029 バレンタイン閑話 『二月十四日の贈り物』
バレンタイン記念閑話。本日は20時の更新もちゃんとするので2回投稿します。
「というわけでチョコをくれ」
「……あぁ。うん、そっか、晶可哀想に」
「憐れむのはやめろおおお!」
都心から程近い大きな川で、僕はひとり叫んでいた。
いや、正確にはひとりと一柱。
僕はいま、石で出来たよくある感じのお地蔵さまに話しかけていた。
や、僕は別にお祈りしてるわけではなく、かといってヤバい人なんかでもなくて、しゃべるのだ、こいつ。
もっとも今のところそれを信じてくれた人はいない。どうやらお地蔵さまの声は僕にしか聞こえないらしく、両親には危うくいつもとは違う病院に連れていかれかけた。
お地蔵さまに理由を聞いてみたところ、信仰心がないとダメらしい。
僕にはそんなもんないのだけど、どうやら汚れに汚れまくったお地蔵さまを、我が身を顧みず綺麗にしたことで信仰心があると判定されたらしい。
誰だよ判定してるの。チョロ過ぎるだろう。
さて、それはともかく今日は企業戦略に踊らされた振りをして、半額チョコを狙い打つ運命の日。の前日。
その名もバレンタインデー。
決して誰からもチョコを貰えなかったので僻んでいるわけではない。
「でも晶、仲良い女の子結構いたわよね?」
「まぁ、ほとんど彼氏持ちだけどな」
「でも義理チョコくらい貰えるでしょうに」
「彼氏持ちからなんて貰えないよ。その彼氏とも仲が良いのに」
そう、僕は女友達がわりと多い。
男友達も多い。
そして男友達たちから恋愛相談をされる事が多かった。
僕はがんばった。
身体の弱い僕は長く生きられるか怪しいところがあり、両親も諦めている節がある。
だが、こいつらが晴れて付き合い、もし、学生恋愛では難しいが運良く将来結婚し、子供が産まれたら。
きっとその子に話すだろう。
お父さんとお母さんの仲を取り持ってくれた友人、つまり僕について。
僕は早死にしたとしても彼らの未来で意味を持てるのだ。
だからがんばった。
お前は恋愛シミュレーションゲームの友人キャラかってくらい。むしろそれになりきってがんばった。
結果、僕のがんばりと友人たちの努力が実りカップルが量産された。
しかし僕はぼっちである。
無論このカップルたちは僕に恩があるのだし、当然義理チョコくらいはくれようとした。
したのだが。
「付き合いだして初めてのバレンタインだろ、彼氏の事だけ考えてやれよ」
「っていって断っちゃったのね、チョコ」
「そうなんだよおおおおお!」
勿体無いことをしたとは思う。
思うが伝えたことは本音ではある。
そして僕は思い出したのだ。
「そう、僕と同じくぼっちの女がいると!」
なにせお地蔵さまは僕としか会話できないのだから、リア充からもっとも遠い存在だ。
「あんたねぇ、祟り殺すわよ」
「まぁまぁまぁ、美の女神ってことはお前も女だろ? チョコをくれ」
「あたしの出身国にはそんな文化ないんだけど」
「あれ、日本の神様じゃないの?」
「違うわよ?」
え、でもだって、お地蔵さまじゃん。
他の国のお地蔵さま?
いやいや、いっそ美の女神から考えてみよう。
「どこ? ギリシャとか?」
「なんでよ」
「あの辺とか美の女神いそうかなって」
ギリシャ神話ってドロドロしてるよね。
昼ドラ的な意味で。
「もっと遠くよ。もっともっと、ずーっと遠く」
「ほー。いつか行ってみたいな」
「晶じゃ無理じゃないかなぁ。貧弱だし」
「ぐぬぬ。身体は鍛えてるぞ!」
筋トレとランニングは欠かしていない。
動けるときは。
「体力つく前に倒れて寝込んで、むしろ痩せてない?」
「ふ、世界って、残酷だよね……」
「わかるわー」
僕は泣いた。
お地蔵さまもしんみりしていた。
遠い異国から来て日本の川辺でお地蔵さまをしてるのだ。きっと色々あったんだろう。
深くは聞くまい。
僕とお地蔵さまは友達。今はそれで充分だった。
「まぁ、あたしもこの国に来て長いからバレンタインは知ってるし、チョコあげたくないわけじゃないんだけど」
「お、マジで。言ってみるもんだな!」
「この姿じゃ作るのも買うのも無理なのよねー」
「あー」
「ふ、かつてはあらゆる存在がひれ伏した美の女神も、ハゲ頭の石になっちゃだいなしね」
「あやまれ! 仏門の人達にあやまれ!」
いや、お地蔵さまはお地蔵さまをバカにしたわけじゃないんだろうけど。
……ややこしいな。
「ま、その内なんかあげるわよ。そうねー、わたしの国に行けたらなんかあげられるかも」
「バレンタインじゃなきゃ意味ないんだけど、まぁ、くれるっていうなら貰う」
「その内ね」
「その内な」
「懐かしい夢ですわね」
それは前世の記憶だった。
アルドネスとの会話を夢で見たあと、なんで前世の記憶じゃないんだよとツッコミをいれたから、気を効かせたどこぞの神様が見せてくれたのだろうか。
こちらの世界の暦は日本とかわらないけれど、いまはもう六月。
仮に二月であってもこの国にはバレンタインデーなんてない。
なんでこんな夢を見たのか謎だ。
もしかしたらこちらとあちらでは時間の流れが違うとか、暦のタイミング、つまり新年のタイミングがずれてるとかで向こうは二月の可能性はあるけれど。
それこそ可能性だ。確かめようがない。
ただ、こちらの世界で僕にとって二月十四日が意味のない日かというと少し違う。
他の人には意味がなくとも、僕は違うのだ。
そう、それは僕の誕生日、の前日である。
前世ではチョコを安く買えるバレンタイン翌日が本番だと思っていたけれど、こちらでは真っ当な意味で翌日が本番だった。
幽閉生活は静かなものだったが、誕生日だけはお母さまが凝った手作り料理を出してくれた。
前世の記憶を取り戻すまでは感情に乏しくても、ないわけじゃなかった僕は前日から準備をするお母さまを眺めながら、その日を楽しみにしていたのだ。
もしかしたらお地蔵さまは、僕の誕生日を二月十四日にしようとして失敗したのかもしれない。
普通に考えたらあり得ないけど、僕の転生にお地蔵さまが関わっているのは間違いないと思うし、ちょっと抜けてるあたりがお地蔵さまっぽい。
「あ、クリスタさま、おはようございます」
「おはようイリス」
まだ寝間着のイリスを見て頬が熱くなるが、それを気取られないよう平然と言葉を返す。
性別を隠して一緒に暮らしていることに今更な罪悪感を感じて、けど気にしても仕方ないのは分かっているので、気をまぎらわせようと話題を探す。
ふと、気になることが出来たので聞いてみることにした。
「イリス、貴女誕生日はいつですの?」
「誕生日ですか?」
「あ、いえ、分からなければ気にしないでいいのですけれど」
この国には親に捨てられたり、親が奴隷で幼いうちに取り上げられたり、魔獣や魔物に殺されたりして自分の誕生日を知らない平民も多い。
ちょっと軽率な質問だったかなと反省した。
「あ、大丈夫です。わたしは自分の誕生日をちゃんと知ってますし、両親も健在なので」
それを聞いてほっとした。
「そうですの。それでいつですの?」
「教えるのは構わないですけど、交換条件があります」
おや、イリスがこういう事を言うのは珍しい。
降りかかる理不尽には立ち向かっても、身分の差は理解しているのがイリスという少女だ。
貴族であるクリスタへ対等な口をきくことはあまりない。精々ペットじゃないと否定する時くらいだ。
「はい、クリスタさまのお誕生日も教えてください」
なんとも、イリスらしいお願いだった。
「ふふ、それ、わたくしだけ教えて、貴女は結局言わないなんてオチじゃありませんわよね?」
「そんな子供みたいなことしませんよ」
軽く苦笑したイリスは左手の人差し指をピンと立てて提案をした。
「じゃあクリスタさま、せーので言い合いませんか?」
もちろん否やはない。
「よろしくてよ?」
「「せーのっ」」
僕らは声を揃えて自分達の誕生日を口にした。
「二月十五日ですわ」
「二月十四日です」
「「えっ?」」
ゾクっとした。
「凄い近いですね! あ、でもわたしの方が一日だけお姉さん。あ、いえその、なんでもないです」
イリスが何か言っているが、僕はちゃんと聞けていなかった。
それより、いやいや、そんなまさか。
ないって、そんなことないから。
不意に、さっきまで見ていた夢の台詞が耳に響いた。
『ま、その内なんかあげるわよ。そうねー、わたしの国に行けたらなんかあげられるかも』
…………まさか、ね?
ちょっと怖い感じにしてみましたが、閑話なので本編に直接関わってはこないと思います。
思います()。
え、僕はチョコどうか、ですか? 貰えるに決まってるじゃないですかーやだなー。
親戚から( ;∀;)




