072 わたくしうっかり死に掛けましたわ
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「なぁ、そろそろ日も暮れてきたし、今日の寝床確保しようぜ?」
ジェイドの昔話、ブリューナク家の固有魔法、冒険者ギルドからの依頼と二転三転した話にも一区切りがついた頃、ジミーがそんなことを言い出した。
「え、それは、グラスリーフに滞在中は私の家に泊まるというお話では」
「つっても、コレット、親父さんと喧嘩中だろ? 大丈夫なのか?」
「それは……」
喧嘩、というか事実上の下克上宣言である。
まぁあれくらいなら、親子の些細な言い争いといえなくも無いけれど、そこに僕という侯爵令嬢が混ざっているのが少し面倒くさい。
実際コレットも少し帰るのを躊躇しているような節があるし、あんな男の屋敷にイリスやミゾレを連れて行くのも躊躇われる。
「ねぇジェイド、この家、ベッドはアリスがいま寝ているものだけですの?」
「いえ、私が使っていたものでよければ隣室にもうひとつだけございますが」
「私はあんまり動き回れないので、リビングにベッドを置かせてもらってるんです」
ほとんどひとり暮らしなので、そのほうが楽ですし、とアリスちゃん。
たしかに、家に入っていきなりベッドがあるのは気になっていたのだけど、そういう理由だったのか。
別にワンルームマンションみたいな仕様ではないらしい。
いや、実質そうなのか?
まぁいい。寝る場所が床以外にもあるなら問題ない。
「ならイリスとミゾレはそれをお借りなさい。あんな輩の家に泊まりたくはないでしょうし」
「え、う、家に泊まるんですか?」
「ええ。とはいえ、アリスも見知らぬ貴族に泊まられては緊張してしまうでしょうし、わたくしは遠慮しますわ」
本当は僕が男だから、だけどね。
当然ジミーも泊まらせない。
だからジェイド、僕を睨むのはやめてくれ。
「クリスタさまはどうするんですか?」
「わたくしはコレットの屋敷へお邪魔しますわ。コレットも一人では帰りにくいでしょうし」
「「「えっ!?」」」
驚く気持ちはわかる。
でも色々と確認したいこともあるんだよね。例の、病気を癒やす魔道具とかさ。
「まってくださいお姉様! 放火は、焼き討ちだけは赦してください!」
はい?
「クリスタさま、さすがにコレットさまのお父さんの腕を飛ばすのはやめてあげてください」
いやまて。
「クリスタさん……宝石がほしいなら遺跡にもある、よ?」
ミゾレまで!?
「やりませんわよそんなこと!」
「そうだよな」
ジミー! そうか、君だけは僕を信じて。
「貴族の暗殺ならやっぱり毒殺だよな!」
「さすがです、お嬢様。ですがさすがにお止めください」
「やりませんったら、もう!」
「「「「「え、やらないの?」」」」」
みんなの信頼に涙が出そうだよ、ちくしょう!
「というわけで、焼き討ちしに来ましたわ」
「ひ、ひえええっ!?」
「お、お姉様!?」
「あ……間違えましたわ。正しくは泊まりに来ましたの」
みんなが散々ひどいことを言うから、ちょっとその気になりかけていた。
これが洗脳か、恐ろしい。
ちなみにアリスちゃんの家に泊まることになったのはイリス、ミゾレの二人。
残りの僕、ジェイド、ジミーはコレットの屋敷に泊めてもらうことになった。
当然コレットもこっちだ。
「そう怯えないでくださいな。丁重にもてなしてくれさえすれば、わたくしからお爺さまに便宜を図るよう頼んであげますわよ? ええ、ええ、色々と、ね」
唇に当てた人差し指を舐めながら、艶っぽくなるといいなぁーなんて考える。
この手のやつは自分より上の権力に近いやつに弱いし、アリスちゃんに結婚を迫るくらいだから年下も好きだろう。
適当に誘惑しとけばある程度のわがままは押し通せ……あれ? なんか青ざめてないか、コンラッドさん。
「わ、わかりました。精一杯おもてなしをさせて頂きます! おい、セバスチャン、この方を客室にご案内しろ! いいか、決して失礼を働くのではないぞ!」
「かしこまりました、ご当主さま。それでは皆様、こちらへどうぞ」
あ、セバスチャンさんだ!
コンラッドさんは用事があるということで、渋い老執事に案内してもらうことになった。
屋敷のなかにはちらほらとメイドさんもいるが、意外と若いメイドさんは少ない。
コンラッドさんは女好きってわけじゃなく、純粋にアリスちゃんの魔力が目当てなのかな?
それはそれで、なんかムカつくが。
「それにしても、グラスリーフ卿は随分顔色が悪かったようですけれど、何か見られたくないものでもございますの?」
冗談半分にそう言うと、みんなが呆れたように僕をみた。
特にジミーは両手を肩くらいの位置にあげてやれやれ、とアメリカンな反応をしている。
「な、なんですの? 何かわたくし、おかしな事を言いまして?」
「いや、あれはお前の威圧に怯えてただけだろ」
「なんのことですの?」
本当にそんな心当たりがないぞ。
武器も抜いてないし、殴ってもいない。
「お嬢様にあんな風に微笑まれたら、並の男では耐えられませんよ」
「ですから、サービスのつもりでしたのですけれど」
「あの、お姉様。お姉様はたしかにお綺麗ですから、普通に微笑まれれば、殿方にとってはサービスになると思いますけど」
なんだか奥歯に物が挟まったかのような物言いをするコレット。
「天使の笑顔ってよりは、悪魔の笑顔って感じだったぞ」
「えっ」
みんなしてうんうん頷いている。
っていうかセバスチャンさんまで!
えー、そんなにか?
僕は身嗜みを整えるために持ち歩いている手鏡を取り出すと、さっきと同じように唇に指をあて、同じようにちろっと舐めながら微笑んでみる。
あ、これはダメだ。
物凄い悪女の顔だ。それも人を一方的に破滅させるタイプの。
「さ、セバスチャン、部屋へ案内なさい」
「はい、こちらでございます、お客様」
ひとまず僕は、無かったことにした。
セバスチャンさんに案内された部屋は、学園の自室より多少広いくらいの部屋だった。
寮がそもそも二人部屋なので、かなり広いということになる。
「こちらでございます」
「あら、いい部屋ですわね」
「侯爵家の方にそういっていただけますと、ご当主さまもお喜びになるでしょう」
「セバスチャン、あとは私がご案内しますから、もう下がっていいですよ」
「かしこまりました。それでは失礼いたします。なにかありましたら、備え付けのベルにてお呼びください」
あぁ、渋い老執事が去ってしまう。正確には家令だから、もっと偉いけど。
でもコンビニの店員さんが、実はバイトじゃなくて店長でも、マネージャーでも、客からしたら店員さんなのと一緒で、執事っぽければみんな執事さんでいいのだ。間違いではない。
「クリスタさま?」
「いえ、なんでもありませんわ。ところで、誰がこの部屋に泊まりますの? 案内されたのはここだけですけれど」
「ああ、私はいつも泊めていただいている部屋がございますので」
「は? ジェイド貴方はちゃんと家があるでしょうに……失礼、無粋でしたわね」
そりゃ婚約者がいるんだから泊まりくらいするだろう、うん。
ここは日本じゃないのだ、その辺の倫理観もまた違うんだ。うん。
「あの、お姉さま、違いますからね?」
「え?」
「ジェイドさまは冒険者としての活動で、時折魔法では癒しきれないような傷を負うことがありまして」
「コレットさま、それは」
「そ・れ・で! アリスにはそんな姿を見せたくないといって宿に泊まろうとするので、屋敷に泊めていたのです」
ジェイドが冒険者として活動していたのはアリスちゃんのために魔吸石を手に入れるためだ。
自分で魔物から手に入れるにしろ、稼いだ金で買うにしろ、それがアリスちゃんのためであることにかわりはない。
自分を心配して家で待つ妹に、そんなぼろぼろの姿を見せたりなんか出来なかったんだろう。
冒険者ギルドによく言っていたというコレットは、そんなジェイドが宿に向かうのを黙って見ていることなんて出来なかったんだろう。
同じ立場なら僕だってそうする。
「いいお兄ちゃんなんですね、ジェイドさん」
「やめてください」
「何だよ、照れることはないだろ。いいお兄ちゃんじゃないか、ジェイド」
「おやめください」
「いい人だね、お兄ちゃ~ん♪」
「おやめ、クリスタさま!?」
みんながからかう中で普通にしてもつまらないから、精一杯あざとくやってみた。
生まれ持った能力は有効活用しなければ。
「あの、お姉さま。前から少し、ほんの少しだけ気になっていたんですけど」
「なんですの?」
「お姉さまはその、ジェイドさまと仲がいいですけど」
ふむ。たしかに僕とジェイドは仲がいい。
気の置けない仲かと言われると、僕のほうに秘密があるだけに頷けないけれど、それは誰に対しても同じこと。
そういう意味ではナーチェリアが一番僕のことを知っているだろう。鑑定ってずるい。
だけど、そこを気にしないのであれば、僕はジェイドを友人だと思っているので、仲がいいかと聞かれたらそうだねと答える。
「お付き合いしているわけじゃないんですよね? ね?」
「「違います!!」」
答えるが、そういう感情は一切もってないよ! 男同士だからね!
同性愛に偏見をもっているつもりはないし、もし友人にそういうカップルがいるなら応援もするだろう。
だけど、僕が好きなのは女の子だから!
「ほら、息もピッタリですし」
それはジェイドも僕の性別を知っているからだ!
力強く否定したくもなる。
「それはおいといて、でしたらジミーにも部屋を用意してくださる?」
「ん? 俺は別にお前と同じ部屋でも」
「ぶん殴りますわよ」
「冗談! 冗談だからやめろ!」
そういう冗談は本当に勘弁してほしい。
女だと思われている状態で言われると、全身の肌がぞわっとする。
セクハラを嫌う女性の気持ちがちょっと分かってしまった。
「あ、そうですよね。セバスチャンを下がらせたのは失敗でした」
「ジミーを案内してくださる? わたくしはもう休ませていただきますわ」
半分本当で、半分嘘だ。
ひとつ試したいことがあるんだけど、それにはジミーとコレットが邪魔になる。
「わかりました! それではジミーさまはこちらへ」
「おう、案内よろしくな」
「ジミー、コレットが可愛くても手を出しではいけませんわよ?」
「しねーよ!? ったく」
コレットとジミーが居なくなり、ジェイドと二人きりになる。
「それではお嬢様、私も自分の部屋へ向かいますので」
「いえ、ちょっとお待ちなさい」
君には用事があるんだよ、わりと重要な。
「ということで、試してみようと思うのですけれど」
「突然なんですかお嬢様」
「いえ、アリスの病気を治す方法を思いついたので、ちょっと実験してみようかと思いまして」
「本当ですか!?」
「うおう!?」
ジェイドに両肩を掴まれて揺さぶられる。
やめ、やめろジェイド、揺れるから、っていうか怖いから! お前身長でかいんだよ! こちとら160前後しかないんだぞ!
ちょっと離れろ180超え!!
「おるぁ!」
「ごふっ!?」
ジェイドの腹に思いっきり膝を突き入れた。
だって両肩掴まれてると腕が動かせないからね、仕方ないね。
「落ち着きまして?」
「は、はい。それで、その方法というのは?」
「それなのですけど、夜営で使っている焚き火用の魔法ありますわよね?」
魔力だけを燃やすので、決して火事にならない安全な通常魔法だ。
聞いたところによると、あれは魔法の使える冒険者にとっては入門用の魔法で、大体の魔導師は使えるらしい。
まぁ魔法が使える冒険者そのものがこの国には少ないのだけど、他国だとわりといるらしい。
アリスちゃんの病気が魔力の過多によるもので、それを魔吸石に移すことで和らぐのなら。
そして多すぎる魔力が原因でまともに魔法の訓練も積めないというのなら、いっそのこと魔力を焼いて減らしてしまえばいいんじゃないか、とそう思ったんだよね。
「正気ですかお嬢様」
「失敗したら発動しないだけでしょうし、成功しても燃えるのは魔力だけなのでしょう?」
「それはそうですが。なにをどうしたらそんな発想に至るのですか」
そう言われても、思いついてしまったのだから仕方ない。
アリスちゃんの前でやって、期待させて失敗なんていうのも申し訳ないし、試すなら今が絶好のチャンスだろう。
「あれは指定した魔力以外は燃えないだけで、多少の熱は感じるので少々熱いかもしれませんよ?」
「といっても火傷するわけじゃありませんのよね?」
実際、以前ヴォイドレックスの肉を焼こうとして失敗している。
精々がゆたんぽ程度の暖かさだったはずだ。
「それはそうですが。……わかりました、それではかけますよ?」
「いつでも構いませんわ」
「制御を失敗しても問題ですし、一応詠唱しておきましょう。”類する魔力を糧として、柔らかな火を灯せ”《発火》」
ジェイドの詠唱が終わり、僕の身体が一瞬だけ翡翠色に染まり、すぐに消えた。
おや、もしかして失敗か?
この世界の人間は魔力も体力と同じように身体を動かすのに使っているから、燃えているなら幾ばくかの疲労を感じるはずだけど。
なんて油断していた。
そう、たかが通常魔法。それも生活用の魔法なんて、みんなが普段ばかすか撃っている高位魔法に比べたら、おもちゃみたいなものだと、完全に気を抜いていた。
「あ?」
「ん、どうされました?」
「あ、ああ、あああああっぁぁああああああああっ!?」
「お嬢様!?」
あつい。
あつい……アツい、アツイ、熱いっあづい熱い!!
燃えてはいない。確かに身体が燃えていないし、火傷もしていないのに。
なのに熱い!
見れば体中から炎が吹き上がっている、慌てて叩くも、手に炎が触れる、あの特徴的な熱を感じられない。
だというのに全身が燃えるように、否、現実に燃えていた、熱い。
ミゾレの台詞じゃないが、訳がわからない!
咄嗟に地面を転がるが、それでも炎は消えてくれない。
まずい、まずいまずいまずいまずいまずい!
アツい苦しい痛い口内すら燃えていて息が吸えない!!!
「があああああああっ!?」
「ちぃっ! おい、魔法を解除するぞ! いいな!」
次の瞬間、その熱が一気に消え去った。
呆然として自分の身体を見渡すも、火傷は一切無い。
それどころか、着ていた制服には焦げ痕ひとつ残っていなかった。
あんなに激しく燃えていたと思ったのに、錯覚だったのだろうか?
その考えを馬鹿馬鹿しいと、頭を振って打ち消す。
あの苦痛が錯覚? ありえない。
「いまのは、いったい」
「さすがに慌てたぞ。いったいどうしたはこっちの台詞! と、こちらの台詞ですよ、お嬢様」
語調の荒さを慌てて戻したジェイドに微笑ましいものを感じるが、さっきまで感じていた熱は微笑ましさなんて欠片もない暴力だった。
「放出されていない魔力は、身体の一部、ということなのかしら?」
「見たところ外傷は無いようですね。魔力だけを燃やしたはずですが、まさか魔力に痛覚があったとでも?」
「わかりませんわ」
ただ、考えられることはある。
例えば催眠術などはインチキの代名詞のように使われることもあるが、実際に何の変哲も無い鉄の棒を、熱せられていると誤認させて肌に触れさせると火傷する、という実験結果がある。
それと同じように、実際に身体は燃えていなくても、体内の魔力を燃やされたことで自分自身が燃えている、と脳が、あるいは魂が認識した可能性はある。
或いは別の可能性として、この世界の人間にとって、魔力は血と同じように全身を循環している、あって当たり前のものだ。つまり、外に放出せず、体の内にある時、それは自分の肉体と大差ないのかもしれない。
それを燃やすということは、全身くまなく燃やされるのと同じ事だ。
「なんにせよ、これは使えませんわね。身体は多少だるいから、魔力が減っているのは間違いないのでしょうけれど」
「その程度なら、翌日には回復していそうですね。あれだけの惨状でその程度では、魔吸石を使ったほうがマシです。元手が掛からないのは利点ですが」
「やめておきなさいな。あなたの妹さんが廃人になりますわよ」
前世でもお灸のように熱を使った健康法が実在したけど、これとそれとは別の話だろう。
「でしょうね。いえ、それよりも、お嬢様ご自身は大丈夫なのですか?」
改めてゆっくりと指を握りこんだり、手足を動かして確認を取る。
少なくとも後遺症のようなものは出ていない。あんな激痛だったというのに。
「そのようですわね。これ、拷問には丁度いいかもしれませんわ」
「後遺症もなく。実際に燃えているわけではないので痕も残らない。けれど全身を焼かれる苦痛のみ与えると。たしかにこれは、拷問用の魔法といって差し支えないかもしれません」
医療用の魔法を開発しようとして、とんでもないものを作り上げてしまった。
今の所これを知っているのが僕とジェイドだけ、というのが救いだろうか。
「……魔力が減ったのは事実ですし、改良したら医療用に使えたりしないかしら?」
「……それまでに、何人の精神を焼き殺すおつもりですか、お嬢様」
「今悩みましたわね?」
「それは、正直にいえば、妹が助かるなら犯罪奴隷の何人かを犠牲にしてでも、と思いましたが。アリスにはそんな後ろめたいものを背負ってほしくはない、と思ってしまいます。仮にあいつに隠したとして、隠し事などいずれはバレるものですからね」
隠し事などいずれはバレる、か。
そう、そうなんだよね。
イリスに魔法のことがばれてしまってるように。
ナーチェの鑑定のような、規格外の能力が存在するように。
隠し事は、いずれバレるのだから。
僕も、少しずつでも信頼できる相手を増やして。
少しずつでも、秘密を話していったほうがいいのかもしれない。
このまま悪役令嬢として振舞っていれば、敵だって増えていくだろう。
その時、孤立してしまわないように。
せっかくいま繋げている手を、放されてしまわないように。
「叫んだら喉が乾きましたわ。ジェイド」
「はい、すぐにお茶をお持ちいたします」
「いえ、いまは水で」
「かしこまりました、お嬢様」
果たしてその時、ジェイドは僕の傍に立っていてくれるのだろうか。
ふと、そんな事が気になった。
次回、ついにファンタジーのお約束、ダンジョン探索です!!
(ここまで72話、40万文字以上消費。お約束とは)




