054 わたくしお兄さまを売りますわ
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隆起した地面が、まるで剣山のように盛り上がるのをスローモーションで見つめながら、僕は重い体を動かそうともがく。
けれどその動きは平時に比べて明らかに鈍い。
もうダメかと諦めかけたその時、真横から予想外の衝撃を受け、僕は横っ飛びに地面を転がった。
「緊急回避機構起動」
「ぐっ!?」
同時にナーチェリアの魔法が完成し、僕がもといた場所へと巨大な土の槍が雨のように殺到する。
僕を突き飛ばし、そこに残ったゴブマロをズタズタに突き破りながら。
「許容限界超過、機能停止」
ゴブマロの体から中のジャムが飛び散ってグロテスクな華を咲かせたけれど、ゴブマロはゴーレムなので直せる大丈夫。
逆に言えば、あれを食らったのが僕だったなら、今頃お地蔵さまと再会していたに違いない。
何か、何か手は無いのか?
そうだ! ジェイドならこの状況をあの小さな使い魔で把握しているかもしれない。
それなら素直に助けを求めれば奴隷の女の子の時みたいに転移して来てくれ──ガリッ。
ん?
なんだこの感触。何か踏んだ?
そっと足をどけてみれば、そこには扁平に潰れた使い魔さんがいた。
一対の羽は穴だらけになっている。ボロボロだ。恐らくはあの土くれの散弾の巻き添えを食らってしまったのだと思う。
そして地面に落ちてもがいていたところを、僕に踏み潰されたと。
ふむ、なるほど。
ってなるほどじゃない!? ジェイドがいまどこにいるか知らないが、僕たちC班に授業が無く、僕のことを監視するためについてきているわけでもないということは、少なくとも学園には居ない可能性が高い。
使い魔がこの様では、ジェイドがここへ転移することができない。
ちなみに首輪を通じてイリスがまだ食堂にいる事はわかっているけど、ここからはやはり距離がある。
こんなことなら最初からイリスに助けを求めていれば。
いや、そしたら食堂に残っているかもしれない他の生徒が巻き添えに。
ああ、なんでこの世界には電話がないんだ、スマホを寄越せ!
「その首もらったっ!」
「しまっ」
「再起動」
ずたずたになっていたゴブマロの目が光ったかと思うと、僕と大剣の間に飛び込んだ。
真っ二つになるゴブマロ。飛び散る苺ジャム。
幸い魔石には当たらなかったみたいだけど、さすがにもう動けないだろう。
「馬鹿な、再起動ですって!? ありえるの、こんなゴーレムが」
それは僕が聞きたい。
ジェイド、お前ゴブマロに一体何をした。
でも、そのおかげで助かった。
けれどこのままでは僕が彼女に手も足も出ず殺されるのは自明。
僕は死にたくない。この若さで死ぬなんて、そんなの一回で十分だ。
なら、どうするか。
考えろ、いまの僕はクリスタ=ブリューナク。お爺さまをして非常識と言わしめる、稀代の悪役令嬢。
物語における悪役令嬢の役割はなんだ? 戦うことか?
違う。
ああ違うとも。悪役令嬢の役割は、決して自分が戦うことじゃない!
「ナーチェリアっ!」
「なあに? まさか、たかがゴーレムを壊されて怒ってるの?」
「話し合いましょう!」
「ふざけないで!」
無詠唱で飛んでくる石つぶてを《肉を切り刻む者》で弾く。
その程度でさえ腕がしびれ、やはり僕では勝てないとの思いを新たにし。
「本当にわたくしを殺してよろしいの? そんなことをしたらお兄さま、アルドネスとは二度と会えなくなりますわよ!」
「自分で殺しておいてなにをっ!」
そこだ、そこがまずおかしい。
僕はお兄さまを殺していないし、死ぬところも見ていない。
イリスが高位魔法を使ったとき、すでにお兄さまはあの場にいなかった!
「お兄さまは生きていますわ! わたくしに手を貸してくださるなら、お兄さまに会わせてあげてもよろしくてよ!」
「はあ!?」
僕の首元まで突き出された無数の土の槍が、ピタリと動きを止める。
気分は追い詰められた挙句人質を取る凶悪犯だ。
大体あってるのが辛い。
「さっきから何を言ってるの、アルドネス様は、あなたが殺したんでしょうが!」
「ふふふ、噂を当てにするだなんて、かわいいところもありますのね。か・ち・く・さん♪」
「このっ!」
「貴族が本当の話をあっさり噂として流されたりするものですか。少し考えれば分かることでしょうに」
首元に迫る凶器を無視して、ちっちっちっと指を振る。
自信満々に、堂々と。
何に怯えることも無く、好き勝手に振舞う姿こそ、僕が理想とする悪役像だから。
本当はめっちゃ泣きたいくらい怖いけどね!
「まさか、本当にアルドネスさまを殺していないとでも言うつもり?」
「わたくしは、たしかにお兄さまを倒しましたけれど、間違っても殺してはいませんわ」
厳密に言えば倒したのはゴブリンキングだし、お兄さまの自滅に近い。
でもそれを説明する余裕はないし、僕が殺していないのは本当だ。
少なくとも、直接は。
「そんな話、信じられない!」
「ええ、すべてを鵜呑みにする必要はありませんわ。わたくしだって、お兄さまが今どこにいるのかまでは知らないのですから」
彼女はマーティンに向かって、僕を殺してから頭を覗くみたいなことを言っていたし、ここで知ってるとか言ったら逆に殺されかねない。
「なら、見逃す必要はない。あなたを殺して、それから後のことを考える」
「だから言っているでしょう、わたくしを殺せば、貴女は二度とお兄さまとお会いすることは叶わないと!」
「うるさいっ! アルドネス様が本当に生きているなら、自分で探し出せばいい!」
「お爺さまですわ。お兄さまの行方を知っているのは、ブリューナク家当主、王国宰相、ロイル=ブリューナク」
実際に知っているかは知らない。けれどナーチェリアが知っていると信じてくれそうなのはお爺さまくらいだろう。
本当はジェイドあたりも知ってるんじゃないかと睨んでる。
だけどそんなこと素直に言ったら、今度はジェイドを襲いかねない。
その点お爺さまなら普段は厚く守られた王城の中、そして直接戦ってもかなり強い。
力ずくが通用する相手ではないと分かってくれるだろう。
「わたくしなら、お爺さまから聞き出すことも不可能ではありませんわ。けれど、貴女では無理ね。ご自分でもお分かりでしょう?」
「……それで、ここであなたを見逃して? その後あなたの優しいお爺さまがわたしを殺しにくるわけ? 冗談じゃないわ!」
「そんなことしませんわ」
本当に冗談じゃない。僕の正体が一切合財バレました、ごめんね、が通じるお爺さまではないのだ。
たしかに最近はやさしいような気もするが、それは僕がそこまでの失敗をしていないからに過ぎない。
「アルドネス様が生きている証拠を出して。それからなら考えてあげる」
「ありませんわ、そんなもの。けれど、ここでわたくしを殺せば、確実にお爺さまはあなたを、引いてはお兄さますら始末するでしょう。魔物に乗っ取られるような無様をさらし、その上自ら推薦した平民がわたくしを殺したとなれば、そんな無能な者には生かしておく価値もありませんもの」
ブリューナク侯爵家随一の無能を自負する身としては、自分の発言に耳が痛くなる。
けれど、ここで必要なのは真実じゃない。僕を殺せば全てを失うと信じ込ませることが必要だ。
彼女の様子から察するに《鑑定》では相手の言葉の真偽を看破することはできないみたいだし。
「くっ」
「さぁ、お選びなさい。ここでわたくしを殺して、お兄さまの死を確実にするか。わたくしの手をとって、お兄さまと再び出会うか!」
「わ、わたしは……」
あと一息かな?
なら、ここで追撃をかける!
「迷う必要などありませんわ、わたくしに付きなさいナーチェリア! そうすればお兄さまの全てを貴女に差し上げますわ!」
「え?」
考えてみれば僕は自衛をしただけだ。
自分の友達を助けただけでこんな恨みを買っている。
悪いのは全部お兄さまなのだから、責任を取るべきなのもお兄さまだ。
そうだ、ことこの一件に関して言えば、僕は何も悪くない!
「お兄さまのことをそこまで慕っているのに、恋慕の情がないとは言わせませんわ。幸いお兄さまは30過ぎて未だに未婚。わたくしに付くというなら貴女がお兄さまの正妻になれるよう、この手で取り計らってさしあげますわ」
「何の話をしてるの!? へ、平民の、元奴隷のわたしがそんな」
「今はまだ平民でも、学園を卒業すれば貴女も魔導騎士、一代貴族の仲間入りですわ。そしてお兄さまの領地はいま混乱の極地。学園を出た後に貴女がそこを立て直すよう尽力し、領民たちの信頼を勝ち得れば領主となることも夢ではありませんわ」
僕の言葉に頭部の猫耳がぴくぴく、お尻の尻尾がゆらゆら動くのが見える。
一度耳を傾けたなら逃がしはしない。
甘い言葉で人を惑わし、悪の道に引きずり込む事こそが、悪役令嬢の本質なんだから!
「わたしが、領主」
「そして死んだことになっているお兄さまを婿として迎え入れ、二人は幸せなキスをしてハッピーエンド。ほら、わたくしを殺してお兄さまの行方もわからず、お爺さまに命を狙われる未来と、女領主となってお兄さまといちゃいちゃらぶらぶする未来。どちらがよろしくて?」
「わたしが、アルドネス様といちゃいちゃ。だ、騙されないわ! あの方が一人に愛情を注いでくださるわけが」
「そんなもの、薬漬けにするなり奴隷の首輪を嵌めるなりいくらでもやりようがありますわ!」
そもそもお兄さまのせいでイリスは首輪をつける羽目になったのだから、自分は嫌だなんて言わせない。
もう事情を知ったのでお兄さまへの恨みはそこまでないが、それで全部許すほど僕はやさしくは無いのだ。
「う、うぅ」
「早くお決めなさい、あんまり悩むようならわたくし帰りますわよ!」
いつのまにか、会話の流れは僕が握っていた。
本題と近く、けれど全然別の魅力的な話を持ち出し、本来の話をうやむやにする。
そして最悪の場合と最良の、両極端な話を並べ立て、あたかも選択すべきはひとつだけのように思わせる。
その選択肢が自分ではなく、相手にとって都合のいいものであったとしても。
詐欺でよくある手口だけど、ナーチェリアは見事に嵌まっていた。
わかりやすい武力ではなく、知識と話術で争う現代日本人として生きていた僕が、この分野で戦闘力重視の魔導騎士科に遅れを取るわけがない。
「わ、わかった。ここは見逃してもいい。でも! あなたが嘘をついていたら、その時は」
「構いませんわ、いつでも殺しに来なさいな」
「ずいぶんな自信ね」
「当たり前でしょう? わたくしに不可能はありませんわ」
「……約束を破っても殺す。わたしはあなたの世迷言を、全て真に受けたわけじゃない」
まぁそうだろう。
でもここさえ乗り切れば、今後はイリスかジェイドに傍にいてもらえばいい。
それに、僕は嘘をついたつもりはない。
たしかに実現が難しいことをたくさん言ったけど、それは実現が不可能と=じゃない。
少なくとも、一度死んだ人間が、異世界に記憶を持ち越して転生して、男なのに女装しながら女子寮で暮らすよりは簡単に決まってる。
「安心なさい、わたくしだってお兄さまの行方は知りたいのです。お爺さまか、その近しい相手から聞き出す機会は設けてみせますわ。ええ、必ずね」
こうしてこの日、ちょっと危険な協力者が一人増えることになった。
ちなみに、話が付いて解散する直前。
「ところで、なんでわたしには性別ばれてるのにその口調なのよ。あなた男でしょ 」
「あら、似合いませんこと?」
「気持ち悪いくらい似合ってて本当に気持ち悪いけど。なに? その口調って素なの?」
「一応ここも学園ですもの。いつ事情を知らない学生が来るかわからないでしょう?」
「変態女装野郎をやるのも、意外と大変なのね」
「ほっといてくださいまし! それとそのあだ名で呼ぶのはお止めなさい!」
誰かに聞かれたらどうするんだよ! まったく!
クリスタ「騙して悪いが悪役なんだよね」
ちなみに実力の上下はありますが、クリスタは魔導騎士科の誰と戦っても正面戦闘は無茶です。
ジミーは不意打ちして、高位魔法を使わせる暇を与えずに一方的にボコったので←




