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040 sideイリス 2

20時より遅れてもうしわけありません、ついに40話になります。

 盛り上がる黒い影に気がついたわたしは、咄嗟に障壁魔法を展開する。

 けれどその影は、障壁魔法ごとわたしと村の子供たちを飲み込みました。


 障壁魔法、正確には魔力障壁魔法はあくまでも魔力を通さないようにする魔法なので、空間ごと作用する魔法を相手にするのは不得手でした。

 せめて詠唱できていれば防げたかもしれないけれど、今となっては後の祭りです。


 視界が黒に染まり、次に見えたのは石畳の床。


「お、おねーたん、ここ、どこ?」

「え、あれ? 俺たち温泉にいたんじゃ」

「ふ、ふぇ」

「だ、大丈夫ですよ。ほら、みんな落ち着いてください」


 子供たちを落ち着かせながら、自分自身も落ち着かせて、状況を確認する。


 転移魔法――《影転移(シャドウジャンプ)》。

 影の中に入っての移動、と見せかけてその実態は少し違います。

 あれは影を門として異界に潜り、遠方の影を門として移動する魔法です。


 とても高度で、省略詠唱でこの人数を移動させるのはわたしでも無理。

 生まれつき高魔力保持者だったので魔力は足りているけれど、悔しいかな技量が足りません。

 それを省略詠唱で成しえてしまう人なんて、普通なら心当たりはないはずだけど、わたしはつい最近この魔法を見ています。


 そしてその人は、高い魔力と高い技量を兼ね備えているはずで。


「久しぶりだな、魔導騎士科の家畜よ」

「あ、貴方はっ!」

「くくく、久しぶりだな」

「クリスタさまのお兄ちゃん!?」

「その気の抜ける呼び方はやめろっ!」


 アルドネス=ブリューナク。

 ブリューナク侯爵家のひとりで本人も伯爵、そしてクリスタさまのお兄さま。

 咄嗟のことでお兄ちゃんなんて読んでしまったけど、今はそんな場合じゃない。

 

 予想通りの人が現れて、だからわたしは(いきどお)る。


「あの時の意趣返し、ですか」

「そうだとも、他に何がある?」

「だったらこの子たちは関係ないはずです、開放してください!」

「さて、何を言っているのかよくわからないな。まさかお前、勘違いしているのか?」


 やれやれというように、首を振るアルドネスさま。

 それはこんな状況だというのに、どこかクリスタさまを思い起こさせた。


「あぁ、勘違いだ。よもやお前を狙った魔法に、そのガキどもが巻き込まれたと思っているのではないか?」

「違う、んですか?」

「いいや? いいや? ある意味では正しいとも。わたしはお前とそのガキどもが一緒のタイミングをわざわざ待って魔法を使ったのだからな」

「……!?」


 それはつまり、この子たちは魔法に巻き込まれたのではなくて。

 ……わたしに巻き込まれた?


「なぜ、という顔をしているな。なに、簡単なことだ」


 アルドネスさまが右手をあげる、すると彼の背後の暗闇から黄土色のナニカが飛び出して。

 一直線にわたし目掛けて襲い掛かってくる。


「な!? 《火矢(フレイムアロー)》 っ!」

「ぎゃぎゃあああああ!?」


 咄嗟に放った省略詠唱で焼かれたのは今日みたばかりの魔物、ゴブリンでした。

 けれど省略詠唱で威力の抑えられた《火矢(フレイムアロー)》で倒れるほど魔物は弱くありません。

 ゴブリンは再び起き上がり、わたしへと向かってきます。


「《爆破(ブラスト)》 !」


 そのゴブリンに触れるか触れないかの距離で、わたしは次の魔法を放つ。

 小規模の、けれど生き物には致命的な爆発を起こす魔法《爆破(ブラスト)》 。


 魔導師からほど近い地点に爆発を起こす魔法です。

 障壁魔法などで防がれれば多少地点がずれますけど、わたしの魔力ならゴブリン程度の障壁は強引に突破して、その内側から爆発させることができます。

 魔物の内側、つまり魔石の至近距離で爆発させることができるので、通常魔法では貴重な下位の魔物程度なら即死させることができる魔法です。


「ほれ、こういうことだ」

「どういうつもりですか!?」

「まだわからんのか、所詮家畜だな。次だ」


 あげていた手でアルドネスさまはフィンガースナップ(指ぱっちん)をします。

 すると、周囲の暗闇から湧き出すように、次々と、本当に次から次へとゴブリンが現れてわたしたちに襲い掛かってきました。


「ぎゃごっご! ぎゃぎゃっご!」

「ぐぎゃごぎゃごぎゃぎゃっ!」

「げえぎゃぎゃごぎゃぎゃ!」


「”爆ぜ失せろ”《爆破(ブラスト)》 !」


 今度は予想ができていたので全詠唱、手加減抜きの魔法を放つ。

 自画自賛になるけれど、わたしの魔力は他の高魔力保持者のそれと比べて、なお高い。

 わたしの眼前のゴブリンは、一体残らず爆ぜ失せる。


 アルドネスさまもその範囲にいたけれど、涼しい顔で受け流していた。

 通常魔法とはいえわたしの全力をこうも簡単に凌がれると、以前学園の廊下で会ったときのアレはなんだたのかと思う。

 学園は国の直轄なので、本来ブリューナク侯爵家であっても好き勝手はできないはずですけど、だからこそあれは手を抜いたお遊びだったのでしょうか。


「考え事をしていていいのか? ここにいるのは貴様だけではないのだぞ」

「お、おねーたんっ!」

「ねーちゃんうしろ、うしろうしろおおお!?」

「しまっ、く、《火矢(フレイムアロー)》!」


 いつのまに、わたしの後ろにいた子供たちへ襲い掛かろうとしてたゴブリンへ《火矢(フレイムアロー)》を放つ。

 本当は《爆破(ブラスト)》を使いたかったけれど、この立ち位置だとわたしとゴブリンの間にいる子供たちが爆発に巻き込まれてしまう。

 《爆破(ブラスト)》 は直撃させなければそこまでの威力は無いので、魔導騎士科なら気にするほどではないことでも、魔法の使えない子供たちにとっては危険すぎます。


 こんな時になって、ようやくロバート教官の言葉を思い出す。

 

『それはひとえにお前らが優秀だからだ。詠唱せずとも最低限の防御魔法を即座に展開できるお前たちだからこそ、この程度で済んでいる 』


『誰かを護衛しているとき、あるいは街中で、あるいは魔法の使えない騎士団と合同任務の最中に。お前らが取り乱し、高位魔法を放てば大勢死ぬぞ。味方がな 』


 ただの、小規模な通常魔法。その余波。

 たったそれだけの攻性魔法を受けるだけで、この子たちはあっけなく傷を負い、死んでしまう。

 高位魔法なんて、誰かを守っている時に、気軽に使えるわけが無い。


「まさか、こんな事のためにこの子たちを巻き込んだんですか!?」

「貴様は学生とはいえ魔導騎士だからな、自分に降りかかる火の粉を払うくらいたやすかろう」


 そう、わたし一人ならゴブリンくらい、どれだけ居ようと容易く滅ぼせます。

 これは自信過剰でもなんでもなく、それだけの魔力がわたしにはあるから。

 でも。


「だが、そいつらを守りながらではできまい? それともゴブリンもろとも殺すか? それはそれでわたし好みの展開だが」

「お、おねーたん」

「ねーちゃん……」

「ふえ、ふぇぇ、お姉ちゃぁんっ」

「貴方という人はっ!」


 でも、それはわたしひとりなら。

 《焼却炎(フロガ・アポトロシス)》を使えば、障壁の張れない子供たちは蒸発する。

 《死ね(フェタネ)》を使えば、魔法の使えない、抵抗力の乏しい子供たちは余波だけで即死する。

 温泉でジミーさまが使っていた《回転する疾風(ゲイル・ミキサー)》だって、ここまで近い距離で使えば容易に子供たちを切り刻む。


 こうなったら、たとえ相手が貴族でも、クリスタさまのお兄ちゃんでも。

 これ以上なにかされる前に、わたしがっ!


「ほら、次だ」

「させな」

「《召喚(サモン)()多足蛙(マッチフロッグ)》」


 わたしが彼を止めるより早く、それがこの場へ現れました。

 それも一匹や二匹じゃない。

 ひのふのみの、計5匹の顎の袋が異様に膨れた多足蛙が。


「う、そ……」

「今度はどうかな?」


 そしてそれは破裂しました。

 現れるのは無数のゴブリンたち。

 わたしひとりでも容易に殲滅できる。


 けれど、温泉と違ってクリスタさまも、ジミーさまも、ミゾレさんも、ジェイドさんもいないこの場では。

 わたしひとりでは、子供たちを守りきれない数のゴブリンが現れる。


「”形なき魔を遮る障壁よここへ、流れを閉ざし遠ざけよ”《魔力障壁(レジスト)》!」

「「「「ぐぎゅあがああああああっ!」」」

「「「「うわあああああっ!?」」」」

 

 咄嗟に全力の障壁魔法を展開して、わたしと子供たち全員を包み込みます。

 無数のゴブリンは薄い桃色の膜に弾かれてこちら側へは入って来れない。

 でも、これは。


「良い手だ、良い手だが、それでは貴様もなにもできまい?」


 アルドネスさまの表情が醜くゆがむ。

 

 無詠唱ではない、全力の魔力障壁は込められた魔力が多いほど、魔力を遮る力も強くなる。

 だから魔力で肉体の構成された魔物は入って来れない。

 けれどそれは、こちら側からの魔力も遮断され、攻撃の手段が失われたという事。

 この魔法を解けば、一斉にゴブリンがなだれ込んでくる。

 けれど解かなければ、ここから逃げることも敵わない。

 

「わかりました」

「なんだと?」

「わたしはどうなってもかまいませんから、子供たちは助けてください」

「ねーちゃん……」

「無理な相談だな、我々は増えなければならない」


 より笑みを深めるアルドネスさま。

 さっきはクリスタさまと似ていると思ったのに、全然違う。

 クリスタさまはどんな時も楽しそうに笑う。何をするにも、まっすぐに笑っている。

 でもこの人の笑顔は、どこか歪で、とても兄妹とは思えない。


「な、何をいってるんですか? 貴方の目的はわたしじゃ」

「我々は増えなければならない、どこまでも、どこまでも、この地を覆うほどに増えなければならない!」


 胸元を押さえながら、しぼりだすように叫ぶアルドネスさま。

 そこには、見慣れない首飾りが……いえ、違う? わたしはアレを見たことがある?

 

 どこ、いったいどこで見たの? あれはなに?

 

 あれを見たのは……そうだ、思い出しました。

 あれは、お父さんが迷宮(ダンジョン)で見つけて、村のために売った魔道具。


「《繁殖のネックレス》……」

「そうだ、我々は増えなければいけない、全てを母体として、全てを親として!」


 あの日のわたしはただの村の子供だった。

 だから、すごい魔道具が売れたって聞いて、お金が入ると聞いて喜んだ覚えしかない。

 けれど、ガイスト学園へ入るために猛勉強して、ほんの二ヶ月とはいえ学ばせてもらったわたしは、あれが何か分かる。

 

 あの首飾りの宝石が、何なのかがわかってしまう。

 あの色、あの形、そして《繁殖》の魔法が元となって産まれた魔物。


「ゴブリンキングの未加工魔石っ!?」


「ぎゃごごご!」

「げぎゃぎゃっ!」

「ぎゃっぎゃっぎゃ!」


 結界に群がるゴブリンたちで、その向こうにいるはずのアルドネスさまが見えなくなる。

 でも、見えていても無駄だったと思います。

 わたしの見立てどおりにあれがゴブリンキングの未加工魔石なら、そしてあの日お父さんから買い取ったのがアルドネスさまなら、彼はもう1年近くあれの影響を受けてしまっている。

 なぜそれだけの時間が経過してゴブリンキングが復活していないのか、なぜ加工もせず持ち続けたのかはわからないですけど。

 わかるのは、いまの彼を説得するのは不可能だということ。


「こわい、こわいよぉっ」

「ねーちゃん、俺たちどうなるの?」


 不安にかられて、子供たちが泣き出します。

 さっきまでは頭が状況に追いついていなかったんでしょう。

 突然転移して、知らない場所で魔物に襲われたら無理も無いです。

 そしていま、安全な障壁の内側で、危険な魔物に囲まれた状況を理解して、だからこそ理性の(たが)がはずれてしまった。


 それは仕方ないことで、わたしがこの子たちを守ってあげないといけないのに。

 わたしひとりでは、このゴブリンたちを殲滅することはできても、この子たちを守りきることはできない。


 ああ、悔しいな。

 そう諦めかけた時、わたしの足に柔らかいモノが触れました。

 桃ちゃん。クリスタさまが呆れながら連れ帰っていいと言ってくれたマシュマロゴレム。

 元は真っ白だったけど、わたしの魔力で変質して桃色になった桃ちゃん。

 この子の蹴りは強いけど、この数から子供たちを守れるほど強くは無い。

 所詮はマシュマロゴレム、最下位のゴーレムだから。


 だけどわたしはここに桃ちゃんがついて来てくれた奇跡に、感謝します。


 桃ちゃんの口に手をつっこんで(まさぐ)ります。すると子供たちがぎょっとしますが、今は気にしている場合じゃありません。

 元々桃ちゃんはゴーレムで、物を食べるわけじゃいのでここも本来の口とは違います。

 この口はお風呂のときみたいに荷物を持ち運べない時、貴重品を大事に保管するために付け足した収納スペースです。


 その中の、一番手放したくて、だけど捨てるわけにはいかない一番貴重な品に手が触れます。

 これを使えば、きっともう後戻りはできません。

 だけど、それであの人が助けに来てくれる。

 わたしひとりじゃ無理でも、ふたりならきっとみんなを守れる。


 でも、わたしはひとつ、あの人にとても失礼で、無礼な想像をしていて。

 もしわたしのありえない妄想が現実だったら、あの人も無事では済まないかもしれない。


 でも、でも、でも、わたしひとりじゃ守れないから。

 怖いだろうに、必死で泣くのを堪えて、とうとう泣いてしまったこの子たちを、わたしを信じてくれるこの子たちを守れないから。

 本物の、一流の魔導騎士ならきっと、みんなを守って、その上で敵を倒すのに。

 わたしはどんなに魔力が高くても、敵を倒せても、みんなは守れない、見習いの学園生でしかないから。


 だから、もしわたしの妄想が現実で、それでもあの人が来てくれたなら、ごめんなさいって謝ろう。

 こんな場所に呼びつけてごめんなさいって謝ろう。


 けど、何でだろう。

 仮にわたしの妄想が妄想じゃなくても。あの人なら、なにもかも叩き壊して助けてくれる気がするんです。


 だって、まだ出会って一ヶ月にも満たないのに、あの人との記憶はこんなにも鮮烈で、こんなにも強烈にわたしの心を揺さぶっているから。

 わたしには、あの人が自分の我侭を押し通せない様が思い浮かばないから。

 あの人はいつだって、女神みたいに綺麗な姿で、魔王のように無茶苦茶する人だから。

 

 わたしは、あの人からはじめてもらった贈り物を、桃ちゃんの中から取り出します。


「ねー、ちゃん? なんだよそれ」

「おねーたん、それなに? こわい……」

「大丈夫ですよ、確かにこれは怖~い怖~い魔道具ですけど」


 だから、ごめんなさい、そしてお願いします。

 わたしたちを、わたしを、初めて出会ったあの日みたいに。

 助けてください。


「我侭な女神様から貰った、すっごい魔道具ですから」


 そうしてわたしは《隷属の首輪》を身につけた。

やっとこのシーンを描くことができました( ノシ゜ω゜)ノシΣバンバン!!

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