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037 わたくし温泉に入りたいですわ

 みんなで残りの多足蛙(マッチフロッグ)の残骸も調べたところ、そのほとんどからゴブリンの魔石が出てきた。

 その数なんと12個。魔石が確認できていない個体には元から無かったのか、それとも戦闘中に砕け散ったのかは分からない。


 魔石というのは、実は砕けると魔石を構成している魔法が形を維持できなくなり、魔力として分解、霧散してしまう。

 魔法を使って中の魔力を使いきっただけなら、外郭を屑魔石として再利用できるんだけどね。  うっかりカットしすぎると消滅するので加工の難易度が高いらしく、一般に出回っている加工済みの魔石が高価な理由の一因となっていた。


 なので、ミゾレの氷で貫かれたとか、ジミーに内側から焼かれた際に燃え尽きたとか、イリスにぶった斬られていたら残っていないのだ。


 にも関わらず、確認できただけで12。

 魔物ではなく魔獣の中から魔石が出るだけでもおかしいのに、この数は異常だろう。

 さらに今回は他にもおかしなことがある。


「この魔石、加工済みですわね」


 そう、この魔石はゴブマロの時とは違い、丁寧に加工されたものだった。

 これがもし未加工のものであれば、迷宮(ダンジョン)外の野良ゴブリンの集団を、偶然みつけた多足蛙(マッチフロッグ)たちが食べてしまったという可能性もあったのだけど。


「この辺りにゴブリンがいるなんて聞いてないぞ」

「仮に居たとして、加工済みの魔石がゴブリンから取れるなんてありえません。魔石の加工は高度な技術を要求されますから」


 イリスの言いようは、まるで自分には出来ないと言っているかのようだ。

 あれだけの魔法の腕を持つイリスなら、案外できたりしないのかな?


「あら? イリスでもできませんの?」

「無理ですよ。わたしが学園に入るために鍛えたのは剣と魔法、それに知識面ですから」


 苦笑しながらそう言うイリス。


「お嬢様、これは一般にはあまり知られていないことなのですが、魔石の加工に魔法は使われません。使い手の魔力が魔石に宿る魔法へ悪影響を及ぼす可能性があるからです。なので原始的な道具を扱い、全て手作業のみで加工されています」


 なんと。

 てっきり魔法でカットしているのかと思っていたら、この世界でも魔法に頼らない職人さんがいたとは。


 もちろん鍛治や裁縫などの職人さんはいる。

 けれど魔石は高価ではあるが、貴族や冒険者、主だった施設などでは魔道具の核として日常的に重宝されているこの世界の文明の下地だ。

 少し違うけど、地球で発電機や車のエンジンなんかが高価でも身近なのと同じようなものかな。


 魔法のある世界で、魔法の道具によって成り立つ暮らしを支えているのが、魔法に頼らない純粋な技術だというのだから、少し意外で、魔法が使えない人の可能性を見た気がした。

 同じ魔法を使えない身として誇らしい。


「つまり、野生の魔獣ないし魔物が加工することはありえませんのね?」

「シルシルさんのような例外なら別ですけど」


 シルシルさんは家付き妖精(シルキー)という魔物でありながら、魔導騎士科のクラスメイトでもある。

 僕は言われるまでシルシルさんが魔物だと分からなかったし、彼女ならたしかに技術を覚えることも可能だろう。


「あ、でも、わざわざ加工を覚えるような物好きの魔物さんが、こんな場所に魔石を捨てるとも思えません」

「そうなんですの?」


「だって、魔物にとっての魔石って人間に置き換えたら、心臓や脳みたいなものですよ?」

「……加工しようとする魔物がいたらその時点でヤバいですわね」


 いや、人間だって他の動物の心臓を食べたりするし、他の魔物は別口ってことで覚える魔物もいるかもしれないけど。


 それでも誰か、人がこの森に魔石を捨てたか、意図的に多足蛙たちに食べさせた可能性が高いということになる。

 一体誰が、何のために?


「ねぇ、話長い?」


 それまで黙っていたミゾレが耐えかねたように声を上げる。


「どうしましたの?」

「お風呂、入りたい」

「「「「たしかに」」」」


 魔獣は魔物と違って魔法を使える獣だ。

 肉体が魔力で構成されているわけじゃないから、死体が残る。

 そして僕らはその死体の中から12個もの魔石を見つけ出した。

 結果として、全身カエルの血やら粘液やらでべとべとだ。

 そう、全身がいまとても気持ち悪い。





「え、ないの……」

「はい、申し訳ありませんのう」


 なんとゾルネ村にはお風呂がなかった。

 これだけ立派なペンション風の家なのに。

 しかし考えてみたら上下水道完備の学生寮、引いてはガイスト学園が異常なんだよね。


 基本は井戸水などを、保温の魔道具で温めて身体を洗っているようだ。

 それならお風呂も、と思うがアレは大量の水がいるし、使い終わったお湯を毎回その辺にばしゃーっと流すわけにも行かない。

 いくら村が森豚で稼いでいて、多少高価な道具を買えたとしても、設備を新しくつけるというのは中々に面倒なものだ。


 しかし、それを赦せない人とハーフエルフがいた。

 僕とミゾレである。


「お風呂、入りたい」

「……ミゾレ、方法がありますのね?」

「ある、けど……」


 あるにはあるが、やるには躊躇われる何かがあるということか。

 悩む時間ももったいない、聞いてしまえ。


「何が問題ですの?」

「精霊魔法なら、この村なら、温泉が作れる。でも、領主の許可なく」

「おやりなさい!」

「え、でも」


 でもも、何も、ない!


「ここの領主はどうせお兄さまですわ! 文句を言ってきたらわたくしが力付くで黙らせて差し上げます!」

「お、お待ちくださいお嬢様! 新しい施設を作るというのは色々と大事な手続きが」

「温泉よりも大事なものなどありませんわ!」


 以前僕はこんなことを考えたことがある。

 幽閉中はお風呂がなくても平気だったけれど、あの頃から前世の記憶が戻っていたらキレていただろうと。


 今がまさにその時だ。


 そもそも、昨日もテントで夜営だったのでお風呂に入れていない。

 魔法で出してもらったお湯で軽く汚れを落としただけだ。


 その翌日に全身カエルの血と体液まみれなのに、またお湯とタオルで身体を拭うしかできない?


 無理だ、ありえない、堪えられない。


「ミゾレ、できますわね!」

「……わかった、任せて」

「え、お前ら本気か? 領主無視はさすがにヤバイって」


 貴族であるジミーは事の重大さを理解しているのだろう。ジェイドと一緒に止める側に回っている。


「あの、クリスタさま。さすがにそれはちょっと」

「イリスまで反対しますの?」

「ここは学園の外ですし、その土地の領主さま相手には自重したほうがいいと思います」


 さすがにイリスにまで止められたら仕方ない。

 素直に諦めよう。


 僕はミゾレとアイコンタクトをして頷きあう。


「わかりましたわ、諦めます」

「クリスタさま……」

「お嬢様、御成長なされましたね」

「え、あ、いや、それならそれでいいんだけど。ずいぶんあっさり納得したな」


 ジミーはいぶかしんでいたが、本当にあっけなく、この場はそれで落ち着いた。


 イリスは改めて村長さんに今日の成果を報告し、ジェイドとジミーは身体を洗うお湯を用意してくれることになった。


 そして村の広場に僕とミゾレだけが残る。

 僕らは再び視線を交わした。

 するとなんと、ミゾレが満面の笑みを浮かべている。

 ミゾレの笑顔なんて初めてみたが、きっと僕も同じ表情を浮かべていることだろう。


 その笑みを言葉にするなら「みんなチョロくて助かる」だ。

 素直に諦める悪役令嬢がいるなら、どこの世界も平和だよね!


「ん、沸いて」


 ドゴオオオオオンッ!!


 ざーーーっ!


「「やりやがったなあの馬鹿っ!?」」

「クリスタさまーーー!?」


 その日、ゾルネ村のど真ん中に、巨大な温泉が誕生した。





 地面を突き破り、地中深くから天高く噴き出す温泉をみた魔導騎士科C班の行動は早かった。

 まずジェイドが土系統の魔法でお湯が村中に雪崩れ込まないよう囲いを作った。

 ほぼ同時に、ジミーが魔法で身体能力を底上げし、その範囲にいる村人をすごい速度で助け出した。


 そしてイリスは、噴き出したお湯が民家や村人の上から降り注がないよう、大規模な防壁魔法を展開する。

 素晴らしいコンビネーションだ、同じ班員だということが誇らしい。


「で、なぜわたくしたちは正座させられておりますの?」

「ん、不可解」

「クリスタさまもミゾレさんも反省してください!」


 場所は村の中心に新しくできた温泉だ。

 みんなは出来てしまったものは仕方がないと、ジェイドの作った囲いを改良して、露天風呂として最低限の体裁を整えた。


 そして止めはしたものの、やはり本音では温泉には入りたかったらしく、また村人も興味深々だったため、水着着用の上で混浴している。


 なおグリエンド王国のお風呂はひとりなら全裸だが、誰かと入るときは水着が基本だ。

 僕はワンピース型の黒い水着で、パレオのように下半身を隠す装飾がついたものを着ている。


 それだけなのに男とバレる様子がない。

 ()せぬ。


「聞いているんですかクリスタさま!」

「わたくし、なぜ下僕(ペット)にお説教されてますの? 理解できませんわ」

「クリスタさま、怒りますよ?」

「もう怒ってるじゃありませんの!」

「いいんですか? ペットに見限られた侯爵令嬢って呼ばれることになりますよ?」


 なっ!?

 そ、その発想はなかった……。


「イリス、恐ろしい娘っ」

「ん、さすが首席」

「ミゾレさんも反省してください!」

「……ごめんなさい」

「そうですわね、少しやりすぎましたわ」


「お、お二人とも分かってく」

「「次はもっとこっそりやる」やりますわ」

「もーーーっ!!」


 まぁイリスが怒っているのも僕とミゾレの身を案じてのことなので、怒られながら僕はちょっと笑ってしまっていた。

 それが余計にお説教の時間を長くしたのだけど、幸いここは王都でも学園でもない、村の中だ。


 ここではまだ僕の家名を名乗っていないので、ブリューナクの人間が平民に説教されていた、なんて噂が広がることもないだろう。


 というか、イリスも水着で温泉に入っているのだから同罪だと思う。


 お説教も終わり、やっとゆっくりお湯に()かれる。

 色々と怒られはしたけれど、幸い村の中心の広場は普段使われていなかったらしく、村人にも好評なようだ。少し離れたところで子供たちも桃ちゃんと一緒に遊んでいる。

 結局だれもモモちゃんから逃げ切れなかったらしいが、その逃走劇の中で奇妙な友情が芽生えたらしい。

 ちなみに、今のモモちゃんからはあの脚が生えていない。

 もう二度と出さなくて良いんじゃないかな、あの脚。


 さて、せっかくの機会なので、改めてイリスの水着姿を見てみよう。

 こんな見た目でも僕は立派な、そう立派な男なので女の子の水着姿には興味がある。


 イリスの水着は淡い薄緑色のビキニだった。白い肌や桃色の髪と合わさりよく似合っている。

 村の子供からはおっぱいが大きいと言われていたけれど、決して巨乳というわけでもない。

 いわゆるちょうど手に収まるサイズだろう。

 髪は一度ほどいて洗い、改めて簡単にまとめてある。

 たしかに背は低いけど、濡れた肌がとても色っぽい。その肢体は充分に大人の女性だった。


 対してミゾレは……うん。

 僕と同じくワンピース型の水着がよくにあっている。

 こちらはパレオはないが、メインの黄色に白いフリルがついていて可愛らしい。

 そう、イリスより背は高いけど、年下ということもあって色っぽいよりは可愛い。

 色々な意味で。


「ブリューナ……」

「お待ちなさいミゾレ、ここで家名を呼ぶのはやめてくださいます?」

「なぜ?」

「領主の関係者だと思われると面倒ですのよ」

「わかった。じゃあ、クリスタ、さん?」

「なにかしら?」

「なんでわたしに(いつく)しみの視線を向けているの?」


 言えない、胸のサイズが男の僕と大差ないからだなんて。


「えーと、それはですわね」

「お嬢様、お耳に入れておきたいことがあるのですが……お取り込み中でしたか?」

「構いませんわ、何事ですの?」


 ありがとうジェイド、助かった!

 混浴でよかったよ、ビバ混浴!


 ……おかしいな、普通は女の子と入れたことに喜ぶはずなのに。


「ええ、あの魔石について村長から話を聞くことができました」


 え、村長が知ってたの!?

 もっとこう深い陰謀が渦巻いてるのかと思ってたからびっくりだ。


 魔石という単語に反応したのか、班のみんなが集まってきた。


「どうやらあの魔石、森豚の繁殖を助長するためにアルド……領主さまが森に配置したらしいのです」


 なんでも、森豚は多足蛙より弱く、無害で大人しいが魔獣であることには変わりない。

 そのため他の魔獣より多産とはいえ、普通の家畜と比べたら増えにくいらしかった。


 ちなみにこの家畜は貴族や平民のことではない、念のため。


 元々多足蛙は異常繁殖する前からこの森にいたので、せっかく増えた森豚が襲われることも多かった。

 とはいえ多足蛙を全滅させては生態系が崩れて、森の魔力が変調を来すかもしれない。


 それを見かねた領主、つまりアルドネスがゴブリンの魔石を買い集め、森豚の生息域に設置して繁殖を促したらしい。


 そういえば、ゴブリンの元となった魔法は精力増強だという話だったっけ。


「その結果として森豚は徐々にですが増えてきていたようです。ただ」

「あのカエルたちが魔石を食べてしまったんですのね」


 当たり前だけど、魔石の魔法は森豚にしか効果がないわけじゃない。

 これが普通の獣が食べたならまだよかったけど、多足蛙は魔獣、魔法を使う獣だ。

 精力増強の魔法そのものであるゴブリンの魔石を食べたということは、常時その魔法を使えるということになる。

 そして大繁殖、と。


「領民のために動いた結果だったのか。なんか居たたまれねーな……」


 この行動だけ見ると、学園で会話したアルドネスより、夢でみた昔のアルドネスっぽいな。

 もしかしてその時点ではまだキレイなアルドネスだったのだろうか?

 ゲスいのは変わらないだろうけど。


「そういえば、冒険者ギルドでブリューナク家の誰かがゴブリンの魔石を買い集めている、という話を耳に挟みましたわね。先週のことですわ」

「今回の一件に無関係とは思えませんが、時期が合いませんね。多足蛙が増え始めたのはもう二ヶ月は前とのことですし。魔石を設置したのは領主になられてすぐ、つまり半年ほど前とのことです」


 あの話は先週聞いたばかりだから、たしかに合わないか。

 多足蛙のせいで失敗したから、あいつらを退治してからもう一度挑戦しようというのだろうか?


「でも、魔石でよかった」

「ん? どういうことですの?」

「そうですね。ゴブリンそのものが森にいて、もし多足蛙を、その、襲っていたらと思うと……」

「あー、ああ、ああ、なるほど。考えたくないな」


 ミゾレとイリスの想像に、嫌そうにかぶりを振るジミー。


 多足蛙が森豚に比べて増えにくい理由は2つある。

 まず、あんなんでも一応カエルなので、その一生はオタマジャクシから始まる。

 いくら魔獣とはいえオタマジャクシ時代は雑魚なので、わりとあっけなく死ぬ。


 そしてこいつら普通のオタマジャクシ同様に共食いするらしい。

 そのおかげでエサがなくても成体になれる個体もいるが、その多くは子供のまま死んでしまう。

 一匹の多足蛙が一度に300ほどの卵を産んで、成体になるのは1~2匹というのだから悲しい現実だ。

 ちなみに普通のカエルは800~1000ほど産む種類が多い。


 しかし、ゴブリンは相手の魔力を元に自分達の同族を孕ませる恐ろしい魔物だ。


 仮に多足蛙を相手にしていたら、卵なんて生易しいことを言わずに、300匹のゴブリンがそのまま産まれ落ちることになる。


 生命を冒涜しているにもほどがある魔物だ。


「ま、そんなことそうそうねーって。迷宮の外のゴブリンは騎士団の最優先殲滅対象なんだし」


 ジミーがそんな事をいった直後。


 ザバーーーンッ!!


 温泉の中心に大きな水しぶきが上がった。

 どうやら何かが飛び込んだらしい。

 村の子供だろうか?

 温泉に居た全ての人の意識がそちらへ向く。


 天に舞った飛沫が、ざーっと雨のように落ちてくる。

 そのベールの向こうにいたのは、顎の袋を大きく膨らませ、今にも何か飛び出しそうなほど不気味に蠢かせている多足蛙だった。


「え?」


 それは誰の呟きだったのか。

 僕自身だったかもしれない。


 憐れな魔獣の体をあっけなく突き破り、そいつらは産まれ落ちた。

 大きな分類ではクラスメイトのひとりと同じとは思えない、醜悪な姿。

 いや、同じじゃないんだろう。

 シルシルさんとは親しいわけじゃないけれど、彼女はもっと人間味に溢れていて、ほとんど人と変わらなかったように思う。


 だから、僕はこの時、生まれて初めて。


 魔法が核となって動き出した物、魔物と遭遇した。

やっと10話のフラグを回収しました。長かった(;´Д`)


そして次回、ついにヤツらが出ます!(最近こんなこと言ってばっかりですね

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