070 わたくし固有魔法について語りますわ
「き、今日のところはこれで失礼する!」
「あ、逃げないでくださいお父様!」
しばしどったんばったん大騒ぎした挙句、コンラッドさんは逃げるように帰っていった。
ていうか逃げた。
「逃げましたわね」
「逃げましたね」
「逃げられましたね」
「逃げちまったな」
「逃げた」
声を揃える魔導騎士科C班一同。
まぁ逃げるなら逃げるで別にいい、というか。
本題はジェイドの妹、アリスちゃんである。
そう、僕らは彼女に会いに来たのだ。
間違ってもコレットパパを殴るためでも虐めるためでもなければ、娘に下克上させるためでもない。
「あんな家畜どうでもいいですわ。それよりも、貴女がジェイドの妹ね」
「え? あ、あの、領主様は」
コンラッドさんの出て行った扉を見続けているアリスちゃん。
あんなのでも気にかけてあげているあたり、やさしい娘なんだろう。
自分の兄の婚約者の親だし、言い寄られていることを除いても家族ぐるみの付き合いとかあるんだろうなぁ。
「どうでもいいですわ。ああ、もし貴女が言い寄られて気に入らないというのでしたら、腕の二、三本ぶった切ってきますけれど」
「クリスタさま、腕切るのお好きですよね」
違うんだよイリス、他に切っていい場所がないだけなんだ。
だって魔物と違って人間は首を切ったら死んじゃうし、胴体は色々と重要な器官が収まっている。
脚は位置的に切りにくいし。
というか回復魔法があるから切断後10分くらいなら簡単にくっつく。
腕のいい医療魔導師なら1時間たってもくっつけられるらしいし。
内臓は手足に比べて複雑だから、そうはいかない。
という理由からよく腕を狙っているのだけど、そんな事情を知らないアリスちゃんは青ざめていた。
「だ、大丈夫です! わたしは大丈夫ですからやめてください!」
「ご安心なさい、冗談ですわよ」
「そう、なんですか?」
「貴女が大丈夫というから冗談になりましたわ」
「本当に大丈夫ですから!!」
ぜぇぜぇ息をつきながら両手をあわあわと動かすアリスちゃん。
いやぁ、ジェイドの妹とは思えないくらい可愛いな。
異性的なかわいらしさというよりは、愛玩動物的な。犬とか猫とか、あんな感じだ。
「落ち着きなさいな。それよりも、わたくしはもっとアリスとお話したいですわ。そのために来たのですから」
「あ、そうでした! お父様なんてどうでもいいのです! お久しぶりですアリス!」
「わたしに、ですか? 領主様ではなく?」
「「アリスの方が重要です」わ」
侯爵家のお嬢様と実の娘にそろってどうでもいいと言われる領主。哀れな。
「お話。どんな事ですか? その、あまり家からでないので、面白い話はできないと思いますけど」
「ジェイドの小さいころの恥ずかしい話とかありませんの?」
「お嬢様!?」
ジェイドが何か叫んでいるが、まぁそれは横に置いておこう。
だってみんな聴きたがってるし。
「あ、それは私も聞きたいです!」
「わたしもちょっと」
「あ、俺も聞きたい。面白そうだし」
「後学のために」
ほらね?
「兄さんの恥ずかしい話……実は、そういうのあんまり」
「あら? そう、なんですの?」
もしかして、やっちゃった?
なにか聞いちゃいけない、地雷を踏んでしまった系か?
「兄さん、昔から結構無茶するのに、私に心配をかけまいと隠したりするので」
「そういうのでよろしくてよ!」
「え?」
そう、あからさまに恥ずかしい話題。それはそれで興味がある。
けれどこの場合僕らが聞きたいのは、本人が思い出して恥ずかしい話なのだ。
ちょっと背伸びしてがんばっていた少年時代とか、聞いたとしても誰も傷つかないしとてもよろしい。
ジェイドはちょっと傷つくかもしれないが、過去の厨二病を掘り返される大人みたいなものだから、放っておこう。
「あ、アリス、無理をせずもう寝てはどうだ?」
「大丈夫だよ、今日は調子がいいから」
にっこり微笑むアリスちゃんに、「うっ」と言葉を飲み込むジェイド。
病弱な妹に、こんな風に微笑まれて耐えられるお兄ちゃんはいないだろう。
仲の悪い兄妹というのもたしかにいるが、彼らにそれは当てはまらない。
「アリスがジェイドの話をしてくれるなら、わたくしたちも学園でのジェイドの話を聞かせてあげますわ。自分のことを隠したがるというのなら、きっと本人は俺は大丈夫だ、とかし言いませんわよね?」
「本当ですか!? そうなんです、たまに帰ってきても俺は大丈夫だって、本当にそれしか言ってくれなくて」
みんなしてジェイドをジト目で見る。
こいつ、心配をかけたくないのはわかるけど、それはどうなんだ、と。
さっと目をそらすジェイドだが、ここはしっかり反応すべきだった。
なぜならここで目をそらすということは、僕らに自由に会話をさせるという事なのだから。
それに気がついたらしいジェイドが、慌てて声を張り上げる。
「み、皆さん、妹とは会えたのですし、ここは冒険者ギルドへいって今回の依頼を確認しにいきましょう! そう、それがいいです!」
「「「「「いってらっしゃい」ジェイド」ジェイドさん」ジェイドさま」兄さん」
「ちくしょう!」
ばたんっ!
本当に一人で出て行った。そんなにこの場に居たくなかったのか。
実際ジェイドが力づくで止めようとしても、他の魔導騎士科がノリノリな時点で不可能だし、逃げるしかないわけだけど。
年下と結婚しようとしてたり、逃げ出したり、実は義理のお父さんとは結構似ているところもあるのかもしれない。
そして、ジェイド大暴露大会が始まった。
アリスちゃんからは、ジェイドが魔法が使えなかった頃は平原狼の群れ相手に苦戦していたとか。
攻性魔法が使えるようになって、調子に乗ってヴォイドレックスを狙ったら返り討ちにされたとか。
時々アリスちゃんの調子が良い時に、湖へいって釣りをしたとか。
僕らからは、ジェイドが学園では猫をかぶっているっぽい事。
色々な場面で次元魚が大活躍なこと。
僕のせいで魔導騎士科になってしまって、剣術も鍛えなきゃいけなくなったこと。
「あと、アレで結構熱血漢ですわね」
「あ、そうなんです。兄さん人前だと冷静そうにしてるけど、結構熱い人なんです」
この辺りはアリスちゃんと意気投合して盛り上がった。
ジミーやミゾレはジェイドのそういうところを見ていないので驚いていたけど、僕はイリスを助けに行く直前の、ジェイドとの会話を忘れていない。
さすがにあれを話すわけにはいかないけれど、あんなに熱い男もそうはいないだろう。
アリスちゃんから聞いた話で興味深かったのが、過去に一度、この町が魔物の群れに襲われた時、たまたま訪問していた僕のお爺さまその群れを撃退したという話だ。
ジェイドはその様子を見て召喚術に傾倒していったらしい。
「お爺さまの、というかブリューナク家の固有魔法は、世間一般の召喚とは少し違うのですけれど」
「私に魔法のことはよくわからないですけど、当時の兄さんには同じに見えたんだと思います」
そういって苦笑するアリスちゃん。
ブリューナク家の固有魔法は召喚術、正確には使役系の魔法じゃない。
たしかに似ているのだけど、もっと乱暴で、いいかげんで、理不尽なものだ。
だから僕と違って、魔法の使える真っ当なブリューナクであっても、滅多なことでは使わない。
ゴブリンキングに影響を受けた状態で、イリス相手に怒っていたはずのお兄さまが、それでも使わなかったほどなのだから、相当だ。
「なぁ、結局どんな魔法なんだ? クリスタは全然みせてくれないじゃないか、ブリューナクの固有魔法って」
「ん、気になる」
「ミゾレはともかく、ジミーも知りませんの? 別に隠していませんし、調べれば分かるはずですけれど」
国の最後の砦とさえ言われるブリューナク家。
その地位を支える魔法を秘密にできるわけがない。
過去に起きた隣国との戦争などでもその猛威を振るっているから、他国でも情報が残っているところがあるだろう。
「えっと、わたしも知らない、というか誤解してましたから、聞いてみたいです」
「誤解ですの?」
「ずっと召喚術だと思ってました」
「俺も俺も」
「同じく」
「実は、私も」
おっと、コレットまでか。
なるほど。
過去のジェイドが誤解したのは幼かったからではなく、一流の魔導師といえるレベルのみんなでもわかりにくいのか。
いや、もしかしたらブリューナクの固有魔法について記している書物などで、召喚術って間違った記述があるのかもしれない。
「ブリューナクの固有魔法は召喚術ではなく、招来術ですわ」
「招来、ですか?」
「契約を結んで、それに応じて使役するのが召喚術ですわ。それはいいですわね?」
アリスやコレットも含めてみんながうなづくのを確認してから、話を進める。
「召喚が契約に基づいた命令権を行使できるのに対し、招来は招き寄せるだけですの」
「えっと、つまり魔法に頼らず、人間相手みたいに交渉してお願いするっていうことですか?」
「普通はそうなりますわね。ただ、ブリューナク家の固有魔法、正式名称は《招来・異界ノ獣》と言うのですけれど。これ、招き寄せるだけですのよ」
「「「「「え?」」」」」
これは僕も幼い頃、今ではもうほとんど記憶に残っていないお父様から聞いた話だ。
だから間違っているところや、わざとはぐらかされた部分があるかもしれないと最初に断っておく。
僕自身は使えないからね、この魔法。
《招来・異界ノ獣》。
かつて魔法を極めたと言われる初代ブリューナクであるハーデス。
彼は自らを神の座まで押し上げた際、肉体を捨て、魔物のように魔力を魂の器としたらしい。
けれど捨てられた肉体と、そこに残った魔力もただの廃棄物とはならなかった。
膨大な魔力は魂の宿らない肉体を侵食し、ひとつの獣を生み出した。
名前もなく、無数に分裂と融合を繰り返すそれを、ハーデスは滅ぼそうとするも、同列の存在である獣を滅ぼすことは叶わなかった。
仕方なく、その獣は異界へと封印された。
ハーデスの血族のみがその封印を緩め、その欠片を現世へと招きよせることができる。
「招きよせられた獣の欠片は人のような歯を持つ長い歯茎であったり、無数に枝分かれした腕であったり、一見すると狼のような、けれど口元だけは人間のようなナニカであったり。共通点は全身が濃紺で、むき出しの筋肉のような姿であることですわ」
「うげぇ。趣味悪いな」
「そんなものでも、使役できちゃうんですね。さすがはお姉さまです!」
「できませんわよ?」
「「「「「え!?」」」」
そう、僕に限らず、お爺さまでさえ使役なんてできない。
だからこその招来。招きよせるだけ。
異界の獣は術者、つまり自分の肉親であるブリューナクを攻撃することはない。だけど他の生き物には襲い掛かる。
だからブリューナク家は最後の砦なのだ。
普通に戦場なんかで使ったら、敵味方問わず大惨事になるのだ。
ちなみに素直に帰ったりもしてくれないので、ハーデスの残した封印術を発動して再封印する必要がある。
「おいクリスタ」
「なんですの?」
「絶対にその術使うなよ!? いいか、フリじゃないからな。絶対だぞ!?」
みんな「うんうん」と頷いている。
いや、魔法が使えないって知ってるイリスだけはなんだかほっとしているけれど。
「了解ですわ!」
と、言いつつ、この流れなら悪ふざけで使いたいのだけど、本当に使えないのが残念でならない。
このタイミングで固有魔法について明かしたのは、ノリではあっても不注意ではない。
C班のみんなとは長い付き合いになるだろう。
僕の魔法=固有魔法と思わせて、普段から使っていない理由をそこに紐付けてしまえば、これからずっと魔法を使わなくても僕に魔法を使えとは言わない可能性が高くなる。
実際、あの魔法は危険なのだ。
一度だけお父さまが実演してくれたけれど、その時は一緒に居たお母さまに襲い掛かっていた。
後にも先にも、お母さまが本気を出すのをみたのはあれっきりだ。
……本気を出したら異界の獣を蹴散らせるお母様は、本当に何者なんだろうか。
そして、そんな二人の子供なのに、異世界転生者なせいで魔法が使えなくてごめんなさい。
たぶん僕、世界一親不孝なサラブレッドだと思う。
固有魔法の情報やっと出せました。
ジェイドとお爺さまのつながりもちらちらっと。




