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030 わたくし初めての夜営ですわ

 猛獣を蹴散らしながら進むこと半日。

 途中休憩を挟みながら順調に来たけれど、さすがに1日でゾルネ村までたどり着くことは出来なかった。


 まぁ馬車で一日半の距離ってことだし、時速30kmって原付と同じくらいだからね。平原を突っ切っているから録に舗装もされてない悪路をって考えたらすごいけど。

 猛獣も蹴散らせるし。


 日が暮れてきたので今日はもう休もうと、それぞれ夜営の支度を進める。

 ハイギョは返還した。

 一応魚なので陸上だと疲れが溜まるし、明日になったらまた呼び出せば良いだけのことだ。


 個別契約を結んでいない召喚獣は毎回呼び出される個体がランダムらしい。

 つまり明日もまた巨大ハイギョは呼び出せるけど、この子とはこれでお別れということになる。


「お疲れ様、家畜にしてはよく働きましたわね」


 最後に労りの声をかけてやると、すこし嬉しそうに身をよじってから元の世界へ帰っていった。


「見所のある魚だった……」

「わたしもちょっと寂しいです」


 女性陣がしんみりしている。

 その中には僕も混ざっているがツッコんではいけない。いけないのだ。

 さすがのジミーも僕の本当の性別は知らないのでツッコんでこなかった。


 家電のような魔道具が高級品ながらもある世界なので、焚き火も代わりにそういう道具があるのかと思ったら、イリスが魔法で作り出していた。


「わたくし、こういう庶民的な魔法は詳しくないのですけれど、火事にはなりませんの?」


 平原の、草花の真上に赤々と。もとい、桃色に灯るイリスの炎を見て不思議に思う。

 攻性魔法は普通に草木を焼き尽くすんだけど。


「え、これ、長旅の時は重宝するんですけど。あ、でもそうですよね。貴族の方は従者さんが使うでしょうし」

「左様ですね。わざわざ自ら灯をともす貴族などおりません。まぁ平民から成り上がった者の中にはおりますが、お嬢様は生粋の貴族ですので」

 

 さらっとフォローしてくれるジェイド。

 優秀な時とダメダメな時の差が激しい従者兼監視役だ。


 僕は長いこと幽閉されていただけに、ある意味では生粋の箱入りお坊ちゃまだと言える。

 生粋のお嬢様ではないのが申し訳ない。


「なるほど、そうなんですね。火事については、この魔法は特定の魔力だけを燃やすように炎を構成してあるんです。なので他のものに燃え移ったりはしませんよ。熱は感じるので暖は取れますけど」


「便利なものですわね」

「クリスタさまも覚えてみますか?」

「イリスが使えるならいいですわ」


 やぶ蛇だった。

 こんなことで魔法が使えない事がバレては堪らないと話を切り上げる。


 そうだ、夜は長い。せっかくだしこの機会にジミーと話してみよう。

 あの時なんでイリスに攻性魔法を使ったのか知りたい。


 ここ最近の付き合いでなんだかんだジミーが悪いやつじゃないことはわかったし、もしかしたら真面目な理由があったかもしれない。

 と、若干緊張して聞いてみたのだけど。


「まぁ、前にも言ったけどイリスなら対処すると思ってたからなぁ」

「そもそもの話、使う必要ありませんわよね。あの時間は剣の鍛練だったと聞いてますわよ?」

「いいかクリスタ、一度しか言わないぞ」

「……お聞きしますわ」

「俺は鍛練が好きなんじゃない、勝つのが好きなんだ!」

「…………」

「無言で包丁を抜くのはやめろおおお!」


 お前はどこの氷炎将軍だ。

 そのうち指先から火の玉を五発同時に打ち出したりしないよな。

 ……魔導騎士ならやりかねないのが恐ろしい。


 男女別にテントも張り終えて見張りの順番を決める。

 とはいえ日が暮れてきたとはいっても眠るにはまだ早い。

 これからお楽しみの夕食タイムだ。

 ずっとハイギョに乗っていたとはいえ、彼の背中はそこそこ揺れたので僕らも疲れが溜まっている。

 今日のご飯はさぞかし美味しいだろう。


「…………」

「クリスタさま?」

「……………………」

「お嬢様?」

「ブリューナクさん?」

「……ですわ」

「あん? クリスタなんていった?」

「まずいですわ!」


 そう、夕食は不味かった。

 食べられはする。だけども不味かった。

 先に言っておくとこの国のご飯は日本人の味覚でも美味しいはずだ。

 今の僕はグリエンドで育ったクリスタの味覚なので絶対とまでは言わないけど、前世の食事と比べても不味いことはないだろう。

 少なくとも学園の食事は最高だった。


 今日夕食を用意してくれたのはジェイドとミゾレだ。

 冒険者として夜営やその状況での料理にも慣れているからだ。

 だからこの食事は夜営としては普通なはずだ。


 普通な、はずだけど、でも、不味い!


「クリスタさま、さすがにジェイドさんとミゾレさんに失礼ですよ」


 分かってる。

 これはただのわがままだ。


「……材料、足りない」


 分かってる。

 限られた予算、支給金しかないのだ。

 しかも僕はそれを奴隷の購入費で無駄遣いしている。

 後悔はしていないけれど、文句を言う権利は無い。


「こうした食事は味よりも栄養と腹持ちですので……」


 ジェイドの言い分ももっともだ。

 

「だからって旨いわけじゃないけどな」


 そう、そうなんだよジミー。

 理解しているからといって味は良くならない。

 ぶっちゃけ固いパンと干し肉だけなのだ。料理とはなんだったのか。  

 あと調味料がない。


 この国の調味料は高級品とまではいかないが多少高い。日本の感覚ならコンビニで売ってる価格の倍くらいだ。

 スーパーの安売り品を買う人ならふざけんなと怒りかねない、でも買えなくはない値段だ。

 ちなみに前世では僕も格安スーパー愛用者だったので怒る。


 昔のコショウのように馬鹿げた価格じゃないのは、地球と違って在来の魔獣から調味料のようなものを採取できるからだ。

 いま向かっているゾルネ村の森豚も似たようなものかな。あれは薬だけど。


 だから他の国から輸入しなくても色々ある。あるけれど今回の支給金はそこに割けるほどの金がなかった。


 ならばどうするか。


「狩りますわよ」

「クリスタさま? まさか」

「この国の獣はみなわたくしの家畜も同然ですわ。でしたらお腹が空いたら屠殺してバラさなければ」


 そうだ、あの平原狼をちゃんと持ってこなかったのがそもそもの間違いだった。

 いや、狼がそんなに美味しいとも思えない。もっと美味しそうなものがいい。

 それこそ森豚とか。牛とか羊とか、鳥でもいい。


「お嬢様、目が」

「わたくしの目がどうしましたの?」

「侯爵令嬢にあるまじき暗殺者みたいな目をしてるぞ……」


 失礼なことを言う。

 僕はただ美味しいご飯が食べたいだけだ。


「……わ、わたしは美味しくない」


 ミゾレが僕から距離を取る。

 さすがに人を食べようとは思わない。

 いや、ミゾレならこの固いパンと干し肉より美味しいと思うけど。

 色々な意味で。


「ちょっと行ってきますわ」


 それだけ言って、僕は夜営地から旅立った。そう、美味しいご飯を求めて。

 

 日本人を怒らせるのは簡単である。

 ご飯を不味くすれば良い。

 恐らく世界中のどんな民族よりも、食事にうるさいのだから。


 さぁ狩りの時間だ。

 今宵の《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》 は血に餓えている。


「待ってください」


 追いかけてきたらしいイリスが僕の前を遮る。


 しかし今の僕は誰にも止められない。

 朝早くから一日移動して、夕飯が固いパンと干し肉だけなのだ。

 せめて鍋でもあれば、魔法で水をだしてスープにできたのに、荷物になるからと置いてきた。テントはあるのに。

 個人的にはあり得なかった。


 だけど、イリスの言葉は僕を止めるものではなかった。


「美味しいごはん、食べられますか?」

「イリス、貴女」

「いっぱい、いっぱい、食べられますか?」


 ぐー、と可愛らしい音が夜の平原に響く。

 イリスは涙目だ。

 お腹の音を聞かれたから、ではないだろう。


 そうだ、彼女は大の食いしん坊だった。

 そんな彼女にたったあれっぽちの、しかもそっけない食事は辛いだろう。

 今の僕には彼女の気持ちが他の誰よりもよく理解できた。


「ついてきなさい、狩りますわよ」

「はい、クリスタさま!」


 あの優しい微睡みの時間より、奴隷を助けたあの時よりも、僕らの心はひとつだった。


 美味しいものをお腹一杯食べたい!


 食欲は転生者と高魔力保持者の心をすらひとつにする。

 そこには世界の壁も、性別の壁すら存在しなかった。

 生物の三大欲求は伊達ではない。





「居ましたわね」

「はい、ごはんです」


 僕らの目の前、といっても結構離れているが。そこには草むらに隠れるようにして可愛いウサギさんがいた。


 魔物でも、魔獣でもない。

 ただのウサギさんである。

 体長が1mほどあり、とても立派な肉体だが、これくらいなら地球にも生息していたから誤差だろう。

 大きいということは食いでがあるということだ。


「魔法で仕留めますか?」

「お待ちなさい。野生の獣なら、例え魔法を使えなくとも察知する可能がありますわ」


 普通に殺すだけなら楽勝だ。

 遠距離から攻性魔法を放てば良い。イリスが。

 だがそれでは折角のお肉が台無しである。

 僕は袖の下からそっと容量極小の魔石を取り出すと、《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》 の刃に沿わせる。

 世界的狩りゲーで砥石を使うような動作なので一瞬だ。あの根元しか研いでいないはずなのに全体の切れ味が蘇るアレである。

 魔石から無事に魔力が吸い出されたことを確認すると、ウサギを見つめながら包丁の刃でそっと地面を一度叩いた。


 それで呪いの条件は満たされた。

 《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》の連撃は例え防がれても、避けられても一回は一回。

 逆にいえば、連撃を発動させるのも実は直撃させる必要がないのでは、そう思ってこっそりと今日までに調べておいた。

 その結果がこれだ。


 僕は血を求める包丁に引っ張られて、巨大ハイギョすら越える速度でウサギさんへと迫る。

 頭を地面すれすれまで下げて身を低くしているので、地面が後ろに流れるのが見える。

 それは実際の速度よりも早く感じられたけれど、僕がその速度に恐怖を感じるよりも早く《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》 はウサギさんの首を切り落とした。

 その断面はまるで元からそういうものだったかのように滑らかだ。


 この包丁は肉質:肉に対してのみだが凄まじい切れ味を誇る。

 容量極少の魔石による連撃は1回のみだから、最初に地面を小突いた起動分と合わせてこれで終わりだ。


「よし! ですわ」

「やった! さすがですクリスタさま!」


 中々残酷な光景だけど、今の僕らにとってはただの肉である。

 早速血抜きをして夜営地へ運ぼうとした僕らの目の前で。


 ウサギの死体が恐竜に食われた。

 ひょい、パクって感じで。


「イリス、こいつはなにかしら」

「ヴォイドレックスっていうなんでも食べる亜竜です。危険度ランクはD、そこそこ強いです」


 虚ろな瞳で淡々と教えてくれるイリス。

 たぶん、僕も同じ表情をしている。


 なるほど、体長3mはある巨体に1mのウサギを丸のみにする大きな口。

 しかもTレックスなんかのイメージと違って腕も大きく、爪も太く鋭い。

 口の端からは火の粉も漏れているし、これが異世界クオリティというやつか。

 

 だがそんなことはどうでもいい。

 こいつは僕らの獲物を横取りしたのだ。

 赦されるはずがない。

 赦していいはずもない。


「食べられますの?」

「魔獣ですので、魔物と違って死体は残ります。ですから」

「それだけ聞ければ充分ですわ。つまりこいつは」

「はい、クリスタさま」


 僕はウサギの血が滴ったままの包丁を。

 イリスは腰に履いていた鋼の剣を抜き放つ。

 今回は訓練ではないのでイリスも刃引きのされていない真剣だ。


「「食材です」わね」


 僕らの激闘が始まった。

 全ては美味しいごはんのために!

((ง'ω')و三 ง'ω')ڡ≡シュッシュ<美味しいご飯は何者にも勝る

次回、実は始めての実戦です。

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