073 わたくしはじめての迷宮探索ですわ
「クリスタさま、なんで今日も寝不足なんですか?」
「お分かりになりまして?」
「はい、なんかもう、見慣れちゃいましたから」
僕たちは現在、迷宮を探索するために遺跡の前に集まっていた。
ちなみに遺跡というのは迷宮の種類のひとつだ。
迷宮には過去の遺物である遺跡タイプ。
魔獣や魔物が巣として作り上げた巣タイプ。
異界と繋がってしまった魔境タイプなど、様々なものがある。
そんな危険な場所へ今から潜ろうというのに、今日も僕は寝不足だった。
別に女の子と同衾していたわけでも、深夜に命がけの死闘を繰り広げていたわけでもないのに、なぜか?
「これがちょっと、眩しかったものですから」
「カンテラですか?」
そう、《玉呑みのカンテラ》。
こいつは所有者のない魔力を呑み込む。
とはいえ空気中に漂う魔力を無作為に飲み込むほどではなく、起動には魔石を入れるとか、ある程度の量を一気に呑ませる必要があるみたいだけど。
問題はそのある程度の量が空気中にあると、勝手に取り込むらしい、ということだ。
昨日ジェイドの《発火》で焼かれた僕の魔力は、燃える紙が煙をあげるように、沸騰した水が蒸気になるように、空気中へ拡散した。
そしてそれはもう、僕の手元を離れ、所有者のない魔力となっていたので、《玉呑みのカンテラ》が嬉々として呑み込んだのだ。
しばらくそのことに気がつかなかったのは、魔道具店で暴走したときのように強烈な光を発していなかったことと、勝手に魔石を呑みこんだりしなかったのが原因だ。
まぁ貴族の屋敷とはいえ、その辺に魔石が転がっているはずも無い。
もちろん魔石を使用した魔道具は置いてあるのだけど、その状態だと所有者なしとは判定されないらしい。
そして、ジェイドと別れ、部屋の明かりを消して眠りにつこうとして、そこでようやく気がついた。
僕の横で、ぼんやりとした明かりを灯す《玉呑みのカンテラ》に。
結局深夜を回るまで明かりは消えず、逆に言えば朝日が昇る頃には消えていた。
前回、魔道具店の事件のあとカンテラに眠りを邪魔されるようなことは無かった。
恐らく昼間は明るかったのでそこまで気にならず、夜になるまでの間に取り込んだ魔力を使い尽くしていたのだろう。
もしもイリスの対応が後れ、魔力容量極大の魔石を飲み込んでいたら夜中でも明るかったんじゃないだろうか?
「あれ? そのカンテラって、手で持たなければ発動しないんじゃありませんでしたっけ?」
「払いのけましたのよ、枕元でふよふよと鬱陶しかったものですから」
「中々、その、柔軟な起動判定ですね?」
「もっとシビアで構いませんわ……」
そう、枕元で浮いているだけならうっすらと明るいだけだったのだ。
それが払いのけた際に発動、めっちゃ眩しくなった。布団をかけたくらいじゃ防げないくらい、しっかりと。
まさかちゃんと握らなくても発動するとは思わなかったよ。
「おいおい、遺跡は危険なところだぜ? 寝不足のお嬢ちゃんが入っていい場所じゃあないんだぜ?」
なんだこのおっさん。寝不足の頭に大声が響く。
見ればガタイのいい茶髪の男が立っている。
周りにも数人居るが取り巻き、というよりは仲間かな?
装備している鎧や剣からして遺跡へ挑む冒険者だろう。
「いいか! ここは遊びで挑んでいい場所じゃあないんだ! 無論若くても強いやつぁいるが、お前のように寝不足で挑むなんて」
「五月蝿いですわ」
「言語道だあああああああああああああああああああああ!?」
「「「リーダアアァァアアァァァァアアァ!?」」」
初心者に絡むテンプレ冒険者みたいだったから、とりあえず殴り飛ばしておいた。
僕は実力を隠しつつ、実は強い系はそこまで好きじゃないのだ。強いならさっさと行動してほしいと、異世界で魔法の使えない弱者に転生した身としては強く思う。
ちなみに今日の装備はフレイルに長剣(本物)、《肉を切り刻むもの》、《玉呑みのカンテラ》だ。あと黒白の改造学生服。
殴り飛ばしたのはフレイルなので安心してほしい。長剣だと怪我しちゃうからね。
「だから五月蝿いですわ」
「あの、クリスタさま。今の人、ただ心配してくれていただけなんじゃ」
「え?」
いやだって、若者を弱いと決め付けて、はいないな。
注意されたのは寝不足で遺跡へ潜ろうとしていたこと、だけ?
おや? もしかしてただの良い人を殴り飛ばしてしまった?
「おい、なんでリーダーを殴った!」
「え、その、ごめ」
さっきの人のパーティメンバーらしく人が声を張り上げる。
正直申し訳なさがあるので、反射であやまりそうになった、んだけど。
「リーダーはただちっちゃい女の子が好きなだけのやさしい人なんだぞ!」
「殴って正解でしたわ!」
「勘違いするな、ちっちゃいのが好きといっても身長や年齢じゃない、胸だ!」
「その情報必要でしたの!?」
印象が悪化しただけなんですけど!?
話の流れ的に悪人じゃないことは理解したけど、殴ったことに対する罪悪感は吹っ飛んだ。
「失礼なことを言わないでください!」
「イリス?」
「クリスタさまはまだ成長します! 可能性は無限大なんです!」
いや、成長しないからね!? 男だから可能性皆無だからね!?
太ったり鍛えたら、男でも胸が大きくなることはあるかもしれないけど。
というかイリス、君って……。
「イリス、仮に、そう仮にわたくしの胸が成長したとしても、貴女の背は、たぶんもう伸びませんわよ?」
「クリスタさま!?」
「可能性は無限でも、選べる選択肢は有限ですのよ?」
「そ、そんな本気で可哀想な娘を見る目を向けるのはやめてください! わたしは別に、あ、ちょ、頭撫でないでください!」
この年でこんなちみっこいんだから、これから伸びることはないだろう。
前世では大学入ってから急に身長が伸びたっていう人も知り合いに居たけど、イリスでは望み薄だと思う。
「おいお前ら、さっさと入るぞー!」
「あ、すみません」
「いま行きますわ」
遺跡の入り口はレンガのようなブロック造り、中は石壁のような感じだった。
恐らく入り口だけ国か、ギルドか、誰かしらが補強したんじゃないだろうか。
そう思えるほど中の壁は劣化していて、傷や欠け、中には土の壁が覗いている場所も見受けられた。
「なぁ、呼んでおいてなんだけど、あいつら放置しておいてよかったのか?」
「ん、大丈夫」
冒険者のミゾレが断言するということは、以前からの知り合いだったりするのかな?
同じ仕事をしていれば、どこかで出会っていてもおかしくないし。
そう思いかけたところへ、ジェイドから補足が入る。
「あの方たちは装備からして国外から来た冒険者のようでしたからね。魔境を超えてグリエンド王国へやってこれるのは、低く見積もってもCランク以上の冒険者だけです」
「……魔境に囲まれていますの? この国」
「「「「「え?」」」」」
「?」
え、なに、もしかして常識だった!?
「あの、クリスタさま。クリスタさまってもしかして、その」
「世間知らずのお嬢様なのか?」
「違います! わよ?」
たぶん、違うはずだ。
ただ僕の受けた教育はちょっと偏っている。
貴族に関しての作法だって、この学園へ入る前に叩き込まれたものだし。
「なんで、自信なさげ?」
「いえ、考えてみたらわたくし、魔物が魔法から生まれたことは知っていても、その理由とかは知らなかったりしますし。もしかしてこれも常識だったりしますの?」
揃って頷かれる。
ははは、まじかぁ。
「恨みますわよお母さま……」
「クリスタさまのお母さん、ですか?」
「ええ、わたくしに勉強を教えてくれたのは、他ならぬお母さまですの。ただ、その内容が少し偏っているというか」
幽閉屋敷での17年と、学園へ来る直前の一ヶ月を思い出し、すこし遠い目をしてしまう。
もしあの時から感情豊かだったら、色々とツッコミまくっていたに違いない。
「ん、偏る?」
「生活に必要な、金銭取引などの知識と、貴族に必要な爵位や領地に関する知識は一通り教えてもらっていますわ」
「そうだな、その辺特におかしい事は言ってないよな。民衆を家畜扱いしてる以外は」
うん、そこが一番おかしいところだという自覚はあるけれど、今更キャラ付けを変えるわけには行かない。人には引けない一線というものがある!
「え? 何かおかしいですの?」
「話が進まないからそれでいい。んで、それなら国の歴史とか、特に魔法史なんかは習ってるんじゃないのか?」
「それが……歴史なんて生活にも戦いにも必要ないから後回しでいいじゃないって」
「クリスタさまのお母様って、もしかして」
「戦闘狂ですわ、控えめに言って」
記憶を取り戻す前の僕が、本気で戦って、かすり傷ひとつ与えられないような人だ。
ちなみにこちらは模造剣、お母さまは素手。
お母さまは魔法が使えるにもかかわらず、魔法を一切使わずに素手で僕を倒せるのだ。
まぁ、僕も当時よりは腕を上げたし、今なら一太刀くらい……無理かなぁ。
「そんなわけで、魔法についてもざっと習っていますけれど、魔物の発生理由なんかは聞いていませんわ。お母さま曰く、魔石砕けば消えるから、細かいことは後回しでいいじゃない、と」
「あの、クリスタさま。大丈夫ですか?」
「え、あの、そこまで言われるようなことですの?」
それはあれか、頭大丈夫っていうニュアンスか?
さすがの僕もイリスにそんな真顔で言われると、結構傷つくのだけど。
「え、と。そうではなくて。もうすぐ期末試験がありますけど、その辺でますよ、たぶん」
「え゛」
そうだった。魔導騎士は文武魔を兼ね備えたエリートである。
エリートって今ではなんか安っぽく聞こえるけど、実際のところは努力と才能を兼ね備えている存在だ。
たしかに魔導騎士科は脳筋揃いだが、それはあくまでも思考の問題で、知識がないわけではない。
当然魔導騎士科には実技試験だけではなく、筆記試験だって存在する。
「だ、大丈夫ですよ、わたしがお教えしますから!」
「……お願いしようかしら」
筆記試験赤点でした、テヘペロ♪
とかいったらお爺さまはどんな顔をするだろうか?
無言で《将来・異界の獣》される気がする。
「ていうかお前、編入試験はどうしたんだよ? ってまさか」
「ひゅーひゅひゅーひゅー」
「吹けてねぇ、吹けてねぇからな口笛!? 誤魔化すってことはさては受けてないなお前!」
当たり前だ。まず政治科へはお爺さまのごり押しで入った。
そこから魔導騎士科へは部外者の僕がジミーを倒してしまったのをなんとか誤魔化すために編入したのだ。
試験なんて、受けているはずが無い。
「皆様、じゃれあうのはそこまでにしたほうが良さそうです」
「「じゃれてませんわ」ねえよ!」
とは言いつつも、僕らはここが危険な遺跡、迷宮の中であることを忘れていたわけじゃない。
ジェイドが睨む前方には、一ヶ月前にみたばかりの魔物、ゴブリンがいた。
いや、正確には食われていた。
「ゴブリン、とアレはなにかしら?」
「げ、魔物が魔物を食ってる」
「あれはオークですね、貪欲で、なんでも貪り食らう魔物です」
それはゴブリンと並んでファンタジーの代表的な魔物だった。
豚の頭に強靭な肉体をもち、二足歩行をする存在。
地球の創作品によってはゴブリン同様異種族を性的な意味で襲う存在でもあったけれど、果たして目の前の実物はどうなのか。
「原典となっている古代魔法はたしか、ヴェントレマ・メディチです」
「さすがに聞いた事の無い古代魔法はわかりませんわ。グリエンド語に訳すとどうなりますの?」
「胃薬です。その力を最大限発揮するために彼らは食べ続けます。そして自らの胃を壊し、それを治し、また食らいます」
「本末転倒にも程がありますわ!?」
っていうか、そんな回復魔法の初歩みたいなのがこんな魔物になるって、どうなってるんだ古代魔法!
考えてみたらゴブリンの精力増強だってそんな大した魔法じゃないよな。効果の差はあれど薬草とかで代用できるし。
さすがにゴブリンキングの繁殖までいくと、ちょっと難しいだろうけど。あれだって戦闘用の魔法じゃないのに中位の魔物なんてものが生まれている。
「文句は魔神に言って」
「あぁ、魔物が生まれた理由聞いたら、100回くらいどつきたくなるぞ、魔神のこと」
「そ、そんなにひどいんですの?」
「「「「ひどい」」」」
魔神って、お地蔵さまのことだよね?
あいつ自分のこと美の女神だなんて言ってたけど、なにやってたんだよこっちで!
しかしそれをみんなに聞くよりも早く、オークに貪られていたゴブリンが消滅する。
飲み込まれたわけではなく、身体が魔力へと還り、消え去ってしまった。
恐らく魔石を砕かれたんだろう。
その魔力は霧散するより早く、オークの体に取り込まれる。
「ブモオオオオォォオッッ!!」
心なしか、オークが体が大きくなった気がする。
さすがに一回りというほどではないけれど。
「それでは皆さん、行きます!」
「あ、この遺跡は崩れやすいので、派手な魔法はお控えください!」
「え?」
剣を構えたイリスに向かって、慌ててジェイドが叫ぶと、とても、とてもとても残念そうな顔をするイリス。
たぶん、あの魔力の剣を使おうとしたんだろうけど、アレ派手だし斬る範囲はでっかいしで、遺跡向けじゃない。
「よっしじゃあ俺が」
「遺跡の中で火なんて使うんじゃありませんわよ?」
「出るまでも無いから誰か頼む」
ジミーはすぐ燃やしたり爆発させようとするからな。
それができないと知るとオークへの興味を失ったらしい。
いや君、普通に剣も使えるんだから戦えよ。
「ブモオオオオオォオオォオォッ!!!」
こちらの相談を待つ義理のないオークは、僕ら目掛けて突撃を仕掛けてきた。
幸いというか、武器のようなものは持っていないけれど、その身体は中々大きい。
2m以上あるんじゃないか?
「貫いて」
そんなオークも、ミゾレの魔法の前では赤子同然だ。
地面から飛び出した氷の槍が、その体を真下から貫いた。
首から先、頭だけが突撃の勢いのままに胴体から千切れとび、大きな口から涎を撒き散らしながら僕の足元へと転がった。
「さすがに少し、気持ち悪いですわね」
口から下を垂らし、僕へと空ろな瞳を向けていた豚の頭部。
けれどそれはカッ! と強く目を見開いたかと思うと、どんな力によってか頭だけで僕へと飛び掛ってきた。
「クリスタさまっ!?」
「甘いですわ」
それを予想していた僕は、軽く半歩動くことで噛み付きを避けると同時に、《肉を切り刻むもの》で横に両断した。
魔物は死ねば魔力となって霧散する。さっきのゴブリンのように。
だから例え頭だけになっていたとしても、消えていない時点でまだ生きているのだ。
いや、魔法を行使するためだけに動いているものを、生きていると呼ぶのは間違っているかもしれないけれど。
「ん?」
オークは明らかにゴブリンよりも強い。
そしてゴブリンでさえ何度も斬らねば魔力によって再生してくるので、もう少し戦うことを覚悟していた僕の前で、不思議な現象が起こった。
切り裂いた頭部が、魔力として霧散する。
ここまでは良い。
いつもならその後、霧散した魔力は本体の魔石へと吸収され、再び消滅した部位が生えてくる。
その魔力が魔石へ戻るよりも早く、僕の横でふよふよと浮いているカンテラに呑み込まれた。
そしてオークの頭部は生えてくることはなく、完全に消失してしまった。
オークの胴体はミゾレの氷に貫かれたまま、間抜けに手足をばたつかせていた。
「これでトドメ」
「ミゾレお待ちになって!」
「クリスタさん?」
オークの胴体にトドメを刺そうとするミゾレに待ったをかけて、胴体へと近づく。
そしておもむろにばたつく手足の内、右手をすぱんっと切り落とした。
それは霧散し、やはり魔石へ取り込まれることなく、カンテラへ飲み込まれていく。
オークから失われた右手は生えてこない。
「ふ、ふふ。うふふふふふ」
「おい、クリスタがすげー良い顔で笑ってるぞ」
「く、クリスタさま?」
左手を切り落とす。
生えてこない、再生しない。
右足も、左足も切り落とす。
やはり切り落とされたまま、元には戻らない。
「いい。とても、とても、すごくすごくいいですわ! 最高ですわ!」
僕の脳裏にはあの、何度も、何度も何度も何度もぶった切ってやったのに、頭だって落としてやったのに、自己再生しまくってくれたゴブリンキングが浮かんでいた。
もしも、そうもしもあの時このカンテラがあったなら。
僕はあそこまでボロボロになることもなければ、その姿をイリスに見せて泣かせることも無かっただろう。
僕は胴体から少し離れると、《肉を切り刻むもの》を投げつけてみる。
すると今度は胴体を深くえぐったにも関わらず、数秒でその傷が再生してしまう。
呪いによって戻ってきた《肉を切り刻むもの》をキャッチし、近づいて、同じ箇所を斬りつける。
すると今度は切り裂かれた部位の魔力がカンテラへと飲み込まれた。
ふむ、ある程度近くじゃないとだめなわけか。
なるほど、なるほどね。
「ここはどうかしら? ふむ。じゃあ今度はここを。あ、長剣でも斬ってみましょうか? 打撃はどうかしら?」
「魔物を嬲ってる。ジェイドさん、止めないの?」
「いいですかミゾレさん。ああいう顔をしているお嬢様とは、係わり合いにならないのが一番です」
「納得」
いやぁ寝不足にされたときはどうしてやろうかと思ったけど、いい魔道具だなこのカンテラ!
ありがとうニックディアス、これ大事にするね!
ちょっと同人原稿のほうがシャレになっていないので、あと二週間くらい更新が不定期になります。
今月中にフルカラーイラストあと17枚描かなきゃ(震え声)
とはいえ僕も今年はこちらに注力したいと思っていて、これ以降は同人即売会にサークル参加する予定はないのでご安心ください。コミケも申し込みませんでしたし!
小説と関係ない理由でお待たせして申し訳ないんですが、それでも二章は今月中に完結するので、もうちょっとだけお待ちください!(三章以降もちゃんと続きます)
あとこいつTwitterのほうご覧いただければ生存確認できますので、よろしければそちらもご覧くださいませませ。




