071 わたくし猫さんを呼び出しますわ
第6回ネット小説大賞、一次選考通過しました!
これも皆さんのおかげです、ありがとうございました!
「ただいま帰りました」
「兄さん、お帰りなさい」
「あら、早かったですわね」
大急ぎで行ってきたのか、全身汗だくのジェイドが入ってきた。
そんなに聞かれたくない話があったんだろうか。もう結構聞いた後なのだけど。
「次元魚を使って往復しましたので」
「本気じゃありませんの。それにしては遅かったですわね」
ああ、汗だくにしては息が切れてないなと思ったら、汗じゃなくて魚類特有のぬれぬれだったのか。
でも擬似転移したにしては結構時間が掛かったな。
ギルドに行って、今回の実地訓練のための依頼を聞いてくるだけ、だよね。
「いえ、それが少々面倒なことになりまして」
「なんだ? 高位魔物の討伐でも頼まれたか?」
「似たようなものですね。どうやら、いま町で厄介な病気が流行しているようでして」
「病気?」
それに揃って嫌そうな顔をする魔導騎士科一同。
病気、そして毒。このふたつは魔導師にとっては天敵だ。
怪我のように容易には治せず、魔法のように感知することも難しい。
「皆様の気持ちもわかりますが、そもそも今回の訓練の方針が『護衛と調査』ですからね」
「そういえば、そんな事も言ってましたわね」
今回の訓練先を選ぶ前に、ドロシー先生から聞かされた話だ。
僕ら魔導騎士科はすでに戦闘力だけなら現役の魔導騎士並。なので今後は、純粋な戦闘技能以外の面を鍛えていくという話だった。
コレットをグラスリーフの町まで護衛してきたのもその一環だ。
「ってことは、その病気についての調査か? 町の医療魔導師はどうしたんだよ」
「いえ、それについての調査そのものはもう終わっているようでして」
「ん? 訳が分からない」
「まぁまぁ、ひとまずジェイドさんの話を聞いて見ましょう」
ジェイドの話、というか冒険者ギルドからの話を纏めよう。
いまこの町では、身体が徐々に衰弱していく奇病が流行っているらしい。
ここへ来るまでそんな人を見かけなかったのは、罹患者はみな起き上がることもできず、ベッドの上で寝たきりだからとのこと。
感染経路として有力視されているのが、近くにある遺跡型の迷宮から発掘された魔道具だ。
魔道具を専門に取り扱っている商人が調査した結果、それに封じられていた病原菌が解き放たれてしまったのではないか、という事だった。
「そもそも、なんで病原菌が封印なんてされていたんですか?」
「何かに利用するため。恐らくは敵の集団に対して使用するためではないかと、調査した商人は言っているそうです」
「おいおい、細菌兵器かよ」
マジか。
魔法のあるファンタジーな異世界で、人為的なバイオハザードとか勘弁してほしい。
ゾンビだってウイルスに頼らず死霊術で生み出せる世界だぞ。
「その病原菌を現在の医学や魔法で駆逐するのは困難だそうですが、原因となった魔道具にはそれらを収集、再封印する機能もあるそうです」
しかし困ったことに、それには膨大な魔力が必要となるらしい。
それも並の魔導士が何人集まっても足りないほどに。
もしかしてアリスちゃんに頼めば使えるんじゃないかと思ったけど、魔力が多すぎるために制御訓練を積めていない彼女がそんなことをすれば、命に関わる可能性が高い。
この世界の魔法が訓練もなしに扱えるのなら、異世界人の魂を持っている僕にだって使えていいはずなのだから。
というかその道具。病原菌を封印、開放という形を取っているのでわかりにくいけだけで、魔道具じゃなくて魔導武器なんじゃないか?
必要な魔力量が大きい事もそれを物語っている。
「それってもしかして」
「そこで迷宮にもぐり、中位以上、可能なら高位の魔物の魔石を複数手に入れるのが、今回の依頼となります。魔石を利用できる魔道具でよかったですね」
「ん? クリスタさん、何か言った?」
「なんでもありませんわ!」
危うく魔導武器にも魔石が使える可能性を示唆するところだった。
最近みんなとの距離が縮まって、気が緩んできている気がする。気をつけないと。
「というか、その調査結果って本当に正しいのか?」
「さて、熟練者に頼んだとは聞いていますが。鑑定持ちというわけでもないでしょうからね」
「鑑定持ちがそうホイホイ居てたまるかっての。たぶんこの国じゃナーチェくらいしかいないぞ」
そりゃそうだ。鑑定って創作じゃほいほい使われてるけど、実際に体験した身としてはなんだそのチート能力、ふざけんなって感じだったし。
ん? 鑑定?
「ねぇ、鑑定ならその魔道具、いえ、いっそのこと病気や毒についても調べられるのかしら?」
「できると思いますよ? ……あ、なるほど、そういうことですか」
僕の質問の意図に気がついたらしいイリスが、ぱんっと手のひら同士を合わせる。
そう、たしかに鑑定もちなんてそうホイホイ居られたら困るが、少なくとも身内にひとりはいるのである。有効活用しない手はない。
「つってもナーチェはB班だし、ってそういうことか」
「なるほど」
「ふむ、そうですね」
他のみんなも気がついたらしい。
わかっていないのはコレットとアリスちゃんだけだ。
「ジェイドさん、構いませんか?」
「私はシルシルさんの事をよく存じあげないので、皆さんの意見をお聞かせ願いたいところです。あの方は魔物、なんですよね?」
「大丈夫じゃないか? たしかに魔物だけど、決闘方式だった席次決めの時、あいつ手加減してたし。その辺の人間よりも信頼できるぞ」
「ん。魔法使わなかった。悔しい」
魔導騎士科第六席、家憑き妖精のシルシルさん。
その席次は第七席であるミゾレのひとつ上だ。
本来魔物は自分の原典となった魔法、それを行使するためだけの存在だ。
その魔物が魔法を使わない手加減ができる、という時点ですでに通常の魔物と同じに考えてはいけないだろう。
というか、ミゾレ相手に魔法を使わずに勝ったのか。
やだ、シルシルさん怖い。
「なら特に問題はありませんね。アリス、これから二人ほど、魔導騎士科の人を呼ぶが、構わないか?」
「え? う、うん。大丈夫だけど」
学園を出発する前、シルシルさんの提案で今回からは緊急時お互いに手を貸そうというものがあった。
その際に彼女を呼ぶ方法も聞いていたのだ。
ただ、それをするとその場所へとシルシルさんが自由に出入りできるようになってしまうので、プライバシーも何もなくなるのだけど。
「えっと、いまの家主ってどちらですか?」
「アリスです。この家自体は私のものですが、実際に管理してるのは妹ですからね」
「じゃあアリスさん、この草をどこかに結んでもらえますか?」
「どこでもいいんですか?」
「はい、外に持ち出さないものなら大丈夫、らしいです」
イリスがアリスちゃんに渡したのはシルシルさんが持っている、というかいつも背負っている箒の一部だ。
詳しくはわからないけど、長く柔軟性のある薄茶色の植物のようだ。
アリスちゃんはそれを部屋のドアノブに結んだ。
たしかにどこでもいいなら、結びやすいのはあそこかな。
「シルシルさん、シルシルさん、聞こえますか?」
それに触れながら扉に向かって声をかけるイリス。
そんなので大丈夫かと心配になったけど、しばらくして返事があった。
「は~い? どちらさまですかぁー?」
「C班のイリスです。ちょっとナーチェさんにお願いがあるんですけど」
「はいはーい、いま開けますねぇ」
「ちょ、バカシル! いま開けたらっ」
がちゃり、っとその扉が開かれる。
外に繋がっていたはずのその先。しかし現れたのは見慣れない風景だった。
恐らくはどこかの一室。
そこには向こう側で扉を開けたシルシルさんと、その後ろにいるナーチェリア、まだ話したことのない魔導騎士科B班の女の子が立っていた。
下着姿で。
「なんの御用でぇ」
「閉めろ! あんたらはちょっと待ってなさい!」
バタンッ!!
そのままの姿でこちらへ来ようとしていたシルシルさんを、引き戻したナーチェリアが扉を閉めた。
うん。……本来なら色々と、下着姿について言及すべきなんだろうけど、そんなことより気になることが。
あの話したことのない女の子、腕が六本あったような?
見間違いってことにしておこう。
それから3分ほどして、再び扉が開く。
「ふぅ。待たせたわね」
「ひどいですよぅナーチェ~。何も殴らなくてもぉ」
「人は魔物と違って、おいそれと他人に肌は見せないものなのよ!」
うっかり事故ではなく、人と魔物の価値観の違いによるすれ違い事故だったらしい。
ゴブリンみたいな例外を除いて、魔物は基本的に生殖活動しないから、性差による羞恥心が薄いのかもしれない。
ていうか性別あるのか?
「それで、何の用事? こっちはこっちで忙しいんだけど」
「そう怒らないでくださいな、さっきのはシルシルのミス……なぜメイド服を着ていますの?」
そう、着替えて現れた二人は、学園の制服ではなくメイド服を着ていた。
シルシルさんは背中の箒と相まってよく似合っているし、ナーチェリアは完全にネコミミメイドだ。アキバに居そう。
「貴女たち、闘技場のある街へ行ったはずじゃありませんの?」
「聞かないで」
「ナーチェが受付の人を病院送りにしたのでぇ、その代理ですぅ」
「言うなぁっ!」
なんでも護衛して連れて行った騎士科の四人組が闘技場で受付をしていた時、その若さから彼らを侮り、というか実際に実力が大したことがないと見抜いた受付の男たちが小馬鹿にしてきたらしい。
それでも騎士科の四人組は自分たちに実力がないことを僕との訓練を通して痛感していたので我慢し、反論もしたりせず、受付そのものは滞りなく終わった、はずだった。
しかし、そこで街までの道中で彼らと交流し、努力していることを認めていたナーチェリアが怒ってしまった。
結果として受付全員をぼこぼこに叩きのめしてしまったらしい。
しかも回復魔法で綺麗に治らないよう、内蔵への打撲を中心に、念入りに。
手足の切断や簡単な打撲と違って、複雑な内蔵の回復は高位の医療魔導師の手が必要で、しかも高額なのだ。
魔導師の集まる学園と違って、地方の街は魔導師が少ないからね。
闘技場の管理者も、出場選手ならともかく、自業自得で怪我をしたやつらに金を出してやるつもりはないらしい。かといって受付がそろって入院では人手が足りない。
「というわけでぇ、私たちが受付をやることになりましたぁ」
「だからって、なんでメイド服なのよ」
「私がたくさん持ってるからですよぅ~」
「なんで持ってるのよ!」
というこ事らしい。
あっちはあっちで、色々と大変なようだ。
二人はこれから出勤らしく、時間も無いそうなので細菌兵器や病気のことについて手短に説明し、時間のあるときに協力を仰ぐことにした。
「ん、まぁそれくらいならいいわよ。病人と魔道具、両方見せてもらえれば鑑定の精度もあがるかしらね。じゃ、行きましょうか」
「あれぇ? ナーチェお仕事はぁ?」
「シルシルが居れば大丈夫でしょ、私の代わりにがんばんなさい」
どうやらこっちを手伝いたい、というよりはメイド服で受付するのが嫌らしいナーチェリア。
それに慌てたのはシルシルさんだ。
「ダメですよぅ、ナーチェのせいなんですしぃ、そもそも班長が不在なんて大問題ですぅ~」
「いいでしょ別に、あんたが居れば大概のことはなんとかなるんだから」
「いいから来なさい」
一瞬、《隷属の首輪》で指示されたイリスのように、シルシルさんの目から光が消える。
声もいつもの、媚びた様な間延びしたものではなく、端的で、キレのあるものになった。
そして部屋に満ちる、ゴブリンキング以上の威圧感。
「ごめんね、みんな、仕事終わったらまた連絡するわ!」
「じゃあそういうことでぇ、また後でぇ~、ですぅ」
「あ、はい、ありがとうござい、ます」
扉の向こうへ、闘技場のある街へと帰っていく二人。
僕らは閉められた扉に向かって、そっと合掌した。
シルシルさんはやっぱり魔物なんだなぁ。
そしてがんばれ、ナーチェリア。
でも、仕事をサボるのはダメだぞ!
実はまだ、5人くらい名前も出ていないクラスメイトが存在します。
そしてまたまたファンアートを頂きました! また活動報告に掲載させていただきますが、とり急ぎみてみんのURLだけでも。とっても麗しいクリスタです!
https://20761.mitemin.net/i297333/




