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033 わたくしゾルネ村へやってきましたわ

 巨大なハイギョに乗って、ずるずるずるずる進んでいく。 

 遮る物のない暖かな日差しが、今日は強い刺激となって僕の目を焼いている。

 しぱしぱする。こすりたいけどこすってはいけない。それでは悪化する。

 徹夜明けにこの日差しと揺れは厳しい。


「お嬢様、昨晩はお楽しみのようで」

「黙りなさいジェイド、ハイギョから突き落としますわよ」


 テントは女性用と男性用を用意していた。

 魔導騎士には身分も性別も関係ないが、貴族の子女も多く入る関係から、こうした時は寝る場所を分けることになっている。

 

 当然本当に追い詰められている時に男女一緒は嫌だとか、そんな事をぐだぐだ言う輩は魔導騎士科にはひとりもいないけど、問題も起きていない道中でそれはない。


 そしてクリスタ=ブリューナクは侯爵家のご令嬢ということになっている。

 ご令嬢だ、ご子息ではない。お嬢様だ、お坊ちゃんではない。

 当然僕のテントは女性用、イリスやミゾレと同じだった。


 イリスとは毎日同じ部屋で寝ている。

 寝ているが、ベッドはひとり一つな上大きいし、ベッドの間も2mほど離れている。部屋もそこそこに広いからそれでも余裕がある。

 だが今日は狭いテントで、ミゾレまで加わって三人川の字で眠っていた。


 ちなみに真ん中にイリス、左右にミゾレと僕だ。

 僕が真ん中にだけはならないよう譲らなかった。

 僕は悪役令嬢である。ラブコメ主人公では断じてないので、真ん中で寝て左右のどっちを見てもかわいい女の子、なんてパターンには陥らない。

 幸いな事に誰も反対しなかった。


 けれど、女の子の香りが充満しているテントの中で、すーすーすやすやと聞こえる寝息の中で安眠できるはずもなく。

 そも、ベッドではなく雑魚寝である以上、うっかり寝返りをうったり、寝相で抱きついたりしたりされたり、そういう可能性もなくはない。

 イリスやミゾレなら、もしかしたらいつか本当の事を話せるかもしれない。けれど、ここでバレるのは違う、それは最悪のパターンだ。


 それら全てを回避するため、僕は徹夜していた。

 ゾルネ村への道程が一日半でよかった。三日とかだったら死んでいた。

 悪役令嬢、寝不足で死亡なんてことになったら、かつて読んだ作品に登場する悪役令嬢(せんぱい)たちに顔向けができない。


「そんなに寝づらかったですか?」

「そんな事ありませんわ、ぐっすりでしたもの」

「ん、眠そう」

「クリスタさまお化粧してますし、体調悪いんですよね?」


 僕は普段化粧なんてしない。いや、スキンケアはしているが、それだけで済むほどこの肉体はハイスペックなのだ。

 けれど今朝は、自分でもちょっと顔色が悪いなぁと思ったので化粧をして誤魔化していた、のだが。


「あら、淑女の嗜みでしてよ?」

「普段してませんよね? ファンデーションでクマを隠してると見ました」

「要らない知恵を身につけましたわね」

「クリスタさまが教えてくれたことですよね?」


 その通りである。

 初めて会った時は化粧っ気もない素材だけはいいという女の子だったのに、立派に成長したものだ。

 でも彼女の名誉のためにも、化粧やらなにやら教えたのが男だということは、やはり隠し通す必要があるかもしれない。


「お、見えてきたな」


 ジミーの声にみんな揃って、一斉に進行方向を見やる。

 まだ少し離れているが、平原から深い森へとかわる中間に小さな村が見えてきた。


 徐々に近づいていくにつれ、小さくはあるが建物はしっかりとしたつくりで、村を囲うように木製の頑丈そうな柵があるのも見て取れる。

 だが、その入り口には多くの人が詰めかけ、大騒ぎしているように見えた。

 

「なんだ? 問題でも起きたか?」

「もしかして、討伐予定の魔獣が村に入ってきたんでしょうか」

「まって、聞く。”教えて”」


 ミゾレが呟く。

 ぱっと見ではなにも変化はないが、彼女は目を閉じると「うん、うん」と頷く。

 それを数回繰り返してから、そっと目を開き顔を上げる。


「風の精霊に、村の様子を聞いた」

「何事ですの?」

「巨大な化け魚、こっちに来るからどうしようって騒いでる、って」

「「「「…………」」」」

「降りますわよ。ジェイド、返還なさい。ここからは徒歩ですわ」

「かしこまりました」


 考えてみれば当たり前だった。

 今では平然と乗っている僕達も、はじめて見た時はギョっとしたし、王都でも大騒ぎだった。


「え? 王都の騒ぎはクリスタのせいなんじゃ」

「さ、行きますわよ!」


 ジミーの言葉は無視して、それから1時間ほど歩いて村へたどり着いた。

 平原って遮るものが草くらいしか無いからね、見えた程度の距離じゃ大分遠かった。


 なお、その一時間の間に。


「あ、お嬢様、伝え損ねていたのですが」

「なんですのジェイド?」

「ゾルネ村ですが、半年ほど前からアルドネスさまの所領となっているようです」

「何故黙っていましたの!? そして何故いま言いましたの!?」


 なんて大問題を告げられたりもした。





「よ、ようこそゾルネ村へ! か、歓迎いたしますぞ!」

「おい、声震えてんぞ爺さん」


 僕らを出迎えてくれたのはゾルネ村の村長さんだった。

 魔導騎士科の学生が行くことは、事前に学園から通達がいっている。

 そして魔導騎士科といえば、無事卒業できればその時点で魔導騎士……そう、騎士の文字が入っていることからも分かるとおり、一代貴族だ。

 未来の貴族であること、そしてイリスのように平民から実力でそこまで伸し上がった人は平民たちの希望として大歓迎される、のが普通らしい。


「あの家畜今にも倒れそうですわよ」

「お爺さん、かわいそう」

「魔獣問題で困ってるところに、あんなもん見せられたら仕方ないとは思うけどな」


 あんなもんとは、言うまでもなく巨大ハイギョだ。

 正確にはジェイドの召喚獣《異世界に(ラージ・ )住まいし巨大なる肺魚ネオケラトドゥス・フォルステリ》だ。特に正式名で呼んだ意味はない。

 しかも間が悪いことに、二日目に呼んだヤツは一日目のよりも一回り大きかった。

 触媒にヴォイドレックスの残骸を使ったから大物が釣れたんだと思う。


「まぁいいですわよ、どうせ応対するのはイリスですし」

「んだな、俺らは適当に村を見て回るか」

「では森豚を見せていただきましょうか。他の場所には中々居ない希少種なのですよ」

「じゃ、そういうことで……」


「待ってください皆さん! なんでわたしがっ!?」


「「「「首席だから」」」」


「わたし、こんなことになるなら力なんて要らなかったです!」


 そんな邪神の力に目覚めたヒロインみたいなこと言われても困る。

 班長、つまりリーダーを一々決めなかったのは、魔導騎士科では有事の際は序列が上の者が勤めることになっているからだ。

 そしてイリスは首席、序列一位。どうあがいても責任者である。


「クリスタさま待ってください! 本気出したら絶対1位ですよね、ブリューナク侯爵家じゃないですか!」

「ふふ、イリス、よくお聞きなさい?」

「クリスタさま?」

「どう(わめ)こうともあなたの序列が一位で、わたくしの序列が十五位、最下位であることは変わりませんわ」

「そんなっ!?」


 僕とジェイドは中途転入のため序列決めの試験を受けていない。だから暫定で下位2席ということになっている。

 それに、実際に試験を受けたとしても、魔法を使えない僕が本気の魔導騎士科に勝てるわけが無い。

 結局イリスの序列は変わらないのだ。


「ジミーさん! 首席になりたかったんですよね!」

「序列ってのは、自らの力で勝ち取るものなのさ。あ、ミゾレあっちに森豚いるぞ森豚」

「ん、観察する」

「ちょっ、こうなればジェイドさん。いない!?」

「ジェイドなら速攻で酒場に突撃しましたわよ?」


 お酒飲みたいって言ってたからなぁ。

 ちなみにあのつくねもどきや肉は多少残してある。

 ハイギョにあげてもまだ残ったからっていうのと、なんだかんだでみんな気に入ったからだ。


「クリスタさまぁ……」

「何を嫌がってますのよ、ただのお爺さんじゃない」

「だって、わたし怯えられながら会話するのって慣れていなくて……」


 まぁイリスは優しいからな。そして強い女の子だ。

 無論、戦闘力的な意味で。


「クリスタさまなら慣れてるかなって」

「どういう意味ですの」

「だめですか……?」


 本来なら班長が何を情けない事を、とお説教するべきなのかもしれない。

 ただなぁ、イリスが、というか僕らが怖がられてる理由がジェイドの魔法だから強く出にくい。

 ハッキリと彼が僕の付き人だって明言したことは無いけど、魔導騎士科の面々は普段のやり取りで察しているだろう。

 それはこの班の皆も同様だ。

 付き人のミスを押し付けるのは心が痛む。


「……はぁ。今回だけですわよ?」

「やった、ありがとうございます!」





「そこの家畜長! わたくしの美貌に恐れ慄くのは当然ですけれど、さっさと魔獣の情報をお寄越しなさい!」

「ひいいいいっ! な、なんですじゃ突然!?」

「何言ってるんですかクリスタさま!?」


 え、だって僕、クリスタ(悪役)ブリューナク(令嬢)だもん。

 美しさは罪だよね。具体的な罰則は女装。現在執行中。


「そ、村長さん、問題の魔獣について教えていただけますか?」


 僕を後ろにおいやってイリスが話しかける。

 解せぬ。


「わ、わかりました。ではわたしの家に来ていただきたい。魔獣の絵などをまとめてありますのじゃ」

「よろしくてよ」

「なんでそんなに偉そうなんですかクリスタさま」

「偉いからに決まっていますわ」


 だって侯爵家のご令嬢だもん。

 本当は三男だけど。


「そうでした……」

「さ、こちらですじゃ」

「行きますわよイリス」


 村長さんの家は木製だけどしっかりしたつくりの家だった。二階建てに地下室まであるらしい。

 この規模の村には似つかわしくない、小ぶりのペンションみたいな感じだ。

 余程森豚は儲かるのだろう。

 まぁ学園が15人しか居ない魔導騎士科の実地訓練先として選んだくらいだし、それだけ貴重な村ってことかもしれない。


「こいつですじゃ」


 リビングの大きな、これまた木製の机に図鑑に描いてありそうなイラストが広げられている。

 紙は、羊皮紙? 随分古いものだな。グリエンド国は一応紙の大量生産に成功しているから、羊皮紙は逆に高級品だ。


「これは、マッチフロッグですね」

「燃えますの?」

「いえ、多足のほうです」


 真面目なトーンで返されてしまった、ちょっと哀しい。

 羊皮紙に描かれた魔獣は六本足、正確には前足四本に大きな後ろ足が二本の化け物カエルだった。


「今年はこやつが大量に現れましてのう。いまはまだ森の中で森豚を襲っているだけですが、いつ村人を襲うとも知れんのです」

「今年は、ということは今まではどうしていましたの?」

「魔獣は普通の動物に比べて繁殖力が低いですから、森豚を多少食われても問題なかったのです。幸い森豚は多産ですしのう、例年ならそうたいした被害はないのですじゃ」

「それが今年は大繁殖しちゃったんですね」


 マッチフロッグそのものは特別人に対して凶暴ということはないらしい。

 ただその食欲がすごいらしく、三日に一度は森豚一頭を食べてしまう。

 とはいえ森の中には野生の動物もいるので、例年なら多少食われても問題にならなかった。

 ところが今年はその量が凄まじいらしく、このままでは森豚どころか森の生き物を食べつくしてしまうのではと恐れ、冒険者ギルドに依頼を出したところ。


「ロバート教官が丁度いいからと魔導騎士科で引き受けたらしいです」

「なぜ学園が冒険者ギルドの依頼を受けますの?」

「学園と冒険者ギルドは提携しているんですよ。今回の実地訓練みたいな課外授業に丁度良い依頼があれば回すようにって」


 冒険者ギルドは国営ではなく、複数の国家にまたがって活動している団体だという。

 そのため冒険者の扱いは国によって英雄から不埒者まで差があり、依頼でいった他の国で困る、という事もよくあるらしい。

 けれど国営のガイスト学園と提携しているとなれば、少なくともこのグリエンド国では一定の信頼を受けられる。

 学園も授業に丁度良い情報などをあつめてもらうことができるので、Win-Winの関係というやつだ。

 ジェイドとミゾレへあっさり随員になる依頼を出したり、それを受けたりできたのもここら辺が関わっている。


 って、イリスに聞いた。


「はじめて知りましたわ」

「最初のほうの授業で説明があったんですけど、クリスタさまとジェイドさんは転入でしたから」


 それもそうか。


「このカエル、ランクはどんなものですの?」

「冒険者ギルドの、あ、グリエンド国はわかりやすいので冒険者ギルドのランク付けをそのまま使ってるんですけど、それによると危険度ランクはEです」

「あのトカゲより低いですわね」


 ただこのランクは個体でのランクだ。

 今回は大繁殖しているそうだし、複数に囲まれたらどうなるかわからない。

 カエルが連携してくるとも思えないけど。


「ともかく引き受けます。全滅させますか?」


 小柄で愛らしいイリスの口から皆殺し発言が飛び出す。

 その実力と容赦のなさはヴォイドレックスの狩りで知っているけど、結構驚く。

 なんていうかもう、ギャップがすごい。


「あぁ、いえ、例年程度まで減らしていただければそれで、えぇ」

「うーん、どれくらい狩ればいいですか?」

「そうですな、いつもなら見かけるのは精々30匹ほどですので、ざっと50匹ほど」

「多いですわね」


 つまり今年は80匹くらいいるのか。

 倍以上じゃないか、なにがあったんだ。


 魔獣は魔法を扱えることから非常に頑丈かつ長命で、最小存続可能個体数が少ない。

 いま何匹いたら100年後も絶滅してないですよっていうアレだ。

 ぶっちゃけ魔獣は雌雄一対生き残っていれば100年どころか1000年でも余裕っていうのが居るくらいしぶとい。


 そんな魔獣の、しかも人を襲いかねないのが80匹とか怖すぎる。


「わかりました、問題ないです。ではわたしたちは班員と打ち合わせをしたいのでお(いとま)します」

「おぉ、ありがとうございます。これで枕を高くして眠れますじゃ」

「気が早いですわね」

「なぁに、あの高名なガイスト学園の魔導騎士科の皆さんが引き受けてくださるのです、なにも心配することなどありませんわい」


 村長さんの期待値がかなり高い。

 あらためて魔導騎士は平民の憧れと崇敬の対象なんだと理解した。

 




「今更ですけれど、こういう情報って事前に学園が調べておくものではありませんの?」

「こういうのも実地訓練の一環、らしいです」


 他のみんなと合流するために村長宅を出る。

 みんな好き勝手に行動するみたいなこと言ってたけど、どこへいったかな?


 と思ったら、村の広場に巨大な氷の彫像が鎮座していた。

 豚っぽいけど、あれが森豚だろうか。いやまさかな。


「うおおおおお耳長の姉ちゃんすげえええええ!」

「ふ、敬って……」

「おねーたんカエルたんも作ってー!」

「ん、任せて…… 」

 

 ミゾレが精霊魔法で村の子供たちに氷の彫像を作っている。


「お、兄ちゃん若けえのにいける口だな?」

「ふふふ、これくらいならまだまだいけますよ。あ、こちらのつくねもどうぞ」

「おお、うめえじゃねーか! なんの肉だ、鶏か?」

「ヴォイドレックスです」

「マジかよ!?」


 その横で、朝からジェイドがエール酒をかっ食らって村人らしきおじさんと意気投合している。


「ほーら魔法の炎だぞー、すげーだろ」

「兄ちゃんかっこいいいい!」

「もっとやってもっとやって!」

「えー、地味。もっと派手なのできないの?」

「ははは、任せろ! ”燃え盛れ火炎、猛き焔よ”《焼却(フロガ)――」


 ジミーが村の子供たちに火の高位魔法を。


「って、おやめなさい!」

「詠唱までして村ごと焼きつくすつもりですかー!?」


 とりあえず、ジミーはイリスとふたりで叩いて止めた。


 こいつらが憧れと崇敬の対象、で本当に良いんだよね? 

子供たち「大道芸人のひとだー!」

一同「違うから!?」


明日はお昼の12時に30万PV記念の閑話を投稿予定です。

ついに名前すら出ていなかったあの人の登場になります。誰だ。

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