034 30万PV記念 閑話『息子からようじょな愛玩奴隷が贈られてきました……え、ママ女なんだけど!』
狭い、けれどひとりで暮らすには広すぎる屋敷で、わたしは今日も目を覚ます。
あの子が学園の寮へ引っ越してからはや数日。17年間見守ってきた身としては、息子の居ない日々が少し寂しい。
使用人はいるけれど、屋敷の維持に関わる仕事以外させてはいないし、ひとりを除いて親しい者もいない。
そのひとりも正規の使用人じゃない分けありで、現在は屋敷を離れていた。
だけど大丈夫。
このお屋敷は静かで寂しいけれど、わたしの張った結界があるかぎり危険はない。
万が一なにか来ても弾かれるし、それを乗り越えてもわたしに危険はないだろう。
この結界は屋敷と、使用人たちを守るためのもの。ママは強いのです。
まぁ息子はママって呼んでくれないんですけどね、しょんぼりですよ。
バチィンッ!
結界が破られた!?
え、なんでこのタイミングで、こんなほとんど知られていないお屋敷に、いったい誰が!
大慌てで反応のあった広間へと駆け出す。
このお屋敷は貴族の別邸としては小さいのに、ひとりで住むには本当に広い。その内半分くらい砕いちゃおうかな。
「さか、な?」
広間についたわたしはそこで魚を見つけた。
別に広間に池があって、魚を飼育してるわけじゃないのよ?
結界に焼かれたのだろう、焼け焦げて芳ばしい匂いがする大きな魚が、何故か広間の中心に打ち捨てられている。
その口から茶色い棒のようなものを出して……人の、うで?
「え、うそ、まさか次元魚!?」
触媒や消費魔力は安くすむけど、異次元に住んでいるため呼び出すのが大変な召喚獣だ。
最後にこれを使う人を見たのはいつだろうか?
そしてこれは移動用だけど騎乗用じゃない。つまり、焼け焦げた魚の中には人がいる。
「だ、大丈夫!? 魚さんごめんなさいね!」
わたしはすでに事切れている次元魚を口元から素手で引き裂くと、中の人を救出した。
もちろん暗殺者とか危ない人の可能性も高いけど、わたしは強いから大丈夫。
なによりこんな死にかたでは死んでも死にきれないと思う。わたしなら確実に化けてでる。
「あら可愛い」
「う、ぅぅ……」
中にいたのは肌の見える露出の激しい、服というよりも布を着た小さな女の子だった。
褐色の肌は艶かしく、その声は男受けしそうな甘い音。
うっすらと開いた瞳は赤く、どこか扇情的だ。
旦那さんがいなかったら女のわたしでもうっかり押し倒しかねない。この歳でこれとは、末恐ろしい幼女だ。
「ここ、は? 女神さま?」
「あら、女神さまだなんて照れるわー」
「そ、そうだ。わた、わたし魚に、さか、さかなにっ……!」
ガクガクと震えながらわたしに抱きついてくる幼女ちゃん。
うーん、さすがにこれが暗殺者ってことは無さそうかな。
本気で怯えてるし、狼藉物ならここで刺してくるくらいするだろう。
何があったのか聞いてみよう。
「大丈夫よー怖くないよー。ね、何があったのか聞いてもいいかしら。わたしがあなたの味方になってあげるから」
「みかた?」
「そそ。だからぱーっと話して話して」
普段なら安請け合いなんてしないけど、この娘はいいかなって思う。
泣いてる幼女を見捨てるくらいなら騙された方がマシでしょう。騙されても負けないし、わたしなら。
「わたし、あの、奴隷で、鞭が、貴族に、それで騎士が連れていって、お金がって怒ってて、魚、魚が」
おお、なんて要領を得ない。
わかったのは彼女が奴隷だってことくらい。たしかに首輪をしている。
まずは落ち着いてもらおうかな。
わたしは女の子を抱き締めて、安心できるように背中をゆーっくりと撫でる。
何度も何度でも撫でる。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。怖くないよ。ここにはあなたを虐める人はいないからねー」
「あ……」
ひとしきり撫でて、落ち着いた女の子から聞いた話は中々に衝撃的だった。
冒険者だった両親が死んでしまった彼女は、いく宛もなくさ迷っていたらしい。
借金奴隷になろうにも読み書きは最低限しかできず、力もなければ魔法も使えない。
この歳で夜の相手をするわけにも行かず、とうとう空腹に耐えかねてパンを盗んでしまった。
小さな細い足で逃げ切れるはずもなく、すぐに捕まり、身寄りがないことから釈放しても再犯すると判断された彼女は、犯罪奴隷に落とされてしまった。
そして幼女好きの変態に身体目当てに買われたようだ。
気持ちはわかる。この娘は女のわたしでも手を出したくなるほどの色気がある。
だが幼女だ。手を出してはいけない。
そうして連れていかれそうになって抵抗するも、首輪の効果で本気の抵抗はできない。
この娘の受けた心の傷をどう癒すか考え始めていたわたしは、その続きを聞いて数秒ほど呆けてしまった。
「ごめんなさい、聞き間違えかもしれないから、確認するね?」
「は、はい」
「クリスタっていう女の子があなたを助けて、その男の腕を切り飛ばしてあなたを買って、その後に魚に食べさせたの? 男の腕じゃなくてあなたを?」
「……はい」
ビクッと肩を跳ねさせる女の子。
なるほど、これは嘘をついている反応じゃない。
そして紋章機を使ったということは間違いなくそのクリスタは本物だ。
わたしの息子のクリスタ=ブリューナクだ。
でもおかしいな。
わたしの息子はたしかに女の子みたいな外見で、学園にも女装して通うことになった。
けど基本は無口だし、淡々と過ごしては時々美味しいごはんに喜ぶ。趣味もなく、わたしや唯一仲の良かった使用人と一緒に剣の訓練くらいしかしない。それも型の練習くらい。
そんな子だったはずだ。
決してわたくしなんて言わないし、派手に名乗りをあげたりもしない。人を家畜なんて呼ぶ子でもない。
あ、でも腕は切り飛ばすかな。
うん、やるだろう、わたしならやるし。可愛い幼女を虐める人なんて、両腕飛ばしてから生きたままダンジョンにポイしてもいいくらいだ。
それともうひとつ、たしかにこの娘は可愛いし色気がある。だから手元に置いておくために助けて買ったならわかるけど、なぜここに送ったのだろうか?
「あの、勘でもよければ」
「勘?」
「ご、ごめんなさい」
「いいのよ勘でも! 女の子の勘は当たるんだから!」
「一緒にいた女の人がわたしを気にしてたから、助けてくれたんだと思います」
「女の子!?」
「ひっ」
おっと、反応しすぎてしまった。
でもでも年ごろの息子が普段ならしないアグレッシブな行動をとって、その理由が近くにいた女の子だなんて、ママとしては反応せざるを得ない!
「どんなこだった?」
「えっと、背の低い、ピンクの髪の学生さんで、青い服の」
ふむ。息子は小さい女の子が好みだったのか。
そしてピンク髪、高魔力保持者かな?
息子は貴族なのに魔法が使えないし、ある種の憧れがあるのかもしれない。
そして青い服ということは平民の学園生だろう。
これは中々面白いことになっていそう。
「他には何か聞いてない?」
「わ、わたしは魚のエサだって……」
「あー、それはあなたをここへ送るための方便だと思うわよ」
うーん、そこがわからない。
なんでわたしに愛玩奴隷の幼女を?
助けるにしても自分で保護すればいいのに。
いや、わたしは奴隷制度が嫌いだから、この子にひどい事しないのは間違いないけど。
ま、なんでもいいか。
「とにかく話はわかったわ。今日からここを自分の家だと思って暮らしてね」
「……いいの?」
「息子からの贈り物だもの、大事にするわよ?」
嘘だ。
そんな理由なくても大事にするに決まってる。
だけど奴隷は理由のない好意を信じられない人が多い。
それだけの経験をしてきてしまった人が多いから。
だからわたしは嘘をつく。
この子が安心していられるための、優しい嘘を。
「わたしはひとり寂しく生活してるから、話し相手になってくれたらそれでいいわ」
「わかりました、ご主人樣」
「えー、なんかやだー」
「え、え?」
「もっとこうフレンドリーなのはない? 名前でもいいのよ? あ、わたしはシスティーナっていうの。他にも仲良さそうなのなら何でもいいよ」
「な、何でもですか?」
「何でもいいよー!」
女の子の頭を撫でながら、安心して貰えるよう頑張りつつ返事を促す。
ご主人さまは駄目だ。
この子が本当に仕えたいならともかく、強制されて言うのは頂けない。
わたしはそんな奴隷はいらない。
「じゃあ、お母さん、とか」
「…………」
「あ、ダメならいいの。ごめん、なさい」
わたしはフリーズしていた。
通常魔法のあれだ。相手を凍らせて動きを阻害するやつ。
そのくらいの衝撃。
わたしは完璧に理解した、してしまった。
わたしは息子がいなくて寂しい。
きっと息子も、クリスタもそれを理解している。
だから贈ってくれたのだ、幼女ではなく、養女を!
そういえばクリスタは末っ子だ。
幽閉生活は静かだけど退屈だし、弟か妹が欲しかった可能性も高い。
私は旦那さま一筋で、その旦那さまが軽く失踪中なので子供を生む予定はないし、アルちゃんやヴィリーちゃんのお母さんはもう亡くなってしまった。
つまりそういうことね、わかったわクリスタ。
ママに任せなさい!
「いいわよ、お母さんで!」
「いい、の?」
「ええ。その場合貴女を助けた人がお兄ちゃんになるけど、大丈夫よね?」
「うん、お兄ちゃん、お母さんとお兄ちゃん。ふふ……え、お兄ちゃん?」
ママ、これからこの子と楽しく過ごして、ついでにしっかり生きていけるよう鍛え上げてみせる。
なにせこの私は、魔法が使えないあの子を、並の騎士以上に鍛えあげたブリューナク家のお嫁さん、システィーナ=ブリューナクなのだから!
「あ、そうだ。あなたお名前は?」
「お母さんの子供になるなら、お母さんにつけてほしい、な」
かわいいいいーっ!
は!? 落ち着きなさいわたし。
名前は親に付けてもらった大事なものだろうに、それを捨てたい、あるいは隠したいというのは余程のことだ。
でも、そこを問いただしたりはしない。
なにより名前をつけてほしいと言われたのが嬉しかった。
クリスタの名前は旦那さまが付けたから、わたしも自分で子供の名づけをしてみたかったのだ。
「そうね、んーと。……あ! じゃあ、今日からあなたはディフィス。ディフィス=ブリューナクよ!」
「ディフィス、わたしはディフィス」
「愛称はディーちゃんね!」
「ありがとう、お母さん」
はにかむディーちゃんには言えない。
次元魚から生まれたディフィスちゃん、って名づけ方だなんて。
私はディーちゃんの腕をひいて立ち上がると、旦那さまが褒めてくれた深紅のツインテールをなびかせて、この娘のための部屋を用意しに向かう。
今日からこの広いお屋敷が少し楽しくなりそうだ。
半分砕くのはお預けにしてあげよう。
「あ、砕くといえば、その首輪邪魔よね」
ぐしゃっと握りつぶして、綺麗なうなじが見えるようにしてあげる。
「ふぇ!?」
さ、これでよし。
私は娘を奴隷扱いする趣味はありません!
クリスタ、ママ頑張るからね!
満を持してクリスタのお母さん、登・場!
【聞かれそうな捕捉】
以前のクリスタの回想では自分を指してお母さんと呼んでいますが、脳内でママなのは仕様です。
アルちゃんとヴィリーちゃんはクリスタの兄たちのことです。




