039 わたくし油断しましたわ
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いつかは四半期も目指したいですね(現在10位)
ゴブリンを掃討した後はその事を村の人に周知したり、他にもゴブリンが宿っている多足蛙がいないか、あの多足蛙を襲った大もとのゴブリンがいないかを調べることになった。
ミゾレとジミーが森で探索、イリスがこの訓練の内容にゴブリンなどの探索、討伐までを正式に含めるかの相談を村長など村人と相談。そしてジェイドは大量に手に入ったゴブリンの魔石を王都まで移送している。
未加工のまま放置していたらいつゴブリンが復活するかわからないし、高価な品なので砕いてしまうのはもったいない。
といっても本人が向かったわけではなく、召喚獣に任せている。具体的にはあの巨大ハイギョを召喚し、その上に護衛としてあのリザードマン2人に乗ってもらっている形だ。
従魔証という本来魔物使いが自分の使役する魔物に持たせるタグを渡してあるので、王都にいっても問題は起きないとのこと。
ただそれだけで放置することもできないので、あの空飛ぶ目玉を通じて問題が起きていないか監視しているらしい。
次元魚は人一人運ぶのが限界とのことなので今回はお休みだ。
では残った僕はどうしているのかというと。
「まさか、悪役令嬢を志してからお風呂掃除をすることになるとは思いませんでしたわ……」
はい、この無駄に大きな温泉の掃除である。僕は水着で温泉に立っていた。
ゴブリンたちは確かに血も臓物もない魔力の塊だ。
どれだけ倒そうとも周囲が汚れることは無い。
しかし最初に彼らを産み落とした多足蛙は別である。
盛大に体を突き破られた多足蛙の血とか色々なぬめぬめで、温泉は酷いことになっていた。
この温泉を作ったのはミゾレで、結果的に他の班員も協力したが、ミゾレをけしかけたのは僕だ。
こんな状態で放置しておくことはできない。
幸いこの村に僕がブリューナクだと知っている人は居ないし、班のみんなはこの場にいない。
魔法でぱーっと綺麗にして、後は優雅にお茶でも飲んでますわと伝えてあるので、問題はないだろう。
まぁ、そんな魔法使えないんだけどね。
よって僕は地道に多足蛙の残骸を処理していた。
目に見えるサイズの不純物さえなくなれば、あとはろ過用の魔道具を放り込んで終了だ。
万が一魔法が使えない状況で、さらに水不足になった時のためにと、念には念を入れて出発前にミゾレが用意してくれたものだった。ちなみに見た目は固形の入浴剤のような形だ。
実際にどうなるのかは使ってみてのお楽しみ。ぶっちゃけちゃんと聞いてない。
「んっしょ、んっしょ。きゃっ!? なんだ、目玉ですの」
さすがに手作業は嫌だったので、村の納屋から鋤のような農具を勝手に拝借している。
たも網でもあればよかったのだけど、近くに大きな川も海も無い村にあるわけがない。
ちなみにたも網というのは、魚釣りの時などに釣り上げた魚を海から掬うための、長い棒の先に網がついているやつだ。玉網ともいう。
「あー、こうしてみると大きいですわねぇ多足蛙」
「そうですね。結構美味しいらしいですよ?」
「あら、でしたら森のも綺麗に倒せばよかったかしら?」
ん? 僕は誰と話しているんだ?
「ってイリス!?」
「はい、イリスです♪」
「な、何故ここにいますの? 村長たちとの話し合いは終わりましたの?」
やばい、独り言を聞かれたか?
言葉使いでもし男だってバレたりしたら……あ、独り言もですわ口調だった。
あれだ、最近これでばかり話していたから染み付いてしまっている。
訓練が終わって学園へ戻ったら、またトイレの太郎にでもなろうか。
学園を卒業したら男としての暮らしに戻るだろうから、このまま染まるのはまずい。
「もう終わりました。ジミーさまとミゾレさんの報告待ちですが、村の近辺にゴブリンが見当たらなければ一度学園へ戻ることになりそうです」
「そうなりましたの」
まぁ、それが無難だろう。
今回僕らが来ているのは、あくまでも実地訓練だ。
その相手が魔獣だというのはどうかと思うが、学園は魔導騎士科の生徒なら低位の魔獣くらい束になって掛かってきても問題ないと判断しているのだろう。実際余裕だったし。
ただ魔物となると話が別だ。
今回は初動で200匹のゴブリンを倒せたから村人に被害はなかったけれど、もしあれが無秩序に暴れまわっていたら大惨事になっていた。
多足蛙は地上性のカエルだけど、水辺が好きなことには変わり無いので温泉に引き寄せられたのではってジェイドが言っていた。
もしあの時温泉に現れず、僕らの知らないところでゴブリンを産み落としていたら。
そして、僕らが訓練を終えて学園への帰路についてから村にゴブリンたちが現れていたらと思うと、ゾっとする。
結果論だけど、温泉は村を救ったのだ。
だけど僕らは学園生だ。いつまでも村には留まれない。
早いうちに学園へもどり、入れ替わりで騎士団なりに来てもらうのが良いだろう。
「それで温泉の湯気が森へ流れないよう、結界を張ってくれないかと頼まれたんです」
「多足蛙対策ですわね」
「そうです。戦闘中とかならともかく、ゆっくり時間をかけていいなら温泉自体に結界を付与できますから」
あっさり言っているけど、それは結構すごいことなんじゃないだろうか。
「それで、これはなんですの?」
「うへへーい!」
「ぎゃー内臓きめー!?」
「だめだよーちゃんとキレイにしなきゃー」
やって来たのはイリスだけではなかったようで、村の子供たちが大勢、ひのふのみの、8人くらいか? 押し寄せていた。モモちゃんも混ざっているが、幸いあの気持ち悪いフォームではない。
「それが、クリスタさまがここをおひとりで掃除していると村の大人たちから聞いたらしくて」
「こんな広いとこひとりじゃかわいそーだろー?」
「あたちもやるのー」
「だそうですよ?」
よくよく見れば子供たちは手に思い思いの道具を持っていた。
中には小ぶりなスコップという、温泉の掃除にどう使うのかというものもあるが、手伝いたいという気持ちは本物らしい。
「まったく、魔法でちゃちゃっと終わらせますのに」
「魔法で、ですか?」
イリスの視線が僕の手元、しっかり握りしめた鋤へと向かう。
まずい、完全に油断してた!
ど、何処から見られてたんだろう。
「これは、あれですわ。多足蛙が美味しいというのは初耳でしたけれど、食べられるとは聞いていましたから。魔法で消滅させるのはもったいないかと思いまして」
「あ、なるほど! これで帰りのご飯も安心ですね!」
イリスの目が輝いている。食いしん坊でよかった。
日本の学生や貴族の子女だったらこんな化け物カエル、いや普通のカエルでも食べるのに抵抗があるだろうけど、グリエンドの平民の子供にそんなものはない。
ましてイリスは、あのヴォイドレックスを躊躇なく食材として狩ったのだから、注意をそらせると思ったのだけど、正解だったらしい。
「ちっちゃいねーちゃん! これどこおけば良いの?」
「キレイなねーちゃんも見てないで働けよー! これねーちゃんの仕事なんだろー」
「働け働けー!」
ちっちゃいねーちゃんはイリスの事として、キレイなねーちゃんってもしかして僕のことか。
喜ぶべきか、哀しむべきか、悩ましい称号を戴いてしまった。
「こ、こらあなたたち、クリスタさまになんてことを!?」
「ああ、別に構いませんわよイリス」
「クリスタさま? 本当ですか? この子たちの腕きり飛ばしたりしませんか?」
「貴女、わたくしの事をなんだと思っていますの?」
実のところ、僕が怪我を負わせているのは今のところ戦う力がある人だけだ。
え、腕を切り飛ばした平民? 自分が奴隷を虐げてるのに自分が貴族から虐げられないと思うのはおかしい。だからあれは問題ない。
必要があってやったことだし、仮にジェイドが治していなくても王都の医療魔導師が腕をくっつけてくれただろう。
ただこの村はいくら栄えていても村でしかない。
医療魔導師が常駐してるとも思えないから、やたらめったら人を傷つける気はなかった。
元々ないけど。
「わたくしの邪魔をしないのでしたらそんな事しませんわよ」
「したらやるんですよね」
「状況によりますわね。わたくしがムカついたらぶっとばしますわ」
ただ、このムカつく状況が悪役令嬢基準ではなく僕本来の基準だから、周囲からは唐突にやらかすご令嬢に見えているだけだ。
僕の価値観では奴隷を虐げる平民はぶっとばしても、生意気な子供は対象外だ。
「クリスタさまの価値観って独特ですよね」
「褒めてもなにもでませんわよ?」
「いえ、褒めてはいないです……」
「「「「ねーちゃんたち働いてよーっ!」」」」
「なぜあなた達がいるのにわたくしがやらねばなりませんの? わたくし、人手がないから仕方なく動いていただけですのよ?」
「クリスタさま、一度引き受けたなら最後までやりましょう」
「あ、ちょっとイリス、ひっぱらないでくださいませ」
「はいはい、いきますよクリスタさま」
「こら、ちょ、力が強い!?」
いくらこの世界の人間が鍛えたら強くなるとはいっても、僕も鍛えてるのになんでイリスに力負け……ってうっすら桃色に光ってる!?
肉体強化魔法はずるいと思います!
そんなこんなで、結局全員で温泉を洗うことになった。
多足蛙の残骸は部位ごとに丁寧により分けて、ぱっと見では綺麗になった温泉に例のろ過の魔道具を放り込む。
この世界の人に伝わるかわからないけど、温泉に入浴剤を入れているような見た目なので非常にシュールだ。
魔道具は水に溶け、ぶくぶくと泡立ったかと思うとあっというまに温泉のお湯全体に広がった。
「泡すげええええええ!」
「きゃーおもしろーい!」
「あ、こら触っちゃダメですよ! 一応魔道具なんですから!」
イリスがはしゃぐ子供を止めようとするが、子供たちはきゃっきゃと楽しんでいるようだ。
その泡は次第に温泉の中心に集まっていくと、最後には半径50cmほどの茶色くて丸い板のようなものになった。厚みは10cmほどだ。
中には血のようなものや、髪の毛やほこりのようなものが見て取れる。
汚れが一箇所にあつまったものみたいだ。
「なんか油を固めて捨てるやつみたいですわね」
「え、なんですかそれ?」
「知らないならいいですわ」
この世界にはないらしい。
まぁ油も日本より貴重だろうし、わざわざ捨てたりしないだろう。
そもそも下水が王都規模の町にしかないなら水質汚染とか関係ないし。
でも、これでろ過の魔道具って微妙に詐欺っぽいような。
いや、目的は果たしてるし物凄い効果だとは思うけど。
「すごい効果ですわね。これでは移動中の水のろ過には使えないのではなくて?」
「本当は端から削って少しずつ使うものですから」
「……やりすぎましたかしら」
「この温泉大きいですし、大丈夫だと思います」
よかった、一瞬ミゾレが「全部使うとか、訳が分からない」って僕をジト目で睨むのを想像してしまった。
「ちっちゃいねーちゃん! もう入って良い!?」
「え、今日はもうみんな体洗ってましたよね?」
「「「泳ぎたーい!」」」
ああ、なるほど。
この村の近くには大きな川も海もない。
小川程度ならあるから水浴びくらいはできるけれど、がっつり泳ぐことはできないだろう。
この温泉は非常に雑につくられたのですこし深めの場所もある。
溺れる心配はないけれど、子供が泳ぐくらいなら訳なかった。
「えっと、どうしましょう、クリスタさま」
「構わないのではなくて? もっとも、あんな目にあった場所で泳ぎたいだなんて、図太いとは思いますけれど」
「そこはまぁ、この国では魔獣や魔物に襲われるなんてよくあることですから。王都では滅多に無いことですけど」
そうだった。ここは平和な日本ではないのだ。
しっかり守られて育つ貴族ならともかく、平民の、それも村の人間にとって命の危険は常に隣り合わせなんだろう。
王都では滅多に無いといったイリスの横顔が少し寂しそうで、幽閉されていたとはいえ貴族で、学園へ通うまでそんな危険とは無縁だった僕は少し壁を感じてしまった。
その壁を壊したくて、でもなんと言ったら良いのか分からない。
とにかく何か話そうと声をかける。
「イリス、貴女」
「ねーたん!モモたんが何か食べてる!」
「「はい?」」
暗い雰囲気をぶち壊すような幼女の声にそちらを見れば、桃ちゃんの周りに子供たちが集まっていた。
そしてその桃ちゃんのAA顔が蝙蝠のようなモノを加えている。
おかしいな、あの顔はただのらくがきだったはずなんだけど。イリスが手を加えたのだろうか?
「もー、モモちゃん。何捕まえてきたんですか? ダメですよ、ぺっしないとお腹壊しますよー」
いや、ゴーレムに壊す胃腸はないだろう。
イリスがモモちゃんに近づいていったので僕もついていき、彼女の肩越しからモモちゃんを覗き込む。
そこにはたしかに暴れる何かを咥えるモモちゃんがいた。
遠目には蝙蝠っぽかったそれは、以前ジェイドが使っていた空飛ぶ目玉に酷似したナニカだった。
ただジェイドのアレと違ってウロコはなく、翼も蝙蝠のように真っ黒なものが2対4枚ある。
その目玉に横長の切れ目がすーっと入ったかと思うと、それは上下に開いた。
僕はビックリして数歩後ずさる。
それがいけなかった。
「《影転移》 」
上下に開いたソレは口で、吐き出された言葉は省略詠唱だった。
地面から起き上がった大きな影がイリスと子供たちを飲み込むと、再び地面へと溶けるようにして消えてしまう。
それはどこか、ジェイドの次元魚が奴隷の少女を呑み込んだ時と似ていた。
いや、違う、もっと似たものを見たことがある。
あれはそう、学園の廊下で、アルドネスが使った……。
「え?」
けれど、思考が上手く纏まらなくて、それ以上考えられない。
ひとりだけ取り残された僕は、呆然と呟くことしかできなかった。
どうも、シリアス風味が続いているので読者の皆さんに受け入れてもらえているか不安な作者です。
若干ネタバレになりますが、あと四話ほど、ほぼ毎日更新なのでリアルタイムで四日ほどでコメディベースに戻るのでご安心ください。
この作品はコメディです。鬱展開はありませんのでご安心ください。




