031 ヴォイドレックス1頭を狩猟せよ
「イリス、率直に聞きますけれど、これ倒せまして?」
「あ、はい。倒すだけなら瞬殺できると思います」
なんか照れながら言ってる姿が可愛いんだけど、まじですかイリスさん、この火吹き恐竜瞬殺できるんですか……。
まぁ、そうか。僕の知ってる範囲でも、アルドネスに使った拘束魔法を放てば一方的に攻撃できるもんな。
「ただ、さすがに剣だけだと。でも攻性魔法を使うとお肉が……」
そうだよね。
今回は討伐じゃなくて狩猟が目的。
言っちゃ悪いけどヴォイドレックスの命ではなく身体に用があるのだ。
殺すだけじゃ意味がない。となると基本は剣やそれっぽい魔法中心かな?
僕は魔法を使えないけど、一応イリスに提案だけはしておこう。
「この際肉質が悪くなるのは構いませんわ。けれど、火などはやめてくださいます? 焦げてしまったらさすがに食べられませんもの」
「クリスタさま、わたし、ミディアムレアが好きです」
「奇遇ですわね、わたくしもですわ。でもこのトカゲが生でいけるかわかりませんし、今回は諦めましょう」
「うぅ、残念です」
食あたりは回復魔法で治せないからね。専門の回復職さんなら時間をかければできるかもしれないけど、この班にはいない。
さて、抜剣した僕らだけど、そのまま斬りかかったりはしなかった。
どう攻撃したら美味しいお肉になるか、その見極めをしていたからだ。
また、ヴォイドレックスのほうも大きなウサギを食べてご満悦なようで、僕らを襲おうとはしない。
そのウサギさえ食べなければ僕らに狙われることもなかったとも知らずに。
相談の末イリスの魔法でヴォイドレックスを拘束、その後イリスが首を落とすことになった。
え、僕? 見てるだけだよ。
……真面目な話、いくら強くても女の子にだけ戦わせるのは気が引けるんだけど、イリスに聞いた限りヴォイドレックスは強敵だ。
硬い鱗は刃物を弾き、近距離ではあの口による噛みつきからの飲み込み。中距離では長い尾と火炎の息がくる。
普通なら相当苦戦するだろう。
普通なら。
しかし魔法が使える魔導騎士なら話は別だ。今回のように遠距離からの高火力魔法が使えない状況でも、拘束魔法で動きを止め、付与魔法で切れ味を増した剣で切り裂くことができる。
僕には出来ないけど。
この狩りに参加したらそれが露呈しかねない。
命がけの戦いの中、魔導師最強たる侯爵家のご令嬢が魔法を使わない理由がない。
使うまでもなく倒せるならともかく、僕にそこまでの剣の腕はない。
イリスのフォローだけでもと思ったけど、それこそ魔法じゃなくて剣を使う言い訳が思いつかなかった。
「ウサギを狩るだけでも本来わたくしがやることではありませんのよ。イリス、後は任せましたわ」
だから適当な事を言って高見の見物を決め込むしかないのだ。
あの時のクロスボウでも持ってくればよかったな。学校の備品なら3000ジェムには含まれなかったかもしれないし。
「では、いきます! 《拘束する ……ッ!?」
「なっ!?」
イリスの省略詠唱が終わるよりも早く、奴の大口から火炎の息が放たれた。
通常詠唱では察知される恐れがあるため、イリスは省略詠唱でヴォイドレックスを拘束しようとしていた。
さすがにこの巨躯が相手だと、無詠唱では力不足になると判断したからだ。
なのに、このトカゲは呪文名を言い終わるよりも早く魔法の発動を察知し、イリスとその後ろの僕へと容赦なく火炎の息を吐き出した。
走って逃げる余裕などなく、咄嗟に後ろへステップするけど、かわし切れない!
炎が僕の肌を舐めるように迫るが、身体を地面に投げ出し、転がって3mほど距離をとる。
せっかくの改造制服に土がついたけど、焦げてしまうよりは余程マシだ。
「クリスタさま、ご無事ですか!?」
「当たり前ですわ! イリスは、無事のようですわね」
僕を包もうとして、僕が必死に交わした炎は今尚僕の前方を覆っている。
そしてイリスも、炎が吹かれる前と変わらぬ姿でそこにいる。
いや、正確には彼女の周囲にうっすらと桃色の膜のようなものが見えるから、咄嗟に障壁魔法を使ったんだと思う。
僕はこれでも並の騎士と同等程度には戦えると思っていたのだけど、イリスにとってあの攻撃は避ける必要すらないものらしい。魔導騎士と魔法が使えない騎士の差を改めて思い知らされた気がした。
でもいいのだ、僕は騎士じゃない。
悪役令嬢だ。
そして悪役令嬢の仕事は部下を使って嫌がらせすることなのだから、自分が強い必要はない。
「このトカゲッ! 服が焦げるかと思いましたわ!」
「なんで障壁魔法展開してないんですか!?」
「なぜこのわたくしが、この程度の相手に魔法を使わねばなりませんの!?」
「逆切れ!?」
おぉ、イリスの言葉が乱れている。清清しい逆切れに余程動揺したらしい。
気持ちはわかるけど。
せっかくだ、多少苦しいことは理解しつつ、これを魔法を使わない理由にさせてもらおう。
「わたくしに魔法を使わせたければ、高位の魔物でも連れていらっしゃいな!」
一度や二度の連撃では無意味だと判断し、容量極少ではなく、少をも通り越して中の魔石を取り出す。
いつものように包丁をなぞり魔力を宿らせると、炎を吐き終えたままのマヌケな顔目掛け跳躍して切りつけた。
この世界の鍛え上げた人間は、元の世界の人間とは比べ物にならない身体能力を有する。
たぶん魔法という形にならずとも体内にある魔力が、なにがしかの作用をしているのだろう。
その分、元の世界より遥かに凶悪な獣が跋扈してるんだけどね。
その凶悪な魔獣の眉間へと、狙いたがわず刃が直撃した。
ゴンッ、と鈍い音を立てて包丁が弾かれる。
そして呪いからなる能力は、発動しない。
ダメだっ、ウロコが固すぎて肉として認識されてない!
爬虫類のウロコは硬質タンパクのケラチンが主体のはずだから、タンパク質という括りでは肉と変わりないと思っていたけど、どうやらこの能力はもっとあやふやなものらしい。
たぶん切ったとき肉っぽいかどうかとか、そんな適当な理由だと思う。
ウロコを切ったとき《肉を切り刻むもの》が嫌がっていた、気がした。
これも呪いの効果だろうか、ほとんど確信に近いものを感じる。
その隙を狙い、太くて長い尻尾が、空中でバランスを崩す僕を横殴りに吹き飛ばそうと迫り。
「せええぇいっ!!」
イリスの剣で切り落とされた。
大きな丸太のような断面を晒しながら、切り落とされた尻尾が地面をベシンベシンと跳ねている。
凄まじい生命力だ。
「グアアアアアァッッ!!」
「そこです!」
自らの一部と別れを告げた痛みに叫ぶ魔獣へと、返す刃でイリスが追撃をかける。
その一撃はヴォイドレックスの下顎を切り落とした。
だがイリスはまったく嬉しそうではなく、悔しそうですらあった。
「ダメっ、浅い!」
「ゴオフっ」
恐らく首を刎ねるつもりだったんだろう。それがヴォイドレックスが叫んだ拍子に狙いがずれ、その成果は下顎にとどまった。
そして残ってしまった首が火炎の息によって大きく膨れ、しかし炎は溜めて吐き出すための口はもはや用を成さない。
このままなら失ってしまった下顎のほうへ、真下にいるイリスへと向かい、荒ぶる火炎が降り注ぐだろう。
もちろん、それくらいでイリスがどうなるわけでもないけれど。
「上出来ですわ!」
しかし僕にとってはそれで十分だった。
無事に着地した僕は、再び魔獣の頭部へと飛びかかる。
今ならやつの口蓋が、ウロコのない肉が見えている。
ぐねぐねと暴れる尻尾の断面を狙うのは、呪いによる肉への誘導をもってしても至難の業だけど、ここなら簡単だ!
「とっととご飯にお成りなさい!」
切る、きる、斬る、キル。
能力が発動した魔導武器は、肉を切り裂く感触を求めて、勝手に動く。
歯茎を切り飛ばし、口蓋を切りつけ、扁桃腺へと到る。
肉を切るたびに切れ味が増していくような、不思議な感触を味わいながら、いつしかヴォイドレックスの頭蓋さえ斬り飛ばし、弾かれたはずのウロコもなんのその。
僕が飛び上がり、再び着地するまでの数秒の内に、強大な魔獣の頭はいつかの鉄食い鼠のようになっていた。
そういえば、あの時も毛皮や骨を切り刻んでいたはずだ。
もしかしたら《肉を切り刻むもの》には何か、そう、肉を切るほど切れ味が増すような能力があるのかもしれない。
説明書は読んだけど、それが全てとは限らない。
ダンジョンから発掘されたというこの魔導武器を作った人は、きっともういないのだから。
頭を失った巨体がついに倒れる。
どしんっと、大きな、けれどひとつの命が消えるにはささやかな音がして、僕たちの初めての狩りは終わった。
テッテレレーテレテレテーテーテーテン♪
【メインターゲットを達成しました】【あと1分で村に戻ります】
なんちゃってな。このBGMはもう古いか。
この世界だと分かってくれる人がいないのが哀しいところだ。
「お疲れさまですクリスタさま! すごかったですね」
「そうでしょう! と、言いたいところですけれど、ほとんどイリスの手柄ですわね、これは」
「え、でもトドメを刺したのは」
「別にイリス一人でも余裕でしたでしょう」
それは事実だ。
今回イリスはほとんどの魔法を自主的に封印していたし、あそこで僕が割って入らずとも障壁魔法で炎を防ぎ、その後頭を落としていただろう。
「それでもですよ、わたし、誰かと一緒に戦ったの初めてだったんです」
「そうなんですの? それは意外、というほどでもないのかしら」
「わたし学園に来る前は他のみんなみたいに冒険者をしていたとか、傭兵だったとかもない、ごくごく普通の村人でしたから」
イリスが村人。普通の。
魔獣の炎を受けても無傷で、尻尾と下顎を切り落とす普通の村人。
ジミーじゃないけれど普通ってなんだと叫びたい。
「そう。それで、これと何か関係ありますの?」
「えと、楽しかったから細かいことはいいじゃないですか。えへへ」
「……そうですわね、終わってみれば楽しかったですわ。結局頭以外はお肉も取れそうですし」
そう、これで美味しいご飯が食べられるのだ。
新鮮なお肉があれば作れる料理の幅が広がる。
肉の移動もイリスの魔法に頼ればなんとかなるだろう。
問題があるとすれば。
「けれど、わたくしたち全身血まみれですわね」
「えへへ、あっ!?」
尻尾を斬り飛ばせば血が出る。当然だ。
下顎を切り落とせば血が出る。当然だ。
そして血管の多い頭をミンチにすれば血まみれになる。当然だった。
今の僕らはスプラッタ映画にそのまま出演できそうな有様だった。
「あ、あは、ははは」
「ふふ、だめですわよイリス、血まみれで笑っては、危ない人みたいですわよ」
「危ない人ってクリスタさまに言われたくありません。あはははは、クリスタさまの髪の毛真っ赤です」
「イリスも、って元々桃色ですからちょっと濃くなったくらいですわね。ふふ、でも制服が真っ赤で、まるで貴族のようですわ」
あははは、うふふふと僕らは笑い合う。
身体を動かしたあとは楽しい。スッキリとする。
この後にご飯がまっているとなれば尚更だ。
ただ、そんな僕らを見ている三対六つの目があることには気づいていなかったのだけど。
「心配して来てみれば、なにやってんだあいつら、部位破壊までして。こえーぞ」
「ん、血まみれで笑ってる。訳がわからない」
「お嬢様、敵を惨殺し嘲笑うその姿、侯爵家に相応しいお姿です」
「「それでいいの」んだ!? 」
さぁ、あとは美味しいご飯をつくって食べるだけだ!
31話にして初の実戦でした。自分の作品ながら意外です。
さて、今日の投稿で『わたくし悪役令嬢になりましたわ……いや、男なんだけど!』の投稿開始から丁度一ヶ月になりました。これからも本作をよろしくお願いいたします!
色々感慨深く、あとがきでは長くなりそうなので続きはお昼の活動報告で書かせていただきました(フライング)
ちょっと弄ったのでこのページ上部などの作者名から作者ページへと移動できると思います。




