059 トイレの太郎くんその2
実地訓練にあたって僕は戦力を増強する必要がある。
護衛対象が魔導騎士科でないなら、魔法が使えないことを誤魔化すためにもっと魔法っぽいことができる魔導武器がほしい。
それに、そもそもの話として今のままでは魔物を相手にしたら足手まといだ。
護衛の中から護衛対象を増やすわけにはいかない。
ということで、今日は放課後にイリスの親が経営している魔道具店にやってきていた。
「では私が商品の説明を」
「あ、お父さん、私がクリスタさまの相手するから1階に引っ込んでてね?」
「いや、お前じゃ説明できないだろう?」
「さっき説明書全部暗記したから大丈夫! ほら、さっさと1階で接客してきて! あ、誰か上がってくるときは教えてね?」
「優秀すぎる娘が冷たい!」
いや、なんか、うん。項垂れながら一階に下りていったトロワさんには申し訳ない。
だけど魔法が使えないって事を知ってる相手と相談できるほうがありがたいんだよね。
いくらイリスのお父さんとはいえ、その事を教えるわけにはいかないし。
「なんかどれもぱっとしませんわね」
「仕方ないですよ。魔力の使えない人でも魔物を倒せる魔導武器なんて、そこらへんに転がってたら今頃平民の地位が向上してます」
それはそうだ。とはいえ強い魔導武器がないわけじゃない。
本当に弱いものしかないなら、わざわざ魔石で使えることを秘匿する必要は無いのだから。
ちなみに魔石で魔導武器が起動できることはイリスに教えてある。
さすがに驚いていたけど、すぐに納得して、口外しないことも理解してくれた。
これが周知されると確実に僕が情報源だとお爺さまにばれるからね。僕はまだ死にたくない。
「それはそうでしょうけれど、この《暁の剣》とかどうですの?」
「それは刀身が熱せられて赤く輝き、火属性の攻撃を可能とするものですけど」
「けど?」
「私がクリスタさまの剣に付与を施したほうが強いです」
「あらら。こちらは?」
ちょこちょこと歩き回りながら魔導武器の説明をしてくれるイリスが可愛い。
こう、女性的な可愛さではなく、背の低さからくる小動物的な可愛さな気もするけど。
これで寝起きとかはしっかり色っぽかったりするので、困った同居人である。
「ああ、そっちの魔弓は魔力による矢を作り出す優秀な魔導武器みたいです。ただ」
「ただ?」
「構えてから矢が生成されるまでに30秒ほどかかるそうなので、戦闘中となると」
「ごみですわね! もっといいものはありませんの?」
遠距離狙撃なら使えるかもしれないけど、それなら普通に弓でいい。
クロスボウもあるし。
もっとこう、威力が大きくて遠距離から攻撃できてどばーっと派手なのはないものか。
「あるにはありますよ? こちらの《極光の剣》は魔力を用いた眩い光の束を打ち出して、10mの貫通攻撃を行えます」
「素晴らしいですわね!」
「その代わり消費魔力も極大で、高位魔法が使えるならそっちのほうがコスパが良いと評判らしいです」
「……悩ましいですわね」
一発につき魔力容量極大の魔石を使い捨てにするのか。
ちなみに満タン状態のゴブリンキングの魔石でようやく中である。
いざという時のために一本もっておきたいところだけど、これが必要になるような状況でこれを使うということは。
「クリスタさまが使ったら高位魔法使えませんって喧伝するようなものですよねぇ」
「ですわねぇ」
ちなみに個人的にはとてもほしい。ほしいが、価格にも問題があった。
なんだよ700万って。効果のわりに高すぎるわ。
高位魔法のほうがコスパいいなら、そりゃ誰も買わない。
っていうか魔導武器が魔石で使えるって広まってないの、このコスパの悪さも要因のひとつだろう。間違いない。
「本当になぜこんなに高価なのかしら。《暁の剣》は300万ほどでしたわよね?」
「ああ、それは《暁の剣》みたいに安価なものが職人製で、高価なほうは迷宮から産出されたやつだからです。性能も段違いですけど、なにより希少価値が高いので」
「美術品的な価値もありそうですわね。まぁ、わかりますけれど」
前世では日本刀も人を切る武器でありながら、美術品として高い地位を得ていたし。
彫刻の施された銃なんかもあったりした。あれは本当に美術品だけど、弾丸を撃てる以上人を殺せる武器には違いない。
「ん? そうね、迷宮から見つかることもありますのね」
「その辺のものは一度冒険者ギルドや商人ギルドを経由してくるので、どうしても価格が上がるんですよね」
「直接とってくれば安上がりですわよね?」
「それはそうですけど、さすがに王都の近くに良質な魔導武器が見つかるような迷宮はないですよ? 授業もありますし、休日に遠出するにしたって探索する時間が」
「ええ、そうでしょう。でも、他のもの、例えば冒険者などに報酬を払って見つけてきてもらうのでも、大分安く済むでしょう?」
そう、僕には依頼をする当てがあった。
冒険者といえばまずジェイド、次にミゾレが浮かぶが、彼らも魔導騎士科である以上今回は頼れない。
そもそもミゾレには魔法が使えないことを隠さなきゃいけない。
となれば。
「あ、その前にこれ、買って行きますわね」
「え? お買い上げありがとうございます。でもこんなの何に使うんですか?」
「秘密ですわ」
人気の無い校舎の一角。
そこで扉をはさんで対峙する、二人組みとひとりの姿があった。
そう、ここはいつか逃げ込んだあのトイレ。
トイレの太郎くん再びである。
「で? なんで俺らは呼びつけられたんだ?」
「え? なんでいきなりキレてんの? おこなの? カルシウム足りてないの?」
「はあ!? あの後何度もここに足運んだのにてめぇが一度も出てこなかったからだろがっ! そのくせ朝っぱらから男子寮で大々的に『太郎が呼んでるぞニックディアス~!!!』なんて叫ばれたらキレたくもなるわ!!」
だって、二人の部屋がどこか知らないし、知ってたとして侯爵令嬢が男の部屋を尋ねるわけにも行かない。
「お、おう。悪い。でも居なかったのは仕方ないだろ、実地訓練で遠征してたし」
「だから言ったじゃないかニック。彼が魔導騎士科である以上、しばらく会えないのは確実。だったらその間鍛錬に励もうって。あ、その鍛錬をしようとしてたら侯爵令嬢に邪魔されたんだっけ? こいつはすまなかったね。あっはっは!」
あぁ、あの日騎士科の生徒たちに絡んでいたのはそういう理由だったのか。
ちょっと悪いことをした気がするけど、鍛錬をするにしたってもっと他人に迷惑をかけない方法を選べなかったのかこいつ。
「ようし今日こそその減らず口を黙らせてやる!」
「いやだよ、政治科の僕が君に叶うはず無いだろう?」
「んの野郎!」
「あー、その漫才まだ続く?」
「漫才じゃねえぞ!」
「ニックとならあと3時間くらいは余裕かな?」
「ほんっとにてめぇは話が進まねえから黙ってろ!」
「はいはい」
本当にこの二人は見ていて、扉越しだから聞いていてか、飽きない。
自分に被害が無い範囲なら愉快な二人組みだ。ほっとくと実害があるのが大問題だけど。
「ところで今日は声が前より少し低いけど、同じ太郎でいいんだよね?」
「うん、間違いないよ。身バレするわけにはいかないから、変声魔法を使ってるんだ」
「なるほど、わかったよ」
まぁ嘘である。
これは魔道具店で買った変声魔法と同じ効果のある魔道具だ。
マスクのように装着するタイプで、残念ながら蝶ネクタイ型ではない。
二人を呼び出す時もこれをつけてから叫んでいる。
そうじゃないと結局声で僕だって、分かる人にはバレちゃうからね。
「で、ランクはどこまであがった?」
「聞いて驚け、Dだ!」
「僕もDだよ。まぁニックに寄生していたようなものだけどね」
「気にすんな、それでもランクはランクだ」
「その通りだね。にしてもDか。まぁ、ぎりぎり大丈夫かな?」
この世界でランクといえば冒険者である。
冒険者の実力評価である冒険者ランク。それが分かりやすいと評判で、騎士や傭兵の評価付けに使われることもある。
魔獣や魔物などの危険度や希少度も、冒険者ギルドがランク付けしたものが幅広い国で使われている。
ただ、今回二人が言っているのはそのランクそのものだ。
つまり、二人はいまガイスト学園の学生であると同時に、冒険者としても活動していた。
僕が魔法の才能がないにも関わらず魔導騎士科に入れたのはなぜか?
それは卑怯な手段をつかったとはいえジミーを倒した実力と、魔法のことを覆い隠しごり押しするだけの地位と権力だ。
魔導騎士科に入りたかったというニックディアスには、残念ながらそのどれもが足りていない。
なら足せばいい。
中位以上の冒険者ともなればその実力はたしかなものとして認められるし、上位ともなれば一代貴族として認められる。
貴族の子供は所詮子供でしかない。その地位も権力も家のもので、親に反対されれば何もできない。まさに子供だ。
けれど冒険者として自力で手にした実力と地位は親には影響されない、個人としての本物の力だ。
だから前回、僕は二人に魔導騎士になるための選択肢として、冒険者になる道を示した。
理想は個人で貴族と認められる上位ランクになることだけど、上位とはいかずとも、中位の冒険者になることができれば魔導騎士科の入学資格を得ることはできる。
なにせ、この二人は僕と違い真っ当な貴族なので、魔導師科のニックは言うに及ばず、ディアスだって本当に最低限の魔法は使えるのだから。
ちなみに、魔導騎士科以外の学科は午後の授業が選択式なので、ふたりはその時間を冒険者としての活動に当てているようだ。
「悪かったなこちとら雑魚でよ。最低でもCランク相当ばっかの魔導騎士科さまにゃわかんねえだろうが、これでも冒険者としては十分なんだぞ」
「剣だけなら、ね。魔法が使えてこの様なんていい笑いものだけど」
「お前はどっちの味方なんだよ!?」
「事実を言ったまでさ。冒険者が自分の実力を過剰評価したら死ぬだけ。それは君も身に染みてわかっただろう?」
「ちっ!」
そうはいうが、Dランクというのは決して馬鹿にしたものじゃない。
冒険者ギルドのランク付けによれば、Dランクは並の魔獣相手ならまず負けず、魔物の相手もPTを組めば可能とされる腕前だ。
特に魔導師科のニックはともかく、自分には最低限の魔法を使うことしかできず、魔導師にすらなれないと憂いていたディアスにしては信じられないランクである。
「ああごめん、別に馬鹿にしたわけじゃないんだ。ただ指名依頼が出せるのはどこからだっけって考えてたから。Dランクなら見習いは卒業、指名依頼の受諾も可能、だよね?」
「おう」
「問題ありませんね」
「なら十分さ。たった数週間でGからDまであげたんだろう? やっぱり君達は素質があるよ」
ちなみにGランクは本当に登録したての初心者。そこから見習い扱いのF、Eと上がっていってDとなるらしい。
らしいというのは僕が実際に冒険者として活動したことがないからだ。
これは全部ジェイドからの受け売りである。
最近はミゾレからも色々聞いているけどね。
指名依頼というのは依頼者が特定の冒険者を選んで依頼を出すことだ。
ただいくら選べるとはいえ、冒険者ギルドからしても失敗する可能性が高い冒険者に依頼を任せるわけにもいかない。指名だろうとなんだろうと冒険者が依頼を失敗した、というのはギルドの評判に関わるからだ。
なので、最低でも見習い期間の過ぎたDランク以上からしか指名できないことになっている。
「それで、指名依頼ってことはてめぇの正体さらすって事か?」
「いんや? 僕じゃなくて、ある貴族のご令嬢からの依頼になるね」
「ほう、その人はどんな見た目かな? 髪型は? 身長は? 3サイズは? ぶっちゃけ綺麗? かわいい?」
「だから黙れ、頼むから」
本当にぶれないなディアス。
頼むから女がらみで問題を起こさないでくれよ。僕はこれでも君たちに期待しているんだから。
「綺麗系? たぶん。あぁ、でも女性にしては背は高いけど、それでも男よりは低いからそういう意味では可愛い系?」
「へー、それは楽しみだね! 当然、僕らより爵位も上のお方なんだろう?」
「お、わかるの?」
具体的な話はまだほとんどしてないはずなんだけどな。
「ああ、上位貴族からの指名依頼を受けさせることで、僕らのランクアップを早めようってことだろう?」
「マジか、なんかわりぃな、そこまで手間かけさせて」
「え、ニックがしおらしいとか気持ち悪い」
「ほんとだね! 何か悪いものでも食べたのかい?」
「んだとこの野郎!」
貴族から、というかその土地の有力者からの依頼を果たせる冒険者というのは、ギルドにとっても有益な存在だ。
だからランクアップに多少影響を与える。実力重視は当然だけど、冒険者はなにも戦いだけをこなしているわけじゃない。
世界中に存在し、迷宮の調査や護衛といった仕事もこなすという性質上、現地でのコネクションを軽く見るような冒険者ギルドではなかった。
「それに、その依頼主の名前を聞いたらそんな感謝の気持ちはふっとぶんじゃないかなぁ」
「あ? 誰なんだよ」
「魔導騎士科第十五席、クリスタ=ブリューナク侯爵令嬢」
「「げぇっ!?」」
おい、好かれてるとは思ってないけど、街中でゴブリンでも見つけたような声はやめてくれ。
わりと傷つく。
「ふざけんな! なんで俺たちがあんにゃろうの依頼なんか」
「でも、侯爵令嬢だよ? そんな相手から指名依頼、いや仕事を任されるなんて、冒険者どころか貴族でも名誉なことだよね?」
「それは、たしかにそうなんですがね。貴方、本当に何者なんですか? 少なくとも、彼女からの依頼を仲介できる程度の立場にはあるわけですよね?」
「それはひ・み・つ。安心してよ、悪意はないんだ。単純に僕らは自分たちが使える優秀な手ごまがほしい。君たちは家に頼らない実力と地位を身につけて魔導騎士になりたい。Win-Winの関係ってやつさ」
そう、ブリューナク家には奴隷推進派の貴族という大勢の味方が居る。
けれど僕個人の仲間はまだまだ少ない。
現時点で仲間だと言い切れるのはイリスくらいで、ジェイドがもしかしたらお爺さまじゃなく僕についてくれる可能性があるくらいだ。
他に事情を知っている唯一のクラスメイトであるナーチェリアは、お兄さまさえ見つけ出して、上手く事が進めば味方になってくれるかもしれない。
逆にうっかりお兄さまが死んでいたら詰む。僕の命が。
その時はイリスを頼って生き延びるほか無い。
そんな状況なので、僕の味方を増やす必要がある。
二人に協力しているのもその一環だ。
「…………」
「ニック、気持ちはわかるけどね、彼の言う事は間違っていないと思うよ?」
「わあってる、わあってるよ! そうだ、俺はもううじうじすんのは止めたんだ! やってやろうじゃねえかよ!」
「それを聞いて安心したよ。あ、でも君たちの実力で迷宮にもぐったら死にそうだなぁ」
なにせニックは僕に殴られて気絶するような貧弱さだし、ディアスは魔法からして苦手。
そして恐らく二人とも高位魔法は使えない。
「はあ!? いやまておい、遺跡もぐらされんのかよ! さすがに二人だけで魔物の相手なんかしたら死ぬぞ!」
「うん。だからこれで準備を整えてがんばってね。好きなだけポーション買いなよ。あ、ディアスはニックより魔法が使えないんだし、魔導武器もあったほうがいいよね。はい追加資金」
たとえばあの《暁の剣》。
あれは魔導騎士科レベルからしたらおもちゃだけど、そもそも魔法が苦手なディアスになら十分有用性があるだろう。
僕と違って自前の魔力が使えるはずなので、使うたびに出費が嵩むなんてこともないはずだ。
「うおおっ!? こんなところでジェム出すな! つうか多!? 量多っ!?」
「これは、いったい幾らあるんですか」
トイレの個室の扉、その上にある隙間からそっとカードだけを差し出して、実体化させたジェムをじゃらじゃらとおっことす。
気分はお札をばら撒いて拾えという悪いお金持ちである。
……気分はというか、そのものだなこれ。
「えーっと、魔導武器の相場が500万くらいでしょ? でも安いものはもっと安いし、ポーションはそこまでじゃないから、とりあえず500万」
「「そんな大金トイレで出さないでください!」出すんじゃねえ!」
二人の声がトイレで反響する。
僕は個室に隠れているので特に響く。うるさいなぁ。
「でも、ほんと頼むよ? 依頼の内容は後からギルドで正式に伝えられると思うけど、簡単な探し物だから逃げたりしないでね?」
それをされると500万丸損だ。
「おい、俺たちが弱いのは事実だから、そこを馬鹿にすんのは構わねえよ。でもな」
「そうですね。ですが」
「俺たちは下位ランクとはいえプロの冒険者になったんだ。その矜持として、受けた依頼は果たしてみせる」
「前金もたんまり頂いたことですしね。ご令嬢には水竜ボートにのった気持ちでお待ちいただくようお伝えください」
水竜ボートとは異世界製のアヒルさんボートである。
もちろん足漕ぎ式。
「そこは大船だろうが!?」
「僕たちがそんな玉かい? せいぜいボートが精一杯だろう? あっははは!」
うん、この二人、初めて会ったときの鬱屈さが嘘のようだ。
きっと、冒険者として活動する中で色々と得たものがあるんだろう。
これなら任せても大丈夫だ。
僕は安心して、二人が去ってからトイレから抜け出すタイミングを探るのだった。
ちくしょう、なんで男子トイレから出るのにこそこそしなきゃいけないんだ、男なのに!
皆さん、覚えておいででしょうか、トイレの太郎くんその1。
もはや懐かしいですね。




