043 わたくし小鬼ノ王を許しませんわ
階段を下りた先に、あいつは居た。
180cmを越えるグリエンド国としては平均的な身長。
それに反してやせていて、軽そうな肉付き。
僕と同様白く、地下室の照明に照らされて輝く長い髪。
ブリューナク家当主ロイル=ブリューナクの孫息子、僕たち三兄弟の長男。
アルドネス=ブリューナク。
「来たか弟よ」
「ああ、友達を返してもらいにね」
学園で会った時よりも、穏やかそうな姿に、感じていた違和感がますます大きくなる。
「くくく、そうか、友達か。それがお前の本心か」
「イリスは無事なんだろうな、ゴブリンなんか使って、なに企んでやがる!」
「イリス? ゴブリン? そんなモノどうでもいい」
「は?」
何を言ってるんだコイツ。
あの学園の廊下でも邂逅、あの時の恨みを晴らすためにイリスを攫ったんじゃないのか?
その為にゴブリンを利用したんじゃないのか?
もしかして、何か勘違いしていて、イリスはここにはいない?
「お、おい。イリスはここにいるんだよな」
「ああいるとも! あの家畜ならそこの扉の向こうにな! もっとも、中にはゴブリンが満載だ、逃げられないよう扉に封印もかけてある」
「お前っ!」
ソレを聞いて焦る。
たしかにイリスは強い、けれど中には一緒に連れ去られた子供たちもいるはずだ。
イリス一人であの子たちを守り、ゴブリンを退ける。
できないはずがない、できないはずがないのに首輪をつけ、僕へ救難信号を飛ばしたという事は、それだけの数のゴブリンがひしめいているという事だ。
「今すぐ結界を解除しろ、それでそこを開けろ!」
「それはできない、我々は増えねばならない」
「何言ってんだ、イリスもゴブリンも、どうでもいいんじゃなかったのか!?」
「そうとも、わたしはそんなものどうでもいい! だが増えねばならぬ、増やさねばならぬ! そのためにこの力がいる! そして母体がいる!」
アルドネスが首にぶら下げていたネックレスを握りこむ。
この屋敷の家具をみた限りでは彼の趣味らしくない、悪趣味な装飾が施され、大きな、本当に大きな宝石が中心につけられたネックレスだ。
綺麗に加工されたものじゃなく、原石のような荒々しさがある。
「村を立て直すには家畜を増やさねばならないっ! 貴様を解放するには無能を増やさねばならない! 我々の目的のために増やすのだ、もっともっと増えなければならない!」
見ていない。
アルドネスは、目の前にいるはずの僕を見ていない。
その目は焦点が定まらず、さっき感じた穏やかな姿が幻想だったのではないかと感じる。
「それ、なんだよ」
「これか、これは素晴らしいぞクリスタ。これは指定した生き物の繁殖力を高めることができる。それだけではない。これに仕込まれた魔石の下位種を制御する力すらあるのだ」
一転して穏やかな声音で語りだすアルドネス。
そうだ、あれはただの宝石じゃない。
間違いなく魔石、それも未加工品だ。
「素晴らしいと思わないかクリスタ。これがあれば貴族が不妊に悩まされ、後継者に困ることはなくなる。それどころかゴブリンどもを制御し、平民どもを守ってやることも出来る。いや、それどころかゴブリンを尖兵とすることも、天候や環境に左右されず家畜を増やし、或いは作物すら増やすことが出来るかもしれない」
そこだけ聞けば、夢のような道具だ。
科学の発展した世界の、日本ですら異常気象の影響で野菜が高騰することが多かった。
それをこの世界で、この道具で防げるというなら本当に素晴らしい。
その上騎士団の最優先討伐対象とされるゴブリンが、人類の味方となるという。
……だけど。
「そうだ、わたしの目的は果たされる。我々は目的を果たすことができる」
「目的って、なんだよ」
それを聞いた瞬間、アルドネスが再び叫びだす。
喉を壊すかのような強い、後先考えない聞いているほうが辛くなるような叫びを。
「増えねばならない! 我々はそのための存在なのだから、ただひたすらに増えねばならないのだっ! 《繁殖》はその為に生み出されたのだからっ!! それが何故わからないっ!?」
話に、会話にならない。
だけど、ひとつだけわかった事はある。
アルドネスはたしかに自分の意思で活動していたこと。
そしてそれが、過去形であること。
「君は、誰だ?」
「わたしは、我々は、神々に作られた古の法。生命を救うべく生み出された高貴なる《繁殖》」
「ははは、誰が高貴なる存在だって? 確かに神々が作りあげた魔法は偉大で、高貴で、それこそ世界のために生み出されたような、崇高な存在だったんだろけど」
そう、神々が人のために授けた神代の魔法は、確かに純粋で美しかったのかもしれない。
僕を転生させてくれたお地蔵さまが、この世界の神様だったなら。このクリスタ=ブリューナクという、人間とは思えない美しさをもつ身体を授けてくれた、彼女が作ったかもしれないという魔法は、そう悪いものじゃなかったんだろう。
だけど、僕はアルドネスの首にある、最早見慣れた、けれど初めて見る魔石を睨む。
「今のお前は、魔法から落ちぶれた、たかが魔物風情じゃないか」
「くく、くくくくく」
アルドネスの顔が歪に歪む。
夢で見た、記憶の中の彼では決して肉親に向けないであろう、下卑た笑顔を僕へと向ける。
「ぎゃぎゃははははははっ!」
首飾りが宙に浮かびあがると、アルドネスから何かを、魔力を吸い出していく。
邪魔をしようにも圧がすごくて、前に進むことすらできない。
「ぐぎゃあああはははははは!」
現れたのはゴブリンよりも大きく、上背だけならアルドネスと大差ない存在。
けれどその筋肉質な体躯と醜い顔は、決して彼とは似つかない。
僕の魔物の知識は底まで深くないけれど、これがソレだと頭で考えなくても魂で分かる。
たとえ前世が日本人であっても、この世界の人間としての本能が叫びをあげる。
「ゴブリンキング……」
「増えねばならない! 我々は世界に満ちねばならない! ぎゃぎゃ、増えねばならないのだ!」
小鬼とも呼ばれる下位の魔物、ゴブリン。その王と呼ばれるゴブリンキング。
ゴブリンが人の言葉を話すとは聞いていないし、ゴブリンキングであってもそんな話は知らない。
僕が知らなかっただけという可能性もあるけれど、言葉を話すのにここまで本能で動くものだろうか?
ゴブマロ? あれはマシュマロゴレムに仕込んだ魔法が暴走した結果だから例外だ。
同じく例外で、言葉を解する魔物であるシルシルさんは言われるまで人間だと思っていた。けれどこいつは、言葉という鳴き声を響かせる魔物にしか見えない。
それは見た目がどうの、というわけじゃないだろう。
「アルドネスに取り憑いて、中途半端にモノを覚えたか?」
「ぎゃははは、増えねば、増やすのだ、貴様らを苗床にし世界に満ちるのだ!」
まぁ、こんな事言ってるくらいだし、女好きのアルドネスとは相性が良かったのかもしれないけれど、ここまで嬉しくない相性の良さというのは寡聞にして知らない。
「悪いけど、僕はこんな見た目でも可愛い女の子が好きなんだ。ゴブリンで盛る趣味はない。それと」
床に倒れるアルドネスへ目を向ける。
女好きのアルドネス。
好色で、奴隷を買いあさるのが大好きな下衆い兄。
けれど弟を気に掛けていて、決して強引に平民へ手を出したりはしなかった、ブリューナク家の長子。
警備の兵が、同じブリューナクの人間に対して剣を向ける程度には、信頼されていた領主にして伯爵。
その尊厳をコイツは汚した。
「お前さぁ、自分が何したかわかってんのか?」
食材として狩ったヴォイドレックスとは違う。
学園の授業として、討伐対象として倒した多足蛙とも違う。
自分たちと村人の身を守るために撃退した、ただのゴブリンとも違う。
僕は今生ではじめて、相手を消し去るためだけに武器を取る。
一呼吸して、言葉遣いを改めよう。
ここから先は、お人よしの春風 晶は要らない。
さぁ、思う存分暴れよう。
僕は学園へ踏み入ったあの日から、そういう人間として生きると決めたのだから。
「わたくし自ら、この手で、念入りに、ぶちのめしてさしあげますわ! 光栄に思いなさい!」
「ぐぎゃぎゃぎゃっ!」
長剣を振りかぶり、一息に切り付ける。
ゴブリンキングは右腕でそれを防ごうとするも、鋼鉄の刃をそんなもので防げるはずがない。
その腕はあっけなく切り落とされ。
大剣に変化したかと思うと、やつはまるではじめから傷ついていなかったかのように再生している右手で、元々右腕であったそれを掴みとり、僕の長剣を弾き飛ばした。
「なっ!?」
「ぎゃはっ!」
そこからの乱打乱打乱打。
斬りつけるだなんて言葉は似合わない、剣術というよりも棍棒を振り回すかのように振るわれる大剣を、僕は防ぐのではなくかわす事で凌ぐ。
あれはだめだ、あんなもの人間の腕で受けられるはずがない!
大振りな袈裟斬りの隙をついて長剣を突き出す。
ゴブリンキングの分厚く、幅広で縦にも長い大剣を前にして悠長に切りかかるなどできはしない。
その一撃はやつの腹を貫いた。
「これで」
「増えねばならぬ」
「ちょっ!?」
しかしそんな事気にも留めず切り上げられた大剣に、慌てて飛び退ろうとするも、長剣を左手でがっつり握られて逃げられない!
ここで長剣を捨てたらただでさえ負けているリーチが更に短くなってしまう。
僕は咄嗟に反対の手に持っていた《肉を切り刻むもの》で大剣を防ぐ。
ガイィンッ!
「ぐぅ」
強い衝撃が腕を痺れさせる。
包丁ごときで、しかも片腕で耐え切れるはずもなく、包丁の背が僕の左肩へと打ち付けられる。
けれど幸いにも《肉を切り刻むもの》はただの包丁ではなく魔導武器。簡単に破壊されたりはしない。
仮に長剣で受けていたら、頑丈ではあってもただの鋼鉄であるこちらは折れていたかもしれない。
「はぁっ!」
「ぎゃっ!?」
僕はやつの頭へとハイキックを食らわせると、怯んだ隙に《肉を切り刻むもの》で大剣を押しのけて、そのまま長剣を掴んでいる左手を切りとばす。
反撃のための絶好の機会だったけど、深追いはせず後ろに下がる。
予想は正しく、ゴブリンキングは何事もなかったかのように無傷でそこにいた。
「本当に、魔物だけHP制とかバランス崩壊にもほどがあるでしょうに」
魔物の肉体は魔力で構成されている。
その魔力が尽きない限り、決して消え去ることはない。
それはつまり、どんな傷だろうと即座に修復されるということだ。
幸いなのは魔力で構成されていようとも、その部位は見た目通りの役割を果たしているらしいことか。
だから頭に衝撃を受ければ視界が揺れて、手からも力が抜ける。
とはいえ、それで倒せるかと言われるとそう簡単な話でもない。
ゴブリンキングが斬りかかってくる。
僕はそれを何とか避けきって長剣で斬りかかり、包丁で切りつけるけど、せっかくつけた傷は何事もなかったかのように再生してしまう。
僕は時間が経過するたび体力を消耗していくのに対して、魔物に体力なんて概念はない。
魔力が尽きれば消え去るが、尽きない限りは動き続ける。ONかOFFしかないのだ。
大剣だって毎回綺麗に避けきれるわけもない。
徐々に傷が増え、いつしか上着は切り裂かれ、血で濡れていく。
せっかくのオーダーメイドなのに台無しだ。
黒地で血痕がそこまで目立たないのがせめてもの救いだろうか?
そんな事を考えながら、大振りな大剣を避ける。
再びの隙。そこをついて上着から魔石を取り出す。
一々選んでいる暇はなく、《肉を切り刻むもの》を起動させて一気呵成に切りかかる。
効果が発動し、連続で切りかかることを強制されても、多少の融通は利くのでまず手足を落す。
すぐに再生するけど、その一瞬で両足も落すと、無防備になった胸へ、ゴブリンキングの魔石があるだろう場所へと狙いを定める。
ゴブリンの魔石はここにあった。
なら、上位種であろうと、正確にはゴブリンとは違う魔法が元となった存在であっても、見た目が似ているのだから場所も大差ないだろう。
そう予測して切りつけ、たしかにそれはそこにあった。
けれど。
ガイン。
ガインガインガインガイン。
ガインガインガインガインガインガインガイン。
弾かれる。
ほんの数ミリは削れている気もするけれど、何度切っても弾かれる。
おかしい、魔石は壊れやすいのではなかったか?
だから加工が難しいのではなかったのか?
いや、ゴブリンの魔石はもっと簡単に壊れたはずだ。
それ以上考えるよりも早く、ゴブリンキングの四肢は再び再生され、大剣を掲げてそこにある。
「しまっ」
けれど僕は動けない。
呪いが僕をここに押し止め、切りつける事を強要する。使用した魔石の魔力容量が中だったのだろう、効果時間が、切りかかる回数が長すぎた。
長剣では受けきれない。
でも、あの大剣は剣に見えても魔力の塊。
ならっ!
僕は長剣を一旦手放すと、上着の長い裾を大剣への盾にする。
誰かが見ていたら、血迷ったと思うかもしれないし、失敗すれば僕も後悔しただろう。
だけど運がよかったのか、この目論見は功をそうした。
眩い多色の光が視界を覆う。
それはオレンジであったり、灰色であったり、水色であったり、或いはただ眩かったり。
魔導武器の起動用にと上着に仕込んでいた魔石たちが、ゴブリンキングの魔力と反応して爆発のような現象を引き起こす。
僕はそれに吹き飛ばされて、地面をごろごろと転がる。
「はぁ、はぁ。ゴブリンキングは」
「げぎゃぎゃぎゃっ」
「ちっ、無傷ですのね」
無傷。
正確には傷は負ったのだろうが、すでに直っている。
僕はボロボロになった上着を脱ぎ去ると、身軽になった身体で現状を改める。
上着の下はノースリーブなので腕は動かしやすくなった。
ゴブリンキングは疲弊した様子は一切ない。
長剣は投げ捨てたけど、さすがにあの爆発で少し離れた場所に転がっている。
《肉を切り刻むもの》はあるけれど、もう起動用の魔石はない。
なにより、さっきの爆発もあって全身傷だらけだ。重体と言って良い。
僕はスカートにしまっていた《ポーション》を一気に飲み干す。
半分だけ、とか言ってる場合じゃない。それくらい傷がひどい。
じわじわと傷がふさがっていくのにかゆいような痛みを覚えるけど、身悶えている余裕もない。
こんな絶好のチャンスをゴブリンキングが見逃すはずがないからだ。
だからといってすぐには動けない。
《ポーション》はあくまでも魔法薬、一瞬で傷を完治させてくれるわけじゃない。
「ぎゃはははは! 増えるのだ! 我々は満ちねばならぬ! 人を! 獣を! 魔獣を! 魔物を孕ませ世界を満たさねばならない! ソレが存在理由! それが我ら《繁殖》 と《精力増強》が魔法である存在証明なればこそ!」
大剣を手に、ゴブリンキングが迫る。
上手に動けない今の僕なんて、一気に切りかかれば殺せるだろうに、それをしてこない。
彼は魔物だからだ。
魔物はと元となった魔法があり、それを実行するために動き出した物だからだ。
言葉の通り、僕を苗床にして同族を増やすつもりなのだろう。
ゴブリンには性別も種族も関係ない。ただ相手に魔力があれば良い。
そして僕へと近づくために、僕が脱ぎ捨てた上着の側を通ったとき。
僕はたぶん、アルドネスに負けないくらい素敵な笑顔を浮かべていたと思う。
「《指令・拘束》!」
脱ぎ捨てた上着が膨れ上がり、そこから白いゴブリンが現れてゴブリンキングへと飛び掛る。
その胸にはしょんぼりとしたAA。
ジェイドの手で修復され、マシュマロゴレムの柔らかいボディを生かしてモモちゃんと同様に球状になっていたゴブマロが、本当の姿を現してそこにいた。
無論いくら修復されたとはいえ、彼の魔石はゴブリンなので、ゴブリンキングには到底及ばない。
ジェイドは改良しようとしていたようだけど、この短期間では大したことはできていないだろう。だから僕はまだゴブマロを渡されていなかった。
けれど僕は、もしかしたら動かすくらいはできるかもしれないと思って、部屋にあった彼の荷物から勝手に拝借してきた。
そしていま、僕はその賭けに勝った。
「お馬鹿さん。悪役令嬢が、正々堂々、正面から、ひとりで戦うなんて、ありえませんわ」
たしかにゴブマロの魔石はゴブリンで、ゴブリンキングに勝つなんて不可能だ。
ましてやその肉体はマシュマロワームから取れる素材で作られた最下位のゴーレムであるマシュマロゴレム。
通常のゴブリンとすら、正面からやりあえば最終的に破壊されるのはゴブマロだ。
でも、だけど、それでも――
――ゴブリンキングを羽交い絞めにして、動きを止めるくらいはしてくれる!
「《肉を切り刻むもの》 っ!」
僕は《魔力流出防止の手袋》の手袋を脱ぎさって、ここまでついて来てくれた呪われた魔導武器の名を叫ぶ。
彼を起動する魔晶石はもうひとつもない。
それでも僕は力の限り包丁を振るい、目の前の魔物を切りつける。
「ぎゃははは!」
僕の一撃を胸に受けて、余裕そうにあざ笑うゴブリンキング。
だけど、笑みを浮かべているのは僕も一緒だ。
僕の一撃は肉質特攻のお陰でゴブリンキングの肉体を切り裂き、たしかに魔石へとたどり着く。
でも、ゴブリンキングの強靭なそれを砕くには至らない。
精々が小さな、鉄を爪でひっかくような微細な傷がついたかどうか。
何百何千与えても、決して魔石を砕くには至らない傷。
それでもたしかに傷を与え、そこからほんの僅かな魔力が魔導武器へと注がれる。
たったそれだけで、充分だった。
なぜなら《肉を切り刻むもの》は他の数多の魔導武器と違い、極少の魔力で起動する。
そして……残りの必要分を所有者から強引に吸い出すのだから!
「さぁ、エサの時間ですわ、思う存分切り刻みなさい!」
千で足りないというなら万切れば良い。
そのための魔力ならここにある。
日本人みんなが絶対音感を持っていなくても、音を聞く耳そのものはあるように。
たとえ魔法は使えずとも、魔力そのものはこの身に宿している。
それがこの世界の人間なのだから!
「ぐぎゃああぁぁおおぉおぉおっ!?」
ゴブリンキングが何かを察して暴れだす。
僕がひとりだったら、こんな単調な攻撃は避けられ、防がれ、反撃されて、倒すどころか死ぬより惨い目にあっていただろう。
でも僕は、ひとりじゃないから。
イリスを助けるために僕が来たように。
僕を助けるために、ゴブマロが、引いては彼を直してくれたジェイドがいるから。
「逃ガサナイ」
いつかよりスムーズに話すゴブマロの声は、僕の声でも、イリスの声でも、ましてジェイドのものでなかった。どちらかといえば、ゴブリンたちに近い。
ジェイドはどんな直し方をしたのか。
きっとこれが魔石に宿る、ゴブマロの本当の声なんだろう。
「そのまま一歩たりとも動かすんじゃありませんわよっ、ゴブマロ!」
「受諾シマシタ」
ゴーレムへの指示は魔法じゃない。
本当にただの指示だから、権限さえあれば誰だって、平民にだって出来る。
斬る、きる、切る、キル。
呪いの刃は僕の意思に従って、自らの意思で僕の手を動かして、相手の肉を切り刻む。
それが魔力で構成されていようとも、肉だと判断された時点でそれは包丁で切り分ける食材に成り下がる。
でも、それは包丁だけでは決してできない。
切るための手が、僕がいる。
食材が動かないように抑える手が、ゴブマロがいる。
僕は所詮魔法の使えない墜ちこぼれの貴族だ。
ゴブマロは所詮、最下位のマシュマロゴレムでしかない。
《肉を切り刻むもの》だって、呪われていて、お金を積んででも手放したいと思われていた。魔導武器としては最低品質のものだろう。
だけど、それでも、ひとりじゃないから。
たかだか魔物の一匹くらい、これで倒せないほうがおかしいだろう?
「ぐぎゃぎょごおおおおおおおっ!?」
ゴブリンキングが悲鳴を上げる。
徐々に、徐々に、彼の身体が刻まれていく。
たしかに魔石は砕けない。
まだ万どころか千も切りつけていないのだから、それは当たり前だ。
それでも肉体は切り裂かれる。
如何に魔力で構成されていようとも、それが肉を模している限り《肉を切り刻むもの》はあっけなくそれを切り刻む。
その肉体は即座に修復されるが、それでも傷を負った事実は無くならない。
ゲームのキャラクターと同じだ。
どんなに無傷に見えても、無限のHPあるように見えても。
それは確かに減っていく。
ゴブリンキングが悲鳴を上げる、だけどゴブマロは逃がさない。
ゴブリンキングが慟哭を叫ぶ、だけど《肉を切り刻むもの》は動き続ける。
ゴブリンキングが僕を見る、消えたくないと訴える。けれど僕はソレを嘲笑う。
「知りませんでしたの? 飼い主に手を上げた家畜は、屠殺するものと決まっておりますのよ?」
「ぐぎゃっ――」
最後の一撃がゴブリンキングの首にあたり、その頭が宙を舞う。
何度も切りつけたその最中に、何度かはあったその光景。
その度に何事もなかったかのように再生していた頭部は、しかし地に落ちたままだった。
ゴブリンキングの肉体が、それを構成する魔力が霧散していく。
ちゃりん、と間の抜けた音がして、アルドネスのつけていた首飾りが床へと落ちた。
僕はそれを拾い上げる。
「まさか、これだけの事をしておいて、砕いてもらえるとは思っていませんわよ?」
こいつのせいでアルドネスは、お兄さまは自分を見失った。
こいつのせいでイリスは首輪をつけるほどに追い詰められた。
こいつのせいで子供たちは恐ろしい目にあった。
なにより、僕はこいつのせいで今生に生れ落ちてからはじめてというほどに、イラついた。
いつか自分から砕いて欲しいと懇願するまで、いや、してもなお利用しつくしてやるから覚悟しろ。
拾い上げた首飾りをスカートのポケットにしまいこむ。
多少危険かもしれないけど、あんまり心配はしていない。
お兄さまが狂うまでに最低でも半年以上の猶予があったのだから、イリスやジェイドに魔法で抑えてもらうなり、職人に加工してもらうなりすれば充分に活用できるだろう。
「行きますわよゴブマロ」
上着はもうボロボロな上に血まみれなので、拾わずここへ捨てていく。
アルドネスが扉に施した封印は、彼が意識を失ったことで解けていた。
この扉を開けば彼女と子供たちが待っている。
だけど当然鍵は掛かっているわけで。
ここまで来たらもう、やることは決まってる。
僕はもう疲れきってまともに剣も振るえないから、ゴブマロへと長剣を投げ渡す。
「《指令・吶喊》!」
ロバートと戦った時のようなマシュマロの剣じゃない。
鋼鉄の剣を手に持って僕の障害、扉の破壊に勤しむ彼はいま、たしかに悪役令嬢に付き従う忠実で、悪い悪い騎士だった。
(´・ω・`)<ヤァ、ヒサシブリ
\ゴーブマロッ!/ \ゴーブマロッ!/ \ゴーブマロッ!/




