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047 sideジェイド 1

今日から二章開始です、よろしくお願いします!

 煌びやかな王都において、国の栄光を最も知らしめる存在、王城。

 その一角、王国宰相のためだけに(あつら)えられた執務室を前に、俺はひとつ深呼吸をすると扉を叩いた。


 ゴッゴッゴッ、と重い音がする。

 遮音魔法のみならず、物理的にも防音を施している木の扉は重く分厚いので、軽いノックでは中まで音が通らない。


 ここへ出入りするまで、薄い板のような扉の相手ばかりしていた身ではしばらく慣れず、ノックに反応が無いのはこちらが平民だから無視されているのではと邪推していたほどだ。


「入れ」

「失礼いたします」


 たった一言に生きてきた年月と、その存在の重みを感じさせる重厚な声に、礼儀としての返事をして扉を開く。

 薄暗い部屋の中、豪華さよりも実利を優先した、王城の中にしては質素な部屋にそれは居た。

 

 ロイル=ブリューナク、侯爵。

 あの何を考えているのか分からない、何をしでかすかも分かったものじゃないクリスタ=ブリューナクの実の祖父にして、ブリューナク侯爵家の現当主、王国宰相。


 そこまで考えて、どの肩書きよりも先にあいつの祖父という事が浮かんだ自分に少し驚く。

 思わず苦笑しそうになるが、そんな事できようはずもないので顔の筋肉を制御するのに苦心した。

 おのれ、この場に居なくても俺に迷惑をかけるのかあいつは。


「おや、蝋燭(ろうそく)ですか。地方都市や村ならばともかく、王都では珍しいですね」

「内密の話をするのに魔石灯は向かん。魔道具は魔力を放ちすぎる。ここに誰かが居ると喧伝(けんでん)するようなものだ」

「左様でございますね。失礼いたしました」

「よい。それよりも、報告を聞こうか」


 俺の現在の仕事、任務はクリスタ=ブリューナクがブリューナク家に相応しい振る舞いをしているかどうか。その監視だ。

 正直、女装して学園へ通っている時点で魔法の才能どうの以前の問題だと思うのだが、それを指示したのも目の前の男なので何も言うまい。


 今日まで定期的に行われる報告はロイルの使い魔を通して行われていた。

 しかし今回は直接呼び出されている。

 この部屋に呼びつけられること自体は何度もあるが、それはつまり、万が一にも他の誰かに聞かれるわけにはいかない話ということだ。


 使い魔を介するということは、その間に他の誰かの介入する余地を増やすということでもある。

 今回の報告、魔導騎士科の実地訓練で起きた事件。

 アルドネス=ブリューナク伯爵の計画、失敗、そして失踪。

 そしてそれに関わったクリスタの現状報告だ。


「なるほど、端的に言えば、あやつは失敗したわけだ」

「計画そのものに問題はなかったと思われます。アルドネス伯の想定以上に、ゴブリンキングの影響力、支配力が高かったのが原因かと」


 クリスタがアルドネスの下へ向かっている間、俺も遊んでいたわけじゃない。

 村での聞き込みはもちろん、クリスタにつけていた俺の使い魔を通じて屋敷の探索を済ませていた。

 というかあの野郎、まさか屋敷に火を放つとは思わなかった。もし使い魔をつけていなかったら、危うく何の情報もさらえなかったところだ。


 アルドネスの計画とは《繁殖》の魔法を制御する魔道具、つまりゴブリンキングの魔石を利用した領地再生計画だった。

 家畜の出産数を増加させ、痩せた土地でさえ農作物を実らせる。

 そしてその警護には、制御できるのであれば奴隷以上に安価な魔物、ゴブリンを使う。

 なにせ魔物は食事が不要だ。一部の例外を除けば原典となった魔法を実行するためだけの存在なので、不平不満といった感情も抱かない。


 魔法を実行するための存在なので、制御してそれ以外の行動をとらせることそのものが不可能に近いのだが。あの魔道具ならば可能だと踏んだのだろう。


 ゴブリンは一対一であれば、鍛えた騎士程度なら問題なく倒せる相手だ。

 群れとなれば危険だが、それもこちらに魔導師がいるならただの的となる。


 無論ブリューナク家の正当な後継者であり、クリスタとは違い魔法の才に恵まれたアルドネスにとっては敵と呼ぶのもおこがましい。本来の彼であれば、ゴブリンキングの群れであろうとマシュマロゴレムと大差なかっただろう。


 正直、ゴブリンキング程度なら俺でも余裕で殺せる。

 それが群れでも、だ。


「ふん、庇い立てる必要はない。魔物を殺す事と支配することは別物よ。特にゴブリン、あの系統はいかん。アレらの原典たる魔法は人の精神と肉体、なにより本能に影響する類のものだ。それを御せるなどと、あやつも思い上がったものよ」


 そう、殺すことと支配することは違う。

 狼を殺すだけなら遠くから矢でも射掛ければいいが、羊を追い回す牧羊犬として飼いならすのは至難の業となる。


 ただの獣でそれなのだ。原典たる魔法を実行することしか考えていない、人間より強い力を持つ魔力生命体でそれを行おうなど、人の見が考えて良いことではなかったのだろう。


「それで、あやつがどこへ行ったのか、検討もつかんというのか」

「申し訳ございません、宰相閣下」

「あやつが火事ごときで死ぬとは思えんがな。クリスタはトドメを刺していないのだろう?」


「そのようです。ですがその後は確認できていません。お嬢様はすぐに平民の、いえ、もう奴隷ですね。奴隷の少女の下へ向かわれてしまいましたので」


 魔導騎士科首席のイリス。

 平民から平民の憧れであるガイスト学園の魔導騎士科へ至り、その首席にまで上り詰めた才女。

 それが奴隷まで落ちるとは哀れむべきなのか。

 それとも、それほどの存在が自らの意思でクリスタの側についた事を危険視すべきなのか。


 思えば、あいつが豹変したのも彼女を初めて目にした瞬間だったか。

 恋は人を狂わせるというが、一目ぼれでもしたのだろうか?

 いや、狂うというのなら、それ以前の感情に乏しかったあいつのほうが、余程人間味に乏しく狂っていたようにも思えるが。


 あの少女についても何か意見を聞かれるかと思ったが、それはなかった。

 ロイルは自分の孫たち意外にはさして興味がないようだ。


「我が孫ながら甘いことだ。それにお前なら、その上であやつの動向を確認するなどわけもないはずだが」

「恐れながら宰相閣下、それは買いかぶりというものです」

「ふん、あまりわたしを見くびるでない。その程度の実力はあると知っているからこそ、お前に目をかけてやっているのだ」


 近く貴族になることが決まっているとはいえ、平民の、それも孤児である俺を重用しているのだからその言葉に嘘はないのだろう。

 もっとも俺からしたら貴族になることも、ロイルに使われることも大事な資金源というだけでしかないのだが。


「まあよい。利用するつもりが逆に支配され、あまつさえ魔法の使えない無能者に敗れるような男だ。もし生きておめおめとわたしの前に顔を出そうものなら、この手で始末をつけてやるのが祖父としての、せめてもの情けだと思っていたのだがな」


 失敗したならば孫でも殺すと、そう言い放つロイルには嫌悪感を抱くが、表には出さないように勤める。

 この男に比べたら、多少イカれていても甘さのあるクリスタの方が幾分マシだ。

 だからこそ俺も、血迷って手を貸してしまったのだろうが。


「その魔物の魔石、正確には魔道具ですが、お嬢様がお持ちのようです。回収いたしますか?」

「放っておけ。だが、もしそれに支配されるようなら構わぬ、お前が始末しろ」

「かしこまりました」


 クリスタと試合をするのは正直ごめん被りたい。

 勝てるだろうが、絶対に面倒なことになる。

 間違いない。


 だが、殺すだけなら簡単だ。それはたとえ、本気のイリスが側に居たとしても。

 Bランクの冒険者というのは伊達じゃない。

 仮に相手が竜であっても、相応の金をもらえるなら俺は殺して見せるだろう。


「それで、本当にアルドネスの行方は知らんのだな?」

「さて、皆目検討もつきません。もっとも、宰相閣下が見限るような実力しかないのであれば、貴族としての立場も無しではまともに生活することさえ(まま)なりますまい。この国は、無能者にそこまでやさしくはありませんから」


 俺はここで、初めてロイルに対して嘘をついた。

 金のためにしている仕事で、嘘をつくなどありえない。

 特にこいつは最大の金づるだ。いや、それ以上にもっと俺に、俺たちにとって必要なものを提供してもらっている。


 だが、もしいずれあいつがこいつの後釜になるのなら、その可能性が少しでもあるのなら。

 このいけ好かない宰相の爺なんかより、あいつに恩を売っておいたほうが、俺にとっては生きやすい世界になるだろう。


 だから俺はあそこでロイルからの指示になくともあいつをアルドネスの下に送り込み。

 あいつの、クリスタからの頼みがなくとも、裏で手を回したのだから。 


「今頃は、魚の餌(・・・)にでもなっているのではありませんか?」

「そうか、まぁよい。ほれ、今月分の魔吸石だ。今回は面倒な仕事をさせているからな。ランクAのものを用意してやった。精々わたしの期待を裏切らないことだ」

「はい、感謝いたします」


 お互いに上辺だけの会話を済ませる。

 面倒な仕事をさせている、だなんて、こいつからの命令が簡単だった試しなどないだろうに。


 俺たちには金が必要だ。

 妹を生きながらえさせるためには、もっと多くの金と魔吸石が必要だ。


 だからもし、そのために必要なら俺は助けてやったばかりのクリスタだって殺すし。


 逆に俺たちの助けになるのなら、あいつのためにロイルを殺してやっても構わない。





 すでに日は沈み、空には王城よりも巨大な月が浮かんでいる。

 ガイスト学園へ向かう人気のない帰り道で、ロイルから受け取ったランクAの、俺が自力で手に入れるには命をかける必要があるであろう魔吸石を見る。


 言ってみれば希少な魔石の一種であるそれは、保有している魔物によって様々な色をしているが、奇しくも今回のものは俺の名前と同じ、翡翠色をしていた。


 そこにつまらない男の顔が写っている。

 自分と、妹のためだけに生きてきた、これからもそう生きるはずの男の顔が。


 だが、あいつなら、それさえ変えてしまうのだろうか?


 あいつだけは、本当に何を考えているのかわからない。

 アルドネスの、イリスの下へ向かう時のあいつの言葉は、いつもに輪をかけて理解不能で。

 だというのに、あいつの魂の叫びだったように思えたあの言葉は。


『たとえどれだけ他人に蔑まれようと、どれだけ他人に見下されようと、どれだけ多くの人に悪役(・・)だと思われても良いけれど。友達を見捨てるような悪党(・・)にだけは、なるわけにはいかないんだよ』


 もしあいつが、あの手助けで俺のことも友達だと思い込んでいてくれるのなら。


「俺は、俺達は何かを期待してもいいのだろうか」


 柄でもない甘い考えは、しかし俺が学園寮の自室についてなお、消えてはくれなかった。

一章がクリスタとイリスの出会いの物語なら、二章はジェイドの物語。


あ、それとまたまたFAを戴きました! 活動報告に載せさせていただきましたので興味がある方は是非!

https://mypage.syosetu.com/673682/

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