032 わたくし上手に焼けましたわ
分厚い刃を振り下ろし、切って切って切り刻む。
無防備に受けるしかないその肉体の魂はすでにこの世になく。
抜けがらは一方的に蹂躙される。
どこまでも、どこまで、細く小さく細切れに。
血をすすり、肉を切る事をひたすら望む呪いの刃は、使い手の望みの通り、しかし自らの意思で使い手の腕を動かし、相手の尊厳すら切り刻む。
僕はいまヴォイドレックスの肉をミンチにしていた。
いやね、最初はイリスに運んでもらう予定だったヴォイドレックスなんだけど、なぜかみんながいたので運ぶのを手伝ってもらったんだ。尻尾だけ。
うん、尻尾だけで十分だった、でかかった。
そして解体用の大ぶりのナイフを切断面から肉と皮の間にさし入れて、慣れた手つきでするすると解体していった。
イリスと、ジェイドと、ミゾレが。
僕とジミーは見てただけ。
貴族組にそんなスキルを求めてはいけない。
そして軽く切った後、薄切りにして火であぶり、齧ってみたところ……。
固くて噛めたものじゃなかったんだよこいつ!
味は鶏肉っぽかったので食べられなくは無いと思う。だったら噛めるようにすればいい。
その結果、ヴォイドレックスの肉はいま《肉を切り刻むもの》によってこうして切り刻まれている。肉を切り刻むものの本領発揮である。
あの日魔導具店で《肉を切り刻むもの》を買った先見の明を褒めてほしい。
軽快にミンチを作り上げるこいつが、本当は魔導武器じゃなくて魔導調理器具として作られたものでも驚かない。
というかそうして作られた後に呪われたのではなかろうか。わりとマジで。
「豪快ですね、クリスタさま」
「イリス、そちらは準備できまして?」
「はい、完璧です!」
彼女の手にはいま、平原の長い草を束ねてよじった棒のようなものがある。
そして、それはうっすらと桃色に輝いていた。
「イリス特性草の串、防壁魔法重ね掛け、用意できました!」
「それは重畳ですわ」
この平原には木や、串を作るのに適した枝などはない。
目的地のゾルネ村までいけば森があるけれど、それも今は遠くだ。
だから長い草に防壁魔法をかけて固くしてもらった。
ちゃんと硬度が増すのは巨大ハイギョで検証済みだ。通常なら対象物のしなやかさを阻害したりはしないけど、今回はわざと魔法の質を落としてもらったのでガチガチになっている、
それを何度もかけられ、いまとなっては草であるにも関わらず鉄のように硬い。
「なぁ、それもう攻撃用の付与魔法じゃないか?」
「違いますよ?」
「何を言ってますのジミー。どうみても調理器具ではありませんの」
ジミーが何か言っている。
僕は魔法が使えないが、防壁魔法が防御用というのは常識だ。
魔導騎士科の面々だっていつも使っているだろうに、そこの次席がなにをトンチンカンな事を言っているのか。
「良い感じに切り刻めましたわ。さ、その草に刺して焼きましょう」
つくねみたいな感じだ。
どんなに固い肉だろうと、ミンチにしてしまえばどうという事はない。
「はーい、クリスタさま。お肉貸してください」
「ん、わたしもやる」
「あぁ、お嬢様お待ちください。焼く前に塩を混ぜこんでおきましょう」
片道1日半の距離とはいえ、この世界では何があるかわからない。
だから他の調味料はないけれど、塩だけは念には念を入れて持ってきていた。
人類には水と塩分が必須だが、それはハーフエルフも変わらないらしい。
水?
魔法で出すと魔力の混じった水になってしまって微妙に本物と違うのだけど、ミゾレの使う精霊魔法だと本物の真水を出せるらしい。
道中で少し飲ませて貰ったけど、これがまた美味しかった。
どこぞの湧き水で名水だとか言われても普通に信じる。
お陰さまで荷物が軽い。
エルフは人間の使う魔法を詠唱魔法、エルフの魔法を精霊魔法と呼び分けているらしい。
自分で詠唱して魔力を使うから詠唱魔法。対して精霊魔法は魔力を精霊に分け与えて、精霊に魔法を使って貰うから精霊魔法。
それぞれメリットデメリットはあるけれど、それはまた今度にしよう。
ちなみに人間は弱くて簡単な魔法を通常魔法。遥か昔に作られた高度な魔法を高位魔法と呼んでいて、自分達の魔法そのものは魔法としか呼んでいない。
あれだ、国語の授業を日本語の授業と呼ばない感じ。
エルフがしっかり呼び分けてるのを知った後だと雑に感じる。
話が逸れた。
とにかくここには新鮮な肉と塩、それを焼く炎が揃っている。
肉を刺して、というかミンチ状態のをくっつけている草は長い。
具体的にはバーべキューに使う中でも特に長いあの鉄串くらいには長い。
それの肉を刺したのとは反対側を地面に突き刺し、焚き火の魔法で炙るようにして熱を通していく。
3分経過。火はまだ通らない。
5分経過。まだまだ。
10分経過した。さすがにおかしくないか?
「あっ」
「どうしましたの?」
「すみません、燃やす対象にお肉を含めるの忘れていました」
みんな一斉にずっこけた。
いや、座って待ってたんだけど、それでもこう、肩からずるっと漫画みたいにね?
そりゃ、対象の魔力しか燃やさない安全な焚き火なのだから、肉が燃えては困る。
暖をとるくらいのちょっとした熱は伝わってくるから、味見したあの固い薄切り肉は火が通っていたんだろう。
つくねはご存知肉の塊だ、軽い熱で火が通るわけがない。
イリスは顔を赤らめて誤魔化し笑いをしているけれど、かわいいから許しておこう。
みんなも特に責める気はないようで、燃やす対象にしっかりヴォイドレックスの肉を追加してから、ゆっくりと6分ほど待った。
余談だが、魔法発動時に魔力だけでなく燃やしたいものをほんの少し、欠片ほど触媒として加えることで対象に追加できる。
「そろそろいいかしら?」
「ん、大丈夫。肉の精霊が焼けてるって言ってる」
「精霊魔法すごいな!」
「本当にそんな精霊がいるんですか?」
「嘘。本当は生命の精霊」
「焼き加減が分かるのは本当なのですね」
ミゾレの、というか精霊の意外な特技を知りつつも、無事に調理が終わる。
料理ってほど立派なものではないな、うん。
食材とか、道具の準備のほうに手間がかかってるし。
でも案外、そんなものなのかもしれない。
僕は今生では出された料理を食べるばかりだったし、前世でもスーパーで売っている食材を買っていただけ。生み出す苦労を想像はしていても、実際に体験したことはない。
小学校の頃授業の一環としてトマトを育てたことはあるけれど、あれはノーカウントでいいだろう。
「いただきます」
あの固い肉を思い出し、ドキドキしながらの、最初の一口。
ぱくりっ。こりこり、もぐ、こりこり、もぐもぐ。
表面のすこし焦げてパリパリになった部分を歯が通り、中の肉へとたどり着く。
元々の肉質ゆえにちょっと固く感じる部分はあるものの、豚の軟骨より軟らかいくらいなので問題ない。
予想以上の肉汁が溢れ、口の端からたれそうになるのを慌てて抑える。
味は単純だ。鶏っぽいけどちょっと固めのつくね(塩味)。
そう、言葉にすれば簡単だけど、これはついさっきまで動き回っていたお肉だ。
これ以上ないほどに新鮮なその肉は、今まで食べてきたものとは違うベクトルで美味しいと感じられた。
「ふふ、おいしいですわね」
「クリスタさま、お代わりいいですか?」
「好きになさい。どうせまだまだあるのですから」
「やった、ありがとうございます!」
イリスも気に入ったらしい。
どんなに良い乾し肉でも、所詮は乾し肉だ、獲りたてには敵わない。
「おー、思ったよりうまいなこれ。粗野だけど、だからこそ美味いっていうか」
「ん、美味」
「…………」
概ね好評のようだ。
でもジェイドだけ黙っている。口に合わなかったのだろうか?
「ジェイドさん、口に合わなければ無理に食べなくても大丈夫ですよ?」
「イリスさん、意地汚い」
「え、あ、違っ」
「クリスター、イリスがお代わりほしいってよ」
「はいはい、食い意地の張った下僕だこと」
ジェイドに声をかけつつ、目がしっかり彼の分の肉を見てるのだから誤魔化せるはずもない。
「うぅ、そういう意味で言ったんじゃ」
「要りませんの?」
「食べます!」
みんなが食べている間に追加しておいた焼きたてのつくねもどきを差し出すと、すごい勢いで食らいついてきた。
池のコイにエサをやった時並みの速度だ。
イリスがコイみたいに複数いなくてよかった。
「てかジェイドは本当にどうしたんだ?」
「あ、いえ、申し訳ありません」
「謝罪はいい。どうしたの?」
ジミーとミゾレにも問いただされたジェイドは、どこか遠くを見ながら一言。
「なぜここにエールがないのかと思いまして」
「「「「ああ、飲兵衛」か」でしたのね」だったんですね」
「なぜ誰もエールを持ってこなかったのですか!」
「「「「怒られた!?」」」」
なぜと言われても困る。
この国、奴隷はいるし身分差別は激しいし、双方の合意があれば性に関してもわりと自由なんだけど、成人年齢は18歳なのだ。そして酒に関しては成人しないと飲んではいけないことになっている。
まぁ、犯罪奴隷だと無理やり飲まさせられることもあるんだけど。犯罪奴隷は所有品・道具扱いで人権ないからなぁ。
僕とイリスとジミーが同い年で17歳。さすがに誕生日はバラバラだけど、それぞれまだ先だ。
ミゾレに到っては14歳。ハーフエルフなので人より長生きで老化も遅いが、ミゾレに関しては外見詐欺ではないらしい。
唯一成人しているのが18歳のジェイドなので、彼が持ち込んでいない以上ここにお酒はない。
「ところで、ジェイドさんとミゾレさんはずっと冒険者をしてるんですよね? 今まで狩った獲物を食べたことなかったんですか?」
イリスの単純な疑問に、しかし彼らは遠い目をしていた。
「無くはない、けど。旅って、お金かかるの。馬車とか、宿とか」
ミゾレはかなり遠くの国からグリエンドまでやってきたらしい。
いつ路銀が尽きるとも知れず、またお金になる獲物がいないとも限らないので道中はほとんど保存食だけだったとか。
「私は、妹のために全部回していたので……」
「妹なんていましたの!?」
衝撃の真実発覚である。
高ランク冒険者の稼ぎを全部回されるって、いったいどんな妹さんなんだろうか。ちょっと、いや結構気になる。
「どんな妹さんなんだ?」
「秘密です」
「教えて?」
「ダメです」
「ジェイドさん、そこをなんとか!」
「いやぁ、お酒があったらうっかり口を割ったかもしれませんねぇ」
「ジェイド、さっさと白状なさいな」
「お嬢様にだけは絶対に教えません」
「何故ですの!?」
解せ、る……悔しいけど僕に妹がいてもこんなやつに教えないわ。
ジェイドは僕の性別を知ってるから、彼視点では初対面の女の子に下僕になれっていう男だぞ、僕は。
そりゃ教えないよね、とほほ……。
それからも話は二転三転し、ミゾレの精霊魔法のくだりで気になっていた事を聞いて見た。
「ねぇミゾレ。精霊魔法ってわたくしには使えないのかしら?」
今まで人間の魔法、つまり詠唱魔法しか知らなかったから諦めていたけれど、精霊に無理やり魔力を引き出して貰うよう頼めれば、僕にも魔法が使えるかもしれない。
「一応、精霊に好かれる人間もいる。でも……」
「やっぱり他の種族に教えてはいけないのかしら?」
もしそうなら残念だけど、諦めよう。
ミゾレとはまだそんなに話していないけれど、仲良くなれたと思っている。
そんな相手に無理強いをして嫌われたくはない。
「ん、それは大丈夫。エルフのお年寄りならともかく、わたしはハーフだし」
「では教えてくださいますのね!」
僕のテンションが跳ね上がった!
「う、ごめんなさい。ブリューナクさん、精霊に嫌われてるから……」
「え……」
僕のテンションが地の底まで落ちた……。
「特に生命の精霊が、スライムとかゴーレムとか、あとサキュバスみたいな、男にも女にもなれるようなのを見たときみたいに、その、すごく気持ち悪いって……」
テンションはついに海底へとたどり着いた。
僕は泣いた。
本当に泣くわけにはいかないので心で泣いた。悪役令嬢に涙は似合わない。
悪役令嬢が泣いていいのは婚約者に捨てられた時と、悪事がばれて処刑される時と、爵位を剥奪されて平民に落とされたり、国外追放される時だけだ。
結構あるな。
そっと夜空を見上げた。
澄んだ空気に、遮るもののない平原。
地球より遥かに大きな月と、無数の星の光を受けて、普段は見ることのない空気中の魔力が色鮮やかに輝いている。
これを見れただけでも、この世界に転生できて良かったと思う。
だから良いんだ。
魔法使えるかなって期待したら、精霊に気持ち悪くて嫌いって思われてると判明しても。
さすが精霊だ、本能的に僕の今の状態がおかしいと分かるのだろう。
どうみても女にしか見えない男が、女装してお嬢様口調で「ですわですわ」言ってたらそりゃ気持ち悪い。
そうさ、ミゾレからの初めての長セリフが罵倒でも、気にすることなんかない。
うん、世界の美しさと精霊の凄さが分かって本当によかった。
あ、流れ星が点いたり消えたりしている。彗星かな? 違うか、この世界なら魔力かなぁ。ぱぁーっと動いてて、綺麗だなぁ。
「クリスタさま、クリスタさま!? 大丈夫です、クリスタさまは気持ち悪くなんてありません! お綺麗ですから、ですから帰ってきてくださいクリスタさま!」
「ミゾレ、お前精霊の意思を伝える時に直訳する癖やめろよ……」
「ごめんなさい。まさかブリューナクさんがこんなに打たれ弱いなんて。……どうしたらよかった?」
「直訳ではなく、翻訳でしょうか。いえ、結果は余り変わらなかった気もしますが」
「なぁ、興味本意で聞くんだけどさ、どんくらい嫌われてんのあいつ」
「ん。関わるの怖いって、精霊が攻性魔法撃ってくれないくらい」
「「あぁ、それはひどい」」
「クリスタさま、美味しいものを食べて忘れましょう。ほら、ヴォイドレックスのお肉です、あーんしてください、あーん」
「あむ……美味しいですわ。あらイリス、何を泣いていますの?」
「帰ってきてくれましたああああぁぁぁ!」
え、え?
何この状況。何でジェイドたち微笑ましいものを見る目でこっちを眺めてるんだ?
なんだかよくわからないけど、ヴォイドレックスのつくねは美味しかった。
色々と情報を出してみました。いわゆる夜会話というやつです(違う
ところで僕の中ではここまで書いたら1章、ここからで2章という内訳が脳内にあるんですが、作品としても章わけしたほうがいいでしょうか?
その区切りごとにそこまでの登場人物の紹介を差し込もうと思っています。
ちなみにまだ1章です。クリスタたちが予定に無いトラブルばかり起こすので進みがあああああ!




