065 わたくし再び寝不足ですわ
「ジミー」
「わかってる。突っ切るぞ」
「イリス」
「はい! ”形あるモノを防ぐ壁よここへ、彼の身に纏いて守りたまえ”《物理防壁》 」
次々に飛びかかってくる平原狼たちが、馬車に肉薄した先から弾き飛ばされていく。
以前ゾルネ村へ向かったとき、巨大ハイギョでやったのと同じ戦法だ。
ただし今回は馬車全体を覆っているので、防御力は増している。
「相も変わらず楽チンですわね」
「あ、ははは。普通の商人さんが見たら羨ましがる光景ですよ、お姉様」
ゾルネ村を通る道を避けた僕たちは、何十匹という平原狼の群れに襲われていた。
ご覧のようにあっけなく撃退しているので、まったく問題にはなっていないわけだけど。
ちなみに六脚馬のほうが怯えるんじゃないかという不安もあったんだけど、そんな様子は見られなかった。
異世界の馬は肝も太いらしい。
あるいは、学園から貸し出されたこの六脚馬たちが、特別に訓練されているだけかもしれないけれど。
「なぁ、なんか今日のクリスタ、いつにも増して過激じゃないか?」
「たぶん、また寝不足なんだと思います……」
「はぁ? 夜営ごときで緊張する魂でもあるまいに」
イリス、大正解。
昨日は食事の後、またテントを張っての夜営となった。
今回は本当に魔導騎士と関係ない政治科のコレットがいるので、間違っても男と同じ場所で寝泊りなどさせられない。
それは婚約者であるジェイドであっても同じだ。
だというのに、僕は女子側のテントである。
なぜなら男爵家であるコレットが女子用テントで寝るのに、侯爵家のお嬢様だけが男と同じテントで寝るわけには行かないからだ。
という事で僕は前回よりも一人多いテントで眠ることになった。
しかし、そもそも、僕が女という前提が間違っているのでこの状態は非常にまずい。
しかもコレットがお姉さまの隣で寝たいと言い出した。
その上で僕は端っこがいいと譲らなかったので、ミゾレ、イリス、コレット、僕という並びで寝ることになった。
僕は友人の婚約者の隣で安眠できるほど、肝が据わっていない。
六脚馬の肝を分けて欲しい。脚が六本あるなら肝だって余分にあるんじゃなかろうか。
知らないけど。
そんなわけで今回もまた、僕は寝不足なのだった。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ふふふ、ご安心なさいジェイド。わたくしはうっかりラブコメ展開になるくらいなら、何日でも徹夜しますわ」
「ラブコメとやらの意味は察することしかできませんが。御見逸れしました。さすがです、お嬢様」
とはいえ、この状態で馬車に乗っているのはさすがにきつい。
少ないとはいえ揺れはあるので、下手すれば酔うし胃の中身をリバースしかねない。
「何なら、今夜はジェイドとコレットだけ別のテントにしましょう。ええ、それがいいですわ。幌があるのですし、ジミーはこっちに放り込めば問題ありませんわね」
「そ、それはご容赦くださいお嬢様」
「あの、さすがに私もそれは恥ずかしいです、お姉様」
残念だ。いいアイディアだと思ったんだけど。
僕がそっちで寝るというのは、やっぱり問題があるだろう。
奴隷をテントに寝かせて自分が馬車に寝る主人がどこにいるというのか。
「ていうか勝手に俺をテントから追い出すな!」
「馬車も大差ないじゃありませんの」
「いや、あのテントは特性の品だから保温とか防風とか完璧なんだぞ!」
むぅ、本当に残念だ。
ていうか眠い。本当に眠い。
何日でも徹夜するとは言ったけど、昼寝なら大丈夫だろうか?
寝ているのが僕だけなら、万が一の事故とか起きないだろうし。
「ジェイド、イリス。わたくし少し休みますから、何かあったら起こしてくださる?」
「かしこまりました、お嬢様」
「わかりました、ゆっくり休んでください」
馬車に乗っている間、僕にできることはあまりない。
座ったまま、しっかりと張られた頑丈な幌に体を預けて目を瞑る。
寝不足だけじゃなく、馬車による長距離移動の疲れから、意識がゆっくりと落ちて──
「俺たちゃ大盗賊団ブドラス一味さまよ! 命がおしけりゃ金目のものを置いていきな!」
「ぎゃはははっ! 六脚馬とは豪勢じゃねえか! お貴族さまの馬車じゃねえのか!」
──いきかけたところで、下品な声が響き渡った。
「なんだ? 盗賊?」
盗賊?
ジミーの声につられてみんなで幌の外をのぞいてみれば、それはたしかに盗賊だった。
普通の馬、恐らくは魔獣が七頭ほど。
それにまたがり、剣や弓を構えた男たちも同じく七人。
「盗賊って、このグリエンドで? しかも貴族相手にですの?」
「ん? 馬鹿?」
「うわぁ、はじめて見ました。うちの村にだって来た事ありませんよ。寒村だからかもしれませんけど」
みんなで口々に感想を言い合う。
ぶっちゃけ危機感は欠片もない。だって魔法が使えれば重用されるグリエンドで盗賊に身を落とすということは魔法が使えないということだ。
冒険者や傭兵が何らかの仕事として襲ってきたならともかく、あれはそういう類じゃないだろう。
「おお、べっぴんさん揃いじゃねえか!」
「でも馬鹿にされてますぜお頭!」
「へん、俺様の新しい力をみれば貴族だろうと頭を下げて命乞いすらあ!」
馬車を並走する盗賊たち。
その先頭を走るお頭と呼ばれた男が剣をかかげ、馬上にも関わらず器用にも反対の手で何かをその刃に触れさせると、その剣が光を帯びて。
「安眠妨害ですわ!」
「「「「「え?」」」」」
咄嗟に叫んだ僕に対して、みんなと盗賊たちの視線が集中する。
「あん?」
「《思いっきり投げつけるは切り刻むもの》 っ!」
殊更不審そうにしていた盗賊のお頭目掛け、《肉を切り刻むもの》を投げつける。
「ぎゃあああっ!」
「「「お頭ーー!」」」
そのお頭の両腕が切り飛ばされ、血を垂らしながら宙を舞う。
今日も肉質特攻は絶好調だ。
「え、ちょっとクリスタさま!?」
「お姉さま!?」
イリスとコレットが驚いているが、今は気にしている場合じゃない!
言い訳は後で考えるとして、まずはこいつらを無力化する必要がある。
「て、てめぇよくもお頭の腕を」
「だからうるさいですわ!」
「ぎゃあああっ!?」
呪いの効果で戻ってきた《肉を切り刻むもの》を続けざまに投げつける。
上手いこと角度を調整してやったおかげで、何人かまとめて切り裂くことができた。
「こ、この女ぁっ!」
無傷の盗賊が馬車に向かって矢を放つが、この馬車には防壁魔法がかけられている。
魔力の込められていないただの矢なんて、平原狼さえ弾き飛ばす防壁の前にはおもちゃと大差ない。
僕はみんなの意識が僕へ集まるように、一方的に、そして過激に盗賊たちを殲滅していった。
間違っても、盗賊たちを注視されないように。
結果として、盗賊団は全員血塗れの重症だ。
このままなら死ぬだろうけど、僕らは護衛訓練中。あんなやつらを捕まえる余裕はないし、治して放置するには危険すぎる。
だからまぁ、いつも通りにいこう。
「ジェイド、いつものを」
「いつもの? ああ。どこになさいますか?」
「巡回騎士団の詰所か、冒険者ギルドあたりでよいのではなくて? 貴方のほうがお詳しいでしょう。任せますわ」
「かしこまりました。《召喚・次元魚》」
僕の指示で召喚された次元魚が、盗賊たちに襲い掛かっていく。
次元魚たちは移動させてあげるだけのつもりなので、襲っている自覚はないだろうけど。
「う、うわぁなんだこいつらっ!」
「嫌だ、助け」
「食われたくないいいっ!」
全員飲み込まれたのを確認すると、僕は《肉を切り刻むもの》をしまった。
「醜い悲鳴ですこと」
「く、クリスタさま。どうしたんですか? なんか、クリスタさまらしくないというか」
「たしかにな。まぁ盗賊なんて殺されたって文句言えないんだから、生かしてやっただけ優しいとは思うが」
イリスが僕を心配しているようだけど、盗賊を一方的に嬲った事に対して非難する人はいない。そこは戦いに携わらないコレットも一緒で、むしろあっという間に盗賊が撃退されたことに安心しているようだ。
彼女は次元魚を知っているから、皆殺しにしたわけじゃないって分かってるのも大きいと思う。
「なんでもありませんわ。ただ、寝る邪魔をされてムカついただけですわ。本当に、それだけですから」
そう言って僕は再び体を休めるように体勢を整えて、目を瞑る。
本当に、いまのはちょっと、危なかった。
あの盗賊のお頭。あいつが持っていたのは《暁の剣》だった。
そしてあの時刃に触れさせていたのは、魔力補充用の魔石だ。
つまりあの盗賊は、僕と同じ事をして、魔導武器を使おうとしていたのだ。
あれを目の前でされたら、今後僕が魔法を使えないことを誤魔化すことができなくなる。
何故だ? 何故あいつはあの使い方を知っていた?
僕のように自力で気がついた? もしくは誰かに教えてもらった?
分からない。
そしてきっと、ヒントもなしにこれ以上考えても答えにはたどり着かないだろう。
次元魚が呑み込んだのは盗賊たちだけだから、倒した場所へいけば彼らの馬や装備、《暁の剣》が転がっているだろうし、ヒントもあるかもしれない。
だけどあの《暁の剣》はすでに力を発揮して光を帯びていた。あれを見られたらせっかく急いで盗賊を討伐した意味がなくなってしまう。
盗賊のお頭と自力で捕らえて聞き出すのも、みんなの前じゃ危ない。
送られた先でなにかいうかもしれないが、手元に魔導武器がなければただの妄言として片付けられるだろう。
それが国の上層部の耳に届けば始末されるかもしれないけど。
まぁそれは貴族を襲った時点で一緒か。
自分にできることがなくて歯がゆいけれど、僕はひとまず寝ることにする。
本当に、なんかもう、疲れたから。
「お姉様、お姉様!」
「ん、んん~?」
「クリスタさま、起きてください。到着しましたよ」
誰かが耳元で騒いでいる。
やめてくれ、昨日はあんまり寝られなかったんだ。
眠い、もっと寝たいんだ。
「んー、まだ眠いぃ。お母さん、あと五分……」
「「か、可愛い……」」
そういえばあったかいお布団がない。
おかしいな。ふかふかの枕はどこだろう。
料理の音が聞こえてこないけど、お母さんはまだ寝てるのかな。
いや、お母様は料理しないな。
あれ? お母さんってふたりいたっけ?
「たく、仕方ないな。ちょっとそこどけ」
「え、あの、ジミーさま、あんまり乱暴なことは」
「すーっ、クリスタっ! いつまで寝てんだ、学校遅刻するぞ! お前今日日直だろうがっ!」
「え、嘘! 今日僕だっけ!?」
あれ、そんな連絡あったっけ!?
ていうか今はまだ冬休み……いやというか死んで。
学園に日直なんてなくて。
「あっ……」
「おう、起きたか」
「ジミー?」
今の声、ジミーの?
ていうか日直なんて制度、なんで知ってる?
やっぱりジミーは転生者なんだろうか。それにしては色々とおかしいところがあるのだけど。
「ねぇジミー、貴方やっぱり」
「ほら、お姉様! 見えて来ましたよ!」
君は転生者なのか?
その疑問は、コレットの嬉しそうな声にかき消されて、言葉にすることはなかった。
前方に広がる美しい光景に、溜め込んでいた悩みが全て、洗い流されてしまったからだ。
背の高い木々が生い茂り、その葉は薄く透け、まるでガラス細工のように光の反射で輝いている。
見る角度によってうっすらと緑や青、紫などに輝く森の中心に同じように美しいガラスのような外壁に囲まれた町が見える。
「これが私とジェイド様の故郷」
「硝子の町、グラスリーフです。お嬢様」
それが今回の目的地、グラスリーフの姿だった。
クリスタ「考えること多すぎるからとりあえず寝る」
寝不足だと凶暴になる人いますよね。
あれって脳的にはお酒飲んで酔っ払ってるのと基本一緒らしいってどっかで聞きました。




