007 わたくし手段は選びませんわ
そこそこ長距離を走ったにも関わらず、僕は息も乱さず鍛錬場へとたどり着いていた。
ここは大きな体育館のような場所だ。
ただし地面はむき出しの土。
実戦の舞台が綺麗な床であることなどまずないから、というのは表向きの理由。
本当は昔、木製の床が高位の火炎魔法で燃えて、大惨事になりかけたからだって聞いている。
「あら、やってますわね」
鍛錬場では何組かに分かれて実践さながらの戦闘が行われていた。
基本的に皆両刃の剣を使用しているが、もちろん刃は潰してある。
木刀ではない理由としては、実際の剣とできるかぎり同じ重さのものを使うべきということがひとつ。
鉄の塊が直撃したら、いくら刃が潰してあっても危険だけれど、寸止めもできず、またそれができないような惰弱な相手に直撃をいれられてしまうような惰弱なものは魔導騎士科には不要であるというのがひとつ。
スパルタにもほどがある学園だ。
恐ろしいことに、ここには下級貴族の子女もいる。
わかりやすくいうなら、ジェイドのような男爵家の若者や、イリスのように平民の若者が混在している。
そこで刃引きの剣で訓練させるなど気がふれているとしか思えない。
万が一平民が貴族を傷つけてしまったらどうするのか。
しかしここで、王族とブリューナク家双方の意見が、それどころか平民の意見すらも一致した、奇跡的な言葉がある。
『聖獅子騎士団に半端者はいらない』
国の威信をかけた騎士団、その最高峰である聖獅子騎士団には、雑魚などいらないということだ。
そこを目指す魔導騎士科にもまた、軟弱なものなど要らない。
力の無い弱者を騎士団に入れてしまえば、それは国の有事の際猛毒となるからだ。
ただしそれは魔導騎士科内だけの話なので、他科の貴族相手に魔導騎士科の平民がタメ口を聞いたりしたら罰せられても仕方ない。
ブリューナクは平民を見下し、奴隷制度をつくりあげた。
しかしそれは国を成り立たせるためでもある。
だからこそこの学園は優秀であれば平民でも受け入れているし、貴族であるという理由で半端者を騎士団に入れるなどありえない。
だというのに。
「”焼きつくせ!” 《火矢》!」
「え、きゃああああ!」
場が静まり返る。
鍛錬場のいたるところでみられた貴族と貴族の、平民と平民の、そして貴族と平民の模擬試合のような鍛錬。
その中で一人の赤い制服の貴族が青い制服の平民に押され、あろうことか攻性魔法を発動した。
撃った生徒は誰だか知らない、初見の相手だ。
だが撃たれた生徒は分かる。
「おい貴様、何をして」
「何をしてますの?」
この時間の授業を受け持っていた、ごつい男の教官、恐らくは魔導騎士の声を遮って、甘ったるい声が響く。
誇り高い魔導騎士科の鍛錬場に似つかわしくない、純粋な幼女のような声。
けれどそれはたしかな力をもって教官ののぶとい声を掻き消す。
「ねぇ、あなた。そう、いま攻性魔法を使ったそこのあなた」
「え、お、俺のことか」
「あなた、お名前は?」
「ジミーだ。ジミー=サージェス」
貴族、ジミーは僕に声をかけられて舞い上がっているのか、頬を赤く染めて応じてくる。
平民相手に魔法で圧倒し、そこへ美少女()に声をかけられたことで良いところをみせたとでも勘違いしているのだろう。
とんでもない。鍛錬中の攻性魔法の使用はご法度だ。
仮に許可されるとしても、それは立会人がいる状態での一対一の公式な模擬試合。
今のように多数で鍛錬している最中に使って良いはずが無い。
仮に相手が許可していてもだ。
理由は単純。
その相手が攻性魔法を避けたとき、流れ弾として、完全な不意打ちとして誰かに向かうからだ。
そんな事もわからない奴が誇らしげに胸を張っている。
冷え切った場の空気もわからない奴が、貴族としての家名を宣言している。
イライラしていた。
そうだ、僕はイライラしていたんだ。
だから前世と今生を含めても、一番馬鹿な事をしてしまった。
「そう、ジミー=サ―ジェス。貴方の墓碑にはそう刻めばよろしいのね?」
「は?」
僕は倒れている平民の生徒、イリスへ近づくと、彼女に大きな怪我がない事を確認して安堵する。
優秀な彼女のことだ、咄嗟に防壁魔法を張ったのだろう。
詠唱してたようには見えなかったし、無詠唱で火矢を防いだのは賞賛に値する。
あれはゴブリン程度なら一撃で火達磨にしてしまえる魔法なのだから。
けれどその衝撃を防ぎきることはできず、結果気絶した。そんなところだろうか。
僕は彼女が倒れる際に手放した模造剣を拾い上げると、ジミーに向かって宣言した。
「ジミー=サージェス。わたくし、あなたに決闘を申し込みますわ」
「はあ!?」
「待たないか、何を勝手な」
「邪魔ですわ!」
割り込んできた教官を模造剣で殴り飛ばす。
魔導騎士であろう彼は魔法を使っていなければ並みの騎士以下だ。
そしてそんな彼が10年以上肉体改造してきた僕の攻撃に耐え切れるはずが無い。
教官は気絶した。
場が静まり返る。
「家畜風情がこのわたくしの下僕を傷つけた罪、この場で償いなさい!」
「マジかよ!?」
僕は全速力で駆け出すと、ジミーへと切りかかる。
見ていた生徒が悲鳴をあげるが、手を出すものは居ない。
状況に戸惑っているもの半数、そして手を出してはまずいかもしれないと恐れているものが半数。
前者はこれが正式な決闘の場合、手を出すのは騎士の名誉を汚すからと考えているもの。
後者が僕を見て、僕が誰なのか理解したものだ。
魔導騎士科には半端者はいらない、それはたとえ王族だろうとブリューナク家だろうと変わらない。
しかしブリューナク家の令嬢は魔導騎士科ではないので迂闊に怪我でもさせたらまずい。
そういうことだ。
当のジミーは一昨日の騒ぎの時にいなかったのか、僕が誰かわかっていないようだけど。
そして僕はジミーを全力をもって潰しにかかった。
うん? そんなにイリスを傷つけられたのが赦せなかったのかって?
その理由はまぁ、半分くらいだ。
もう半分は僕がやらかしたと思っていたから。
焦っていたからだ。
たしかに所有物を傷つけられて実力行使にでるのは悪役らしい行動だろう。
相手の話も聞かず、止める者も殴り飛ばして、まさにひどい貴族らしい行動だ。
けれど、それでも、それでもだ。僕はここで彼に、魔導騎士科の生徒に実力行使をしてはいけなかった。
速攻でケリをつけなければいけない理由が、ぼくにはある。
「くそ、その制服ならてめぇも貴族だろうが! なんで平民なんぞ庇いやがる!」
「貴族とか平民とかくだらないですわ!」
「はん、奴隷解放派のお優しい一派ってことかよ」
「この国の民は等しくわたくしの家畜ですわ!」
「お前おかしいよ!?」
ジミーのことは気に食わないし、思いっきりどつきたいが、その言葉には同意する。
周囲をみる余裕なんてないけれど、きっとみんな頷いているに違いない。
ジミーが僕から距離をとる。
やらかした、この距離は一息で詰められない!
「”切り裂け”! 《鋭風》!」
ジミーの詠唱に応えた魔力が風の刃となって僕に襲い掛かる。
辛うじて直撃はかわしたものの、服のところどころが裂け、二の腕などに軽い傷を負う。
これだから、僕は実力行使に出てはいけなかったのだ。
こうなる前に、ケリをつけなければいけなかったのだ。
僕は貴族であるにも、偉大なるブリューナク侯爵家の嫡子であるにも関わらず。
一切の魔法が使えないがために、一族の恥として幽閉されていたのだから。
だからこそお母様は僕に身体を鍛えなさいと言ったのだ。
魔法を使えない僕は、最後の頼みとして体力に頼るしかないのだから。
風の刃がうなりをあげる。
僕は必死でそれを避ける。
いけない、これではいけない。
悪役令嬢はこんな無様な戦い方をしてはいけない。
そして僕は鍛錬場の壁に目を向けて。
ニヤリとほくそえんだ。
「かわいい」
それは誰のもらした言葉だったのか、悪党を意識した僕の笑みは案の定可愛いだけだったらしい。
無念。
「どうした、魔法は使わないのかご令嬢さま!」
「あら、鍛錬での魔法の行使はご法度。そんな事も知りませんの?」
「はっ、魔法と剣技の両方を揃ってこその魔導騎士、貴族だろうが。甘っちょろい事言ってんじゃねえ!」
なんて馬鹿だろう。
僕も馬鹿だけど、この方面じゃなくてよかったと思う。
「では食らいなさいな! 《思いっきり投げつけるは模造剣》!」
「そんな魔法があるかあああああああっ!」
鍛え上げた肉体で、力の限り模造剣を投げつける。
顔面へと飛んでくるそれを、彼は自分の模造剣で弾き飛ばす。
「はん、食らうかよ馬鹿が!」
ここでひとつ良いことを教えよう。
敵の攻撃を自分の武器で防御する。パリィと呼ばれるやつだ。
あぁ、なんて格好いいんだろう。
しかしだ、それは最後の手段でなければならない。
防御のために武器を振るえば視界を大きく遮るし、なにより一瞬とはいえ攻撃の手段が失われる。
彼はここで僕の模造剣を避け、追撃の攻性魔法を唱えるべきだった。
だが彼は僕の攻撃をはじき、僕に時間の猶予を与えた。
「おい待て」
「なんですの?」
「それはなんだ」
呆然とした彼が、僕に問う。
戦闘中になにをと思うが、それも仕方ない。
僕の手には弓のような、銃のようなものが抱えられていたのだから。
それはクロスボウ。
弓を誰にでも扱えるようにと作られた、銃の遠いご先祖様。
この学園の廊下には色々な武器が飾られている。
だがそれは廊下に限ったことじゃない。この鍛錬場にもだ。
そして当然、その中には遠距離武器もある。
「お前卑怯だぞ!」
「お黙りなさい!」
僕はクロスボウの引き金を引く。
それを避けるジミー。
さすが異世界。銃より速度が遅いとはいえ、この距離の矢を見てから避けるなんて凄まじい身体能力だ。
クロスボウは弓より便利だけど、その弦を引くにはある程度力がいる。
だがここは日本ではないし、僕らも日本人ではない。鍛え上げたグリエンド人の、例えば騎士などなら僕と同じことが出来るだろう。
もちろんクロスボウなど使うのは初めてだけど、弦を引くのが苦にならない以上、構えて、狙って撃つだけでいいのなら、エアガンと大して変わらない。
前世で友人たちとサバゲーをした記憶が蘇る。
翌日から熱を出して一週間ほど寝込んだ記憶も蘇るが、それはどうでもいい。
「うおおお!? 何でこんな女が連射できんだよ!」
「おほほほほ! 鍛錬の賜物ですわ!」
今生ではなく、前世のね。
「つうか剣を使え! それか魔法使いやがれ! これのどこが決闘だ!」
「あなた馬鹿なんですの? 先にご法度の魔法を使ったあなたにわたくしを責める資格などございませんわ! 甘っちょろいこと言ってんじゃないですわ!」
彼に言われた台詞をそのまま投げ返す。
そう、たしかに僕の行為はやってはいけないことだ。
如何にブリューナクであろうとも、決闘の最中に遠距離武器を持ち出すなど、あってはならない。
しかし、彼は攻性魔法を撃ってきたのだ。
先にルールを破ったのは彼である。
故に、僕が同じく禁止された手段を使ってはいけない理由などどこにもない!
目には目を、歯には歯を、反則には反則を!
「さあ、無様に逃げなさい、わたくしが屠殺してさしあげます! さあさあさあ!」
「だ、誰か助けてくれええええええええ!!!」
彼が逃げまどう。
みんなが白い目で僕を見ている。
だがしかし構わない、というか今更やめられない。
一瞬でも矢をとめて、彼に反撃の機会を与えたら殺されかねない。
僕は魔法が使えないので、火矢の直撃でも受けたら死んでしまう。イリスとは違うのだ。
自分で撒いた種とはいえ、命の危機に晒されて段々ハイになってきた僕は表向きは嬉々として、内心は危機としてクロスボウを乱射していた。
その時。
「だ、だめです!」
僕に横から抱きついてくる人が居た。
半ばタックルされるようにして僕は押し倒される。
「だめですクリスタさまいけません! 彼が死んじゃいます!」
「……イリス?」
それはイリスだった。
よかった、目が覚めたのか。
必死に僕を止めるイリスに頭が冷え、次いで彼女から伝わる柔らかい感触にドギマギしつつ、そういえばジミーからの反撃が無いなと見てみれば、彼は白目をむいて気絶していた。
どうやら途中から矢を避けきれず、防壁魔法で防いでいたらしい。
それも限界を向かえ、イリスが僕を押したおすのと同時に力尽きたみたいだ。
イリスがとめてくれなければ、本当に彼を殺していたかもしれない。
「仕方ありませんわね、可愛い下僕がとめるなら特別に生かしておいてあげましょう」
「ほっ」
「行きますわよイリス、いくつか事情をお聞きしたいですわ」
どうしてあんな状況になっていたのか、別の場所で詳しく聞いておきたい。
「は、はいクリスタさま」
「おう! 俺にも事情ってやつを聞かせてもらおうか? お嬢さんがたよお!」
身体が浮かぶ。
一昨日僕がジェイドにしたように、首根っこをひっつかまれて、しかし引きずられることは無く持ち上げられる。
そろーりとその主をみれば、僕が殴り倒した教官だった。
「よろしいですな、クリスタ=ブリューナク侯爵令嬢?」
「は、はいですわ」
殴り飛ばした罪悪感と、宙ぶらりんにされている恐怖と、これ以上暴れるのはまずいという理性が一致した結果、僕はそれ以上悪役を演じることも無く素直に頷いていた。
ちなみにクリスタは魔法ありで真正面から戦うと魔導騎士科の誰より弱いです。