036 わたくし暇ですわ
背の高い木々が乱立する森の中。
木々の種類も様々で、高い場所だけでなく低い位置にも枝が多く、当然それ以外の植物も多様に生息している。
村に近い、比較的浅い場所は最低限の手入れをしてるようだけど、少し奥に入れば、そこは人の手の入っていないまさに野生と言っていい場所だった。
「湿度が低いのが幸いですわね」
これで湿度まで高かったら完全にジャングルだ。
前世ではコンクリートジャングルで暮らしていたが、本物のジャングルを歩きたいとは思わない。
いや、興味はるけど、こんな魔獣が闊歩する危険地帯はごめん被る。
「森豚の成育、正確にはその背中の菌類の成長にはこのほうが良いらしいからな」
「下手に手を加えると、まずい」
「なるほど」
戦う力がないとはいえ、一応森豚も魔獣の一種なので魔力の影響を受ける。
森が変わればそこに漂う魔力の質もかわる。下手な手を加えて菌類に影響が出ては、それで生計を立てている村が成り立たなくなってしまうという事だろう。
「お、いたいた」
「近くに多足蛙は、いないようですわね」
前方に豚っぽいもの、森豚が見えてきた。
飛び出しては逃げられてしまうので、草木に隠れて様子を伺う。
万が一の事を考えて村の中でも何頭か飼育しているらしいけれど、基本はこうして放し飼いだそうだ。
森の中をのんびり暮らしている森豚には申し訳ないが、多足蛙を闇雲に探すわけにもいかないので今回は囮になってもらう予定だった。
どうせなにもしなければ多足蛙に食い尽くされてしまうのだし、赦してほしい。
全体的な外見は普通の豚と大差ない。
ただその背中は青々としたコケに覆われ、多様な菌類、キノコが生い茂っている。
なんだろう、想像してたものよりちょっとだけ。
「グロテスクですわね」
「意外とつぶらな瞳で可愛いくありませんか?」
「俺はジェイドよりクリスタに賛成だ、そのつぶらな瞳が印象を悪化させてる」
キノコが少しならともかく、わりとびっしり生えているし、ひとつひとつが大きい。
多足蛙が出てから結構たつと聞くし、その間収穫できていないのも原因かもしれない。
そう考えると、毛に覆われすぎた羊みたいだな。
「ん? 美味しそう」
「ミゾレ、マジですの?」
「嘘だろお前、俺は食欲が失せたぞ」
「そう?」
ミゾレさん逞しいですね。
まぁ、遠い異国からこんな魔獣や魔物の蔓延る危険地帯にある国まで、たったひとりでやってきたんだ。それくらいじゃないとやってこれなかったのかもしれない。
「皆さん、静かにしてください。やってきたみたいです」
イリスの声におしゃべりをやめる。
見れば、巨大な六本足の蛙がのそのそと姿を現していた。
運よくこちらと反対側に現れてくれたので、気がつかれた様子は無い。
そして多足蛙は森豚へ飛び掛ったりはせず、カエルらしく舌を伸ばし――
――たりもせず、本来の位置よりも上、口の下に追加である二本の腕を伸ばして森豚を掴み捕った。
「舌じゃありませんの!?」
「おい馬鹿騒ぐな、見つかるだろ!」
「おかしいですわよね!? あれ絶対におかしいですわよね!?」
「落ち着いてくださいお嬢様! お気持ちはわかります、痛いほどわかりますが!」
「え? 舌、いや腕? え、え? 何ですか今の?」
「おー、すごい」
そして多足蛙はぷぎーぷぎーと悲鳴をあげる森豚をしっかりと掴んで、大きな口をあけるとその綺麗に生え揃った歯で頭からばりぼりと貪りくった。
「「「「「いやおかしいだろ!?」」」」」
魔導騎士科C班の心は今日もひとつだった。
だがひとつになるのがいつも正しいとは限らない。
僕らの総ツッコミは騒音として多足蛙へとしっかり届いたようだ。
多足蛙が天高く顔をあげ、あごの袋を大きく膨らませる。
「ゲロォォオオオォォオオンッ!」
そして無数の多足蛙たちが森の木々の間から、カエルらしくジャンプして現れる。
しかしだ。
「遠吠えするカエルなんて知りませんわよ!」
「そこだけカエルらしくジャンプしたら許されると思うなよ!?」
「ん、村の子供たちを、むしゃむしゃさせるわけにはいかない」
「所詮はEランクの魔獣ですが、一応群れですのでお気をつけくださいね」
「C班、総員抜剣!」
「「「「了解!」」」」
そうかっこよく応対はしたものの。
「暇、ですわね」
僕は今、捻じ曲がった木の幹に腰掛けて、ティータイムを満喫していた。
うん、ジェイドの淹れるお茶は美味しい。
お茶請けとして出されているジンジャークッキーは彼の好物で、それだけに厳選しているのか中々おいしかった。
むぅ、以前僕が彼にあげたものよりも美味しいかもしれない。悔しいので今度リベンジしよう。
「そうは言いましても、偉大なる侯爵家の魔力をこんな雑魚どもに使うこともありますまい」
「そう、なのですけれどね」
僕とジェイドは観戦していた。
それくらい暇なのだ。
なにせ……。
「貫いて……」
ミゾレの精霊魔法によって、逆向きに生えた無数の霜柱が一匹のカエルを串刺しにする。
剣山に突き刺さったカエルがいたら、こんな感じだろうか。
他のカエルがその舌代わりの腕を伸ばすも。
「刺して……」
空中に現れた氷の槍が、ミゾレに届くよりも前にその腕を突き刺して地面へと縫いつける。
そして再びの逆向き霜柱。
ミゾレの周囲では氷によって虐殺されたカエルで溢れていた。
一方、魔法をあまり派手に使わず剣中心で戦っているやつもいる。
ジミーだ。
ぶっちゃけ彼は火の魔法が得意、というか大好きらしく、開幕使おうとしたのをみんなで止めた。
ここは森の中だ。焚き火用の弱い魔法じゃあるまいし、確実に火事になる。
「おらぁ!」
そんな彼は両刃の剣で多足蛙の腹を貫く。
けれどあれは一応魔獣、普通の獣とは生命力が違う。
その程度では仕留めきれず、大きな口を開きジミーにかぶりつこうとしたところで。
「《火矢 》」
その口から煙を吐き出した。
内部からジミーの魔法で焼きつくされたらしい。
やることがエグい。
彼は火の魔法以外も使えるはずなのに、近づく危険を冒してまで使いたかったのか。
他の多足蛙のやられっぷりをみて、腕を伸ばすのは無意味だと学習したのか、一匹の多足蛙が低空をぴょんぴょんと移動してジミーへと迫る。
それに向かって真っ向から駆け出すジミー。
走りながらも剣を構え、一騎打ちの姿勢を見せる。
「”切り裂け!”《鋭風》!」
見せただけだった。
手足全てを切断されてジャンプした勢いのまま地面に叩きつけられた多足蛙は、そのままジミーの足元へとヘッドスライディングのように飛び込んでいく。
「ほいっと」
そして頭を刺され、再びの《火矢》で脳を焼かれた。
ご臨終である。
「ジミーあなた、えっぐいですわねぇ」
「勝てばいいんだよ勝てば、決闘でもあるまいし! てかお前も戦えよ!?」
「嫌ですわよ、暑苦しい」
あと、キミ決闘でもそういう手使うよね、絶対。
まぁ実際、僕はまったく戦っていないからそこまで言わないけど。
あんな魔法が飛び交う場所へ、防壁魔法も障壁魔法も使えない僕が飛び込んだらどうなるか、考えるまでも無い。
みんなに任せるだけで終わるなら、それに越したことは無いのだ。
幸い僕はやりたい放題の悪役令嬢、今更この程度で印象が悪化することもない。
さて、ここまで来ると首席のイリスはどうしているのか気になってくる。
魔法解禁した彼女の戦いっぷりも見てみるとしよう。
「”魔力よ、全てを断ち切る光となれ”《付与・魔力刃》」
はい、イリスさんは両刃の剣の外周に、巨大な光り輝く魔力の刃を形成していた。
あの光っている部分が刃だとすると、刃渡り2mはあるだろうか。
「せえぇぇええいっ!」
それを振り回して周囲の蛙を真横に両断している。
でも本当に恐ろしいのはその切れ味よりも、その切り口周辺が炭化していることだろう。
どんな熱量なんだあれ。それでいて周囲の草木には被害が無い。
斬りつけた相手にだけ熱を与えるのだろうか? さすがファンタジー世界だ。
そして理解した。これが彼女の得意魔法であるなら、たしかに狩りでは使えない、お肉が台無しだ。
というかすごく勇者っぽい、かっこいい。
さすが首席、一番魔導騎士っぽいんじゃないだろうか?
ジミーも結構それっぽいんだけど、エグいんだよな。
騎士っていうより傭兵っぽいというか……。
「あ、クリスタさまっ!?」
「ん?」
イリスが上空を見て叫んでいる。
何かと思えば一匹の多足蛙がこちらへ向かってジャンプしてきていた。
多少距離はあるが、あいつらの跳躍力なら難なくここまでたどり着くだろう。
それを迎撃しようとイリスが剣を構えてくれるが、いい加減僕も何かしたくてうずうずしていた。
「あぁ、いいですわ、これくらい自分でやりますわよ」
僕は座ったまま《肉を切り刻むもの》に容量中の魔石を使うと、全力で上空の多足蛙へと投げつけた。
「食らいなさい! 《思いっきり投げつけるは切り刻むもの》!」
「だからそんな魔法が……って、ん?」
ジミーが何か言っているが、さすがにこんな場面でおふざけはしない。
僕だって死にたくは無いのだ。
上空へ回転しながら飛んでいった包丁は、その刃先が多足蛙に触れた瞬間に効果を発動する。
すなわち対象の肉質が肉であった時、連続攻撃するという性質を。
考えてみてほしい。
使い手の腕を勝手に動かして切り刻ませるような呪いの武器が、使い手の手元にない状態で発動したからといって、素直に何もせずにいるだろうか?
自分だけで相手を攻撃できないなんて、お上品な存在だろうか?
否、できるに決まっている。
包丁は上空で高速回転をはじめ、多足蛙をその名に恥じることなく切り刻む。
そして少し遠く、僕からおよそ7mほどの距離に多足蛙の残骸と一緒に落下。
ここで更に所持者から離れない呪いが発動する。
この呪いの発動条件は包丁と所持者の距離が5m以上離れる事なので、7mもあれば十分だ。
くるくると回転しながら所持者、つまり僕の元へと戻ってくる《肉を切り刻むもの》を慣れた手つきでキャッチする。
実は隠れてこっそりと練習していた。
今ではろくに見なくてもキャッチできるが、慣れるまでは何度か指を切った。
実は一回指も落としている。あの時は慌てて学園の医療魔導師を頼ったものだ。
回復魔法ってすごい。
「おぉ、すごいな。魔力出てたし、念動系の魔法か?」
「ひ・み・つ・ですわ♪」
魔石を使用しているので当然魔力は出る。
その魔石もできるだけ僕の魔力色に近いものを選んだ。
今回は灰色のもので、漆黒と比べたら薄いけれど遠目だったから誤魔化せたと思う。
当然勝手に連続で切ったのも、戻ってきたのも魔導武器の効果であり呪いなので、僕の魔法なんかじゃない。
だけど、それをわざわざ教える必要も無い。
勝手に勘違いしてくれるならめっけもんだし、良い女には秘密が付き物だ。
……僕は男だけど。
「さすがクリスタさまですね、周囲に被害が少ない方法で倒してしまうなんて」
「えぇ、まぁ、そんなところですわ」
イリス、褒めてくれるのは嬉しいんだけど、その巨大な剣をもって言われると嫌味っぽくも聞こえるよ。
彼女がそんな事をいう娘じゃないのはよく分かっているけれど、無邪気に褒めてるのが余計心に刺さる。
くそう、僕もそんなかっこいい魔法使いたかった!!
それからほどなくして、集まった多足蛙は全滅した。
ざっと数えてみたところ18匹ほど。
目標には少し足りないけど、ほぼ達成と言って良いだろう。
「さ、やることやりましたし、さっさと帰りますわよ」
「お前倒したの一匹だけじゃねーか!」
「ん? ちょっとまって」
「ミゾレさん? どうかしましたか?」
ミゾレは倒した多足蛙へ近づいて、お腹のあたりをまさぐっている。
傷口から手をつっこんでいるらしい。ぐろい。
「んー? 精霊がちょっと。ん、あった。ジェイドさん、これ」
「はい? 私ですか? ……なるほど、これは。お嬢様、皆さんもこちらへ」
「なんですの一体?」
できれば惨殺されたカエルになんか近づきたくないんだけど。
夏にアスファルトの上で車に引かれているカエルでも、結構インパクトがあるのだ。
それ以上の惨状に、何故わざわざ自分から向かわねばならないのか。
けど、近づいた甲斐はあった。
ミゾレが見つけたソレは、少なくとも見過ごして良いものではなかったからだ。
ソレは本来なら魔獣の腹の中になどあるはずのない。
「黄土色の、魔石ですわね」
つい最近も見たばかりの、ゴブリンの魔石だった。
シリアスさん「ステンバーイ、ステンバーイ、ステンバーイ……」
コメディさん「どうどうどう、まだだ、まだお前の出番じゃない」




