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052 わたくしお姉様になりましたわ

「おはようございます、クリスタさま」

「あらイリス。ご機嫌よう、いい朝ですわね」


 騎士科の4人をしごいて部屋へ戻ると、イリスはすでに起きていた。

 朝の仕度はちゃんと済ませたみたいで、服装もパジャマから着替えている。


 今日は学生服ではなく白いシャツに黒のベスト、クリーム色のショートパンツだ。

 そういえば私服姿ってはじめて見たな。似合っていてとても可愛い。

 いや、イリスが着たらなんだって可愛いか。


「あの、何で頷いてるんですか?」

「何でもありませんわ」


 ガイスト学園は貴族が通う学園ということもあり、平民は入学できたことそのものが栄誉だったりするので、その制服は平民用の青であっても身分証明の代わりになる。

 だから学生は休日でも制服姿のことが多い。

 

 僕は貴族だけど制服ばかり着ているし、そもそも私服は用意していない。

 というかここへ来る前の服は男物ばかりだったから、持って来れなかった。


「今日は私服ですのね。はじめて見ましたけど似合ってますわよ」

「あ、ありがとうございます。今日は授業もありませんし、街へ出る予定もありませんから。ところで、朝からどこへ行ってたんですか?」

「今日は妙に目が冴えてしまったから。軽く走ってきましたの」


 ついでに不甲斐ない騎士科をしばきに。

 ちなみに授業が無いのは、僕らが実地訓練の期日である一週間よりも早く帰ってきているからだ。

 さっきまで校舎で早朝訓練をしていた騎士科や魔導師科の彼らは、この後普通に授業がある。


「呼んでくれたら一緒に行きましたよ?」

「ぐっすり寝ているようでしたから。起こしたほうがよかったかしら?」

「次からはお願いします。わたしも自主訓練はしてますから、どうせなら一緒にやりたいです」


 正面からそう言われると少し照れる。

 というかその照れの原因を解消するためにひとりで走ろうとしてたんだけど、イリスと一緒でその目的は果たされるんだろうか。


 駄目だとしても、せっかくの申し出を断る理由にはならないんだけどさ。


「そうね、わかりましたわ」

「クリスタさまは朝ごはんもう済ませましたか?」

「いいえ、まだですの。ご一緒してくださる?」

「もちろんです」

「なら、汗を流してきますからちょっとお待ちなさい」


 さすがに汗を吸い込んだ服でごはんには行きたくない。

 着ていて気持ち悪いというのもあるけれど、どんな見た目だろうと僕は男だ。

 ホルモンバランスの違いによる汗のにおいの差とかで、性別バレするかもしれない。


 ……僕の記憶にある前世のにおいと比較すると、どうも女の子っぽい気がするけれど、気のせいだと思いたい。


「あ、お背中流しましょうか?」

「きゃああっ!? だから入ってこないでと言ったでしょう!?」


 なんて危ない一幕もなんとか乗り切り。


「あれ、クリスタさま、制服で行くんですか?」

「ええ、これしか持っていませんし」

「何でですか!? 貴族ですよね!?」

「な、なによイリス、いけませんの?」

「わたしのでよければお貸ししますから、こっち着ていってください。予定の無いお休みの日にまで、わざわざ制服を着なくてもいいじゃないですか」


 それはそうだと思うけど、服がないんだから仕方ない。

 そもそも男物しか持っていなかったのとは別に、記憶が戻る前の僕はできるだけトラブルを避けるため、授業意外は部屋に引きこもる気満々だったのだ。

 だから服なんて制服だけあれば十分だと思っていた。


 ちなみに、イリスが貸してくれたのは丈の長いワンピースだった。

 ……イリスが着た場合は。


「さすがにサイズが合いませんわね」

「クリスタさまは上背(うわぜい)がありますけど細いですから、着れることは着れるんですね。チュニックみたいでかわいいですよ。脚もお綺麗ですし」


 はっはっは、そうだろう。お地蔵さまからもらった身体だからね。

 男にとってそれはほめ言葉じゃないけれど!


「…………」

「どうかしましたか?」

「いえ、胸はスカスカだと思いまして」

「なっ。えと、きっと大きくなりますよ! その内!」


 なってたまるか、僕は男だ。

 言えないけど。





 本校舎の食堂とは別に、男子寮、女子寮にもそれぞれ食堂がついている。

 男女で人気のあるメニューや、必要な量が違うのでそこも考慮されているらしい。

 だけど、僕たちはわざわざ本校舎の食堂までやってきていた。

 

 イリスはたくさん食べるし、僕も一応男なので女子寮の食事ではもの足りず、かといって男子寮に入るわけにも行かないからだ。

 授業の相談だったり、恋仲だったり、男女一緒に朝食をとる学生は結構いるのでこの食堂も朝から開いている。

 ちなみにイリスは今日もひとりで食堂の備蓄を大量消費してご満悦だった。


 朝食も終わり、食後のお茶を飲みながら一服していると、僕らに声をかけてくる人が居た。


「あ、あの!」

「ん?」

「お時間よろしいですか、お姉さま!」

「「お姉さま?」」


 綺麗な金髪と碧眼の、絵に描いたお姫様のような女の子だ。

 10歳くらい? と思ったけど赤い学生服を着ていたのでそれはないかと思い直す。

 この学園の最低年齢は12歳だ。魔導騎士科だとヨハンくんがその年齢だと聞いた。 


「えと、妹さんですか?」

「いえ、わたくしに妹などおりませんわ」


 少なくとも僕の知る限りでは。

 お父様が余所で作ってたらその限りじゃないけど、いまどこにいるか分からないからなぁ。

 お母様? お父様LOVEな人だから浮気はしないと思う。

 いつかあのお屋敷に帰ったら妹か弟が増えてました、なんて展開はないだろう。


「貴女、他の誰かと勘違いされているのではなくて?」

「あ、いえ、違います! あの、本当のお姉さまという意味ではなくて」

「ああ、尊称としてのお姉さまですか?」

「尊称?」

「あ、はい、そうです、それです!」


 尊称でお姉さま。

 わからなくはないけれど、なんだかむずがゆい。

 前世の知識が悪影響して、女子寮とお姉さまの組み合わせにはとっても百合な香りを感じてしまう。 


「ま、まぁいいですわ。それで、何のご用?」

「はい、お姉さまの、いえ、クリスタさまのことをお姉さまとお呼びしてもよろしいですか?」

「それが用件ですの? えーと」

「あ、申し遅れました。私の名前はコレット=グラスリーフ。グラスリーフ男爵家の長女です! どうぞコレットとお呼び下さい、お姉さま!」


 コレットと名乗った少女は、とてもキラキラした目で僕を見ていた。

 やっぱり、何かの勘違いではないだろうか。クリスタ=ブリューナクはそんな目を向けられるほど立派な存在ではない。


「お断りいたしますわ」

「え……」

「ちょ、ちょっとクリスタさま! 理由も聞かずにかわいそうですよ。ねぇコレットさま、どうしてクリスタさまをお姉さまとお呼びしたいんですか?」

「私、ずっと探していたんです。平民さんにも貴族さんにも、平等に接することのできる、その上でお強い方を」


 それは、たしかに僕の目指す方向だ。

 でもそれをなぜコレットが知っている?


「わたくしがそうだと?」

「はい! 先ほど魔導師科の貴族さんを殴りとばし、騎士科の平民さんたちをフレイルを持って追い回しているのを見て確信しました!」

「朝から何をやってるんですかクリスタさま……」


 イリスのジト目が痛い。

 まさかこんな形でバレるとは思わなかった。

 

「ひ、貧弱な家畜を鍛えてあげただけですわ」


 言えるわけが無い。

 隣で寝ていたイリスにムラムラしたのでその発散に八つ当たりしてきたとは。

 一応ちゃんと剣の手ほどきもしておいたので、まったくの嘘というわけでもないし。


「そして私は思ったのです。このお方は平民さんだろうと貴族さんだろうと平等に扱われる、真に尊いお方なのだと!」

「たしかに、どちらも等しく家畜ですわね」

「さすがですお姉さま!」


 やばいどうしよう、この娘ちょっとおかしいよ。

 頭のネジがはずれて、まではいかなくても、大分緩んでいる気がする。


「そ、そう。というか貴女、家畜の分際で偉大なるブリューナク家のわたくしを姉と呼ぶつもりですの?」

「あ、そうですよね。クリスタ様のように気高く、お美しい方を私ごときがお姉さまとお呼びするだなんて、失礼でした」


「そう、分かればいい──」

「その美しさを讃えて女神様とお呼びしてもよろしいでしょうか!」

「名前で構いませんわ!」

 

 自称美の女神にもらった身体で女神呼びされるのは、なにかまずい気がする。

 こう、言霊的なニュアンスで!


「そんな、恐れ多いです女神様!」

「せめて女神はお止めなさいっ!」

「わかりましたお姉さま!」

「しまったっ!?」

「クリスタさま……」


 いかん、イリスに呆れられている。

 というか、この娘、おかしい上に手強い!?


 いや、もしかしたら全て計算づくなのかも。

 これが本物の貴族の子女、恐るべし。


「ところでお姉さま、こちらの綺麗な方はどちら様ですか?」

「ああ、イリスは」

「あ、わたしはクリスタさまのペットです」


「「「「!?」」」」


 その瞬間、朝のざわついた食堂が一瞬だけ静まりかえり、再びざわめき始めた時には周囲の視線が僕たちへと集中していた。


「ペット?」

「なんだペットって」

「あれって噂の貴族だろ。たしかブリューナク侯爵家だっていう」

「あぁ、でかい魚を飼ってるっていう噂の?」

「俺は学園の模造武器を勝手に集めて回ってるって聞いたぞ」

「わたしは魔道騎士科の女の子をペットとして飼ってるって聞いたよ?」

「「「「それか!」」」」


 それかじゃない!!

 ていうか待ってくれ、どうしてここでペットなんて言い出したんだイリスは!

 前はあれだけ否定してたじゃないか。


「どうしましたのイリス、気は確かでして?」

「いきなり酷いですよ!?」

「酷くありませんわよ。貴女あれだけ否定していたじゃありませんの!」

「それはほら、今はこの通りですし」


 そう言って首もとの、彼女には似合わない無骨な首輪を指差す。

 ゴブリンから村の子供たちを守るために追い詰められていたイリスが、僕へとその居場所を伝えるためにつけた奴隷用の首輪だ。

 奴隷ギルドでしっかり登録も済ませたので、イリスの主人は正式に僕ということになっている。


「奴隷です、っていうよりはペットのほうが幾分マシだと思ったんです」

「それは、そうなのかしら?」


 どうしよう、この世界の平民の価値観だとそうなるんだろうか。

 幽閉されていたとはいえ貴族として育った僕には、そこらへんの微妙な感情まではわからない。


「ペット……というと。ああ! イリスさまはお姉さまの愛人(ペット)さんですのね」

「はい、家族(ペット)ですよ。って私には様付けなんてしないで大丈夫ですよ。私は平民ですから」

「関係ありません。お姉さまのイイ人なら、私はお姉さまと同等に尊敬いたします」


 なんだろうか、この微妙に噛み合っていない気がする会話は。

 なのにどこがおかしいのか、はっきりと分からない。


 しかも会話が進むにつれて、周囲の視線のトゲトゲしさが段々と増していっているような気がする。


「まさか、今度はあの貴族の娘をエサにするつもりじゃ」

「なんだよエサって」

「あんた知らないの? あの人街で奴隷を助けたと見せかけて、その場で大きな魚に食べさせたのよ」

「は? 街中で大きな魚? 何言ってんだ?」

「ばっかお前ブリューナク侯爵家で本人も魔道騎士科だぞ。色々あるだろ」

「ああ、召還術とかか。ってことはあの娘やばくないか?」


「「「「じ~~~」」」」


 い、居づらい。この空間はすごく居づらい!


「それでお姉さま! 私お姉さまのことをもっと知りたいのですが。……お姉さま?」

「クリスタさま、大丈夫ですか? なんか震えてますけど」


 ダメです。


「イリス、後は任せましたわ!」

「え?」

「貴女が話してもわたくしの迷惑にならない(・・・・・・・)と思う範囲でなら、コレットに教えてあげて構いませんから!」

「あ、ちょっと、クリスタさま!?」

「お姉さま!?」


 僕は音を立てて椅子から立ち上がると、とっととこの場から消えるべく出口へと向かった。

 こんなところに居られるか! 僕は部屋へ帰らせてもらう!

女装モノといえばお姉さま。異論は認めます。

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