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004 わたくしひとりでできますわ

 熱い風呂に入り、人心地つく。


 ここはガイウス学園女子寮、その一室。

 この寮には贅沢なことに全部屋に個人用の風呂が完備されている。

 もっともそこでの入浴を許されているのは基本的に貴族のみで、平民の側は男子寮、女子寮にそれぞれある大浴場へと入ることになる。


 ちなみに、貴族は大浴場でも自由に入浴できるし、個人用の風呂のお湯張りや掃除は同室の平民のお仕事だ。

 この決まりを導入したのもブリューナク家のご先祖様らしい。

 ひどい、さすがブリューナク、ひどい。


 イリスも平民は貴族の家畜なんかじゃありませんとは言っていたけれど、身分の違いはわきまえているようでお風呂の準備はしてくれた。

 ファンタジー好きが想像する中世風異世界で、お湯張りなどさぞ重労働だと思うことだろうが、驚く無かれ。なんとこの学園、蛇口をひねれば水がでるのである。

 なんでも水系等の魔物の魔石とやらに特殊な加工を施して使っているらしいので、相当高価なものらしいのだけど、さすが貴族と優秀な平民のみが通えるガイウス学園。お金のかけっぷりが違う。


 そしてうれしい誤算がもうひとつ。

 蛇口を捻れば水が出る。となればもうお分かりだろう。

 そう、水洗トイレなのだ。

 ぼっとん便所とかではない、水洗なのだ!


 話はそれるが、お貴族さまというと香水ぷしゅぷしゅしながら豪華なドレスというイメージを持つ人もいると思う、僕もそのひとりだ。

 ただ香水というのは、実はおしゃれ用に発達したものではない。

 その昔トイレが発達していなかった西洋ではその辺に糞尿が垂れ流されていて、臭かった。

 嘘だと思いたい、だが事実である。

 なんせお嬢様方の後ろに(はべ)り、排泄物を回収する専用のお仕事まであったのだ。

 そしてその臭いを誤魔化す為に発展したのが香水である。


 この学園の紳士淑女たちも香水をつけているのか、華やかな香りに満ちていたので正直不安だったんだけど、水洗トイレとは本当に嬉しい。

 僕が幽閉されていた場所はぼっとん便所だったし、お風呂もなかった。木の桶で行水だ。

 仮にも貴族の隠し子だというのに泣けてくるが、あの頃の僕は感情が希薄だったので平気だった。

 当時から前世の記憶があったらキレてたと思う。


 そういうわけで、このトイレとお風呂のためならば、どんな手を使ってでもこの学園に居座ってみせる。

 日本人は美味しいごはんとお風呂が好き、世界の常識だ。例外はまぁ、いるけれどね。


「失礼いたします」

「ん?」


 若干当初の目的からずれた誓いをしていたところで、浴室のドアが開く。

 そこに居たのは裸の少女、などではなく、簡素なメイド服に着替えたイリスだった。

 ラッキースケベを期待していたわけじゃないが、これはこれでうれしい、美少女メイドさんだ。


「何事ですの?」

「はい、クリスタさまの同室となりましたので、お体を洗わせていただこうかと思いまして」


 なるほど。

 貴族、それも上位貴族ともなれば自分で身体を洗ったりなどしない。

 特に貴族の女性は髪が長いし、洗い、乾かすだけでも重労働だ。

 だから別におかしなことではない。

 美容院でシャンプーしてもらうやつの全身版だと思えば良い。

 イリスは貴族に対して色々思うところもあるだろうけど、仕事は真面目にこなしてくれる娘だと、短い接触ながら分かってるし、きっと丁寧に洗ってくれるだろう。


 そう、全身やさしく、丁寧に。


「いけませんわ!」

「え、あの、何か失礼をいたしましたでしょうか」


 イリスが困惑している。

 それはそうだろう、彼女の行動におかしなところは何も無い。

 クリスタ=ブリューナク侯爵令嬢にしても、王族以外はみな家畜と言い切るような選民思想に毒された貴族だ。平民に身の回りの世話をさせることなど息を吸うようなもの。

 事実お風呂は彼女に掃除してもらい、お湯も張ってもらった。


 しかし忘れてはいけない。

 僕は忘れかけていたけれど。

 このクリスタ=ブリューナクはどんなに身長が低かろうと、愛らしい容姿だろうと、甘い可愛らしい声音だろうと、生えているのである。

 僕自身悪役令嬢になりきっていたこともあり、すっかり意識の外に追いやっていたけれど。

 

 男なんだよ!


 とはいえ素直に「男だから自分で洗いますわ」「あ、そっかー」ってなるわけがない。

 ついでに男でもメイドさんに洗ってもらっているやつは多いらしいから、仮に男だとバレていてもそれを理由にして断るのもおかしい。

 美少女メイドさんのご奉仕(健全)を断るなんぞ男色疑惑をかけられてもおかしくはない。


 貴族にはそういう嗜好のやつも多いけど、僕は違う。


「自分で洗いますわ」

「え、しかし」

「家畜風情が私に触れようなどおこがましいですわ」

「おまちください、それでは私が他の皆様から仕事をせず貴族に押し付ける平民と謗られてしまいます」


 イリスは若干涙目になっている。

 そうか、そういうのもあるのか。

 でも、それは僕が黙っていれば済む話だろう。


「家畜の仕事ぶりなど、一々他のものに話したりなどしませんわよ、図々しい。いいから下がりなさい」

「ですが、クリスタさまが公言せずとも、その」


 ん? なんだろう、僕が公言せずともバレると思っている?

 思いつくのはこの部屋に監視カメラのようなものがある可能性だ。

 魔法ならきっと可能なんだろうけど、ブリューナク家の部屋にしかける存在なんてまずいない。

 いるとしたら王族、あるいは同じブリューナク。

 けれど王族は平民や奴隷にもお優しいとの噂だし、ブリューナクは僕の正体がバレないよう気を使っているのだからここで彼女の仕事を断る理由もわかるはず。


 ふと思いついたことがあり、イリスに問いかける。


「時にイリス」

「はい、なんでしょうか?」

「この部屋に監視系統の魔法が掛けられているかお分かり?」

「え!?」


 慌てた彼女がなにかをした。

 そう、何か。きっと魔法だろう。

 魔力の波のようなものは感じられたけど、生憎僕はそれがどんな魔法なのかまでは分からない。


「いえ、大丈夫です」

「それは断言できまして」

「…… はい、間違いありません」


 貴族に対して平民が断言するということは、間違っていたら殺されても構わないという覚悟でもある。

 この学園でも最難関の魔道騎士科に合格するほどの魔法の腕をもつ彼女がないというのだから、きっと大丈夫なのだろう。

 それに彼女は魔法が無いかと言われて驚いていた。

 つまり彼女が危惧していたのは監視されていることではないということだ。


 なら、あとはひとつだけかな。


「ふふ、ブリューナク家の人間に対して断言するとは、さすがの自信ですわね」

「魔法の腕には自信がありますので」

「えぇ、そうなのでしょう。大丈夫、監視の魔法など掛けられておりませんわ」


 僕は最初から知っていたかのように応える。

 なぜならそのほうが偉そうだから。


「ですからさっさとお退きなさいな。わたくしは自分で洗えます」

「ですが」

「もう一度だけ言いますわよ、わたくしは、自分で、洗えます。昨日貴女とお話したわたくしは、そこらの家畜風情に見下される容姿をしていたかしら?」


 僕の言葉にイリスは目を見開く。

 彼女が危惧していたのはただひとつ。

 お付きに頼らなければ髪も洗えないような貴族が、意地を張った結果みすぼらしい姿で現れるのではないか。その結果として、自分が仕事をしていないと周囲に感づかれてしまうのではないかということだ。

 しかしそれを僕は否定した。

 クリスタ=ブリューナク侯爵令嬢はその程度一人で出来ると断言したのだ。


 納得したらしいイリスは頭を下げ、浴室から出て行った。

 その後大慌てで浴室から上がった僕は、タオルで髪を軽く拭いて身体をぬぐい部屋に戻る。

 何かの拍子にイリスにまた入ってこられてはたまらない。

 

 すると着替えを準備し、部屋を出て行こうとするイリスがいた。


「あら、どこへ行きますの?」

「クリスタさま、お一人でお着替えできたのですか」

「貴女、まさかわたくしを侮辱してますの?」

「え? ち、違います!」


 うん、さっきのお風呂と同じ理由だよね。

 自分で着替える貴族はいない。僕も実はできなかった。

 幽閉されていた時はお母様がしてくれていたからだ。

 しかし幽閉貴族のクリスタができなくとも、転生者としての春風 晶は違う。

 女性用の服とはいえ、そう大した手間ではない。


「でしょうね、家畜がわたくしを侮辱するなどありえませんもの。それで、どこへ行くんですの?」

「は、はい。私もお湯をいただきたく思いまして、大浴場へと」

「いけませんわ」

 

 再びのいけませんわ。

 これに再びイリスは凍りつく。

 きっと彼女の脳内での僕は、家畜は風呂になど入るなとか、薄汚れているのがお似合いだとか色々言っているに違いない。


 僕は別に臭いフェチではないからそんなことは言わない。

 問題なのは大浴場には平民と、他の貴族もいる可能性があるということだ。


 さすがに女子寮に入ってくる男は貴族であってもいない。

 貴族の子女もいるのだから当然だ。

 けれど貴族の子女にも奴隷推進派はいるし、平民を見下しているのは多い。

 そんなところへ仕事はするものの、そして涙目になったりもするけれど自分の意見をはっきり告げてしまうイリスを放り込んだらどうなるか。

 想像したくない。


「貴女、大きなお風呂が好きなんですの?」

「いえ、私の家には湯船などありませんでしたので、基本水浴びで」

「そう、なら別に大浴場へ行かなくても構いませんわね。家畜はストレスに弱いと聞きますし、大浴場でなければいけないというのなら認めるつもりでしたが」


 しまったと顔をしかめるイリス。

 だが時すでに遅し。後になって貴族への発言を翻すなど認められるわけがない。


「ほら、さっさとお湯に浸かってきなさいな、汚らしいままわたくしと同じ部屋にいるなど認めませんわ」

「え、あ、よろしいのですか? ありがとうございます」


 そして再び部屋を出て行こうとするイリス。

 ちがう、そっちじゃない。


「だから大浴場はいけません、貴女が入るのはこちらです」

「え?」


 僕は、僕が出てきた部屋の浴室を指差す。

 イリスがフリーズした。

 改めて言うがこの浴室は貴族専用である。

 平民が入るなど赦されていない。

 しかしその貴族に入れと言われている。

 わけがわからないだろう。

 僕もそう思う。


「で、ですがこの浴室は」

「そう、貴族専用ですわね。ですがそれが何か?」

「わ、私はその、平民ですので」

「違いますわ」

「え?」

「貴方は私の下僕(ペット)、いわば所有物ですわ」

「違います!」


 うん、違う。

 絶対違うしそんなこと言う貴族は最低である。

 何なら彼女が大浴場へいって出会う可能性がある女貴族よりよっぽどひどい貴族である。

 

 けれどその貴族たちと僕には違いがある。

 僕はどんなひどいことを言おうと彼女がひどい目にあうような行動はとらないが、彼女たちはとる可能性があるということだ。


 なら実害がないほうで我慢してもらうしかないじゃないか!


「…… ああ、まだ予定でしたわね」

「予定もありません!」

「ですからご安心なさいな、他の貴族も湯船におもちゃを浮かべている子供らしいものがいますのよ」


 お風呂に黄色いアヒルのおもちゃを浮かべるのは異世界でも共通だと信じたい。

 ちなみにペットの犬や猫と一緒に入っている人はいるらしい。お前は本当に貴族なのかと問い詰めたい。

 だからまぁ、僕の発言もきっと大した問題にはなるまい。

 ならないといいな。


「それと同じことですわ」

「わ、わたしはおもちゃのドラゴンですか!?」


 異世界だとアヒルじゃなくてドラゴンなのか、趣深い。


「良いからとっととお入りなさい!」


 面倒になった僕は強引にイリスを浴室へ放り込むと、濡れたままだった自分の長い髪を、タオルで抑えるようにして丁寧に乾かしていった。

お風呂回でしたがイチャイチャするにはお互いの好感度が足りませんでしたね。いつかの機会に期待しましょう。


そして風邪ですが、ついに声が出せるようになりました。主人公の怨念もあと少しで倒せそうです。

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