044 わたくしペットが出来ましたわ
扉の向こう側、暗闇の隙間から桃色の光が見える。
それは無数のゴブリンに囲まれ、張りつかれてはいるものの、それ以上の侵入を許さない光の壁。
イリスの魔力、それによる障壁魔法。
ゴブマロがあのゴブリンの群れを殲滅するなんて不可能だ。
どうしたものかと考えて、お兄さまの言葉を思いだす。このネックレスはゴブリンを従えられると言っていた。
早速ゴブリンキングの核となっていたネックレスを使ってゴブリンたちを退けようとする。
しかし、それは起動しなかった。
「やっぱり駄目ですわね」
僕に魔法の素質がないから、ではない。
魔導武器は文字通り魔力を導いてやらないと使えないが、魔道具は魔法が込められただけの道具なので誰でも使える。
使えないのは肝心の核となっている魔法、つまり魔石の魔力がほとんど尽きているからだ。
満タンだったらゴブリンキングが復活してしまうからこれでいいのだけど、なかったらなかったで使い物にならないとは、本当に役に立たない。
いったいどこのどいつだ、こんなものお兄さまに売りつけたのは。
さて、ゴブリンが排除される様子がないということは、イリスは障壁を展開するので精一杯、もしくは反撃にでたら子供を守れない可能性があるということだろう。
かといって、いまの力尽きかけた僕がこの状況をどうにかできるかというと……まぁ武器を振り回す程度じゃ無理だろう。
しかし方法がないわけじゃない。
失敗したら大惨事なのだけど、ここには幸いにしてイリスがいる。
一声かけておけば大丈夫だろう。
「イリス、そこにいますわね!」
「その声、クリスタさま!?」
よかった、間違いなくイリスだ。
ゴブリンたちが邪魔でよく見えないけど、声の調子からして無事だろう。
これでイリスが成人指定されるような目にあっていたら、今から戻ってお兄さまにトドメをさしていたかもしれない。
「今からちょっとこいつらを一掃しますけど、失敗したら後始末を頼みますわね」
「え、ちょっと、何をする気ですかクリスタさま!?」
僕はイリスが元気なので結局使うこともなさそうな《マジックポーション》を取り出すと、それをネックレスの魔石に垂らしていく。
《ポーション》は肉体の再生力を活性化、増幅させる魔法薬だが、《マジックポーション》はそのものずばり液状化している魔力だ。魔法が元になっているわけじゃないけど、魔石の液体版ともいえる。
水分補給に水を飲むようなもので、魔力補給として魔力を飲むわけだ。
それを魔石に垂らしたらどうなるか。
実は想像、というか半ば妄想だったのだけど、上手くいったらしい。
ゴブリンキングの魔石に、ほんの僅かではあるけど、さっきまでより多くの魔力を感じる。
もともとの魔力容量が大きいのだろう、《マジックポーション》を一ビン使い切って、それでも大して増えたようには感じられない。
でも一度命令するだけなら十分だ。
「《死ね》」
例の高位魔法、ではない。
ただ死ねと、そうゴブリンたちに告げただけだ。
それだけで彼らは一斉に動かなくなり、かと思えば自身の胸へと腕をつきたて、心臓部を引きずり出す。
それは黄土色に輝く魔石。
魔物たちの核であり、人に例えれば脳であり、心臓でもある。
それを彼らは握り締め、躊躇なく砕いた。
この場にいた全てのゴブリンは魔力となって霧散し、世界へ還る。
なるほど、素晴らしく、そして恐ろしい力を秘めた魔道具だ。
お兄さまなら未加工魔石の危険性を理解していただろうに、手放さなかった理由がよくわかる。
「これ、は」
「何をとぼけた顔をしていますの、せっかくの可愛い顔が台無しですわよ?」
ゴブリンが消え、危険がなくなったのでイリスの下へ近づく。
障壁魔法はまだあるので、うっすらとした桃色の膜ごしに彼女を見る。
本当に無事なようで、心からほっとした。
だけど、その首には彼女に似つかわしくない、無粋な首輪がついている。
イリスと同室になったあの日、僕が彼女に渡したものだ。
あの時はまさか、こんな形で役立つとは思わなかったけれど。
「い、いまのは」
「ああ、これの力ですわね」
「《繁殖のネックレス》……」
「あら、知ってましたの?」
お兄さまはちょっとおかしくなっていたから、自信満々に効力を語って聞かせたのだろうか。僕にもしたし。
いや、あれはお兄さまの素かな。魔導師は語りたがりの研究者みたいなところがあるから。
「ということは、やっぱりクリスタさまの魔法じゃないんですね」
「………… あ」
そうか、僕の高位魔法ってことにしておけばよかったのか。
ミスったなぁ、頭がちゃんと回らない。
血が足りてないのかもしれない。《ポーション》じゃ失われた血までは回復しないから。
というか。
「やっぱりってなんですの? わたくしに掛かればこの程度造作もありませんわ! っとと」
誤魔化そうとして声を張り上げて、だけどその体力もなくて体勢を崩す。
それを支えられた。
ゴブマロに、じゃない。彼はあくまでゴーレムなので、指示もなく勝手なことはしない。
小さな身体、柔らかい感触と、女の子特有の香りが僕を包む。
障壁を解除したイリスが、下から抱きすくめるようにして、僕を支えてくれていた。
「あ、あら? おかしいですわね」
さっきの戦闘は思った以上に僕の体力を削っていたらしい。
膝に力が入らない。
正直なところ仕方ないとは思う。
だって最後に《肉を切り刻むもの》で何回切りつけたのか、本当にわからないくらい切ったのだ。
千はいっていないとしても、三桁は余裕で切っていた。
だから、右手なんかはもう上がらないほどだったりする。
「ごめんなさい」
「イリス、無事ですのね?」
「はい、わたしは大丈夫です」
「ならよかったですわ」
ああ本当に、苦労した甲斐もある。
なのにイリスは僕を抱く腕の力を強めて叫ぶ。
「よくありません、全然、よくありません!」
「イリス? 大丈夫ですのよね?」
「大丈夫じゃないのは、クリスタさまじゃないですかっ!」
言われてみればその通り。
イリスは、そして子供たちはピンピンしている。
精神的な疲れは物凄いだろうけど、イリスが守りきったのだろう。みんな怪我ひとつない。
対して僕はいつものコートのように裾が長い上着を着ておらず、服はノースリーブ。
その素肌が見えている腕は傷だらけで、呪いで無理やり包丁を振るわされた右腕は赤く腫れている。
服もスカートもぼろぼろで、下着は見えていないけど、お腹や脚はこれまた傷だらけ。
大きな傷は《ポーション》で治したとはいえ、支給金の3000ジェムで用意したものが高品質なわけがない。
残っている傷も多いし、なにより流れ出た血は消えてくれず、肌にこびりつき、服に染みを作っていた。
ぶっちゃけ、鏡を見るまでもなく重傷、どころか重体に見えるだろう。
「大丈夫ですわよこれくらい、ここを出たら回復魔法で治しますもの」
「嘘です」
「嘘って、わたくしは偉大なるブリューナク家の」
「使えないじゃないですか!」
「っ!?」
息を呑む、というのはこういう事なんだろう。
イリスの言葉は疑問じゃなくて、断定だった。
それは僕の、ある意味では女装以上に知られてはいけない秘密だ。
「な、何を」
「マシュマロゴレムへの簡単な魔法を、わたしやジェイドさんに使わせました」
「それは」
「先生に魔法を見せてといわれて、魔導武器の使用に留めました。ヴォイドレックスとの戦いで、障壁を張らずに炎を転がって避けました。多足蛙との戦いも、ゴブリンとの戦いも。温泉の掃除でさえ、わざわざ道具を使っていました」
一言も言い返せない。
ひとつひとつなら、いくらでも言い訳できる。
だけど、ここまで並べられたら、面倒だったからとか、ブリューナクの魔法は軽々しく見せられないとか言って信じてもらえるはずもない。
「なにより、クリスタさま、ぼろぼろじゃないですかぁっ」
「それはゴブリンキングと」
「ブリューナク家が、グリエンド最強の魔導師が、中位の魔物程度に傷だらけにされるわけ、ないじゃないですか!!」
そう、ゴブリンキングは下位の魔物であるゴブリンの上位種。
中位の力をもち、魔導騎士であってもひとりなら苦戦する可能性がある存在。
けれど、お兄さまのように内側から蝕まれ、乗っ取られたならともかく、ブリューナク家の魔導師が正面から戦って苦戦するような相手ではない。
お爺さまなら、それこそ、たった一度の魔法で消し去れるような、そんな相手でしかない。
バレてしまったなら、僕はもっと怯えたり、恐れたりするべきなんだろう。
これはとんでもないスキャンダルなんだから、平民にばれた以上、ジェイドが言っていたようにお爺さまが今度こそ僕の幽閉ではなく、抹殺に踏み切るかもしれない。
でも、いまの僕は困惑が勝っていた。
「イリス、貴女なんで泣いていますの?」
僕に対して優位に立っているはずの彼女の顔は、涙でめちゃくちゃになっていた。
「知ってたんです、わかってたんです」
「なにを?」
「わたし、薄々ですけど、クリスタさまが魔法を使えないって、わかってたんです」
「……いつから、ですの?」
今更言い訳しても無駄だろう。
彼女は確信しているし、僕は魔法を使ってみせることができないのだから。
「最初に変だなって思ったのは、ジミーさまとの模擬戦です。クリスタさま、ボウガンを使われていましたけど、あのブリューナク家の方が怒って、なのに魔法を使わないのはおかしいなって」
「……oh」
言われてみればその通りである。
ましてあの時ジミーは魔法を使っていたのだ。僕が使って攻められる謂れはない。
むしろここぞとばかりに魔法を撃ち込んで、高笑いするのがブリューナク家である。
「あとは、さっき言ったとおりです」
「最初から怪しいと思っていたら、気がついて当然ですわね」
イリスは些細な積み重ねで気がついたわけじゃなかった。
最初から怪しんでいたから、些細な事全てが気になったんだ。
「それで、なぜ泣いていますの?」
「だって、クリスタさま、魔法が使えないんですよ」
「そうですわね」
「剣だって、そりゃ、弱いなんて言いませんけど、騎士の人と同じくらいじゃないですか」
「まぁ、一騎当千の英雄、だなんてさすがに言えませんわね」
「なのに、それを知ってて、わたし、こんな場所に呼んだんですよっ」
あぁ、そうか、彼女はそれを悔いているのか。
僕を最強の魔導師であるブリューナク家ではなく、一介の騎士程度の腕をもつただの学園生としてみればたしかに話は変わる。
並みの騎士は、ゴブリンの群れと戦うのも一苦労だ。
それがこんな、数百、数千のゴブリンがいて、さらにその上位種がいるような場所に呼びつけるなんて、死にに来いと言っているようなものだ。
実際に僕が戦ったのは警備の兵士とゴブリンキングだけだ。
それなのに、死に掛けた。
もし僕が長剣しか持っていなかったら。
《ポーション》やゴブマロをくすねてこなかったら。
そもそも、ゴブリンキングの元となった魔法が《繁殖》ではなく、最初から僕を殺す気で来ていたら。
僕はいまここに居ないのだ。
「違うって、きっとわたしの妄想だって思ってたんです。でも、本当に使えないなら、こんな場所に呼んだりなんてっ」
でもねイリス。
「馬鹿にしないでくださる?」
パンッ!
僕は力の限り、演技でもなんでなく、本気でイリスの頬を引っぱたいた。
前世含めて初めて女の子を叩いたけど、叩いたこっちの手が痛い。
「クリスタ、さま?」
呆然と、赤くなった頬を手で押さえるイリス。
僕はいまとっても怒っているので、それに申し訳なさを感じたりする余裕は無い。
「ここへ来たのはわたくし自身の意思ですわ。貴女に呼ばれたからではないの」
「でも、クリスタさま、いつも言ってるじゃないですか! わたしはペットだって 。ブリューナク家の方なら、魔法が使えないなら、そんなにボロボロになってまで、なんでペットなんて助けに来ちゃったんですかっ!」
あぁ、もう、本当に、僕はハリボテの悪役令嬢だ。
こんな時に言うべき台詞が、ポンっと思い浮かばない。
悪役として観客を満足させる台詞なんてわからない。
だから仕方ないけれど、ちょっとだけ本音を混ぜる事を許してもらおう。
「たしかに下僕ごときのために命を張るなんて、偉大なる侯爵家の人間としては、相応しくありませんわね」
「なら……」
「でもねイリス、一回しか言いませんから、よくお聞きなさい」
僕はイリスの、綺麗な紫色の瞳を正面から見つめて、恥ずかしさで自分の顔が赤くなっているのを自覚しながら、それでもハッキリと言った。
「わたくしが昔住んでいた場所ではね、ペットというのは、家族と呼びますのよ」
昔は日本だって、ペットはただの家畜に過ぎなかった。
昼に遊んでいた犬を、夜には屠殺して、夕飯にしてしまう事だって戦前戦後には普通にあったらしい。
それはこのグリエンドも大差ない。
だから、僕が暮らしていた平和な時代でペットに込められた意味なんて、誰も想像すらしてないだろう。
親兄弟のように接して、死後はペットのためだけのお墓を用意して、それは当たり前のことではないから。
「かぞ、く? ……家族って、え、家族!?」
少し呆けてから意味を理解したらしいイリスが慌てて、というかおろおろしはじめる。
「さ、分かったならさっさと行きますわよ。偉大なるブリューナク侯爵家は最凶にして非情、けれど身内には甘いのです」
そ、お爺さまが1000万ジェムポンッとくれたり、お兄さまがなんだかんだ、僕の事を気に掛けてくれていたようにね。
「ま、まってください! もう少し詳しく」
「後になさい。子供たちをさっさと安全な場所に連れて行くべきでしょう? それに」
「そ、それに?」
「……なにか気がつきません? 優秀な首席さん」
少しからかうように聞いてみれば、首席さんはやはり優秀だったので、はっと何かに気がついてぼくを見る。
「そういえば、少し焦げ臭いような……」
「ここへ来るまでに軽く火を放ってきましたから、そろそろ上は炎上しているのではないかしら?」
「えええええぇーーーーー!?」
何故そんな事をしたのか?
理由は簡単。ゴブリンの魔石を一掃するためだ。
実は魔力は燃える。意外かもしれないけど、燃えるのだ。
あの焚き火を思い出して欲しい。あれは特定の魔力だけを燃やすことで周囲を燃やさないようにする魔法で管理されていた。
つまり、魔力は燃やせるのだ。当然その塊とも言える魔石も火に弱い。
魔法が使えない騎士が魔物を相手にする時は、火矢などを使うこともあると聞く。
火事を甘く見る気は毛頭ない、むしろ人災として起こせるものの中では最悪の類だろう。
だけど生き物と見るや孕ませて、無限に増え続けるゴブリンをこんな町中で解き放つわけにはいかない。
それを駆除するために、魔法が使えない僕にはこれしか手がなかった。
絶対にイリスは助け出すつもりだったけど、その後僕がまともに状況を説明できる状態とは限らなかったので、こういう手を打つしかなかった。
ここへ来た時点ではこのネックレスの存在も知らなかったしね……。
「まぁ、幸いにしてわたくしも、イリスも、そして子供たちも無事ですから、結果的には火なんて放たず貴女に魔法で一掃してもらえばよかったのですけれど」
「な、何を呑気な! 早く逃げないと」
「うふふ、全身疲労で動けませんわ」
「《快癒》! 《快癒》! 《快癒》! 」
うおおおすごい勢いで僕の全身が桃色に光っている!
そして傷が消えて、なんか疲労まで消えている、すごい! さすが首席、すごい!
「も、もういいですわ、大丈夫ですわイリス!」
「じゃ、じゃあすぐ逃げましょう! ほら、あなたたちも立って!」
そういえば子供たちが大人しかったな。
恐怖のあまり気絶とかしていたわけじゃないみたいだけど。
「ちっちゃいねーちゃん、もういいのか?」
「そうだよ、おねーたんたちもっとイチャイチャしたいんじゃないの?」
「キスはー? しねーの?」
「つまんなーい」
「「な!?」」
誰だこのマセガキどもの教育したのは!
「いいですこと? わたくしたちは女同士ですのよ?」
「えー、でもおっきいおっぱいはみんな好きっていってたよ?」
「……あぁ、あなたのお父さまがかしら」
「んにゃ、かーちゃんも言ってた」
この子のお母さま!? 何を言ってるんですか!?
「というかあなたにひとつ言いたいことがありましたの。この際だから言わせてもらいますわね」
そう、僕はこのガキんちょに言わなければならないことがあった。
幸いここは人目もないし、ハッキリ言っておこう。
「え、な、なに?」
「イリスの胸は大きくありませんわ!」
「クリスタさま!?」
「そうなの?」
「これくらいは手の平サイズ、丁度いい大きさというのです」
「クリスタさまっ!?」
「綺麗なねーちゃんみたいなのは?」
「ふ、絶壁ですわ」
「なんで自慢げなんですかクリスタさま!?!?」
「なるほど! 覚えた!」
そうか、覚えたか。
僕は胸の大きさで女性を差別する気はないけど、大きい人に小さいと言ったり、小さい人に大きいと言うのは嫌味になる可能性があるからな。
この年頃で学んでくれたなら行幸だ。
「ふ、ふたりとも馬鹿なこと言ってないでさっさと脱出しますよ!」
「な、イリス! あなた下僕のくせにこのわたくしに向かって」
いつものように言いかけて、開きっぱなしの扉の向こう、階段がすでに炎に包まれていることに気がつく。
あ、こりゃあかん、積んだ。
……あれ、隣の部屋にお兄さまがいない?
魔力はゴブリンキングに吸われていたようだけど、怪我はしていなかったし、自力で逃げて――
「”大気に漂う数多の水よ、集い具現しその悉くを押し流せ”《我が意に従う洪水》!」
ぼごっざぱああああああああああんっ!
イリスの全詠唱による高位魔法、魔力によって生み出された膨大な水が叩きつけられ、階段の炎は全て消えさった。それどころか屋敷の壁を突き破るような破砕音まで聞こえてくる。
うわああああ! お兄さまあああっ!?
あ、いや、居なかった、お兄さまはあそこに居なかった。
きっと意識を取り戻して自力で脱出したんだろう、そうだよ、そうに違いない!
「こ、これはまた、派手ですわね。イリス、あなた一人でゴブリンなんて余裕だったのではなくて?」
普段通りにしゃべったつもりだけど、声が若干震えてしまったのは仕方ない。見逃して欲しい。
「前方にしか使えないのと、扉が閉まっている状態だと子供たちが溺れちゃうんで使えなかったんです。他の範囲魔法も似たような感じで」
なるほど、ひとりだったら余裕だったわけね。
でも子供たちを犠牲にするなんて、この娘にできるわけないか。
「さ、行きましょうクリスタさま! ほらさっさと走ってください!」
「ちょっとイリス、貴女さっきから無礼でしてよ!?」
子供たちを連れて先を行くイリスを追って、扉を抜けて、傾斜のキツい階段を駆け上がる。
その時、ちらっとこちらを振り返ったイリスは窮屈そうな首輪を撫でながら、初めて見る悪戯っ子のような笑顔をしていて。
「家族なら、もっと本音を見せた方がいいですもんね」
その声は小さかったにも関わらず、僕の耳に優しく届いた。
屋敷「俺がいったい何したってんだよ……」




