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038 わたくしこいつら嫌いですわ

「きゃああああっ!?」

「な、なんだこいつら!」

「うわ、わわわわ!?」


 多足蛙の体を突き破って現れたのは魔物、無数のゴブリンたちだった。

 黄土色の身体に、餓鬼(がき)のように小さな背丈と突き出した腹。

 鷲鼻(わしばな)というにも大きく捻じ曲がった鼻をもつソレは、産まれ落ちたばかりにも関わらず、元となった魔法の役割を果たすために動き出す。

 その魔法は精力増強。すなわちより多くの子孫を産み、同種を増やすために。


 魔物とは、魔法そのものが動き出した物だから。


「ぐごごげごごごごっ!」

「ぐぎゃっごげごぎゃっ!」


 意味があるのかも分からない耳障りな鳴き声をあげながら、ゴブリンは温泉にいた人達へと襲い掛かろうとする。


 村の中央にこんな目立つ形で作られた温泉は、娯楽の少ない村の人達の注目を集めるには充分すぎるほどで、多くの人が集まっていた。


「《拘束する死霊(バインドレイス) っ!」

「凍てつい」

「やめろミゾレ! ”鋭き風よ、敵を切り裂く渦となれ”《回転する疾風(ゲイル・ミキサー)》 !」


 しかし、ゴブリンたちが好き勝手に散らばるよりも早く、桃色の腕が無数に現れて彼らをまとめて拘束する。そこをしっかりと詠唱され、高密度の魔力で構成された風の刃が渦巻いて、ゴブリンたちを切り刻む。


 驚いたことにミキサーに入れられた生肉もかくや、というほどの目にあっても、ゴブリンたちから血が流れる様子は無い。

 魔物の肉体は高密度の魔力で構成された魔法そのものと言える。

 生き物の形をしているだけで、そこに暖かな血潮(ちしお)は流れていない。


 僕が始めて目の当たりにする魔物の在り方に妙な感心をしていると、その横で精霊魔法を使おうとしていたらしいミゾレが、割り込んで魔法を放ったジミーへと不満そうな声を向ける。


「何故止めたの?」

「馬鹿野郎っ、こんな場所で氷の精霊に魔法使わせたら大惨事だろうが!」

「あ……」


 そう、ここは温泉だ。

 そしてミゾレは多足蛙との戦いからもわかるように、氷の精霊と個別に契約を結んでいるらしく、得意にしているのも氷の精霊魔法だった。

 今も恐らくは「凍てついて」や「凍てつかせて」と頼んでゴブリンを拘束しようとしたのだろう。

 しかしこんな水辺でそれをされたらみんな巻き込まれるし、障壁魔法が使えない人は下手するとそれだけで凍死する。


 そう、僕とか、ここにいる多くの村人が。


「ったく、森では俺が高位魔法使うの止めたくせに、何やってんだよ」

「……不覚」

「話はあとです、C班総員抜剣、って剣がありません!?」

「そりゃそうだ、ここは温泉、風呂場だからな」

「ふふふ、わたくしの出番ですわね! お任せなさい!」

「「「何でもってる!?」」」


 当たり前のように僕の右手にある《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》に驚く一同。

 だってこの包丁、5m離れると勝手に飛んでくるからね。

 お風呂に入ってる時そんなことになったら危険すぎる。主に僕と包丁の間にいるであろう誰かが。

 だから常に手元に置いてあるのだ。ちなみに錆びる様子はないが、念のため毎晩研いでいる。


 なぜかイリスだけは「あーですよねー」って顔をしているけれど、まさか《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》の呪いを知っているのだろか?

 もしそうならさすが首席と言わざるを得ない。


 とりあえず手近な一匹を切りつけるも、やっぱり怪我をした様子はなく、そのまま襲い掛かってきたので消滅するまで切り刻む。

 魔石がないので普通に手作業だ。

 今はイリスからもらった《魔力流出防止の手袋》をつけていないけど、そもそも魔法が使えない僕は魔導武器の起動に魔石がいるので、勝手に起動して魔力を吸い出されるようなこともない。

 

 ていうかこれ、こっちはちょっとした攻撃でも怪我をするのに相手だけHPが、肉体が魔力だからMPか? とにかくそれがなくなるまで無傷とか。

 魔物ってずるい!


 ほとんどのゴブリンは早々にまとめて倒したとはいえ、さすがに全滅はしていない。

 なにせ300はいたのだろうし、ざっと見ただけでもまだ100近くは生きていると思う。


「武器を取りに行く時間は、ありませんね」

「ブリュ……クリスタさん、ずるい」

「私は魔導騎士科に在籍させていただいているとはいえ、ほとんど魔導師ですから武器がなくとも問題ありませんね」

「ま、そりゃ俺らも同じだろ。俺たちは騎士じゃない、魔導騎士なんだからな」


 そう、剣も魔法も騎士や魔導師と同じ、いや、それ以上のレベルで使いこなすのが魔導騎士。

 そしてその役目はグリエンド王国の剣であり、楯となって尽くすこと。

 相談している今この瞬間も、村人へ襲い掛かろうとするゴブリンたちを無詠唱の弱い魔法で牽制している。


「魔導騎士科C班、総員高位攻性魔法及び広範囲攻性魔法の使用厳禁! 最優先目標は村人さんの保護、第二優先目標はゴブリンの殲滅です! お願いします!」

「「「「了解」」」」


 高位攻性魔法は村人なら掠っただけで死に至りかねないし、広範囲のものも多い。

 効果範囲が視界全てで、効果は全てを焼きつくす、とかもあるらしいし、村が滅ぶ。


 似たような理由から広範囲の通常魔法も使うことができない。

 精々先ほどジミーが使った小規模な範囲魔法が限界だろう。


 どうせ僕は魔法を使えないのだからと、近づいてくるゴブリンを頭から唐竹割り(まっぷたつ)にする。


「噴き上げて……!」


 ミゾレの精霊魔法で温泉の外周のお湯が壁のように吹き上がる。

 契約している氷の精霊ではなく他の、恐らくは水の精霊あたりに頼んだのだろう。

 それは村へなだれ込もうとするゴブリンたちを食い止めた。

 

 その内側に取り残される村人のことは心配だったが、そのほとんどはすでに温泉の外へと逃げ出している。

 魔道騎士科とは違い、彼らは無力な一般人だ。

 日本人だって入浴中に突然歯をむき出しにした犬がなだれ込んできたら、何か考える前に逃げ出すだろう。

 みんなが話し合いをしながらも無詠唱魔法でゴブリンを牽制していた事と、この温泉がお湯の囲いだけで壁などがない露天風呂だったのが功をそうした形だ。


 ただ、当然まだ逃げられていなかった人達もいる。

 それでもいま、この早いタイミングでこの場所を閉鎖しなければ村中にゴブリンたちが解き放たれてしまう。


 取り残された村人を保護するためにそれぞれが動き出す。





「んじゃ被害が出る前にさっさと殲滅しますかってうおおお!?」


 余裕綽々でゴブリンへ無詠唱の風魔法を放っていたジミーだが、それを受け、お湯に沈んでいたゴブリンが複数飛びだして襲い掛かった。

 再び無詠唱魔法で打ち落とすジミー。


「っと、危ねえ! 直撃させただろうが!」

「魔物は魔力の塊です、威力が下がる無詠唱魔法では牽制が限界ですので、せめて省略詠唱をお願いいたします」

「本当に頑丈だなこいつら、知ってたけどさ! 《(フレイム)――」

「ジミーさん、お湯が沸騰するから火もダメ」

「めんどくせええっ! 本気で撃ってやる! ”切り裂け!”《鋭風(エアサイス)》 」


 省略詠唱でいいと言われながら、好き放題戦えない事にイラついたのか、しっかり詠唱された風の刃がゴブリンを7匹ほどまとめて切り裂いていく。

 

「ぐげごほえごへっほっ!」

「げぎゃぎゃごぎゃぎゃごぎゃっ!」


 だが、それでも彼らは傷一つ負わずに立ち上がり、再び襲い掛かってきた。

 そして再びの風魔法を受けて、ようやく消滅する。

 後には血も臓物もなく、黄土色の魔石だけが転がっていた。





「”何者にも阻まれず、私は前へ押し進む” 《抵抗減衰レジスタンス・ディケイ》!」


 珍しく全詠唱で魔法を唱えたイリスが、村人へ襲い掛かろうとしていたゴブリンへとものすごい速度で接近する。

 加速の魔法かと思ったけど、彼女の足元を見て、それは違うと直感した。

 ここは温泉、立った状態でも膝より高い位置にお湯があるのだが、イリスはあれほどの速度で移動しつつ、まったく水を揺らしていなかった。

 水の抵抗を和らげるとか、そういう魔法を使ったのだと思う。


 ましてあのイリスの、無詠唱でも、省略詠唱でもない本気の魔法だ。

 その抵抗はもはや0に等しく、この状況下ではなにより有効だった。

 

 そしてイリスは彼女へと飛び掛ってきたゴブリンの頭を鷲掴みに……ってなにしてるんだ!

 ジミーの魔法を何度も受けて無傷な相手に素手って!?


「《爆破(ブラスト)》 」


 当然考え無しのはずもなく、イリスは聞いたことも無いような冷淡な声音で呪文名を唱える。今度は省略詠唱だ。


 《爆破(ブラスト)》。

 あのマシュマロゴレムの悲劇で、錯乱した解説担当のヨハンくんが使用していた攻性魔法だ。

 至近距離、それこそ触れられるかどうかという相手へ圧縮された純粋な魔力を送り込み、非常に狭い範囲を爆発させる爆弾のような魔法。

 魔法への抵抗力が無い相手なら内側から爆殺し、仮に抵抗力のある相手でも。


「げぎゃあああああああっ!?」


 多少の障壁は打ち砕き、外側から包み込むようにして爆殺する。

 イリスに近づいたゴブリンは、鷲掴みにされた個体以外もまとめてこの世から爆ぜ失せた。

 それでいて村人への被害は0なのだから、本当に範囲が狭い魔法なのだろうけど、えげつないにもほどがある。


 ちなみにこれは、ヨハンくんが使ったのを見て興味が沸き、ジェイドから聞いた話だったりする。

 僕の魔法の薀蓄(うんちく)は基本人から聞いた話だ。

 だって使えないし。





「で、何故わたくしたちのところはこんなに盛況なのかしら?」

「クリスタさんが綺麗だから?」

「ゴブリンごときに好かれても嬉しくありませんわ!」


 叫びながらゴブリンを切り刻む。

 一度では意味がないので、消滅するまで連続で斬っているのだが、とても疲れる。

 幸いなのはゴブリンの肉質が肉のようで、魔導武器としての効果・連続斬りが発動しなくてもスムーズに切り裂けていることだろう。


 僕とミゾレ、それにジェイドはまとまって行動していた。

 表向きは温泉にお湯の壁を作っている精霊へ魔力を供給しているミゾレの護衛。

 実際のところは、魔法が使えない僕が一人で突撃しても危険だから、ジェイドに2人まとめて守ってもらっている。


 彼はいまトカゲのような頭に尾、そして全身を鱗で覆われた二足歩行の生き物、リザードマンを二体召喚し、ゴブリンを屠っている。


 リザードマンは主に沼地に生息し、高い知性を誇る魔獣だ。

 魔獣といっても必ずしも人と敵対しているわけではないし、亜人の中には一見魔獣のような外見の人たちも居る。

 リザードマンの場合は口の形状からどうしても言葉が話せない事と、知性の個体差があまりに激しい事から亜人ではなく魔獣扱いになっている。

 それこそゴブリンレベルの単純思考で人を襲うやつから筆談が可能なものまでいるというのだから、本当にややこしい。

 

 いまジェイドが呼び出している二体は彼が直接契約している個体らしく、非常に賢く、必要とあらば人と交易までするらしい。

 もう二体というかふたりって呼びたい。


「そのせいで報酬が肉や魔石ではなく、倒した敵に応じたジェムなんですがね」


 頭痛をこらえるように頭を抑えるジェイドに対して、リザードマンたちが親指を立てる。

 立派なサムズアップだ。

 召喚魔法ではあるが、実質傭兵みたいなものなのだろう。お陰で彼らはそれぞれが手に持った槍でノリノリでゴブリンを倒してくれている。

 

 彼らを呼び出したジェイドの判断は正解だろう。

 どういうわけか、僕らのところだけ50匹ものゴブリンが集まっていた。この場にいるゴブリンのおよそ半数だ。

 本当になぜここまで集まってしまったのか。

 村人に向かう数が減るからいいんだけどさ!


「まぁ、お嬢様がお綺麗だからというのも、ゴブリンの元となった魔法の特性上あながち間違ってはいないでしょう」

「精力増強、言い換えれば繁殖効率化ですわね」

「ええ。なのでいくらゴブリンが男女種族問わず襲うとはいっても、魅力的な女性から優先的に襲います」


 ちょっと待ってほしいジェイド。思い出してくれ、僕は男だ。

 こうして水着姿で動き回っていても、誰一人として疑問に思ってくれないが、それでも僕は思春期の男の子なのだ。

 前世とあわせたら30後半だけど、記憶が無い状態で17年間生きて突然記憶が戻ってきたので、感覚としては若いままだからそこはスルーしてほしい。


「ですが、ここまで集まってきているのはミゾレさんが原因かと」

「わたし……?」

「あ、ハーフエルフだから、ですの?」


 ファンタジーでゴブリン、そして豚の魔物であるオークなどに襲われるのは大体が眉目秀麗なエルフたちだ。

 余談だが村を焼かれるのもエルフが多い。不憫な。


「はい、見た目はもちろんのこと、エルフの魔力は人に比べて純粋で(よど)みがないと聞きます」

「ん、だから精霊にも好かれる」

「それは魔物も同じなのでしょう。人よりもエルフの魔力のほうが扱いやすい、つまり」

「ミゾレ、俺の子供を生んでくれ、というわけですのね」

「…………うぇぇ」

 

 ミゾレが女の子にあるまじき、いやある意味ではとても女の子らしい表情をしている。

 さすがにこれは気持ちがわかる、とは言いがたい。

 いくら僕の見た目が女にしか見えなくても、そこらへんの性差による感覚は想像しかできないのだ。

 ……いや、ゴブリンは男も孕ませられるから分かる可能性はあるけど、考えたくない。

 

「わたくしこいつら嫌いですわ……」

「好きな人なんて、いない」

「同感です、どれほどの好色家でもこいつらと(ちぎ)りたいとは思わないでしょう」

「グル?」

「グルッググ?」


 そんな僕らへ再びサムズアップをするリザードマンたち。

 ジェイドは契約を通じて彼らの意思が伝わるそうなので、なんて言っているのか聞いてみる。


「彼ら、なんと言っていますの?」

「……稼ぎ時だから俺たちは好きだぞ、だそうです」

「「…………」」


 ジェイドが小声で「ちくしょう、今月の給金が」ってもらしたのが聞こえてしまった。

 この実地訓練が終わったら、必要経費として出してもらえないかお爺さまに相談してみよう。不憫すぎる。





「ぎゃー! こっちくんなよー!」

「や、ママーどこー!?」


「しまったっ!」


 ジミーが担当していた範囲で悲鳴が上がった。

 ゴブリンのうち5匹ほどが、彼を無視して子供たちへ襲いかかったのだ。

 子供たちは突然の出来事に驚いて身動きがとれず、温泉の中に取り残されていた。


 ゴブリンはその元となった魔法の特性から、襲った相手をすぐに殺すことはない。

 だからすぐに向かえば最悪の自体は避けられるだろうが、それでも子供たちの心にトラウマを植え付けることになるかもしれない。


 魔導騎士科の面々が慌てて駆け出そうとした瞬間、そのゴブリンたちが僕の前へと飛んできた。

 頭からお湯に落ちるゴブリンたち。


 え? なにごと?


 見れば、綺麗な脚を天高く掲げた存在がいた。

 誰あろう、モモちゃんである。

 他にあんな存在がいてたまるか。


 モモちゃんは子供たちへ近づくゴブリンを次から次へと蹴り飛ばしていく。

 

 あんな見た目でも、一応やわらかい素材で作られたマシュマロゴレムなので、攻撃力は全くない。

 だからゴブリンを倒すことは出来ていないけど、それでも蹴り飛ばして遠ざけることは可能なようだ。

 ゲーム的な表現をするならダメージ0のノックバック攻撃ってところか。


 バレリーナのように華麗に舞いながらゴブリンたちを蹴散らすモモちゃんは、控えめに言ってとっても怖かった。

 ぶっちゃけると気持ち悪いんだけど、モモちゃんを可愛がっているイリスの手前そこまで素直に言えない。


「改めて……訳が分からない」

「モモちゃんの脚は伊達じゃありません! クリスタさまのゴブマロを参考に改良したんです!」

「うわぁ、またクリスタのせいだったのかよ」

「さすがです、お嬢様」

「濡れ衣ですわ!?」


 さすがにこれは僕のせいじゃないだろ!?

 ま、まぁこの状況で子供たちを守ってくれる戦力が増えたのはいいことだ。


 その後は特に危機的な状況には陥らず、サクっとゴブリンたちを殲滅したのだった。


 今回の成果は最初に犠牲となった多足蛙一匹とゴブリンおよそ300匹。

 そして被害はジェイドのカード残高のみとなった。


 南無(なむ)い。

シリアス「あれ、俺の出番は?」

コメディ「来ちゃった♪」


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