067 わたくし憧れの相手とお会いしましたわ
グラスリーフの町にたどり着いた僕たちは、町の入り口にいる番兵さんに学園の通行証を提示する。
別にこれがなくても入れるのだけど、許可証やこの町の住民証がない場合は通行料を払う必要があるらしい。
金額は町ごとに別で、普通は1000ジェム前後。
でもグラスリーフは一万ジェムもとるらしい。
金額の決定権は領主が持っているので、一万ジェムというのはコレットのお父さんが決めた事になる。
ちょっとがめつそう、と思ってしまった。
それでも、王都よりはマシなんだけど。
あそこは定住するにも色々な条件があるのに、住民以外は入るだけでひとり十万ジェムもの大金をとられる。
これは、妙なやつが王のお膝元に入り込まないようにする処置のひとつなんだけど、だからってとりすぎではなかろうか?
ちなみに貴族でもしっかりとられる。
むしろここでその程度払えないようだと、領地の経営が傾いているのではと噂されるので、本当に傾いている貴族でも払うらしい。
なんか、本末転倒な気もする。
なおゾルネ村みたいな小さな村に通行料はない。
ただでさえ人が来ないのに、通行料なんてとったら通りがかった商隊なんかにも無視されてしまうからだ。
「はい、これよろしく」
「ああ、ガイスト学園の。お話は聞いております。ようこそグラスリーフへ!」
人のよさそうな番兵さんに迎え入れられて町の中へと入る。
ぱっと見てとれる特徴は、建物の随所に硝子が使われていることだろう。
店の看板や家の飾りなど、ちょっとした場所に硝子細工が使われているし、ガラス張りのお店が多い。
ガラス張りって言ってしまえばコンビニとか、服を店先に展示しているブティックとか、あのノリなんだけど。ここがファンタジーな異世界と考えると相当すごい。
少なくとも、たかが男爵領の光景ではない。
「おー、綺麗」
「そうですわね。硝子細工がたくさんですわ」
「ふふ、驚かれましたか?」
いつも自信に満ちた顔をしているコレットが、さらに環をかけてドヤ顔をしている。
なんでも、町の名前であり、またコレットの家名であるグラスリーフはこの町の周囲に自生している木々の名前らしい。
その葉が透明度の高い硝子でできていて、けれど木そのものが魔力を持っているので割れにくくい。しかも加工しやすいとあって、この町の大事な特産品とのことだ。
グリエンド国の硝子製品が、中世風な世界なのにも関わらず、比較的安価なものが多いのは、この町で良質な硝子が大量生産されているからだったらしい。
「たしかに美しい町並みですわ。けれど、ゆっくり散策するには馬車が少し邪魔かしら」
道が狭いということはないけれど、こうも硝子が多いと馬を連れて歩くのは気が気じゃない。
六脚馬は大人しい上に肝が座っているから、心配する必要はないんだろうけど。
「左様ですね。まずは領主さまのお屋敷へ向かい、コレットさまを無事に送り届けるとしましょう。その後宿に向かい、そちらで馬車を預けます。幸いこの町は硝子の買い付けに来る商人が多いので、馬車を預かっていただける宿も多いですから」
今回の護衛訓練は冒険者ギルドからの依頼ではない。
現地で別途依頼を受ける必要があるので、このまま冒険者ギルドへ向かうのが一番楽なのだけれど、コレットはここに家があるし、そもそも領主の娘だ。
領主の屋敷へと送り届けてからギルドへ向かうのが筋だろうし、それに馬車でいくのは邪魔っけだ。ギルドへ向かう冒険者がみんな馬車にのっていたらあっというまに道が塞がってしまう。
郊外の大型スーパーじゃないのだから、そんな大容量の駐車場なんて存在しない。
え、車じゃない? 車だよ、馬車だもん。
それに日本でも馬は車道を走るっていう法律があったしね。
「あら、ジェイドさま。お屋敷の部屋でしたら余っていますし、みなさん家にお泊りになればいいじゃないですか?」
「あら? コレットのお父様に許可は頂いていますの?」
「はい、大丈夫です!」
いつの間に許可をもらったのだろう?
事前に行くことはわかっていたのだし、護衛の面子も予想していたようだから、訓練に向かう前に連絡していたのだろうか?
なんにせよ、そこらの宿に泊まるより、貴族の屋敷のほうが良い部屋に泊まれるのは間違いないだろう。
長時間移動で疲れているし、最低でも数日はこの町で冒険者ギルドの依頼をこなすことになるのだから、ありがたくその申し出を受けよう。
と思っていたら、イリスやミゾレの表情が芳しくない。
「あの、申し訳ないのですが、コレットさま」
「なんですか、イリスさま?」
「コレットさまのお父さんはその、どちらでしょうか?」
「ん、そこは大事」
「どちら、といいますと?」
コレットは分かっていないようだけど、僕は分かってしまった。
とはいえ二人からは言いにくいだろうし、僕が聞いてみよう。
「コレットのお父様は、奴隷解放派ですの? 保守派ですの?」
「え? ああ」
この国は、表向き貴族と平民の間に壁があるだけに見えるけど、貴族同士でもうっすらと対立が起きている。
国王の奴隷を解放しようという意見に賛同する貴族と、そんな事をしては国が乱れるとする奴隷推奨派、あるいは保守派と呼ばれる貴族たちがいるからだ。
ブリューナク家は言うまでもなく推奨・保守派の筆頭だ。
その僕が平民と貴族に分け隔てなく接しているように、コレットがイリスたちに友好的でも、親がそうとは限らない。
イリスとミゾレはそれを心配しているのだろう。
「お父様は保守派です。でもお二人は魔力も高く、魔導騎士科でもあるので、大丈夫だと思いますよ?」
この国の貴族はみんな魔法が使える、魔導師だ。
逆に平民はほとんど使えない。だからこそ見下されているし、理不尽に対する抵抗もほとんどできない。
その上この国の貴族たちは平民を見下すくせに、そこに生まれた魔法の才能がある人間を取り込もうとする。ガイスト学園とか、その良い例だろう。
排斥して敵対されたら自分たちの地位が危うくなる。それならいっそのこと、一緒に甘い汁を吸わせてやったほうが良いという判断だ。
だからこの国にレジスタンスみたいなのは存在しない、というかできない。
魔法の使えない人間が、魔導師に勝つのは至難の技だけど、決して不可能というわけじゃない。
けれど、それだけの実力者を、魔導師の集団に対抗できるほどまで集めるのは不可能に近い。
「そんなに心配しなくても、この国は魔導師には寛大ですわよ」
「そう、なんでしょうか? 村から出て知り合った貴族の方って、学園以外だとクリスタさまのお兄さんくらいなので」
「同じく」
「アレはアレで良いところもありますのよ。屑ですけれど」
領地の経営はちゃんとしてたみたいだしね。
奴隷に手を出しまくる女好きの屑だけど、門番してた兵隊さんには慕われていたし、ナーチェリアも好きみたいだからただの屑ではないのだ。
「つっても、いくら魔導師とはいえ平民のジェイドを娘の婚約者にしようって貴族だろ? 保守派っつってもみんながみんな平民見下してるわけでもなし、心配してても仕方ないからさっさと行こうぜ?」
「それはその通りなのですけど。ジミー、貴方さっさと馬車から解放されたいだけですわね?」
「そうだよ悪いかよ! 何時間御者やってると思ってんだ、さっさと俺を解き放て!」
「「「「「ごめんなさい」」」」」
そんなわけでやってきましたコレット邸、じゃなかった、グラスリーフ邸。
横長の二階建てのお屋敷で、そこそこ大きな庭と囲い、そして門がある。
二階建てといっても日本の家屋と違って天井が高いので、日本の家屋と比べたら三階建てか、下手したら四階建てくらいの高さがある。
御者であるジミー以外は馬車から降りて、コレットがとことこと門へと歩いていく。
ちなみに門番はいない。無用心とも思うけど、それだけこの町の治安がいいってことなんだろう。
お兄さまの屋敷にはいたけど、お兄さまは敵も多かったし、伯爵なので兵の10人や20人雇う程度のお金は有り余っている。
「じいやー! いま帰りましたよー!」
じいや!? じいやってまさか、まさかそうなのか!?
コレットが屋敷の門に向かって大声を上げると、お屋敷の中から白髪をオールバックにした、片眼鏡をかけた礼服の老紳士が現れた。
「お嬢様、お待ちしておりました」
「コレット、そちらの方は?」
「じいやはグラスリーフ家の家令です。わたしが生まれるより前からお父様に仕えてくれているんですよ!」
家令とは執事の一種で、主人の財産管理を任されている存在だ。
その権限は強く、主からもっとも信頼されているといっても過言ではない。
場合によっては骨肉の争いを繰り広げる貴族にとって、肉親より心を開ける相手とさえ言える。
また、最低でも最後まで勤め上げるまでは未婚でなければならないとか、厳しい制約もある。
「なるほど。お名前は?」
「え? えーと、じ、じいやはじいやです!」
「コレット、貴女まさか……」
自分の家の財産を管理してる相手の名前を覚えていないのか!?
「じ、じいやぁ」
「ほほほ。私が発言しても、よろしいですかな?」
「ええ、もちろんですわ。お名前をお聞かせ願えるかしら?」
しぶい! 声が! しぶい!
これは期待できる。
「私、グラスリーフ家の家令を勤めさせていただいております。セバスチャンと申します」
「よっしっ!!」
セバスチャンキタアアアーーーーッ!
「く、クリスタさま?」
「お姉さま?」
「お嬢様?」
「ん?」
「気持ちはわかる」
「はっ!?」
しまった、思わずガッツポーズをしてしまった。
みんなの目が白い。ジミーだけはなんか頷いてるけど、僕ほどのオーバーリアクションはしていない。
これは、いや、ここは素直に言ってしまったほうがいいのか?
いける気がする。
「こほん。はしたない姿をお見せしましたわ。昔読んだ物語に、同じ名前の執事が出てきたものですから、つい」
「あー、よく出てきますよね、セバスチャンさん」
「そういえば、意外と多いですね、セバスチャン」
意外なことに、平民であるイリスと、コレットの両方が頷いていた。
執事といえばセバスチャン、というのは前世の創作の中だけかと思っていたけど、そうでもないのだろうか?
それを昔読んだ物語の話ってことにすれば、変に誤魔化す必要がないと思っただけなんだけど。
「ああ、それでしたら、セバスチャンという名前には由来があるのです」
「由来、ですの?」
「はい。その昔、執事やメイドを大量に抱えていた貴族の方々は、一々その名前を覚えるなどなさいませんでした。しかし、他の貴族の方々と話をする際、自分の近くにいる相手の名前を知らないというのは具合が悪い。そこでとりあえず執事はセバスチャン、メイドはメアリーなどと呼んだのです」
たしかに、自分が話している相手が他の人を「おい」とか「お前」とか「そこのやつ」なんて呼んでいたら、ちょっと気分が悪くなる。
そのための名前という事か。
「では、貴方にも別に本名があるのかしら?」
「いえいえ、私は生まれてこの方ずっとセバスチャンでございます。私の両親もグラスリーフ家にお仕えしていたのですが、立派な執事になってほしいと、この名前を賜りました」
「まぁ! それはすばらしいですわね!」
正真正銘のセバスチャンである。
これはうれしい! 幽閉屋敷にはメイドさんしかいなかったし、ジェイドも付き人ポジションだけど、執事って感じはしない。
老執事のセバスチャン。それは美少女と並んで日本人の心をくすぐる存在だと思うんだ。
「じいや、お父様はいますか? 帰りのあいさつと、皆さんをお泊めすることを伝えたいの」
「ご当主様ですか。残念ながら、ただいま外出されています」
「お出かけですか? お父様、基本引きこもりですのに。いったいどちらへ?」
「それが、アリスさまのところへ顔を出してくると」
その名前を聞いたコレット、それとジェイドが嫌そうな顔をする。
他のみんなは反応していないので、二人の共通の知り合いということだろう。
ちなみにアリスというのはこの国では時々いる名前だ。
関係ないけどジミーもよくいる。逆にミゾレみたいに和名っぽいのは珍しい。
なお、クリスタは女性名だけど、別に女装に合わせて名乗っているわけじゃない。
正真正銘、今生での本名だ。解せぬ。
「はぁ、またですか。お父様もいい加減諦めればいいのに。ごめんなさい、ジェイド様」
「いえ、無理強いをしようというわけでもありませんから」
「アリスというのは、お二人の知り合いですの?」
「あ、皆さんは知らないんですか? ジェイド様の妹様です」
ガタッ。
「よし、今すぐジェイドの家に行きますわよ!」
「お、お待ちくださいお嬢様。ボロ小屋ですのでお嬢様のような方が行かれる場所では」
大丈夫だ。幽閉貴族だった上に前世が一日本人でしかない僕はそんな事気にしない。
病気がちでお金の掛かっていた家は節約も兼ねておんぼろアパートに住んでいたのだ。
洗濯機が玄関横においてある、あのタイプ。お風呂も手回しで発火するガス式だった。
「クリスタさま、馬車はどうしますか?」
「あ、このまま家に置いていってください。いいですよね、じいや」
「はい、承りました。最高級の牧草をご用意しておきます」
「ん、私もジェイドさんの妹、気になる」
「俺は御者から解放されるならなんでもいいぞ」
「では皆さん、こちらです!」
流れるように馬車を預け、コレットの先導でジェイドの家へ向かいだす。
ジミーのやつ、口ではなんでもいいって言ってたけど、いやらしい笑顔でジェイドを見ているから、からかう気満々なのを誤魔化せていない。
「な、本当に行く気ですか!? お待ちくださいお嬢様! コレット様まで!」
「「待ちません♪」わ♪」
いやぁ、あのジェイドがあんなに反応する妹さんってどんな人かなぁ。
僕、気になります!
じいや、そしてセバスチャン。
夢、ですよね、ええ。




