもできるのではないかと。
グリエンド王国において貴族の地位は魔力の多寡によって決まるけど、実戦における戦果も考慮される。魔法の使えない冒険者であっても、高いランクになれば一代貴族として認められることもそれを証明している。
仮に高位の魔物や魔獣であって、魔力がなければ獣と変わらない。魔法が苦手とはいえ貴族として認められているグラスリーフ家の人間なら、容易く刈り取れるだろう。
「ですが高位の存在を弱めるには多量の《魔食菌》を直接投与するか、長期に渡って感染させる必要があるんです。その間犠牲になる平民の、魔法の使えない、魔力容量の低い人のことは考えていません」
「で、でも。それがわかったから魔石を探しているんじゃないんですか?」
流行病がグラスリーフ家の手によるもので、それを納めるのもグラスリーフ家というのはマッチポンプとしか言いようが無いけれど、現時点で死者は出ていないらしい。まだ取り返しはつく。
でも……。
「納めるつもりは無い、という事ですのね」
「そんなっ!」
僕の言葉に勢いあまったイリスが立ち上がる。
改めて顔を背ける。
こんな会話をしているが、ここは風呂場である。
みんな全裸だ。僕はバスタオルまいてるけど。
「イリス、はしたないですわよ。お座りなさい」
「あ、は、はい」
うん、素直でよろしい。
「ふふ、お父さまもそんなひどい人じゃないですよ。たしかにちょっと頭は弱いですけど」
「でしたら」
「納められないんですよ、あれ」
納めないではなくて、納めなられない?
魔力容量の大きな魔石があれば大丈夫なんじゃなかったのか?
「もう試したんです。少なくとも、お店で売っている容量極大の魔石は駄目でした。それも、財をはたいて複数同時に試しても。足りないんですよ、現代の技術に寄らない魔道具を起動するには。ランクAの魔物の魔石でも、全然。全然足りないんです」
その告白に、みんなで黙り込んでしまう。
ランクAの魔物というのは、有名どころでいえばドラゴンなどだ。
単体で騎士団を壊滅させるような魔物の魔石でも駄目って、どれだけコスパの悪い魔道具なんだ。
言われてみれば、あの魔道具《魔食菌》の必要な魔力は極大だった。ただこれ、実は一定以上の魔力は全部極大と表記されるんだよね。小池も、湖も、海も、全部たくさんの水って表現するように。
なにか、たくさんの魔力を集める方法があれば。そこまで考えて、ふとカンテラが目に入る。呪いによって今も僕の近くをふよふよと浮いているこいつだ。あ、ちなみに包丁もちゃんと手元にあるよ。のろいの効果で水場でも錆びないのはすばらしい。
「もしかしたら、なんとかできるかもしれませんわ」
「え?」
めちゃくちゃ危険だけど、たぶん死人はでない。
ついでに、《魔食菌》の効果がナーチェリアの鑑定どおりなら。いや、僕が異世界からの転生者とまで見抜いた鑑定だ、間違いはないだろう。
「ついでに、アリスの病気もなんとかなるかも?」
「ま、待ってください! アリスの病気治せるんですか!?」
「治せるとは言いませんわ。なんとかは、なるかもしれませんけれど。でも、危険すぎますわ。他人で試すわけにも生きませんし、現状でも直ぐ死ぬというわけでないのなら、やめたほうが無難な方法ですわよ」
思いついた方法というのは例の拷問……もとい、治療魔法と《魔食菌》を組み合わせたものだからだ。軽くコレットとイリスに説明してみたところ、二人とも青ざめている。
「クリスタさま、なんて危険なことをしてるんですか!」
「い、イリス?」
「ジェイドさんもジェイドさんです、せめてわたしがいるところで試してください! 今後わたしをのけ者にして危険なことをするのは禁止ですからね!」
「いえ、でもそれは」
「禁止ですから!!」
「は、はい」
奴隷に怒られる奴隷の元締め一族がいるらしい。
「それ、本当ですか?」
「アリス?」
それまで黙っていたアリスが口を開く。
自分に関わることだ、黙っているほうがおかしいか。
「わたし、助かるんですか?」
「いえ、申し訳ないのだけれど、先ほど話していた方法は危険すぎますわ。やめておきなさい」
「わたしは、それでも。どんなわずかな望みでも、死にたくないんです」
「明日すぐに死ぬというわけじゃないのでしょう?」
彼女は明日をも知れない命というわけじゃない。
これは例えば、歩けない人が、歩けるようになる手術をするために、命をかけるかどうかとか、そういう微妙なバランスの話だ。何が正解という事はないけれど、軽々に進めていい話でもない。
「たしかに、明日には死なないと思います。一年後だって、三年後だって。でも、十年後は分からないんです。それに、生きている間だって、人並に走り回ることもできない」
「なら、その間精一杯生きていればいいじゃありませんの。それに、貴女のお兄様が何とかしてくれるかも知れませんわよ」
「嫌なんです」
それは決して大きな声ではなかったのに、しっかりと、力強く響いた。
思わず背けていた目を、彼女へと向ける。もちろん身体にではなく、アリスの目をしっかりと見る。
「わた、わたしは嫌なんです。死にたくないんです。でも、それ以上に、人並に生きて、人並みに笑って、生きて生きたいんです。お兄ちゃんによりかかるんじゃなくて、お兄ちゃんと、コレットちゃんたちと一緒に、ちゃんと生きたいんです」
死にたくない、という気持ちはわかる。僕なんて、一度は死んだ身だ。
けれど僕は、もっと生きたいと思ったことがあっただろうか。人より弱い身体に生まれたんだから、早く死ぬのは仕方ないと、受け入れていた気がする。
「最悪、多くの人に迷惑をかけますわよ」
「それは……わたし以外の人の命が、危険にさらされたりはしますか?」
「まぁ、最悪の場合でも死にはしないと思いますけれど」
アリス以外は。
「なら、いいです」
「自分が助かるために、他人に犠牲を強いるかもしれなくても?」
「生きてさえいれば、謝れますから。賠償が必要になるのなら、元気にさえなれば、働いて返します。全部、全部、生きてこそできることですから」
「そう」
「ま、待ってください! アリス、本気なんですか? はっきり言って、お姉さまの言っている方法は頭おかしいなんてものじゃないんですよ!?」
はっきり言いすぎだぞそこの男爵令嬢。
侯爵令嬢への暴言とか、余が余なら打ち首だ。
いや、いまが正にそういう世の中で、僕の心が広いだけでこれがアルドネスお兄様とかなら普通に奴隷落ちくらいするぞ。
「わたしね、コレットちゃんが羨ましかったんだ」
「アリス?」
「いつもお兄ちゃんと一緒にいて。お弁当とか作ってあげてて。わたしには、何もできないのに」
「そ、それは、だって」
お互いに向かいあって、正面から告げられる言葉に、コレットがうろたえる。
「ううん、いいの。羨ましかったけど、同じくらい感謝してる。お兄ちゃんを支えてくれて、わたしと仲良くしてくれて、助けてくれて。だけどね、わたしは嫌なんだ」
「何が、嫌なの?」
「コレットと一緒におにいちゃんを支えたい。お弁当だって一緒に作りたい。助けられるだけじゃなくて、普通の友達みたいに、くだらないことで喧嘩したりしたりして、一緒に生きて生きたいの」
「アリス……」
「だから、お願いしますクリスタさま。わたしに出来る恩返しなら、なんでもします」
コレットへ向けていた顔を再び僕へと向けなおし、アリスははっきりと、しっかりと、頭を下げて頼んできた。
「貴女は強いですわね。わたくしの知っている男は、死の運命を受け入れて、生きることを諦めていましたわ」
まぁ、僕のことなんだけど。
「生き汚いだけですよ」
「きっと、貴女のお兄様は物凄く怒りますわよ?」
「その時は……一緒に謝ってください!」
はぁ……まったく、そんなにいい笑顔で言われたら、これ以上なにも言えないじゃないか。
死ぬことを受け入れて、生きてる間だけでも精一杯生きようと思っていた僕と、死ぬことを受け入れず、死ぬ危険を冒してでも生き延びようとしている彼女とじゃ、役者が違いすぎる。
今思えば、僕が死ぬまでは好きに行きたいというたびに、両親は悲しそうな顔をしていたっけ。そりゃそうだ、僕にそのつもりはなくても、はたから見ればどうせ死ぬんだからと自棄になっているようにしかみえなかっただろう。
翻って、今はどうだろう。
お爺さまが女装しろというから女装して、家が平民に恐れられる家だからそのように振舞って。
イリスを助けるためにとはいえ、命を危険に晒して。
もしかしたら僕は、前世からなにも変わっていないのかもしれない。
よく言えば状況に適応して。
悪く言えば、最初から全部諦めている。
「イリスは、どう思ったかしら」
「わたしは……わたしも、自分の我を押し通す方ですから。アリスちゃんは止められません」
状況を認められず、何も諦められないアリスは、果たしてどうなるんだろう。
その先に希望があるのなら、見てみたいと思った。
僕のつかめなかったそれを、掴み取る瞬間をこの目にしたいと思った。
きっと、この方法はみんなの反感を買うだろう。
ジェイドは言うまでもなく、ジミーやミゾレもきっと、止めてくる。
強行しようとすれば、邪魔をするだろう。だから、彼らとの戦闘は避けられない。
僕ひとりではできない。アリスやコレットも、戦力としては当てにならない。
けれど、過去の僕よりもつらい状況のアリスが僕を頼ってくれるというのなら。
僕も、誰かを頼っていいのかもしれない。
「イリス」
「はい、クリスタさま」
正直に言えば、怖い。誰かを巻き込めば、そこには責任が生じる。巻き込まれる側のなんて気楽なことか。
だけど僕は、勇気を出して、その言葉を吐き出した。
「わたくしと一緒に、悪役になりませんこと?」
こ の 間 み ん な 全 裸 。




