062 わたくし散財(強制)しましたわ
「さて、各班とも顔合わせは済んだな? 明日からの準備など話し合いたいこともあるだろう。今日はこのまま解散だ、お疲れ」
「「「「「ありがとうございました」」」」」
今回の実地訓練は同行者の護衛、そして現地の冒険者ギルドから回される依頼の達成が目的となる。
同行者、つまり護衛対象はA班がディックニアス。実力的にはここが一番心配いらないはずなんだけど、ニックはああいう性格だし、ディアスも女性をすぐナンパしようとするのが問題かもしれない。
A班の班長のミリアリア、巨乳美人だし。
B班は騎士科のへっぽこ四人組。
護衛対象の人数は多いけど、あの四人も無力ではないからそこまで心配はいらない、と思う。
いくら弱くても騎士科だし。うん。
あまりの弱さにナーチェリアや、魔物であるシルシルさんがキレたりしなきゃいいけど、そこは他の班員に頑張ってもらおう。
B班ならマーティンもいるしね。
そして僕らC班の護衛対象は政治科のコレット。
多分うちが一番真っ当な護衛対象だと思う。
彼女も貴族なので魔法は使えるはずだけど、戦いの訓練は積んでいないだろうから当てにはできない。
いや、そもそも護衛対象を当てにしてはいけない。
「さて、明日からに備えて買出しにいきますわよ」
「そうですね。今回は支給金がない代わりに、自由に自費で賄っていいことになっていますし」
そう、今回は支給金の制約がなかった。
大事な他の学科の生徒を預かるのだから、そこを縛って彼らを危険に晒すのはまずいとの判断だろう。
だったら縛りなしで金もくれと思うけど、そこはそれ、この学院には貴族が多い。
つまり。
「はっはっはっは! 貴族の力を見せるときが来たな!」
「ジミーが、かっこいい」
「珍しいですね、ミゾレさんがジミー様を褒めるなど」
「ん、財力はぱわーだから」
と、こういうわけだった。
ジミーはわざわざカードからジェムを実体化させて、手の中で上に投げては受け止めてを繰り返している。じゃらじゃらじゃらっと。
悪趣味だと思えなくもないけど、気持ちはわかる。
ジェムって見た目は名前の通り宝石みたいだし、僕だって前世で五百円玉がたくさんある時はやりたい衝動に駆られた。
ていうかやってた。
「あの~、皆さん少しいいですかぁ?」
「ん?」
さぁ買い出しだ、と街へ向かおうとしたところで、待ったをかけられる。
声の主はシルシルさんだ。
呼び掛けの対象は特定の誰かではなく、この場にいる魔導騎士科全員らしい。
「どうかしましたか、シルシルさん」
「なにかご用ですか?」
B班のシルシルさんからの呼び掛けに、A班とC班の班長であるミリアリアとイリスが応じる。
「えっとですねぇ、前回の実地訓練、どの班も一騒ぎあったみたいじゃないですかぁ」
A班はキメラの登場。
B班もスライムが現れた。
C班は言うまでもなくゴブリンキングが。
簡単な実地訓練だったはずが、それぞれ中位の魔物との戦闘を経験することになってしまった。
他の騒動は、多大に私情が挟まれているので置いておこう。
「私たちならぁ、また同じような危険に見舞われても高位の魔物にだって対応できますけどぉ、今回は護衛対象がいますよねぇ。そうでなくてもぉ、街中とかで一般人を守るのってしんどいじゃないですかぁ」
それを聞いて、イリスが悔しそうに顔を伏せる。
村の子供たちを一人で守りきれず、僕を危険地帯に呼んでしまったことを思い出しているのだろう。
でも、彼女はすぐに顔を上げた。
その表情は次は守りきるという決意に満ちていて、心配する必要は無さそうだ。
マーティンも表情か硬かったけど、彼にもなにか思うところがあったのかもしれない。
「回りくどいですわね、何が言いたいんですの?」
「それも人手があれば解決じゃないですかぁ、だからぁ、今回は各班で協力しましょぉ?」
「協力つったって、どうすんだよ。俺たちの訓練先、結構ばらけてるぞ?」
それは何も今回に限った話じゃない。
前回だってバラバラだったのだ。
ナーチェリアが王都に広まっていた噂より早くお兄さまについての情報を手に入れたのも、僕が次元魚で転移したお兄さまの領地と、ナーチェリアたちB班の実地訓練場所が近かったかららしい。
「ちっちっちっ、ですよぉ。わたしにはぁ」
「シルシルには転移魔法があるから」
「ナーチェそれわたしの決め台詞ぅ!?」
訝しむジミーへドヤ顔で答えようとしていたシルシルさんの台詞を、後ろで眺めていたナーチェリアがぶった切った。
今のは僕も酷いと思うけど、さっさと言わないシルシルさんが悪いとも思う。
ところでB班の班長は席次的にナーチェリアのはずなんだけど、彼女は仕切る気が皆無らしい。
「そ、それで、どうですかぁ?」
「私は問題ないと思うぞ。皆はどうだ?」
ミリアリアがA班の班員へ確認をとるが、特に否定の言葉は出ない。
「えっと、わたしたちも問題ないと思います。どうですか皆さん」
「そうね、いざという時に打てる手は多いほうがいいですし、構わないのではなくて?」
「左様ですね。しかし、これは班ごとに訓練を行う授業です。いざというときは仕方ないとして、他の班の手を借りてしまっていいものでしょうか?」
ジェイドの言葉は一理あるが、僕としては是が非でもここは協力体制を敷いておきたい。
ゴブリンの群れに囲まれ、いや、覆い尽くされていたイリスと村の子供たち。
もしイリスが障壁魔法を使えなかったら? もし僕らが居ないとき、村がゴブリンに襲われていたら?
あの光景が脳裏に焼きついて離れない。
シルシルさんの申し出が、あの時の障壁魔法の代わりになる時が来るかもしれないなら、たとえ授業としては問題だろうと乗らない手は無い。
「ああ、それは問題ないだろ」
「何故ですの?」
「だって、普通はいくら魔導騎士っつったって転移魔法なんて使えないんだぜ? だから各班が協力したら罰則だ、なんてそもそも決まってないんだよ」
「ん? それって抜け穴?」
「いいかミゾレ。こういうのはな、穴を空けてるほうが悪いんだ」
たしかに、普通は転移魔法なんて想定しないか。
自動車のレースがあったとして、転移魔法の使用禁止なんて項目はないだろう。
ずるっちゃずるだけど、それで誰かが助かるなら否やはない。
「ということですので、わたしたちC班も問題ありません」
「よかったですぅ。それじゃぁ、道中や現地でわたしに連絡を取りたい時はですねぇ」
それからシルシルさんの転移魔法についてのレクチャーと、いくつかの連絡をとる手段を聞いて解散。今度こそ買出しへ行くことになった。
ちなみにいくらレクチャーを受けたとはいっても、シルシルさんの転移魔法は魔物の原典になっている古の魔法、つまりは彼女の固有魔法なので僕らには使えない。残念。
「結構買いましたわね」
買出しに出た僕らは、それぞれに大量の荷物を抱えていた。
各種ポーションに解毒薬、保存食から調味料。
今回は馬車での移動となるので、前回なくて悔しい思いをした調理器具まで揃っている。
大人数用の寸胴はやりすぎたかな。
「調理器具、多すぎねえか?」
「フライパンとかは置いていきましょうか、寸胴で代用できますし」
「いや、その寸胴を置いていけよ」
「だってクリスタさまが」
「せっかくミゾレのおかげで綺麗な水に困りませんのよ? 適当に獲物を狩ればこの人数の煮込み料理を一気につくれるのですし、持っていきましょう」
そう、いくら寸胴があっても、旅の最中にそんな毎回大量の水を使うわけには行かない。
けれどミゾレの精霊魔法なら新鮮かつ清涼な水が大量に手に入るのだ。
煮込みは最強である。
どんな料理下手でもそうそう失敗しない。とりあえず煮れば軟らかくなるし、出汁もとれる。
よく創作の世界では異世界へいった日本人が、その場の食材ですばらしい料理を作りあげたりするが、生憎僕は、そして班のみんなもそういった創作料理が得意というわけじゃない。
だったらとりあえず煮込むべし、だ。
「それでお姉さま、これで全部ですか?」
と、聞いてきたのはコレットだ。
自分も参加者なのだからと、今回の買出しに同行してくれていた。
「えーと……あとは魔石ですわね」
「お前、ほんとに魔石好きだよなぁ」
「お嬢様は宝飾品がお好きですから」
という事になっている。
だってそうでもしないと、毎回大量の魔石を買い込むのが怪しすぎるのだ。
普段中々魔法を使わないから魔力を消費していないくせに、どこか行くたびに新しい魔石を買い込む魔導騎士だなんて、ねぇ?
幸いお兄さまから《繁殖のネックレス》を強奪したのも綺麗で欲しくなったから、という事になっているので、今のところ誰かから怪しまれたりはしていない。
宝石目当てに兄を焼き討ちしたという噂はゆるぎない事実になりそうだけど、そこは諦めよう。
いずれ、生きているだろうお兄さまが現れて、身の潔白を証明してくれるかもしれないし。
「さ、魔石を買いにいきますわよ」
「え゛ クリスタさま、あの」
「ああ、今日は別の場所ですわ」
あからさまにほっとするイリス。
イリスのお父さん、ロイルさんが経営する魔道具店は本当に道具、それも魔導武器がメインだ。
今回ほしいのは魔石なので、そっちの専門店へ行く。
《肉を切り刻むもの》を初めて手にした時も寄ったお店なので、場所は把握済みだ。
「いらっしゃいませー!」
店員さんの明るい声に出迎えられて、僕らは店内へ足を踏み入れた。
多種多様の魔石が陳列されていて、なんというか電気店みたいな雰囲気がある。
それもそのはず、日用品代わりの魔石は家電のようなものだし、僕が普段使っている魔法の込められていない、魔力だけが入った容量極小や容量中の魔石は電池みたいなものだ。
もっとも、電池といっても普通の魔導武器は容量極大とかの魔石を使わないと起動すらしないので、魔石で魔導武器が動くと知っている人はいないのだけど。
容量の大きい魔石は非常に高価だし、容量の低い魔石で魔導武器を動かすのは電気自動車を単三電池で動かそうとするようなものだから、普通は試したりしない。
魔石の主な使い道は魔法が込められた魔石を利用した魔道具への使用。つまり魔力だけの魔石から、ほかの魔法入りの魔石への魔力補充がメインの用途だ。
「とりあえずこれで魔力補充用の魔石を、そうですわね、200万ジェム分ほどくださいな」
「内訳は如何なさいますか?」
「極小と小を中心に、いくつか中を。大と極大はいりませんわ」
「かしこまりました、少々お待ちください」
レジのような機会にカードをかざすと、ピッ♪ と音がしてジェムが引き落とされる。
これがこの国の基本的な支払い方法で、実体化させるのは外国との交渉用の機能だ。
まぁ、僕やジミーみたいにそれで遊ぶ奴も多いんだけど。仕方ないよね、だって実体があったほうがお金っぽいし。
「そういえばクリスタさま、その魔道具ってさっきあの人たちから受け取っていたものですか?」
「ああ、これですの?」
イリスがいう魔道具とは、ニックディアスから受け取った《玉呑みのカンテラ》だ。
良い感じに腰にぶら下げられたので、訓練場からずっと吊り下げていた。
「簡単な明かりを灯す魔道具みたいですわよ。まだ使ったことはありませんけれど」
「魔石灯とは違うんですか、お姉さま?」
「大丈夫ですか? 怪しい品物掴まされてませんか?」
純粋に疑問を投げかけるコレットと、明らかに警戒しているイリス。
でも、これは呪いの品なのでイリスの発言を否定できない。
どこの世界に本物の呪いの品以上に怪しい品があるというのか。
「せっかくですし、使ってみます?」
「よろしいんですか?」
「え、危険はないんですか? 防壁、いえ障壁魔法の準備しておきますね」
「そこまで警戒しなくても……単なる試運転ですわよ」
そうこうしている内に、購入した魔石を店員さんが持ってきてくれたので、種類に間違いがないかを確認する。
うんうん、結構な数がある。これなら今度は使い切るってこともないだろう。
その中から容量極小のものをひとつ選び、カンテラの中へ入れる。
これが魔導武器だったら人前で起動するわけにはいかないけれど、幸い魔道具の魔力を補充するために魔石を使うのは一般的なので問題ない。
そして魔石を呑み込んだカンテラは……浮いた。
宙に浮いた。そして光った。
それはぼんやりとしたロウソクのような灯りで、みんなして「おお~」なんて眺めていたのだけど。
それがいけなかった。
カンテラは突然震えだすと、ものすごい勢いで周囲の魔石を呑み込み始めた!
「うおっ、眩しっ!」
「目が、目があああーーーーっ!」
「ぎゃあああああっ!?」
周囲に悲鳴が響き渡る。
ひとつ、またひとつと魔石を飲み込むたびに、カンテラは光を増し、煌々と輝く。
不幸中の幸いなのは、飲み込んでいるのは今の所魔石だけということだ。
人に被害は出ていない。
店の被害は甚大だが。
「きゃああお姉さまぁ!?」
「おいクリスタ、お前なにやった!?」
「お嬢様、何事ですかこれは!」
「クリスタさん、またなの?」
「あなた方息ぴったりですわね!?」
揃いも揃って僕が悪いかのような!
いや僕が悪いんだけどさ!
そうだよ、ちゃんと説明書にも書いてあったじゃないか。
『一度起動すると近くに誰のものでもない、魔力がこもったモノがあればそれを呑み込んでしまう』って。なんでよりによって魔石専門店で起動したんだ。
これがチュートリアルに慣れきって説明書をちゃんと読まない日本人の性だとでもいうのか!?
「く、クリスタさま! あれ、あれまずいです、あれ!」
「今度はなんですの、って、え!?」
やばい!
本当にあれはまずい。あれは、容量極大の魔石!?
あれはひとつ百万はくだらない、ものによっては数百万の一品だ。
それを店にあるだけ根こそぎ吸い込まれたら、いくら貴族だって簡単に弁償できない!
なにか、なにかこの状況を打開する手は!?
「そうだ、イリスっ! 障壁魔法お願いしますわ! 対象はカンテラ!」
「あっ! はい! 《魔力障壁》!」
イリスの魔法が発動し、カンテラの周囲に障壁が展開される。
それは近づく魔石を弾き飛ばした。
そしてカンテラも、次第にその光を治めていった。
障壁魔法は魔力を阻害する魔法だ。だから魔力の塊である魔石は弾かれる。
そして周囲から魔石を取り込むあの力だって、魔力によるもののはずだ。日本の掃除機みたいに電気式ってわけじゃない。
だったらナーチェリアの《来たれ》を妨害できたように、被害を食い止められるのではないかと思ったのだ。
結果は大成功といっていい。
「やりましたわねイリス!」
「はい、クリスタさま!」
僕らは手を取り合って喜んだ。
「お客さまぁ? 今被害総額を出しているんですが、当然、お支払い、いただけますよね??」
そんな僕らの後ろで、店員さんがものすごい笑顔で立っていた。
すごいね、人ってこんな恐ろしい笑顔ができるんだね。
さすがに踏み倒すこともできず、僕は多額の弁償をする羽目になった。
被害は甚大といっていい。
僕の懐的な意味で。
「クリスタさま」
「お嬢様」
「クリスタ」
「クリスタさん」
「お姉さま」
店を出て、僕を取り囲んだC班プラスひとりは声を揃えた。
「「「「「その魔道具禁止で!」」」」」
「……はい」
翌日。
僕らは王都の入り口で、馬車へと荷物を運び込んでいた、のだが。
「おい、それはなんだ」
「あ、ははは。なに、かしらね、ええ」
「なにかしらねじゃねえよ、それ禁止つったろ! 置いてくるんじゃなかったのか!?」
「仕方ないじゃありませんの! ずっと憑いてくるんですから!」
そう、あのカンテラ、起動してからずっと僕の横に浮いたままなのだ。
どうやら効果を発動するには直接手に持って魔石を入れる必要があるみたいだけど、普段はこうして憑いてくるらしい。
《肉を切り刻むもの》 は5m離れたら飛んでくるけど、こいつはそもそも離れたがらない。
呪いっていっても色々あるんだなぁ。あっはっは。
「いいじゃないですかジミーさんは」
そこへ、若干目をしょぼしょぼさせたイリスが割り込んでくる。
ものすごく眠そうだ。
男と女が同じ部屋で暮らしていて、片方が眠そうなんて艶めいた展開が予想されるけど、残念ながらそんな色っぽい話はない。
「わたしなんて、夜トイレに行こうと起きたら、浮遊するカンテラにうっすらと照らされたクリスタさまが目に入ったんですよ。クリスタさま、色白でお綺麗ですけど、それだけに幽霊でも出たのかと……」
ちなみにこの世界、魔物であるゴーストやレイスと幽霊は別物である。
そりゃそうだ。だって魔物はどんな姿だろうとその原典は古の魔法なのである。
アンデッド系の魔物もいるけれど、それは決して死者の魂などではない。
一度死んだ存在という意味では、転生者の僕が幽霊というのは間違っていない気もするけど。
「「「「あーそれは恐い」」」」
「ひどいですわよ!?」
「「「「「「ひどいのはその魔道具!」です!」だ!」」」
ちくしょう、なにひとつ否定できない!
訓練が終わったら覚えてろよニックディアス!
呪いの品物が初めてそれらしい被害を出した気がします。
《肉を切り刻むもの》さんはすっかり飼いならされてしまってるので。




