003 わたくし同居人ができましたわ
投稿が時間が遅れてしまい申し訳ありません。
編入生がやばいらしい。
女の子救出事件の翌日、そんな噂があっという間に広まったと頭を抱えるジェイドが僕の部屋に来ていた。
頭を抱えているのは僕が殴った後遺症ではない。あれはしっかりと回復魔法で癒した。ジェイドが、自分で。
この学園は全寮制で、二人部屋。
平民が貴族の世話をするために相部屋になるのが基本だ。
僕の同居人はブリューナクの特権を駆使してジェイドにしてもいいのだけれど、クリスタ=ブリューナクは表向き侯爵令嬢だ。執事とはいえ男と同室というのはまずい。
かといって普通の平民の女子と同室ではいつ性別がばれるかわからない。
王子を篭落しろとか言われてる手前、本当にするつもりがなくともばれるのは困るのでひとり部屋だ。
少なくとも、今のところは。
え、二人部屋じゃないのかって? 侯爵家の権力ってすごいよね。
閑話休題。
問題の噂の内容はこんな感じだった。
曰く、人を人とも思わぬ悪魔。
家畜呼ばわりしたからね。
曰く、同性を愛し異性を血祭りにあげる。
仕方ないと思うけど、事実は真逆である。
曰く、人の話を聞かない。
聞いた上で無視しているだけだ。
曰く、天使のような悪魔の笑顔。
それこそ僕の目指すところである。
「どういうおつもりですか!」
「なにがですの?」
怒鳴り散らすジェイドにきょとんと答える僕。
自分できょとんとか言うなって? いいんだよ、演技だから。
「こんな事をして、貴方のお爺様、宰相閣下には全て伝えさせていただきますよ!?」
「構いませんわよ? 何を錯乱していらっしゃいますのジェイド」
「平民を助けるために貴族を殴るなんて」
「は?」
意図的に、声の質を替える。
愛らしさは隠しようがない。
ならそこに冷たさを、無機質さを混ぜればいい。
美人の怒った顔って怖いだろ? あんな感じだ。
「あら、それは誤解ですわよ?」
「誤解?」
「わたくし、お気に入りを見つけましたのよ。なのに醜い家畜が侍っているんですもの。本当なら屠殺したいところでしたわ」
「ですから、それが」
「それが、どうしましたの? ねぇジェイド、貴方、なにか勘違いしてませんこと?」
「かん、ちがい?」
彼には、僕が平民の女の子を庇ったなんて報告されるわけにはいかない。
けれど、彼を物理的にどうこうしようとも思わないし、したとしても代わりが送られてくるか、僕の愉快な学園生活が終わるだけだ。
というか、多分僕は彼に勝てない。
なら、お爺様が僕の経過を見守るような方向へ誘導するしかない。
「王家の方々には誰も逆らってはいけませんわ。それは例えブリューナクでも、意見をすることはあれど、決定権はありません」
「それは、その通りです」
逡巡するも、頷くジェイド。
大方当のブリューナク相手に頷いていいのか悩んだのだろうけど、頷かなければ王家を軽視したことになり、さらにはその支配体制を確立させたブリューナクを軽視することになる。
彼は頷くしかない。
「そして、ブリューナクは王家の次に尊い存在ですわ。であれば、他の貴族も平民もわたくしには関係ありません。皆等しく、国を富ませてくれる家畜ですのよ」
「クリスタさま、どう、されたのですか。貴方は」
「そんな事を言う人ではなかった、かしら?」
それはそうだ。
先日までの僕が人形のようだったことをさて置いたとしても。こんなやばい、貴族にしてもかなりやばい思考のやつなら、お爺様がジェイドみたいな若者をお目付け役にするはずがない。
もっとこなれた人間をつける。若者なら同じ学園生として潜り込ませられるというメリットがあるけど、大人なら大人で、教師として潜り込ませればいいだけだ。それはジェイドも分かっている。
分かっているからこそ、こう考える。
クリスタ=ブリューナクは王国宰相たる祖父さえも、今まで欺いてきたのだと。
冷酷非道、国のためなら肉親すら犠牲とする宰相さえも、欺いてしまえる存在なのだと。
「いいこと? わたくしは貴方がお爺様の下僕だから大事にしてあげてますの。わたくしにとって貴方の価値はそれだけ。ですからね、ジェイド」
僕はふかふかのソファから立ち上がると、彼の近くへと歩を進める。
背の低い僕は彼を見上げるようにして、けれど雰囲気としては見下して告げる。
「わたくしの邪魔をしないでくださいませ。くびりますわよ?」
身長180を越える彼が、160程度の僕から後ずさる。
「宰相閣下のご命令は」
「勿論従いますわ! 至高の王家を家畜からお守りする大切なお仕事ですもの! いけないかしら?」
「いいえ、そうであれば、問題ありません」
これで彼が僕が平民の女の子を庇ったと報告することはないだろう。
選民思想に染まりきったやばいやつと報告する可能性はあるけれど、それはブリューナク家一同そうであるし。
今の僕ほどやばいのはいないけどね。
いないよな?
……上のお兄様は片足つっこんでるかもしれない。
それにしても、うん、怯えられている。
やり過ぎたかもしれない。
そうだ、彼はたしかジンジャークッキーが好きだったはずだ。
「あぁジェイド、これ、貴方にあげますわ。今朝貴方が来るまでの手慰みで作りましたの。これからもよろしくお願いいたしますわ」
そう言って、我ながら完璧だと思われる笑顔と声音でクッキーを渡す。
ちなみに材料はこの寮の調理室で勝手に掻っ払ってきた。悪役作りの一貫だ。
そこ、せこいとか言わない。
「ありがとう、ございます。では私はこれで」
「ええ。また、ですわ」
クッキーを渡したら、余計に怯えられた気がしたけど、気のせいだよね?
その日の午後、こんこんこんと三回ノックの音が響く。
さて、誰だろうか?
ジェイドにしては音が軽い気がする。
「開いてますわよ、お入りなさいな」
幸い女装は解いていないので招き入れる。
まぁ髪は自前だし、肌は化粧不要なくらいの白さと瑞々しさだ。声だって別に作ってはいないし。
うん、女装とかしなくてもバレない気がしてきた。
「し、失礼します」
「あら?」
入ってきたのは昨日助けた女の子だった。
たしか名前は…… 聞いてないな。
仕方ない。
「まぁまぁまぁ、早速わたくしの下僕に」
「ち、違います! 同居人です」
「……誰がですの?」
「私がです」
「誰のですの」
「あなたのです!」
はあ!?
聞いてないぞ! しばらくひとり部屋、来るにしてもお爺様の息がかかった誰かじゃなかったのか!?
「ジェイド!」
「ここに」
「「きゃあ!?」」
僕の呼び掛けに応えてジェイドが現れる。
女の子が驚いているが無理も無い。
いやどこにいたんだ君は、部屋に居ないから大声で呼んだんだぞ。忍者か何かか。
え、僕も驚いていた? 何のことかな。
「これはどういうことですの?」
「その事なのですが、お耳を失礼いたします」
僕の耳元で、小声で告げられた内容に僕は固まった。
「ご当主様からのお言いつけでして『アレも男だ、貴族の子女に手を出されても困る。その平民の女を気に入ったというなら同室にしてしまえ』と」
それはなにか。
つまりこの娘で性欲の発散をしろということか。
明らかにそんなこと聞かされていないであろうこの娘で?
ははは、お爺様もお茶目でいらっしゃる。
陵辱なんて僕の好みではない。
いつか殴ろう。あのフレイルとか丁度いいんじゃないかな。
ちなみにあのフレイルなんだけど、昨日あのまま自室まで持ってきてしまったのでこの部屋の壁に飾ってあったりする。
「…… そんなことをして、わたくしの秘密がばれたらどうするおつもりですの」
「それにはこれをと」
なおも継続される小声の会話で、不安そうにしている女の子に見えないように差し出されたモノをみて再び固まる。
隷属の首輪。
無骨なそれは、犯罪奴隷と違法奴隷にのみ使われる最悪の魔導具。
人としての権利もなにもかも剥奪され、所有者に全てを奪われる。
僕が彼女を蹂躙したうえで、僕の正体を黙れと告げたとしても、それに従わざるを得なくなる悪魔の導具。
僕はそれを笑顔で受けとると。
「貴女、お名前はなんだったかしら」
「イリスです。家名はありません」
「そう、じゃあイリス、これをあげますわ」
その悪魔の導具をイリスへと放り投げた。
「え、わ、投げないでくださいっ」
「下僕は主人が投げたものをとってくるのも仕事ですわよ?」
「ペットじゃありません!」
ナイスキャッチをしたイリスは手の中にあるものを見て固まる。
平民にも関わらず魔導騎士科に合格するような才女だ。
これが何か分かったのだろう。
「これ、まさか」
「隷属の首輪ですわー。わたくしの下僕になる覚悟ができたらつけてくださいまし」
「なりません!」
あ、捨てた。
仕方ない、もうひと押しか。
「仕方ないですわね。わたくしでもおいそれと手に入らない貴重品ですのに。貴方がいらないなら、その辺で適当な家畜にでも着けて遊ぶことにしますわ」
「な、あ、預かっておきます!」
大慌てでイリスが首輪を拾い上げる。
僕の言う適当な家畜とはその辺を歩いてる生徒のことだから、慌てるのは当たり前だ。
「着けてくださいますの?」
「それは嫌です」
「わがままですわね」
ジェイドとイリスの目が冷たい。
分かってる、この学園でいまの僕より我が儘な生徒はきっといない。
でもこれで厄介な首輪を僕の手元から処分できた。
ジェイドには僕が首輪を彼女に(たたき)つけたとでも報告してもらおう。
嘘ではないから大丈夫!
大丈夫だよね?
主人公の怨念がまだ怨念(風邪継続中)
皆さんも乾燥には注意してください、今年のやつは強いです(´・ω・`)