068 わたくしついに妹さんとお会いしましたわ
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2018/7/12
コレットの先導でたどり着いた先は、町を囲む壁沿いにある小さな家だった。
一階建てで、部屋数もあまりなさそうだ。
それでも窓には透明度の高いガラスが嵌め込まれているのは、グラスリーフならではか。
少なくとも、ゾルネ村で使われていたガラスはもっと透明度が低く、濁っていた。
あれはあれで綺麗だと思うんだけどね。
「ですから、お嬢様が来るような場所ではないと言ったのです」
「良い家ではありませんの」
「皮肉ですか?」
「まさか、本音ですわよ」
たしかに僕は、幽閉されていたとはいえこれに比べたら大きいお屋敷に住んでいた。
けれど、前世では古いアパートの一室を借りていたし、そこは別に豪華でもなんでもない、普通の2Kの部屋だった。
家族三人で暮らしていたから良かったけれど、異性の姉妹でもいたら、個室がなくて問題になっていたと思う。
そんな身からすると、一軒家というのはそれだけで憧れなのだ。
前世ではネット社会のおかげで世界中の人と話せたけれど、田舎は大きな一軒家が普通で、なんなら山を持っている人まで居ると聞いて、とても羨ましかった。
まぁ、隣の薔薇は赤いというか、あちらからは都心が羨ましいと言われたけれど。
夏場になると家の中に虫が入ってきて辛いらしい。小蝿とか蚊とか、そんなちんけなものではないと力説されてしまった。
「本当に羨ましそうですね、クリスタさま」
「良い家だと思いますわよ? 見たところ壁も綺麗に磨かれていますし。家主が綺麗好きなのかしら」
この場合、ジェイドは学園の寮住まいだから、管理しているのは妹さん、アリスちゃんだろう。
「あら? 中からなにか、話し声?」
「ああ、お父様ですね。いつも声が大きいので」
言われてみれば聞こえてくるのはひとりだけ、それも男性の声だった。
話しかけているはずの相手の声は聞こえてこないから、それだけコレットパパの声が大きいか、一方的に話しているんだろう。
「はぁ。ここまで来てしまっては仕方ありません。中へどうぞ」
ため息交じりに家の扉を開けるジェイドに、今更ながらごめんねと思いつつ、それでもわくわくしながら中へと入る。
「であるからして、うん? なんだ? おお、ジェイドではないか! 久しいな!」
「ご無沙汰しております、グラスリーフ卿」
まず目に入ったのは、大柄な男性の姿だった。
身長は190cmほど、筋肉質で、しっかり鍛えられているのが見て取れる。
コレットと同じ金髪を短く刈り上げているから、たぶん父親だろう。
「他人行儀ではないか。お前はコレットの婿となるのだ、気軽にコンラッドと呼んで構わんぞ! いや、いっそ父と呼ぶか?」
「恐れ多い。それはまた、正式に婚姻を済ませてからとさせていただければ」
随分とぐいぐい来る人なんだな、コレットパパ。コンラッドさんか。
ぞろぞろとみんなで家の中へ入ってきたので、小柄な家といっても元々高身長な人が多いグリエンド基準で作られているのに、ちょっと狭く感じる。
「え、兄さん?」
コンラッドさんの体が邪魔して見えない向こう側から、弱弱しい声が聞こえてくる。
お、妹さんか? 妹さんなのか!?
あー、邪魔だなぁコンラッドさん。ちょっとどいてほしい。
「ジェイド、わたくしたちにもご紹介してくださる?」
「おお? おお、なんと美しい! ジェイド、連れの方々を私にも紹介してもらえるか? 見たところエルフに、高魔力保持者までいるではないか!」
コンラッドさんはそう言いながらまず僕を、次にミゾレとイリスを見る。
娘さんも居るんだけど、そっちはスルーなのかおい。
「お父様、私もいるのですけど?」
「ん? おおすまんなコレットよ! 小さくて見なかったわ!」
「もうっ!」
あー、うん。コレットって十歳児くらいだもんね、見た目。
このメンバーだと埋もれるか。仕方ないね。
「お嬢様、こちらのお方がこのグラスリーフの領主にして、コレットさまのお父上。コンラッド=グラスリーフ卿であらせられます。そしてグラスリーフ卿、こちらのお方がブリューナク侯爵家のご息女、クリスタ=ブリューナク様です」
ブリューナクという単語を耳にして、目を見開くコンラッドさん。
ジェイドがさらっとミゾレやイリスの説明を流したことも気にならないようで、コンラッドさんは僕を凝視している。しかもえらく興奮しているようだ。
「おお! 貴女が! お噂はかねがね、お会いできて光栄です!」
「そう、ありがとう」
現役の領主が、爵位を敬称していない小娘相手に光栄だなんて、やっぱりブリューナク家はすごいな。
でも僕は貴方に会いに来たんじゃないんだよね。
妹さん、アリスちゃんに会いに来たんだ。
「しかし噂などあてになりませんな。貴女はそれ以上にお美しい。それにそのお年すでに兄君であるアルドネス卿を超える実力者だとか」
ちなみにグリエンドの貴族は領地の名前ではなく家名に敬称をつける。
ただそれだと家族の呼びわけができないので、家名に敬称をつけるのはその家の当主、つまりブリューナク家ではお爺さまだけとなる。
ほかはみんな名前に敬称で、僕には爵位がまだないので様付けだ。
「わたくしが美しいのは当然でしょう? ありきたりなおべっかには興味ありませんわ」
だから早くアリスちゃんを見せてくれ。
さっきからコンラッドさんの後ろから「あのー」とか「すみませーん」とか弱々しい、可愛い声が聞こえてきているのだ。
「まさか我が領地に来ていただけるとは! コレットからは魔導騎士科と共に来るという話しか聞いておりませんでしたので偉大なブリューナク家の」
「ええい、鬱陶しい! 邪魔ですわよ!」
「ごふっ!?」
あまりに目障りなのでついカッとなってエルボーを食らわせてしまった。
コンラッドさんは痛みでうずくまっているが、反省はしていない。
なぜなら、そのおかげでアリスちゃんが見えるようになったからだ。
それにしつこい男が嫌われるのは、前世も今生も一緒である。
ちなみに本来ならここで周りのみんなは驚いたり、止めにはいるべきなんだろうけど、何故か何もしてこなかった。
たぶん、もう諦められているんだろう。色々と。
コンラッドさんの娘であるコレットまで止めに入らなかったのは、なんだか意外だったけれど。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「貴女がアリスですわね! ようやくお会いできましたわ、はじめま」
そこで吐き出した言葉がとまる。
ベッドで上半身を起き上がらせ、パジャマのような寝巻きを来ている少女。
年のころはたぶん、僕らとそう変わらない。
そんな彼女の髪と目は、ヘドロを煮詰めたような、黒一歩手前の、かろうじて緑色と分かる色をしていた。
「え、あ、すみません。お見苦しいものを!」
そういって頭から毛布をかぶってしまうアリスちゃん。
でも僕はそれを見苦しいとは、まぁ正直綺麗な色とは言いがたいのだけど、そんなことより気になることがある。
「えいっ」
「きゃあっ!?」
毛布を剥ぎ取って、髪と目をまじまじと見つめる。
ほかのみんなも寄ってきて、一緒になって見ている。
ちなみに誰もコンラッドさんを助け起こそうととはしていない。不憫な。
「ん? 高魔力保持者?」
「えと、一応」
ミゾレの疑問に、即応するアリスちゃん。
そう、この異世界であっても人の体毛は金、銀、茶、黒など前世の、地球の色とそこまで大差ない。その中でもイリスの桃色の髪や紫の瞳のように特異な色の持ち主は、高い魔力を保有する高魔力保持者と呼ばれている。
「もしかしてアリスさん。わたしより魔力が高いんじゃ」
イリスの言葉に、改めてみんなでアリスちゃんを凝視する。
大人数に囲まれ、見つめられているので本人はおどおどしているが、そんな事を気にしている場合じゃない。
基本的に特異な色であればあるほど、そしてその色が濃ければ濃いほど高い魔力を保有している。ここまで、ほとんど黒といっていい緑色なら、その力は尋常ではない。
「あ、あうぅ。兄さん、この方たちは?」
「皆さん、あまり妹をいじめないでやってください」
「失礼な、いじめてなんていませんわよ」
そう、いじめはいけない。
あれは唾棄すべき行いだ。
「はぁ。よく現状をご覧いただけますか?」
「うん?」
現状。
立ちふさがる大男をぶちのめし、集団でベッドで横になる女の子を囲んでじろじろと見ている。
それを認識した僕たちは、言葉も交わさず一斉にアリスちゃんから距離とをった。
といってもほんの1mほどだけど。それだけ間近でじろじろみていたのだ。
「やべえやべえ、変質者になるところだった」
「むしろ、なってた」
「大丈夫ですわ。たとえ変質者になるとしても、罪に問われるのはジミーだけですから」
「なんでだよ!?」
「男は貴方だけでしょうに」
「うぐっ」
正確には僕もだが、ここは無視だ。
いまの僕は悪役令嬢である。ご令嬢は男ではない。
「すまないなアリス。こちらの方々は俺のクラスメイトだ。向かって右から順にイリスさん、クリスタ様、ミゾレさん、ジミー様だ。赤い制服が貴族で、青い制服が平民の証になる」
「え、あ、わっ!? 魔導騎士科の皆さんですか? え、じゃあ黒は?」
みんなの目が僕に集中する。
ぼろぼろになった黒い制服は、実地訓練が始まるまでの一ヶ月で直してあるので、いまの僕はまた赤い制服を脱ぎ捨てて黒い制服になっている。
つまり見慣れていない人からすると、貴族なのか平民なのかわからないって事になる。
「黒は、クリスタ様の、お嬢様の趣味だ」
「え? 制服って、好きな色にしていいの?」
「ダメだな」
再びみんなの目が僕に集まる。
これは形勢不利とみた。話題の矛先をアリスちゃんに向けよう。
まさか悪役といえば黒だから、王族が白ならやはり黒にしなければ、なんて子供みたいな理由で黒にしたなんて言えない。
「わたくしの事よりも。ジェイド、アリスは高魔力保持者なのでしょう? 年齢もわたくしたちと大差ないように見えますし、学園へは入りませんの?」
家は裕福ではないみたいだけど、ガイスト学園の学費は基本的に国持ちだ。
高魔力保持者なら入学試験だってパスできるだろう。
それに、妹さんが近くに居たほうが、ジェイドだって安心できるのでは。
そう思っての問いかけだったんだけど、ジェイドとアリスちゃんの表情は暗い。
「妹は、アリスは魔力過剰症なのです」
「魔力過剰? 高魔力保持者とは違いますの?」
「いえ、同じです。ただ、その魔力が高すぎるのです。自分の肉体を蝕み、壊すほどに」
改めてアリスちゃんを見る。
たしかに、イリスより高い魔力を持っていそうだ。そしてその比較対象のイリスは、魔導騎士科の首席で、その実力はよく知っている。
「いまは魔吸石で定期的に魔力を吸い出すことで身体を保っていますが、とてもまともに魔法を行使できるほどではありません。それに、見ての通り激しい運動ができるような身体でもありませんので」
たしかにアリスちゃんは、とても細い。
弱弱しいのは声だけではなく、その姿もだった。
布団から見えている手や胴体は細く、この分だと隠れて見えない脚も大分細いに違いない。
「これでも、大分元気になったんですよ? 兄さんが定期的に、魔吸石を持ってきてくれるので」
「その、魔吸石というのはどんなものですの?」
「あ、これです」
そういってアリスちゃんが取り出したのは、直径20cmほどの、一見加工済みの魔石のようだった。
カボションカットと呼ばれる半球形に磨き上げられた形状で、元が何の魔石だったのかは分からない。中には澱んだ緑色の魔力が渦巻いている。
「魔物の魔石は、加工するか、砕かない限り、いずれは魔力を集め復活することはご存知だと思いますが」
それにみんなが頷く。
この様子を見るに、どうやら魔吸石のことを知らないのは僕だけではないらしい。
「中位以上、特に高位の魔物の魔石は魔力を一度使い果たしてからこの形状に加工することで、魔力を集め、吸収し、けれど魔物としては復活できない魔吸石という魔石になるのです。ある意味魔道具とも呼べます」
一度魔力を使い切っているということは、中の緑色は魔物の魔力ではなく、吸収したアリスちゃんの魔力ということか。
いや、つまりそれって。
「魔吸石に吸わせて、それでまだこの状態、ですの?」
「お察しの通りです。妹は、元々は本当に黒髪にしか見えず、魔力の負荷で起き上がることすら叶いませんでした」
「魔吸石って、無理な使い方をしているからか、一度吸収した魔力を吐き出せないらしいんです。だからどんどん新しいのに取り替えなくちゃいけなくて。でも、とても高額なんだそうです」
そう言いながら、とても申し訳なさそうにジェイドを見つめるアリスちゃん。
中位の魔物というと、あのゴブリンキングと同等だ。
魔導騎士科のみんであれば、どうという事もない相手。
けれど、僕のような魔法の使えない人間にとっては、命をかけなければいけない相手。
もし僕に魔導武器がなければ、今頃僕は死んでいる。
魔吸石は中位、特に高位の魔物の魔石が必要だと言っていた。
高位の魔物の魔石なんて、そこらに転がっているわけがないし、高額なのは当たり前だ。
しかも魔石に込められた魔力、貴重な魔法を使い切ったクズ魔石で、それをさらに特殊化加工を施すなんて、僕の買っている魔力補充用の魔石がおもちゃに見える。
「それで貴方、冒険者になりましたのね」
「こういう話になるから、連れて来たくはなかったのですが」
なるほど。妹さんに会わせたくないというよりも、事情を知られたくなかったということか。
いいお兄ちゃんじゃないか。
「わたし、どうせ使えないなら魔力のない、普通の人がよかったです」
「まぁ、そんな悲観することもないのではなくて?」
「え?」
「もしかしたら、いつか身体が魔力に耐えられるようになったり、魔力を制御する方法が見つかるかもしれませんわ。魔力がない人間は、どんなに願っても得られない。なら、あるものを捨てようとするのはおやめなさい」
それは、どんなに足掻いても異世界からの転生者で魔法の使えない僕の、願望だったのかもしれない。
ちょっと押し付けがましいかもしれないけれど、僕は、僕のほしいものを持っている人に、そんな風には言ってほしくなかった。
「その通りだ! だからこそその偉大なる魔力を後世に残すため、私の妻となるのだ、アリスよ!」
「「「「妻ぁ!?」」」」
突然の大声に驚いて振り向けば、そこには復活したコンラッドさんがいた。
驚く僕らの横で、ジェイドとコレットが「またはじまった」というようにかぶりを振っていた。
病弱美少女アリスちゃん、登場!
アリス「なんなんですか、あの感想欄……」




