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023 わたくし、はじめて贈り物をされましたわ

 つ、疲れた。

 もう色々とありすぎて精神的に疲れた。


 部屋のベッドに倒れこむと、無駄にふかふかな感触が僕をつつみこむ。

 このベッド、普通のコイルや綿をつめたようなマットレスではない。

 実はマシュマロゴレムの素材のように、魔獣の素材が利用された決してへたれない高性能マットレスなのだ。


 僕が全力で飛び跳ねたって大丈夫。

 実は誰も居ないときにこっそりとやった。イリスが来るまでの1日だけは一人部屋だったし。

 ぶっちゃけ楽しかった。


 でも今はそんな気力もない。

 お布団に包まれて眠りたい。


「クリスタさま、制服が皺になりますよ?」

「構いませんわ、洗濯すればいいではありませんの」

「でも、今日はもう洗濯物の回収はありませんし」


 この学園はお貴族さまが多い。

 そして平民と違い、複雑な構造をした、質の良い服もたくさんもっている。

 安物買いの銭失いという言葉があるけれど、服に関しては当てはまらないのではと僕は思っている。

 それは耐久性の問題だ。

 服は高級品になればなるほど丁寧に扱う必要がある。

 もちろん高いほうが手触りがいいとか、デザインがいいとかあるのだけど、貴重な布や特殊な縫製の関係で壊れやすいものも多いのだ。


 だからこの寮では毎朝専門の業者が洗濯物を回収して洗ってくれる。

 クリーニング業者みたいなものだけど、国から認可を受けた信頼のある業者だ。経営者も貴族だし。

 下着だけは自分で洗うという生徒も多いけどね。僕もそう。

 女物の下着を他の人に見られたくないんだよ……。

 

 まぁそんなわけで制服がしわしわになっても次の回収は明日の朝。

 夜に入浴して、そのまま部屋の前の回収箱へ、そして翌朝回収という流れだからだ。

 そして授業中に洗濯されて放課後には部屋に送り届けられるので、今からでは間に合わない。

 

 でも僕は倒れたい。

 お布団さんでふかふかされたい。

 女だったらここで制服を脱いで下着でどーんするけど、違うからパジャマに着替える必要がある。

 いくら僕が女みたいで、お風呂で上半身裸を見られても正体がバレないような体つきでも、下半身にはしっかり男の象徴がついているから、イリスの前でそれをしたらさすがにバレる。

 けれど、イリスの目を忍んで着替えるには浴室手前の脱衣所にいかねばならない。

 ほんの数mだけど、僕はいまベッドから離れたくない。


「別にいいですわ、アイロン使って自分で皺とりします」

「え、クリスタさまアイロン使えるんですか!?」

「馬鹿にしてますの?」


 この国のアイロンは炭火アイロンみたいな構造をしている。

 ただし使うのは火属性の低位の魔石だ。マグマゲルとかフレイムスライム系の下位種から採取できる。

 アイロンの中に魔石を入れて、その効果で鉄を熱する。

 火属性の魔石は元々ある程度の熱があり、たくさん入れればその中の魔力をほとんど消費せずにアイロンを暖められる。

 年単位で使えるカイロみたいなイメージだ。


 ずっと熱をもっていたら火事の原因になりそうだけど、アイロンの一部に弱い魔力を遮断する素材が使われていて、スイッチひとつで魔石と底面の間に差仕込まれるようになっている。

 充電する必要が無い分電気式のアイロンより便利だった。


 幽閉中はやることもほとんどなかったし、お母様が使い方を教えてくれた。

 春風 晶ではなく、クリスタ=ブリューナクとしての懐かしい思い出だ。


「そういうつもりじゃなかったんですけど、貴族の方は使用人にやらせると思っていたので。この寮の仕組みもそういう事ですよね?」


 そういう事とはつまり、貴族と平民が同室の理由で、貴族は平民のように自分で家事はしないということ。

 そういうのは面倒だとか、平民がやればいいと考える貴族が多い。

 そして平民派、奴隷解放派の貴族でも自分でやる人はほとんどいない。

 できても、しない。

 なぜなら日常の瑣事を平民にやらせることで雇用を生んでいるからだ。

 仮に家の家事を全て貴族とその家族でやってしまったら、使用人は皆解雇だ。クビだ、リストラだ。


 それが分かっているので家事を学ぼうとする貴族も少ない。

 だってどうせ自分でやらないのなら、ほかの事を学んだほうが良い。

 剣とか、魔法とか、政治情勢とか。


 当然侯爵家のクリスタも本来なら家事なんて学んでいるはずないのだけど、疲れきった僕は言い訳を考えるのも億劫だった。


「このわたくしにできない事などありませんわ」


 枕に顔を押し付けたまま、ぼそぼそと応える。

 あぁ枕、どうしてあなたは枕なの? やわっこい。

 段々疲れだけでなく眠気までやってきて、思考に(もや)が架かってくる。


「クリスタさますごいですよね、いつも自信満々で」

「当たり前ですわ、このわたくしですのよ」


 そんな事はない。

 内心、いつもビクビクハラハラしている。

 男だとバレないか。

 魔法が使えないとバレないか。

 お爺さまやジェイドに、貴族と平民とか気にしてない事がバレないか。


 なにより、本当の意味で誰かを傷つけていないか。


 この学園におけるクリスタ=ブリューナクは僕が即興でつくりあげた悪役令嬢だ。

 その場その場を思いつきでなんとかしのいで、悪役をこなしているだけの存在だ。

 そう、あくまでも悪役(・・)で、本物の悪党になってはいけない。


 やりすぎてはいないだろうか?

 あれは回復魔法で癒せる範囲の攻撃だっただろうか?

 バレてはいないだろうか? 家畜と蔑むフリをして、貴族と平民を同列に扱っている事を。

 ジェイドは役立たずだけど、それはお爺さまにとってもそうなのだろうか?

 僕がこうしている今も、ゴーレムの部品を買いに行くと証して、お爺さまの元で報告をしているのではないだろうか?


 クリスタ=ブリューナクはブリューナクに相応しくない(まが)い物であると。

 侯爵家の名を地に落とす前に、改めて幽閉すべきであると。


 人間どうも、疲れていると嫌な想像ばかりする。

 でも、だって仕方ない。ジェイドはお爺さまの部下だ。僕の部下じゃない。

 この学園に、本当の意味でクリスタ=ブリューナクの味方はいないのだ。


「大丈夫ですか?」


 不意に、近くからやさしい声がかけられる。

 眠くて、閉じきっていた目をうっすら開いて見上げれば、イリスがベッドの横にいて、僕の事を覗き込んでいた。


「なんだか、いつもとご様子が違いますし」

「大丈夫ですわよ」

「嘘です。わたしこれでも結構優秀なんですよ? 友達の不調くらい見抜けますから」


 知っている。

 彼女は魔導騎士科の主席だ。

 剣も魔法も使えるし、学もある。なにより貴族に対して礼儀をわきまえつつ、それでも我を通す度胸がある。

 だから、本当ならあの日、僕が助ける必要もなかったんだろう。


 それでも、僕は助けた事を後悔しない。

 仮にあそこで助けなければ、悪役を演じる必要がなかったとしても。


 前世で、日本で、あいつは優秀だから、俺たちとは違うからと孤立していた友人を知っている。

 あのこに任せればなんとかなるからと、いつも面倒ごとを押し付けられていた友人を知っている。

 そもそも病弱な上に馬鹿だった前世の僕より、優秀じゃない人の方が少なかったのだけど。


 でもだからこそ、僕より優秀な人だからといって、助けが要らないわけじゃないと知っているから。

 例え余計なお世話で、イリスからしたらクリスタの方が厄介な、頭のおかしい令嬢だったとしてもいいのだ。


「お黙りなさい。下僕(ペット)は主にお世話されていればいいのですわ」

「……クリスタさま」


 また傷つけただろうか?

 思えば朝から勉強して、魔導武器を実演して、お昼を食べて、トイレの太郎くんになって、マシュマロゴレムを整理して、ゴブマロが戦って、お兄さまと10年ぶりに再開して。

 今日は濃い日だった。

 本当に、幽閉されて、淡々と日々を過ごしていたクリスタとしても。

 そして、平和な日本で暮らしていた春風晶の生涯を振り返っても、これ以上ないほど濃い日だった。


 だから疲れきって、思考が制御できない今だから、目を背けていたものが気にかかる。

 本当にわがままお嬢様の範囲でいられているだろうか? と。

 怖くて嫌なやつで面倒で、いっそ居なくなってほしいと、そこまで思われてはいないだろうかと。

 ただの嫌われ者ではないだろうかと。

 前世の母さん(・・・・・・)のように、こんな子早く死んでしまえばいいのにと思われて――


「大丈夫ですよ」


 不意に、頭を撫でられた。

 丁寧に、丁寧に、壊れ物を扱うように。


「なにを」

「貴族に絡まれていたわたしを助けてくれて、ありがとうございます」

「イリス?」

「ジミーさまの魔法で倒れていたわたしを、守ってくれてありがとうございます。

 マシュマロゴレムの顔の描き方、教えてくれてありがとうございます。

 わたしのためにご自分のお兄さまに刃向かってくれて、ありがとうございます」


 一言一句丁寧に、この数日を振り返るように声にしながら、頭を撫でてくるイリス。

 それはとってもやさしくて、今生のお母さまみたいで。


「イリスはわたくしの助けなんていらないでしょう」

「そんなことありません」

「イリスは優秀ではありませんの」


 本当は言っちゃだめなんだろう。貴族のお嬢様が、下僕(ペット)扱いしてる平民を優秀だなんて。

 でもいまは監視役のジェイドがいなくて、イリスが頭なんて撫でるものだから気が緩んでしまった。

 健康な身体に生まれられて、だけど、貴族なのに魔法が使えない僕の、小さな僻みも混ざってしまった。


 これは寝言だ。疲れて寝ている悪役令嬢の言葉じゃなくて、夢の中のだれかの台詞だ。

 恥ずかしいから、そういう事にしておこう。


「ええ、わたしちっちゃいですけど、結構優秀なんですよ」

「自慢ですの?」

「はい、自慢です。自慢ですけど、だから、誰かに助けてもらうのは、初めてだったんです」

「あいつは優秀なんだから、ひとりでどうにかできるだろ、か……」

「え?」


 緩みすぎだ。

 思わず男口調になってしまった。

 ハッとして目が冴える。


「お爺さまが部下にそう話しているのを聞いたことがありますわ! いつの世も、どんな世界(・・・・・・)でも、それは変わりませんのね」


 ごめんお爺さま、ちょっと押し付けさせて。

 変わりにいつか殴ると決めていた回数を、ほんの少し減らすから。


「そうですね、そんな感じです」

「余計なお世話じゃありませんでしたの?」

「うれしかったですよ」

「わたくしの事嫌いなのではありませんの?」

「そんな事思ってませんよ」

「だって全然下僕(ペット)になってくれませんのに」

「それとこれとは話が別です!」


 照れ隠しで、そんな事を言ってしまう。

 正直うれしかった。

 本当にイリスは優秀だから、僕の行動も色々と見抜かれていたのかもしれない。

 だからといって、今更善良なお嬢様として振舞うわけにも行かない。

 僕は悪役令嬢なのだ。少なくとも、この学園に居る間は。


「あ、そうだクリスタさま。これ、差し上げます」

「なんですの?」


 すっかり目が冴えてしまった僕にイリスが差し出してきたのは、肘まである桃色の長手袋だった。

 綺麗なレースもついていて、ドレスなんかと合わせて使われることが多いものだ。

 こう言ってはなんだけど、イリスのような平民には似つかわしくないアイテムである。

 

「《魔力流出防止の手袋》っていう医療用の魔道具です」

「医療用?」

「ほら、わたしこんなですから」


 自分の長い、いまとなってはしっかりケアして、編みこんでまとめている艶やかになった桃色の髪に触れるイリス。

 その特異な色は高い魔力を保有している、俗に高魔力保持者と呼ばれる存在である証拠だ。

 

「魔力制御を覚えるまでは不意に魔力が放出されて、あわや大惨事、とかよくあったんです。この手袋は自分から漏れ出す魔力を防いでくれるんですよ」


 さすがに攻性魔法を防ぐほどすごいものじゃないですけどね、と付け足すイリス。

 高魔力保持者にとってはちょっと高めの日用品レベルの魔道具であるらしい。


「なぜわたくしに?」

「《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》 への魔力供給、制御できてないみたいでしたから」


 絶句とはこういう事を言うのだろうか。

 正直、あの時の僕はノリノリで振るっているように見えていたはずなのに。

 事実、はじめて自分の魔力をみたことで、ハイテンションヒャッハー状態だったのに。

 あの状況を見て、彼女は魔力を強引に吸い出されていたことに気がついたのか。


「な、なんのお話かしら」

「要りませんか? これがあれば呪いの武器でも魔力を吸い尽くされる心配はなくなりますよ?」

「いただきますわ!」


 《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》は魔法の使えない僕にとっては便利である。

 非常に便利であるが一度使うと途中で止められないのは欠点でしかない。

 この魔道具をつけて使えば、《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》 の起動に使った魔石の魔力が切れた時点で効果は停止する。

 つまり当初の予定通りの使い方ができるはずだ。


 そこまで考えて。


「あら? わたくし《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》 が呪いの武器だなんて言ったかしら?」


 授業では珍しい魔導武器としか言わなかった気がするんだけど。

 イリスはすごい勢いで顔を背けた。首の骨とか筋肉とかが心配になる速度だ。


「い、言ってました、言ってましたよ! ほら、キュリオール先生と話しているときに!」


 ドロシー=キュリオール。魔導騎士科の魔法の講義全般を担当している女教師だ。

 《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》を実演したのも、彼女から固有魔法を見せてほしいと頼まれたのを誤魔化すためだった。

 あの時言ってしまっていたのだろうか?

 どことなく挙動不審なイリスに腑に落ちないものを感じるけれど、今はそれで納得しておこう。


 なにはともあれ長手袋をつけてみる。

 すると、桃色だったその姿は指先から徐々に漆黒へと変わっていった。


「これは」

「装着者の魔力色によって色が変わるんです。最初は白で、わたしがつけていたので桃色だったんですけど、クリスタさまは珍しい色をしてますね」


 魔力色は指紋のようなものだ。

 別にその色で得意な魔法がわかったりはしない。

 極端な話、燃えるような赤い魔力色の魔導師でも、得意魔法は氷とか普通にある話である。

 手袋の色が魔力色だってすぐ分かるとも思えないし、そこは構わないのだけど。


「侯爵家の令嬢ともあろうものが、家畜のお下がりを着ける日が来るとは思いませんでしたわ」


 高級なドレスを1回のパーティでぽい捨てするようなのが上級貴族の子女である。

 毎回新しいのを買って経済を回すためとか理由はあるけど、大体は同じ服を着たくないというわがままだ。


「え、あ!? ご、ごめんなさい。そうですよね、新品のほうがいいですよね! 家にいけば新品もあると思うので今からとってきます!」

「お待ちなさい!」


 慌てて部屋から出て行こうとするイリスを呼び止める。


「貴女は家畜でもわたくしの下僕(ペット)ですから、これでいいですわ」

「で、でも」

「これが、いいですわ」


 お爺さまから支給された、貴族として取り繕うためのものではない。

 この世界ではじめて仲良くなれた人からの、大切な贈り物だから。

 たとえ貴族として相応しくなくても、悪役としてはありえなくても。


 僕はこれを大事にしようと、そう決めた。

しんみり回です。クリスタの内心や前世についてもチラチラ出してみました。

前世の両親については春風晶が病弱だった点を考えると妄想が膨らむかもしれません。


たまにはこういう回があってもいいかなと。

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