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002 わたくし決めましたわ

 ブリューナク家は代々の当主が宰相を勤める、グリエンド王国の大家らしい。


 強大な魔力からなる魔法は他の貴族の追々を許さず、戦場に出ることこそないものの、王国最後の砦としてその智謀と共に絶大な信頼を置かれている。


 そう、この世界には魔法がある。

 特に貴族階級はその力を独占するため貴族間での婚姻を繰り返し、その魔力を高めていった。


 勿論平民の中にも強力な魔法を扱えるもの、魔導師はいるけれど、そうした人たちは積極的に自由騎士として取り立てる。

 そうして一代限りの貴族とすることで、実質魔法が扱えるものは貴族のみということになっていた。


 この国を大雑把にわけるなら、王族、貴族、一代貴族、平民、奴隷となる。


 そう、奴隷もいるのだ。

 

 王族、貴族は平民を見下しているし、平民はその鬱憤の対象として奴隷を虐げている。

 そして貴族に魔導師を集め、奴隷制度を確立し、現在の支配制度を確立したのがブリューナク家初代当主ハーデス=ブリューナク。


 僕のご先祖さまだ。

 そんな経緯もあり、王族といえどブリューナク侯爵家を一方的に断罪したりはできないらしい。


 しかし時代は流れ、変わるもの。

 今の国王さまは奴隷制度は時代にそぐわないものと認め、無くそうと思っているそうだ。

 なんて素晴らしい王様だろう。

 奴隷は安価な労働力だ。

 数十人に給金を払うより、最低限の食料を提供したほうが安くすむのに無くそうという。


 そう、安くすむのだ。

 奴隷を解放したところで雇い先などなく、国に浮浪者が溢れるだけだと真っ向から対立しているのは言うまでもなく我が家である。


 理屈はわかるが元日本人としては納得しにくい。

 単なる趣味で平民や奴隷をいたぶってる屑貴族もいるから余計にね。


 さて、そんな僕がなぜこのガイスト学園に入学することになったのかと言うと。


『陛下は殿下に平民の妻をめとらせようとお考えらしい。そこから徐々に貴族と平民の壁を取り払おうとお考えなのだろうが、王族に平民の血を入れるなどありえん。クリスタよ、手段は問わぬ、お前が阻止するのだ』


 とお爺様に言われたからだ。

 とある理由から僕はブリューナク家の子供と公に認められていない隠し子で、しかも最近まで幽閉されていた。

 そんな僕もこの使命を成し遂げられれば晴れて一員として認めて貰える。


 ちなみに女装しているのはあわよくば修学中の王子を篭絡してしまえということらしい。

 うん、可愛いもんね今生の僕。

 美少女にしかみえないし、男って知っていてもくらりと来るかもしれない。


 でもまぁ、そんな事どうでもよかったのだ。

 適当にやり過ごそうと思っていたのだ。


 王族? 知らんて。

 貴族? 興味ないって。

 平民? 溢れてるね。

 奴隷? なりたくはないね。


 その程度だったから、目の前で平民が貴族に虐げられていても無感動にスルーするはずだったんだよ。


 前 世 の 記 憶 が 戻 ら な け れ ば さ あ ! ?


 恐らく前世の記憶が戻ったことをここまで後悔、疎んで? いる転生者は僕くらいのものだろう。


 それはさておき、この学園では平民と貴族が同じ教育を受けられるが、区別はされている。

 その最たるものが制服で、平民は青と白を、貴族は赤と白をを基調としたものになっている。

 だから一目でわかるんだ。絡まれているのが平民で、絡んでいるのが貴族だと。

 16年間幽閉されていた感情の薄いお貴族さまならともかく、転生者春風 晶としてはそんな場面を見過ごせるはずがない。


「おいおい、上玉じゃないか。いったいどの試験官をたらしこんで入り込んだんだ?」

「ああ、しかも魔導騎士科だって? どんなすごいテクニックなのか俺たちにもみせてくれよ」

「わ、わたし、ちゃんと合格しました、そんな事してませんっ」


 なんて言われている涙目の女の子を見て、そのまま通りすぎるなんて。


「お嬢様?」


 編入手続きをするために訪れた学園の廊下で、踏み出しかけたその足が、止まる。

 声の主は茶髪のイケメン執事ことジェイド。

 彼は男爵家の長男で、お爺様が寄越した僕の監視役だ。

 なぜ貴族が執事を、と思う人もいるだろうけど、執事は本来下級貴族の長男がしていたものだったりする。

 ここは異世界だから地球とは違う部分も多いんだけどね。


 まぁ重要なのはそこじゃない。

 重要なのは彼が僕の監視役だということだ。

 チェックポイントは貴族として恥ずべき行いをしないかは勿論、お爺様を裏切らないか。

 そしてブリューナク家に反する行動をとらないか、だ。


 貴族に詰め寄られた平民の女の子を助けるのは、ブリューナク家らしい行動だろうか?


 そんなはずはない、ブリューナク家が構築した支配体制は絶対だ。

 だからこそブリューナク家でさえも王家を面と向かって愚弄したりはしない。

 しかしながら、僕は彼女を助けたい。

 どうすればいい?

 僕にとっては悪だとしか思えないブリューナク家の方針。

 それに従いつつ彼女を助けるには。


 そこで僕は思い付いた。

 思い付いてしまった。


 そうだ、ブリューナク家の誰よりも悪役を演じよう。

 その結果としてなぜか平民が助かり、奴隷推進派の貴族が被害を被るのなら、問題ないのではないか。

 それにそう、悪役を演じるのはきっと、とても楽しい。


 そうして、方針が決まった。

 僕は。

 いいえ、わたくしはクリスタ=ブリューナク侯爵令嬢。

 あの冷酷なお爺様さえ優しく感じられる、傍若無人の悪役令嬢。


「お嬢様、なにをするおつも」

「お黙りなさいジェイド、わたくしの行動に口を挟むおつもり!」


 貴族が平民に詰め寄る、もっと言うなら手込めにでもしようとしている場には不似合いな、可愛らしい怒鳴り声に場が静まり返る。

 平然と歩いていた貴族の生徒も、壁際を歩いていた平民の生徒も。

 女の子に詰め寄っていた彼らも、詰め寄られていた当人さえも何事かと僕らを見る。

 そして詰め寄っていた彼らがずれたことで、女の子の容姿がはっきりと見えた。


 淡い桃色のロングヘアー。 

 肌は白く、瞳は濃い紫色をしている。

 うん、可愛いんじゃないかな。


 ではなく、特異な髪や瞳の色は強い魔力の象徴だ。

 恐らく彼女が魔導騎士科の試験を突破したのは実力だろう。

 彼女に詰め寄っている貴族たちなんて、彼女からしたら木っ端程度の力しかないに違いない。けれど殴ったりはできない。

 それは彼女が平民で、彼らが貴族だから。


 僕は自分の行動が間違っていなかったことに安堵して、彼女へと歩を進める。

 驚きのあまり呆然としていたジェイドが「はっ」とした表情を浮かべ、僕の前を遮ろうとしたので。


「邪魔ですわ!」

「げふっ!?」


 思いっきり彼の右側頭部を右腕で殴り飛ばした。

 ごめん、やり過ぎたかも、痛そう。

 しかしこの世界には回復魔法もあるのだ!

 たしかジェイドは使えたはずだし、この学園なら重傷でも癒せる高位の魔導師が常駐しているはず。

 つまり手加減は不要である。


 そして再び渦中の彼女へと視線を向ける。


「っ!?」


 びくっとされた。

 可愛い女の子にそういう反応を取られると結構ショックを受ける。

 自分が可憐な容姿だろうと、女装していようと、一応男の子なのだ。


 まぁ、その自尊心をこれから自分で砕きまくるんだけどさ。


「まぁ!」


 自分の従者を殴り飛ばした可憐な美少女()へと皆の意識が集まる。


「まぁまぁまぁ、なんて可愛らしい家畜でしょう。貴女、わたくしの下僕(ペット)におなりなさいな」


 場が再び静まりーー


「「「「「はあああああ!?」」」」」


 ーー返らなかった。

 詰め寄っていた奴等まで叫んでいる。


「おいお前、何を勝手に、俺たちが先にはなしぷげらべばっ!?」


 その片方が僕の肩に後ろから手を掛けてきたので、壁に飾られていたフレイルで頭を殴り飛ばした。


「ニーーーック!?」


 彼の相方くんが叫ぶ。

 ニックくんというのか、一応覚えておこう。


 ちなみにこの学園の廊下には、歴代卒業生の中でも特に名をあげた生徒が愛用していた武器のレプリカが飾られている。


 刀剣類もあるけど、刃は潰されている。

 フレイルには関係ないけどな!

 フレイル。別名をモーニングスターとも呼ぶそれは木製の取っ手から鎖を伸ばし、尖端にトゲトゲつきの鉄球をとりつけた武器である。


 ニックくんは頭から血を流してピクピクしているが、相方くんが全力で回復魔法をかけているようだし大丈夫だろう。

 それはそれとして。


「それで貴女、わたくしの下僕(ペット)になりなさいな」

「え、その、いや、です」


 怯えながら断られる。

 当たり前だ、頷かれても困るし。

 ちなみに下僕と書いてペットと読むのは、僕が前世で友人に誘われてやっていたとあるネットゲームのルビだ。


「何故ですの!?」

「なんで驚いてるんですか!?」

「え? だって、家畜から格上げしてあげようと言っていますのよ?」

「な、だ、誰が家畜ですか! へ、平民は貴女の、貴族の家畜なんかじゃ」


 うむ、この国で貴族をぶん殴って流血させている女貴族()に口答えするとは、見上げた女の子だ。

 彼女はきっと真面目で、そしてバカなのだろう。

 だけど安心してほしい、君の無礼な発言なんて誰も覚えないだろうから。

 君がバカなら、僕は死んでも治らなかった大馬鹿だから!


「何を言っていますの? 貴族とか平民とか、関係ありませんわ」

「え、それって」

「至高の王家の皆様を除いたこの国の民はみな、わたくしの家畜でしてよ」

「ふざ、げんらっちゃべ!」


 話に割り込んできた勇気あるニックくんの相方くんがフレイルの餌食になった。

 

「え、まってください、なんでいま殴ったんですか?」

「なんか、わたくしに口答えしそうでしたから」


 たぶん、ふざけんなーとか言おうとしてたんだと思う。

 僕が彼の立場ならそう言うし。


「ひ、ひどい」


 助けたはずの彼女がドン引きしていた。

 周りのみんなも静まり返っている。

 だが、これでいい、これでいいんだ。


「まぁいいですわ。今日のところは見逃してあげましょう。気が向いたらわたくしのところへおいでなさいな」


 そしてこの場を去ろうとして、倒れたままのジェイドを思い出す。

 頭を強く打っただろうし、大事を取って休ませてあげたい。

 彼は僕の監視役だけど、彼個人に恨みはないのだ。

 しかし、ごめんよジェイド! 僕は成し遂げねばならんのだ!

 か、回復魔法あるし平気だよね。


「何を呑気に寝てますの、行きますわよ!」


 僕は左手でジェイドの首根っこをひっつかみ、ずりずりと、右手はフレイルを引きずりごりごりと床を削りながら歩を進める。

 周囲の貴族も平民も、一様にうわぁという顔をしていた。

 いまここに、身分の差を越えた感情の一致が起きている。


 奇跡的だが感動できないのは何故だろう?


「ま、待ってください、あなたはいったい」

「あら、わたくしとしたことが。そうですわね、名を知らねばわたくしの下僕(ペット)としても困りますものね」

「あ、いえ、そういうわけじゃ」


 僕は盛大に腕を振りながら彼女へと振り返る。

 振り回されたフレイルとジェイドに、その場の誰かが悲鳴をあげるが気にしない。

 気にしてはいけない。


 なぜなら僕は、今日、この時から。


「わたくしの名はクリスタ。王国宰相ロイルが長子トーマスの長女にして、皆様の飼い主たる崇高なるブリューナク家のひとり」


 一拍おき、この場のみならず、学園全体に響かせんと声を張り上げる。


「クリスタ=ブリューナクですわ!」


 残念ながらその声は可愛らしすぎて、威厳なんて欠片もなかった。

幸いインフルとかではなかったです、喉が痛い。

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