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042 わたくし領主の屋敷へ乗り込みますわ

 次元魚の中は思ったよりも広かった。

 立つことはできないけれど、這って動くくらいならできるくらい。

 カプセルホテルの一人分のスペースくらいはある。


 そして恐らく次元魚というのはその名前が示すとおり、異次元を泳ぐ魚でもあり、体内にも異次元、異空間といったモノを内包する存在でもあるんだろう。

 だってここ、明らかに生き物の中って感じはしないのだ。


 しないのだけど、いま僕は魚特有のねばねばでぬれぬれだった。

 そう、中はたしかに異空間だった。しかしそれも喉をすぎてからの話。

 口の中は間違いなく魚で、僕は飲み込まれ、大きくぬめった舌でこの真っ暗で異次元なおなかの中に押し込まれた。


 うぅ、臭いよう、暗いよう。

 今更ながら、あの奴隷の女の子にはひどい事をしてしまったかもしれない。

 いつか会うことがあれば謝ろうと思う。


 それにしても、まさかジェイドが手助けしてくれるとは思わなかった。

 次元魚が目的地へたどり着くには、召喚者か移動者が場所を知っていればいい。

 それはつまり、僕がイリスの事を、正確にはイリスが居るであろう方角を念じ続ければそこへ行ってくれるということだ。


 たぶんこれは、知識としてここにある、というのではダメなんだろう。

 けれど今の僕はイリスと《隷属の首輪》で繋がって、はっきりと場所がわかる。

 それは地名とか、そういった具体的な知識ではないけれど、より明確に居る場所がわかるのだ。


 だから僕はここで次元魚がイリスの下へたどり着くのを待っていれば。


 バチィンッ!


 そんな風に気楽に構えていたからだろうか、強い衝撃が走り、焼け焦げたような臭いが漂ってくる。


「なんだ、魚!?」

「なんて見事に焼けてやがる」

「おい誰だ、こんな場所に焼き魚捨てやがったの!」


 外が騒がしい。

 どうやら次元魚が異次元から出てしまっているようだ。

 けれど教室でジェイドにしたように、僕を吐き出す様子は無い。

 つまりアクシデント。


 これはまずいと、天井を《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》で裂いて脱出する。

 さすが肉特攻、するする切れる。

 真っ暗な空間に明かりが差し込む。

 といってもそう強いものじゃない。かがり火のような、暖かな光だ。


「うおっ!? 魚から包丁が!?」

「違う、人だ!」


 次元魚が飛び出したのは大きな屋敷の前だった。

 周りには僕を注視する兵士のような人が4人ほどと、多くの平民らしき人達。

 そこそこ大きな町のようで、あたりはもう暗く、夜になっているにも関わらず人が多かった。

 明かりは周囲に集まっていた人のランタンだろう。

 魔石灯は高価なので、貴族の屋敷や商店、図書館など以外では油を利用した灯りもまだまだ現役だ。


 そして僕の足元には焼け焦げた次元魚。

 たぶんこの屋敷に向かったところを、何らかの魔法で防がれたのだろう。

 彼には申し訳ない事をしてしまった。


 それにしても魚の腹を割いて現れるなんて、お母さまが見ていたら『魚から産まれたフィッシュちゃんね!』とか言い出しかねない。今日からあだ名がフィーちゃんになるところだ。お母さまが居なくてよかった。


 まぁなんにせよ、ここに次元魚が向かったのだから、イリスが居るのは間違いない。

 僕の中に増えた感覚が、ここに彼女がいると告げている。

 よし、入ろう。


「まてまてまて! 何だ貴様は!」

「こ、ここが領主様のお屋敷だと知っていての狼藉か!」

「怪しいやつめ、こちらに来てもらおうか?」

「そうだ、大人しくついてこい」


「無礼な方々ですわね、このわたくしのどこが怪しいやつですの!」

「「「「怪しい要素しかないわ!!」」」」


 突如異次元から現れた魚の腹を裂いて現れた、全身ぬれぬれで包丁を片手に長剣を腰に下げた黒衣の美少女。

 すごい、こんなに怪しい人物見たこと無い。


 だけど今日はいつものようにゆっくり演技している時間はない。

 ここが領主の屋敷で中にイリスがいるというのなら、間違いなくここはアルドネスの領地だろう。

 

 なるほど、アルドネスの屋敷なら魔法に備えて障壁くらい張っているだろう。

 もっとも障壁は防壁と違って物理的な妨害はないので、僕が入るには問題とならない。

 僕はそこまで考えて、それ以上思考する時間すら惜しいのでさっさと押し通ることにした。


「お退きなさい無礼者。わたくしはこの地の領主アルドネスが妹、クリスタ=ブリューナクですわ」


 僕は印籠こと《紋章展開機》を使用して空中にブリューナク家の紋章を展開する。

 五つの首の雷竜。この国にただひとつの侯爵家、ブリューナク、その直系にしか許されない紋章を。


「こ、これは領主様と同じ!?」

「し、しかし、妹君が居られるとは聞いていないぞ」

「だが紋章機は同じ血族でなくては扱えないはずだ」


 紋章機は《紋章展開機》の略称だ。僕は勝手に印籠と呼んでいるけれど、この世界に正体を隠して世直しをするご隠居さまがいるわけもないので、他の人には通じない。


「通らせていただきますわよ。……あら、鍵か掛かっていますわ」

「お、お待ちいただきたい! 今日は誰一人中に入れるなとの領主様からのご命令なのだ」

「そうなのです、いま中には使用人すらひとりも居らず、領主様ただお一人。我々は領主様に仕える兵として、たとえ同じブリューナク家の御方であっても通すわけにはいかないのです」


 なるほど。つまり中に入ってしまえば僕がやりたい放題やっても人の目に触れないということか。

 この人達は職務には忠実なのかもしれないけど、中に領主がひとりだと公衆の面前で暴露するだなんて迂闊にもほどがある。

 

「よいしょ」


 今の僕は誰が止めようとそれを聞く気はない。

 屋敷の扉、正確にはその手前の庭につながる大きな鉄の柵をがちゃがちゃと動かす。

 うん、無理だ、開かない。


「ねぇ、そう、そこの隊長っぽいあなた」

「は、わ、わたしだろうか? たしかにわたしはここの警備兵の隊長をしているが」

「ええ、ここの鍵お持ちかしら」

「持っている。普段ならわたしなどが持つなどありえないが、今日はわたしたち以外ここの警備がいないので特例として渡されている」


 やっぱり迂闊。

 いや、僕がブリューナク家の人間だから、ここを通す以外、つまり領主から出されている命令以外で逆らうのは不味いと判断しているのだろうか。

 《紋章展開機》……やっぱり長いし印籠でいいか、いいよね。

 印籠は普通の身分証明書とは格が違う。同じ血族でなければ絶対に使用できない、そういうモノだから、僕がブリューナクだという証明は充分すぎるほどできている。


「開けてくださらない?」

「だから無理だと」

「では鍵をお渡しなさい」

「いや、だからごふっ!?」


 僕は手に持ったままだった《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》 の持ち手側で隊長さんの側頭部を殴りつけると、よろめいた彼の膝の裏、ひかがみと呼ばれる場所に蹴りを入れて転倒させる。

 膝カックンを仕掛けるあの場所だ。


「わたくしは、渡せと言ったのですわ」

「ぐぼっ!?」


 そして追加で顔面に躊躇なく蹴りをいれて気絶させた。


「「「隊長おおおおおお!?」」」


 残りの部下3名が悲鳴をあげる。

 ついでに周囲の平民さんたちがドン引きしている。


「お、これですわね?」


 僕は彼の腰に丸い輪のような鍵束を取り外して屋敷へと入ろうと。


「い、行かせるな! 領主様には誰一人通すなと命令されているだろ!」

「そうだ、たとえブリューナク家の御方であろうとも、隊長の仇だ!」

「ちくしょう、隊長にはまだ幼い息子と綺麗な嫁さんがいたんだぞ!」


 いや殺してないから!

 しかし、そうか、奥さんと子供がいたのか、それでこれはやりすぎたかな。

 隊長さんの顔は容赦ない蹴りでその、表現しがたいほどぼろぼろになっている。

 

 人の脚というのを甘く見てはいけない。

 体重を乗せた踏みつけなどは、お腹に直撃させれば幼い子供であっても大人を殺してしまうほどの威力がでる。

 それを実地訓練のための頑丈な靴で顔面に放ったのだから、うん。


 僕はちょっとばかり申し訳なくなって、懐からポーションを取り出すと、仰向けで倒れている隊長さんの顔面へだばだばとかけてあげた。

 ゲームやなんかだと1ビンを1回分として使いきるけど、これは現実だ。このくらいなら全部使う必要はないだろうと半分ほど使って残りをしまう。これでポーションの残りは1.5本だ。


「き、貴様不意打ちで隊長を倒すだけでは飽き足らず、水攻めだと!?」

「あら? 何故怒っていますの? むしろ感謝してほしいのですけれど」


 え、治してあげただけだよね。いや原因を作ったのも僕だけど。

 けれど彼らは怒り心頭のようで剣を抜いて襲い掛かってきた。

 躊躇なさすぎではと思ったけれど、まぁ冷静に考えずとも包丁もって警備隊長を殴り倒し、腰には長剣を履いているのだからそれくらいしないとダメなのかもしれない。


「はぁぁあああっ!」


 一人目の縦斬りを僕も長剣を抜くと下から受けて、そのまま右へとそらすと、返す刃で首を……剣の腹で強く打つ。

 一瞬唸り、それで彼は気絶した。

 首には血管や神経が集中しているから、そこをこんなものでぶっ叩かれたらこうもなる。


 剣の腹、刃のない部分とはいえ鋼鉄の塊だ。実は普通の人ならこれで死んでしまう可能性もあるのだけど、この世界の鍛え上げた人間なら平気なはずだ。


「はぁっ!」


 その直後に二人目が横から切りかかってきたので、同じようにいなそうとしたところ、剣をそらされた彼はその方向へ自分から剣を動かし、円を描くようにして自分の頭へ迫る僕の剣を受け止めた。


 だから、僕は追撃で急所攻撃をした。彼が思わず前かがみになってそこを抑え、無防備になった晒された後頭部を剣の柄で強打して気絶してもらう。


 え、いや、急所は急所だよ。人体の急所は数あれど、男が思わず前かがみになるのは一箇所くらいなものだ。


「そこまでだ」

「あら?」


 しかし、かっこよく戦えたのもそこまで。

 最後のひとりの剣が僕の首へと後ろから当てられている。

 これはさすがにどうしようもない。

 僕は並みの騎士より強いけど、それ以上では決して無いのだから、一騎当千とはいかない。


「武器を捨てていただこうか」

「仕方ないですわね」


 僕は長剣を投げ捨てると、最後の男はそれを遠くへ蹴り飛ばした。

 咄嗟に僕が拾って反撃できないようにだろう。迂闊な隊長と違って賢明な兵士だ。


「そちらの、なんだそれは、包丁か? それも捨てるんだ」

「これ、大切なものなので蹴らないで欲しいのですけれど」

「なら自分で遠くへ投げろ」


 やれやれとため息をつきながら、僕はそれを遠くへ投げる。

 そう、大体10mくらいかな。

 そして遠くへいった魔導武器は。


「では巡回騎士の詰め所までご同行願おう。なに、明日になれば領主様との面会も叶うだろう。幸いにして貴女は誰も殺していないようぎゃあっ!?」


 僕の手元へ戻るために飛来して、彼の腕を傷つけた。

 幸いなのは、魔石を使用していないので連続斬りは発動していない事だろう。

 発動していたら彼を殺していた可能性が高い。

 もちろん腕への怪我で彼がすぐに意識を失うことはないけれど、僕にはそれだけの隙があれば充分。


「ふっ!」

「ぎゃぶっ」


 傷口を強く掴んで彼を怯ませると、僕は渾身の頭突きを叩き込んだ。

 これで全滅、と。

 最後の人は流石に傷が深いので、残しておいたポーションをかけておく。

 ポーションはあくまでも傷を治すだけなので、意識が回復したりはしない。

 その傷もポーションの量が半分だからすぐに完治はしないけど、後遺症が残ることも無いだろう。


 別に僕は絶対に人を殺したくない、なんて思っているわけじゃない。

 この国は魔獣や魔物に囲まれた危険地帯にあるし、人同士の命のやりとりだってざらにある。


 けど、彼らは領主の命にしたがってここを守っていただけだし、最後の人なんて他の3人もやられて、その上で僕の不意をついたのに殺そうとはしてこなかった。

 そんな人達を殺すような人でなしにならなくて、ほっとする。


 《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》と長剣を回収すると、周囲の平民たちがいなくなっていることに気がつく。

 これだけの大立ち回りを演じて、警備の兵に血まで流れていたらさすがに身の危険を感じて逃げるか。

 僕が奴隷を虐げていた男の腕を切り飛ばした時とは違うのだ。


 いずれ巡回騎士たちが集まってくるだろう。

 夜分遅くに緊急出動させて申し訳ないと思うけど、彼らを待っている時間はない。

 僕は鍵束の鍵を片っ端から試すと、ようやく開いたその鍵で屋敷へと乗り込んだ。





 さて、イリスのいる場所はまだ伝わってきている。

 恐らくもう少し下方、地下室とかがあるんじゃないかなと思う。

 実はここより下に異次元につながる扉があって、なんてめちゃくちゃな展開にならなければだけど。


 この世界だとありえるのが恐ろしい。


 とはいえ、場所が分かるから直行できるかと言われたらそんな事もなく、僕は手当たり次第に扉を開けて確認していた。

 何故って、どこに地下への階段があるか分からなかったからだ。

 遠くに背の高いビルが見えていても、そこへ続く道はわからないのと近い。


 上へと続く階段はあったけれど、その逆が見当たらない。

 しかしイリスの反応が地下、少なくともここより下にあるのは間違いないのだから、どこかに下へ向かう階段があるのは間違いない。

 いや、もしかしたら地下への転移魔法陣とかかもしれないけど。つまり階段が設置できないような小部屋にもある可能性が……。

 あっそうか、それなら二階も調べないといけないのか!


「ああもう! 面倒だな!」


 僕は誰も居ないのを良いことに、乱暴な言葉で盛大にぼやきながら扉をあけていく。

 鍵が掛かっている部屋も当然あるが、そこは剣で強引にぶちやぶる。

 いまこの屋敷は賊に押し入られたかのような惨状になっていた。


 実際はかわいい弟が兄の所へいった友人を迎えに来ただけだというのに、大惨事である。


 これだけ部屋を見て回れば気がつくことも多い。

 まずアルドネスの趣味が良い。これは嫌味でもなんでもなく、調度品の類が思っていたよりも華美ではない。

 貴族のものだし、悪い品ではないのだろうけど、どれも落ち着いた雰囲気で安心できるものが揃っていた。


 それとアルドネスが囲っている女性を住まわせているだろう部屋も幾つか……たくさんみつけた。

 こちらも意外だったのだけど、部屋は相当な数にも関わらずそれぞれ大きく、恐らく個室で、しかも部屋ごとに個性が溢れていた。住んでいる彼女たちがどんな性格でどんな趣味なのか、ぱっと見で伝わるほどに。

 つまりアルドネスは彼女たちの希望に応じて部屋を弄らせていたのだろう。とても奴隷に対する扱いではない。あれで女性に対する時は紳士なのかもしれないが、こうなってくると尚更今回の暴挙が彼らしくないと感じる。


 そして一番の問題が、鍵の掛かったいくつかの部屋からゴブリンの魔石が大量に見つかったことだ。

 加工済みはもちろん、未加工品も大量にある。

 この数はとても個人で集められるようなものではないので、ゴブリンの魔石を大量に買い集めているのがアルドネスなのは確定だろう。


 気になったのは、加工品を囲うようにして未加工品が置いてあって、未加工品に近い位置においてある加工品は中途半端というか、カットしてあるにしては面が丸い気がする。


 嫌な想像が頭を過ぎる。もしかして、未加工の魔石は加工品を元に戻す力があるんじゃないか?

 荒唐無稽、じゃないんだよね。

 魔石は魔力の塊で、削った部分だって魔力なんだから、外から魔力で補ってやれば理屈の上では直せる可能性はある。

 そんな事ができるなんて聞いたことも無いけれど、魔導武器だって魔法が使えないと扱えないと言われているのだから当てにはならない。


 こんな物騒な魔石は今すぐ壊してしまいたいところだけど、一々壊すには量が多すぎるし、僕の目的はイリスを助け出すことだ。

 だからといって無視もできない。僕は全ての部屋にある仕掛けを施すと、再び地下へ続くなにかを探して彷徨い始める。


 ガーンッ!

 ドゴーンッ!

 バキャィッ!


 ……段々と面倒になってきて、手当たり次第に扉や壁をぶち壊している次第だ。

 これも結構鍛えているから出来ている芸当だけど、明日は筋肉痛になっていることだろう。

 あー、体力無限とかのチートがほしかった。

 お地蔵さまに言っても仕方ないか、美の女神だし。


 しかしその甲斐あって階段を見つけることが出来た。

 地下へと続く、深い階段だ。角度は50度に近く、とても急で、梯子に近いとすら思う。


 場所はアルドネスの私室らしき部屋。

 大きな肖像画の裏に隠されるようにして、なにかの仕掛けを解くと開く機械仕掛けの扉があった。

 機械といっても電気式じゃなく、歯車などを利用した古典的なもののようだけど。


 え、具体的にどんな仕掛けかって、もちろん扉をぶち壊したから知りませんがなにか。

 別にゲームをしているわけでも、時間に余裕があるわけでもないのだから、相手に付き合ってやる理由は無い。

 ここが迷宮(ダンジョン)とかなら壊せない仕掛けとか、壊すと罠が作動するとかあるらしいけど、ここは普通のお屋敷だ。罠もあったかもしれないけど、まとめてさっくりと壊したので問題ない。


 さぁ、友達を助けに行こう。

 それが僕の前世からの生き方で。

 何よりも、今生で僕が、まだまだ彼女と一緒に居たいのだから。

クリスタ「ヒャッハーッ!」

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