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027 わたくし魚にエサをあげましたわ

 名乗りをあげたはいいけど、周囲の反応は様々だった。

 中には「侯爵様に娘さんっていたのか?」という至極全うな意見も聞こえる。

 当たり前だ、娘さんなんぞいない。正確には侯爵様の孫だし。


「う、嘘だ!」

「あら?」

「ブリューナク侯爵家は男系だって話じゃないか! 女なんているわけねえだろ!」


 小太りの男はもう目が覚めたようで、痛みにうめき、脂汗を浮かべながら騒ぎたてる。

 男の言葉は正しく、多少貴族についての知識がある平民なら知っているくらいには有名な話だ。

 ここで男を殴って黙らせてもいいのだけど、そうすると図星をさされたように思われるかもしれない。

 もうしばらくすれば巡回騎士も来るだろう。その時僕がブリューナクの人間だと証明する手段が無いのも困る。

 だから――


「ジェイド、見ておりますわね?」

「お気づきでしたか」


 僕の頭のすぐ横に、小さな目玉が現れる。

 小さいとはいえ人間の目玉と同サイズのソレには、鱗のある蝙蝠のような翼が生えていて内心ギョッとするも、表には出さない。

 あのジェイドが本当に僕を放置するだなんて思っていない。だから何かしらの手段で監視しているんだろうとアタリをつけていたのだ。

 まさかこんな薄気味悪いのが近くに、それも浮いていたとは思わなかったけど。


 その目玉から細い翡翠色の光線が放たれ、地面を軽く焼く。

 その焦げ後は魔法陣を描き出し、一人の男が浮かび上がるようにして転移してくる。

 

「このジェイド、ただいま馳せ参じました。お待たせしてしまい申し訳ありません」

「構いませんわ。それよりこの家畜、わたくしがブリューナクだと信じられないようですの」

「それはそれは」

 

 正直、ジェイドの登場の仕方がかっこよすぎるとか、そんな転移できるならあの魚いらないのではとか、気になることは多いけれど、それはまた今度じっくり聞くことにする。


「ジェイド、貴方でしたら能無しの家畜にもわかるように証明できますわね?」


 できないとは言わせない。

 ジェイドはお爺さまから僕がブリューナクに反する行動をとらないか、逆に言えば相応しい行動をとるためにつけられた監視役だ。

 その彼が、僕がブリューナクだと信じてもらえない状態を見過ごすはずがない。

 立場を信じられず軽んじられるなど、偉大なる侯爵家にあってはならないことなのだから。


「当然です。お任せください」


 彼は懐から長方形の魔道具を取り出した。

 そこにはブリューナク侯爵家の紋章である五つの首を持つ雷竜が記されている。


「ご当主さまから、お嬢様がブリューナクとして力を振るうべき場面でお渡しするよう頼まれていたものです」

「あら? いまがその場面だと?」


 すこし不思議だ。

 正直、この場を乗り切るだけならこれに頼らなくてもゴリ推せる。

 ジェイドなら僕の身分を証明できるとは思っていたけれど、お爺さまにそう指示された魔道具をここで出すのは違和感があった。


「微妙ではあります」

「でしたら」

「ですが、私もこの男が気に食わないので」


 そういったジェイドの目は、はじめて見る険しいものだった。

 考えてみたら彼は平民の出身だ。いつ奴隷に落とされるとも分からない身で冒険者となり、ついに貴族になろうという段階へと手をかけた。

 そんな彼が、粗野な男が奴隷の少女をいたぶっている姿など見せられ、腹に据えかねるものがあるのだろう。

 だからといって助けるわけにはいかない。彼は今、奴隷をつくりあげたブリューナク家に仕えている身だ。

 つまり、僕の行動は渡りに船というわけか。


「ご当主さまには秘密ですよ?」

「貴方、いい性格してますのね」


 ジェイドの本音が見えたような気がして、楽しくなってきた。

 ああそうだ、どうせなら派手にやろう。

 この男はムカつくし、イリスが悲しい思いをするのも嫌だ。

 けれど、夢の中のアルドネスも言っていたじゃないか。

 

 人生は楽しくなくてはならない。そんなこと誰だって知っている。

 なら思いっきり楽しもう、悪役令嬢であるいまこの瞬間を!


「おい! だれか医療魔導師をつれて来い! 巡回騎士もだ! このガキどもぶちのめして牢に放り込め!」

「黙れこの無礼者が! この御方をどなたと心得る!」

「ひぃっ」


 ジェイドの大きな声が響き、無様な男が悲鳴を上げる。

 ジェイドもノリノリだ。本当にこういうやつのことが嫌いなんだろう。

 僕の行動が今のところブリューナクに反していないというのもある。

 なにせいまの僕は平民に鞭打たれてキレているお貴族さまなのだから。


「恐れ多くもこの御方こそはブリューナク侯爵家がご息女、クリスタ=ブリューナク様に在らせられるぞ!」

「”証明せよ(プローヴィット)”」


 魔道具の起動キーを唱える。

 これは作成時に登録された人と同じ血筋の人間にしか使えない特殊な魔道具。

 長方形の宝石のような形をしていて、中には緊急時の解毒薬などが仕込まれている。

 ぶっちゃけグリエンド風の印籠(いんろう)である。


 しかし日本のそれと決定的に違うことがひとつある。

 詠唱に応じて起動した印籠は、そこに記された紋章を僕の頭上へと展開した。


 巨大な五つ首の、雷を纏った竜の紋章。

 この国でただひとつ、ブリューナク侯爵家のみ許された偉大なる紋章。

 それが示されれば誰も否定できない。

 誰にも否定させはしない。


 僕はたしかに幽閉されていた。平民の誰にも知られていなかったし、男だからお嬢様でもない。その立ち居振る舞いも一ヶ月で身につけた付け焼刃だ。

 中身だって前世の記憶と今生の記憶がごちゃまぜで、この国の人間からしたら奇異な行動もとるだろう。


 だけど、それでも、だ。

 胸を張ってこの紋章を掲げよう。

 僕がブリューナク侯爵家の血を継ぐ人間であることは、たとえお爺さまであっても、この国の王でさえも否定できない事実なのだから!


「これは何の騒ぎだ!」

「誰も動くな! 事態を確認するまで、は……は?」


 やっと駆けつけてきた巡回騎士たちの目が僕の頭上へと吸い寄せられる。

 彼ら巡回騎士は魔導騎士ではない。ただその剣だけで生きるものたちだ。

 けれど他の都市ならいざ知らず、王都の守護を任されている彼らには教養もある。

 つまり、この魔道具と紋章の意味を理解しているということだ。


「こ、これはブリューナク様。失礼ですが事情をお聞かせいただけますでしょうか?」


 駆けつけた5人の騎士のうち、隊長らしき人物が近づいてきた。

 本来なら家名の後には爵位をつけるべきなんだけど、僕をブリューナクだと確信してはいても爵位まではわからなかったのだろう。女のブリューナクなど聞いたことも無いだろうし、仕方ない。

 というか僕には現時点で爵位ないからね。家の権力を振り回しているだけだ。


「わたくし疲れてしまいましたわ、ジェイド、任せます」

「かしこまりましたお嬢様。では巡回騎士さま、こちらへ」


 彼らへの説明をジェイドに任せ、僕は紋章を印籠へと収納する。

 疲れた。ものすごく疲れた。

 なぜならこの印籠から現れた紋章、漆黒(・・)だったのだ。


 この印籠、間違いなく所有者の魔力を強引に吸い出して展開するタイプの魔道具だ。

 呪いはかかっていないようだけど、もしかしたら魔法が使えない僕でも使えるようにとお爺さまが手を入れたのかもしれない。

 いや、でもお爺さまは魔石で魔導武器を使えることは知ってても、魔力を吸い出して使用する魔導武器があることまで知っていたのだろうか? 

 印籠はただの魔道具だけど。


 まぁいいか。

 多少謎が増えてしまったけれど、いざという時に身分を証明する魔道具があるのは心強い。


「クリスタさま」


 袖を引っ張られる感覚に目を向ければ、一連の流れの中で置いてけぼりを食らっていたイリスがいた。

 悔しさに震えていた顔はもうそこになく、やさしい笑顔が浮かんでいる。


「ありがとうございます」

「何のことですの?」

「だって、助けてくれたんですよね。だから、ありがとうございます」


 誰を、とは言わない。

 何から、とも言わない。


 きっと彼女は分かっている。

 僕があの男にムカついていたことも、あの奴隷を助けたかったことも、なによりイリスの心を守りたかったことも。

 彼女は聡明だ。だからこの一連の流れに割り込まなかった。

 彼女はただの平民だから。魔導騎士科とはいえ、まだ学生の見習いだから。ジェイドのように僕に、貴族に仕える身ですらないから。


 そんな彼女の願いを叶えられたことが誇らしくて、優しい笑顔を向けてくれたことが嬉しくて。

 僕は素直にそれを受け取ろうと――


「まさかあのお貴族さま、わざと飛び出したのか?」

「奴隷なんかのために、侯爵家が?」

「いやまさか、だってブリューナクっていえば平民を嬉々として奴隷落ちさせる方々だぞ」

「でもあの隣の女の子、奴隷じゃないわよね。首輪もないし。すごく嬉しそうよ?」

「そうかぁ、貴族っていっても色々いるんだなぁ」


 

 と て も ま ず い ! !

 見世物感覚で立ち去らなかった人達の声が耳に入る。

 クリスタイヤーは健康的なだけでなく聴力にも優れているのだ。

 僕としてはやりたい放題のお嬢様を演じたつもりだが、傍から見たら奴隷を助けたように感じる人がいるのは想像していた。


 けれど、そこにある要素が加わった。

 それは僕がただの奴隷推進派の貴族ではなく、その筆頭であるブリューナク侯爵家だという事。

 最も平民を見下し、奴隷を虐げる事を推奨する家の人間が、結果的に奴隷を助けたというその事実が、凄まじいまでのギャップとなって彼らの心に波紋を広げた。

 しかも、良い意味で。

 

 繰り返しになるがそれはまずい、非常にまずい!

 これではお爺さまに何を言われるかわかったもんじゃないし、ジェイドが手を貸したこともいずれ知られるだろう。

 見ればジェイドも額から汗を垂らしている。状況は把握したと見て間違いない。

 

 こうなったら仕方ない、民衆たちを恐怖のどん底に叩き落そう。

 

「ねえ貴女、わたくしのモノになりませんこと?」

「え? え?」


 地面に座り込んだままの奴隷の少女へと話しかける。

 目線? 合わせないよ。悪役令嬢はそんな優しいことしない。

 けれど残念ながら、その程度でひどい貴族だと思われることはないようだ。


「ああやはり」

「よかったわねあの奴隷のこ」

「うん。あんなお貴族様のところなら安泰だろう」

「奴隷のくせに俺たちよりいい暮らしができるんじゃないか?」

「ちげえねえ」


 だからそれでは困るのだ。

 けれど微笑ましそうに、うれしそうに見ているものだけではなかった。

 特にある一人がそれに待ったをかける。


「ふ、ふざけんじゃねえ! そいつは俺の奴隷だぞ!」

「こら、貴様暴れるな!」


 巡回騎士に拘束され、今にも連行されようとしていた男が怒鳴る。

 これも別に間違っていない。彼はどうせ犯罪奴隷に落とされ、資産も没収されるだろうが、現時点ではまだ平民。そしてこの奴隷の所有者だ。貴族とはいえ勝手に持っていくことはできない。


「あらあら、家畜の分際でわたくしの邪魔をするおつもり?」

「こちとらたけえ金払って買ったんだ! これからお楽しみだったってのにタダでやれるかってんだよ!」

「ちっ、暴れるなと言っている!」


 巡回騎士が男を殴るが、それでも暴れるのをやめない。

 奴隷の少女は長い黒髪に艶かしい褐色の肌、綺麗な紅い瞳をしている。

 ちなみに胸はない。クリスタ並に絶壁である。背も低い。

 つまりこの男はそういう趣味なのだろう。

 巡回騎士に抵抗してまで奴隷の身体を欲するあたり、見上げた屑というべきか見下げ果てた屑というべきか若干悩むけど。


「そう、では特別に買い取って差し上げますわ」

「あ?」

「わたくしがいま使える全額貴方に差し上げます。だから譲ってくださいな」


 そういって男に近づくと、カードの残高を見せる。

 1000万を越える金額だ。


「ま、まじか。それ、全額よこすってのか」

「ええ、侯爵家ともあろうものがいま払える範囲しかお渡しできないのは、とても申し訳ありませんけれど」

「そ、それだけあれば免罪費払っても釣りがくる! 頼む、それをくれ!」


 免罪費とはぶっちゃけ金を払って罪をなかったことにする制度だ。

 地球でもあった免罪符と同じ制度で、平民がどんどん奴隷に落ちても貴族は平気な顔をしている理由でもある。

 免罪費は到底平民が払えるような額ではない。豪商とかなら別だが、それでも商売に打撃をうけるほどの金額だ。

 しかし貴族は違う。

 だから貴族、中でも奴隷推進派の貴族はやりたい放題やるし、捕まれば免罪費を払ってなかったことにする。


「ええ、ではきちんと契約を結びましょう。ジェイド、契約書の準備と、その家畜の腕を治してあげなさい。これでは文字が書けませんものね」

「ですがお嬢様」


 彼の言いたいことはわかる。これでは本当に奴隷を助けただけになり、さすがにジェイドもお爺さまへ報告する必要があるということだろう。


「さっさとしなさい。貴方が間違わなければ大丈夫ですわ」

「……かしこまりました」


 僕の言葉を計りかねているようだけど、裏があることは伝わったようだ。

 ジェイドはちゃちゃっと回復魔法で男の腕をくっつけると、どこからともなく羊皮紙を取り出して、すらすらと契約書を書き上げる。

 魔導師によって作られる魔術契約書と呼ばれるこれは、誓約遵守(せいやくじゅんしゅ)の魔法が掛けられている。

 奴隷の首輪と似たような拘束力があり、同意の上の契約には魔導師であろうと、つまり貴族であっても逆らうことはできない。


「では、クリスタ=ブリューナクの名において、この場で支払える全てのジェムをもって奴隷を買い上げることを誓う、と」


 契約書にそう書いて、たしかにサインをする。

 それを確認した男も名前を書く。正直こんな男の名前などどうでもいいしすぐに忘れるだろう。


「ほら、貴方が欲しがっていたジェムですわ。拾いなさいな」


 そういって僕はカードから3000ジェム(・・・・・・・)を実態化させ、地面にばらまいた。

 契約書が光を放ち、奴隷の所有権が僕へと移る。


「おい、なんだこれ」

「だからあなたのお金ですわ。よかったですわね」

「ふざけんじゃねえ! 1000万はあっただろうが! 早くよこせ!」

「あらあら? わたくしこの場で支払える全てのジェムを、としか書いていませんわよ? 今使えるのはこれだけですの」

「詐欺じゃねえか! おい騎士ども、俺は捕まえて貴族は好きにさせるってのかよ! ええ!?」


 失礼なことを言うやつだ。

 別に嘘はついていない。嘘をついたら契約書は発動しない。

 ただ、僕がいま使える金額が残高全てではなく、支給金の3000ジェムしかなかったというだけだ。

 彼にはちゃんとその3000ジェムを支払えると証明するために残高を見せたに過ぎない。


 再び暴れだす男を、巡回騎士たちが押さえ込む。

 彼らは厳しい顔をしていた。

 必死になにかをこらえるように。


「契約書は発動しただろう、不正はなかった」

「そうだ、いいからとっととこい! 我々も暇ではないのだ、くく、貴様ひとりにかかずらっている暇は、ぷぷっ」

「おい馬鹿! 笑うな! 今は仕事中だろう」

「そうは言うがこの展開は、くくくく」

「放せ、放しやがれええええ! 俺は悪くねえ、奴隷を鞭打っただけだぞ、なんで俺があああ!!」


 哀れな男は連行されていった。

 くすくす笑われながら。

 本当にカワイソウニナー。彼はなにもワルクナカッタノニナー。


 さて、これでようやく目的を果たせる。

 周囲の人達も「奴隷の娘、よかったなぁ」って雰囲気をかもし出しているが、すぐに絶望させてあげよう。


「あ、そうそうジェイド。貴方わたくしの家の場所、知ってますわよね」

「……はい。もちろん存じておりますが」


 僕の家。つまり学園の寮ではなく、幽閉されていたお屋敷だ。

 この学園へ入学する前、お嬢様としての訓練中にジェイドとは何度か会っている。

 だからジェイドならあの家の場所がわかるだろう。

 ちなみに、僕は転移魔法で王都にあるお爺さまの別宅へ連れて行かれて、そこから馬車で学園へ向かったので自分の家の場所を知らない。

 

 まぁとにかく、最後の確認は取れた。

 ジェイドが無能でなければ、これでうまくいく。

 僕は奴隷の少女へと改めて向き直る。


「というわけで、貴女は今日からわたくしのものですわ」

「え、え?」

「もうあんな醜い家畜のものではないということです」

「よかったですね、クリスタさまはお優しいですから」

「……ぁ、ああ」


 イリスの声かけもあり、奴隷の少女の表情がゆがむ。

 こらえきれない涙が頬を伝わり、地面に落ちる。

 危うくあの男の慰み者にされるところだったのだ、身分が奴隷のままであろうとも、この貴族のお嬢様なら大丈夫。そう思ったのだろう。

 けれど残念ながら、僕は奴隷のお世話をする気なんて毛頭なかった。


「わたくしも嬉しいですわ、丁度魚のエサが切れていたの。ジェイド?」

「はい、お嬢様。”隣泳ぐ魚よ、此方へ来たりて(これ)を運び彼方へと到れ”《召喚(サモン)次元魚ディメンションフィッシュ》 」


 ジェイドが今朝に使ったものより大きな触媒を放り投げる。

 すると泣いている奴隷の少女から程近い地面に魔法陣が展開され、シャチほどもある巨大魚がそこから飛び出すと、触媒もろとも奴隷の少女を真横から丸呑みにしてそのまま地面へと消えていった。

 

「え?」


 イリスがぽかんとしている。


「え?」


 民衆もぽかんとしている。

 ちなみにあの男と巡回騎士たちはもう立ち去っていた。


「「「「「えええぇえぇええぇえっっ!?」」」」」


「なんだいまの化け魚は!?」

「え、え、奴隷の娘どうなったの?」

「ひでえ、あれだけ上げに上げてから突き落とすとか」

「これが侯爵家のやることかよおおおおおお!?」


 大混乱である。

 とはいえ、僕も実はすこし心配な事があるのだが。


「く、クリスタさま!? え、い、今の!」


 非難するように叫ぶイリスの言葉を、いまは置いておく。

 それよりもジェイドだジェイド。彼が本当に有能かどうか確かめなければならない。

 無能だったらまずい。


「ジェイド、お母様への贈り物、ちゃんと届けてくださいましたわね?」

「はい、間違いなく」

「問題はおありでして?」

「いえ、貴族としてはありふれたものですので、ご当主さまもお許しくださるでしょう」


 そう、あの魚は次元魚、移動用の召喚獣である。

 いささか見た目のインパクトがすごく、移動用というと真っ先に想い浮かぶ騎獣の類と比べて異質でも、移動用である事は間違いない。


 ジェイドとの短いやりとりの内容をまとめれば。

 

『奴隷をお母様にプレゼントするので届けて欲しい、勝手な贈り物をしてお爺さまに怒られないかしら?』


『無事にお屋敷へと送り届けました、奴隷推進派の貴族はよく奴隷を送りあっているので大丈夫です』

 となる。


 つまりあの奴隷の少女は魚に食われてはいない。丸呑みにはされたが。

 今頃は無事に僕の幽閉されていたお屋敷に送られているはずだ。

 向こうでは突然魚が飛び出して、褐色ロリっ娘を吐き出すという大事件が起きているはずだけど、お母様に任せれば大丈夫だろう。

 ブリューナクの血を引いているのはお父様であってお母様ではないし、お母様は平民や奴隷にも優しかったから。


「さ、支給金も使ってしまいましたし、さっさと行きますわよ」

「クリスタさま!」


 ここでやることはもう無い。

 立ち去ろうとする僕へと慌ててついてきたイリスが声をあげる。

 事実はどうあれ、ぱっと見では僕は奴隷をひとり魚のエサにしたのだ。彼女に非難されても仕方がない。

 辛いけど、うん。イリスみたいな娘に嫌われるの、すんごい辛いけど。


 そうして近づいてきたイリスは僕へと小さく、囁くようにしてそれを告げた。


「ありがとうございます、わかってますから」

「……」


 そう、彼女はイリス。

 魔法を、剣を、そして知恵を兼ね備えた者だけが入る事を許される魔導騎士科、その首席。

 侯爵家にして伯爵たるアルドネスの魔法を一目で見抜き、模倣するほどの才女。

 ジェイドの魔法が何なのか、わからないはずがなかった。


「よかったですね、お嬢様」

「え?」


 思わず緩んでしまった僕の顔を見て、ジェイドは呟き、先を歩いていく。

 そういえば、彼は省略詠唱をしていなかった。

 彼ほどの腕前があればあの召喚術も省略できたはずだ。特に今回の使用はインパクトが大事だと彼もわかっていたはずなのに、わざわざ分かる人には移動用だと分かってしまうような詠唱をしていた。


 もしかして、そういう事なのだろうか。


 僕は彼の事を何も知らない。

 高位の冒険者であること。平民から、もうすぐ貴族へ成り上がるということ。そしてお爺さまの配下であること。

 けれど、もし省略詠唱をしなかったのが、僕が想像したとおりの理由なら、いつかジェイドとも本当の友人になれるかもしれない。


 そう思った。





 それからほんの少し時間が経過して、僕らの班は広場へと集まっていた。

 王都は広く、広場といってもいくつかあるけれど、いま集まっているのは学園にほど近い場所にある。

 中央にある噴水が中々綺麗で、人々の憩いの場となっている。


 それぞれに買ってきたものや情報を伝え合っていたところ、ジミーが当然の疑問を投げかけた。


「クリスタは何買ったんだ?」

「魚のエサですわ」

「「え?」」


 ジミーとミゾレの声が重なる。


「いやいやまてまて、百歩譲ってそんなもん買ってるのは目を瞑るとして、3000ジェムみんな魚のエサ代にしたのか?」

「ええ、大きなお魚用のを。お買い得でしたわよ?」

「エサ、なに買ったの?」

「家畜を一匹ほど」

「魚用の家畜? なんだ、でかい魚ならねずみとか、ウサギとかか?」


 家畜。その単語にミゾレが目を見開き、怯えたようにジミーを見た。


「違う、たぶん、エサはジミー」

「何で俺なんだよ!?」

「だって、家畜だし」


 それでジミーも気がついたらしい。

 普段のゆるい表情を消し、真顔で僕を睨みつける。


「……今からひとつだけ質問するから、真剣に答えてもらえるか? おふざけはなしで」

「なにかしら?」

「魚って、アレ?」


 ジミーとミゾレの視線がジェイドに向く。

 釣られて僕もそちらを見た。

 アレとはつまり次元魚のことだろう。大正解である。


「他におりまして?」

「そ、ならいい」

「そう、だな。うん。人死には出てないな」


 イリスだけではない。

 彼らも魔導騎士科で、しかもあの魚が移動用だと知っている。

 たしかヨハンくんだったかがそう言っていたし。

 知っているのかヨハン!? ってよく言われている彼だ。


「問題ないならさっさと帰りますわよ」


 とりあえず深くは聞かないでいてくれるらしい。

 クリスタは大分アレな言動ばかりしているのに、ふたりともいい奴だ。

 僕は少し嬉しくなって、お地蔵さま仕込の笑顔を振りまきながら学園へ向けて歩を進めるのだった。


「ってよくねえよ! 貴重な支給金が浪費されたのには変わりないよな!?」

「ん、対策は大事。死活問題」


 美の女神由来の笑顔でも、誤魔化せない事はあるらしかった。

こ の た め の 次 元 魚

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