017 それいけマシュマロゴレム 中編
前編でクラスメイトたちが入学してから二週間と書いてあったのを二ヶ月に訂正しました。
クリスタは転入なので他のみんなはある程度学園に慣れています。
「何してんだお前ら!」
訓練場にロバートの怒声が響き渡った。
結局クラスメイトたちはゴーレム相手に平静になれず魔法を連射していたのだが、その流れ弾がロバートがいる場所にとんでいったらしい。
「おい、俺は高位魔法は使うなって言ったよな?」
「で、ですが教官! ブリューナクさんが勝手にゴーレムを改造して」
「改造?」
あ、やばい、バレてーら。
これは怒られる流れだろうけど、せめてイリスとジェイドは庇おう。
今回のこれ、完全に悪ふざけだし、誰かを助けるためってわけでもないし。
罰は甘んじて受けよう。
「なるほど、音声再生機能に特定条件で発動する機能、それに魔力補充用の果実に、ん? なんだこの落書き。顔か?」
ちょっと見ただけでそこまで見抜くとは、やっぱり騎士団長だけあって魔法への造詣も深いらしい。
ちなみに僕がみただけじゃ魔力が篭ってるくらいしか分からない。
「で、それがどうした」
「「「え?」」」
え?
「もちろんブリューナクはあとで説教だ。授業で勝手なことをされるのは見逃せない」
あ、はい、ですよねわかってます。
「だが、それとこれとは別だ。むしろ、お前たちのほうが問題がある。なぜかわかるな」
ロバートは「わかるか?」とは聞かなかった。「わかるな」と聞いた。
それはつまり、この程度がわからないやつは要らないということだ。
魔導騎士科に無能は要らない。
魔法が使えても、剣の腕が立っても、作戦を理解できない馬鹿は足をひっぱるからだ。
魔法が使えず頭もいいわけじゃない僕がいるのは見逃してほしい。
「……死ぬから」
エルフのクラスメイトがすごい雑に、ぽつりと応えた。
でもロバートはそれで満足したらしい。
「そうだ、ブリューナクのは悪ふざけで済むがお前らの放った高位魔法は」
『見逃して♪ 見逃して♪』
「うるせえな!? 説教中くらい黙れないのかこいつら!」
ロバートの真面目なシーンが台無しだ。
叱ってる姿は教師らしく、威圧感は騎士らしく中々かっこいいのだけど、周囲をマシュマロゴレムの生き残りが歩きながら歌っているのでユーモラスになっている。
「あー、だからな? 高位魔法っていうのは危険だ。今回たしかに死傷者は出ていない。それどころか重傷者もいない。それはひとえにお前らが優秀だからだ。詠唱せずとも最低限の防壁・障壁魔法を即座に展開できるお前たちだからこそ、この程度で済んでいる」
クラスメイトたちの反応をひとしきり見てから、重く告げた。
「誰かを護衛しているとき、あるいは街中で、あるいは魔法の使えない騎士団と合同任務の最中に。お前らが取り乱し、高位魔法を放てば大勢死ぬぞ。味方がな」
だれもなにも言わない。
そう、これはそれだけ重い話だ。彼らだって分かっていたはずだ。
それをちょっと予想外すぎる展開でかき回したのは――
『見逃して♪ 見逃して♪』
『逝きたくない♪ 逝きたくない♪』
「ほんとうるさいなこいつら!?」
やってしまったことの責任はとらなきゃいけない。
悪い事をしたのは僕であり、彼らは被害者だ。
素直に僕が謝ればいい。
そう思ったけど、やめにした。
悪役令嬢だから? 違う。
彼らが高位魔法を放ったのは事実だからだ。
僕が原因だろうと関係ないとロバートはたしかに言っていたし、僕が悪役の仮面を脱ぎ捨てて土下座したって彼らへの評価は覆らないだろう。
なら、その原因をロバートが思っている以上の事へすり替えよう。
僕の評価は最低になるかもしれないけれど、自分で撒いた種だ、仕方ない。
というか、今更落ちる評価なんてない!
なんせクリスタ=ブリューナクは他人の話を聞かないわがまま令嬢なんだから!
「あらあら、魔導騎士科は優秀だと聞いていたのですけれど。期待はずれでしたわね」
「ほう、ブリューナク、お前には反省の色が見えないようだな」
「とんでもない、遅刻したことについてはとてもとても反省しておりますわ。ですからこうしてわたくしの魔法でお手伝いしてさしあげたのですもの」
「ほう、お前の魔法か」
「その通りですわ。彼らに錯乱の魔法を掛け、わたくし自らこのゴーレムをけしかけたのです」
クラスメイトたちとイリス、ジェイドがギョっとして僕を見る。
彼らは魔法のエキスパートでもある。そんな魔法を掛けられていないことくらい分かってるだろう。
イリスとジェイドはゴーレムに直接魔法を掛けたのは自分たちだと知っている。
だけど僕は、彼らを眼光だけで黙らせた。
「お前の魔法、ねぇ」
ロバートの視線が僕の足下へ向かう。
そこには死にかけ、もとい壊れかけで内部に込められた魔力が漏れているマシュマロゴレムがいた。
そう、ジェイドの魔力色である翡翠色の魔力を。
「えいっ!」
「「「あっ!?」」」
慌ててそのゴーレムを踏み潰すと、鮮やかな赤いジャムをぶちまけながら機能を停止する。
クラスメイトたちが反応しているが気にしてはいけない。これ、魂のないゴーレムだし。
込められていた魔力も霧散して、後には巨大マシュマロだけが残った。
危ない、音声再生機能をつけるためにジェイドに魔法を使ってもらったんだった。
僕の魔力の色は漆黒だ。僕自身つい数時間前まで知らなかったけれど、あれだけインパクトのあるお披露目をしたのだからロバートの耳に入っていても不思議ではない。
「ええ、わたくしの魔法ですわ」
「なるほどなぁ」
と、今度はすこし離れた場所に視線を向けられ、釣られてそちらを見る。
桃色の魔力を垂れ流している個体がいた。
遺言機能(いま命名)を作るときに見たからわかる、あれはイリスの魔力色だ。
「魔導騎士科の実力をこの目で確かめたかったのですけれど、無駄でしたわ」
悪役っぽい口から出任せを吐きつつ、訓練用の模造刀を投擲する。
「これも、もう要りませんわね。 《思いっきり投げつけるは模造剣》!」
魔導騎士科に配布される学園の備品で《肉を切り刻むもの》 とは別物だ。
綺麗に直撃したゴーレムはまたジャムを噴き出して倒れ伏した。
「ああ、モモちゃん!?」
「はい?」
イリスが慌てて倒れたゴーレムに駆け寄ると剣を抜いて回復魔法をかけはじめる。
ちなみに詠唱はしていない。地味なところで主席としての実力を発揮していた。
「ひどいですクリスタさま! 訓練が終わったら連れ帰って一緒に寝ようと思ってたのに!」
「儚い夢でしたわね。貴女の望みが叶うことなんてありませんわ」
だってそれ学園の備品だし。
持って帰ったら普通に泥棒だし。
涙目のイリスには申し訳ないが、この状況じゃなくても止めていた。
「ひどい、なにも踏み潰すことないのに」
「イリスさんとは仲良いのかと思ってたが、違ったのか?」
「さすが魔導騎士科次席のジミーを怯ませたエアブレ、魔法耐性の高いマシュマロゴレムが一撃とは……」
「俺も覚えようかな」
クラスメイトたちがざわめき出す。
まて、エアブレってなんだ。
そしてジミーが次席?
「いやだからあれ物理だろ! 魔法じゃねーよ! 強ければレベルを上げて物理で殴ればいいってもんじゃないから!」
そしてツッコミにまわるジミー。
いきなり攻性魔法をぶちかます嫌な貴族はどこへ行ってしまったのか。
そういえばあの時の詳しい事情を聞いてない。ニックとディアスの例もあるし、後でイリスあたりに聞いておこう。主席と次席の模擬戦となると、僕が知らないだけで色々あったのかもしれないし。
「くくく、そうか、わかった、そういうことにしてやる。っくく」
僕らのやりとりで笑いそうになるのを堪えるロバート。
なんとなく事情を察したようだけど、その上で乗っかってくれるらしい。
今度何かお礼をしよう。
「じゃあ俺の腕試しもしてもらおうかな?」
「はい?」
「原因がなんだろうと使うなっつった高位魔法をバンバン使ったのは事実だ。俺がそんなもん使わなくてもこの程度乗り切れるってことを証明してやろう」
「教官はできて当たり前じゃありませんの!」
前言撤回だ! 誰がお礼なんてするか!
ただの魔導騎士でも本来できることを、騎士団長にできないわけがない。
ましてやロバートは王族に連なる公爵だ。
王族の力をこの目で見たことはないけれど、今回の学園転入に際して色々とお爺さまに聞いている。
結論からいうと、王族を人間扱いしてはいけない。
「ほほう、ブリューナクのお嬢様は俺の挑戦から逃げるのか。だが残念だったな、ここは魔導騎士科で、俺は教官だ。お前のゴーレム使役の技術、見せてもらおうか」
「うっ」
たしかにその通りだ。
ここで文句を言うことはできても逃げる事はできない。
そもそもこの場でなくとも王家筋にブリューナクの名を出されて、逃げるのかなどと言われたら逃げられない。ブリューナクの立場的に。
「年貢の納め時だなクリスタ。知らなかったのか? 王族からは逃げられない」
「呼び捨てにしないでくださる?」
「だからツッコムのそこなのかよ! 真顔でいうのやめろよ!」
何故かジミーがうるさい。
彼のノリは嫌いじゃないけど、今は名前のように地味に静かにしていてほしい。
別にロバートと戦うのは構わない。
訓練だし、命を取られることはないだろう。
問題なのはゴーレムを操作しろと言われている点だ。僕にはできない。
かといって全て僕ひとりの企みだと言ってしまった手前、イリスやジェイドに協力を仰ぐこともできない。
「い、いいですわ。わたくしの力を見せてさしあげます」
考えろ、考えろ、考えろ!
何か、そう、何かあるはずだ。
改めて状況を確認する。
ひとつくらい僕の役に立つものがあるはずだ、あってくれ。
まず僕を見てニヤニヤと楽しそうなロバート。
修復したらしいモモちゃん? を撫でているイリス。
さっきの行為で若干引いているクラスメイトたち。
ねえ、君らも斬ったり焼いたり即死させたりしてたはずでは?
そして腕を組んで空を見上げているジェイド。
お爺さま、この男役にたった試しがありませんわ!
「おい、どうした、早くゴーレムを動かせ」
「お待ちなさいな、せっかちな男は嫌われますわよ」
切り裂かれたマシュマロゴレム。
弾け飛んだマシュマロゴレム。
焼かれたマシュマロゴレム。
外傷がないのに魔力反応が消失した即死マシュマロゴレム。
僕が踏み潰したマシュマロゴレム。
そして黄土色の魔力を放っている魔石。
黄土色の魔石?
「うん?」
なんだろう、あんな色の魔石マシュマロゴレムに使われてたかな?
マシュマロゴレムは最下位のゴーレムだ。動くことしかできないし、その身体も軽いため動かすのに大した魔力は必要ない。
だから使われているのは魔力も魔法も残っていない屑魔石。
屑魔石というのは、言ってみれば使い切った乾電池を充電し直したリサイクル品だ。
そして魔石は使いまわすと乾電池以上に劣化するので質も悪い。
屑魔石の特徴は無色透明、誰かが意図して魔法をこめればその人の魔力色になる。
たとえば音声再生機能を付与したジェイドの翡翠色のように。
たとえば遺言機能を付与したイリスの桃色のように。
少なくとも、あんな黄土色の魔石がマシュマロゴレムに使われているはずがない。
自然に発生した? いや、魔石は魔物の核だ、ありえない。
あの色と形状、それにサイズはたしかゴブリンのものだったような。
魔石を睨みながら悩んでいると、ロバートが僕の視線に気がついた。
「お? なんだ険しい目してるな、ついに来るか?」
わくわくし出したぞこの王族。
まぁ謎の魔石が放置されてるのは危険だし、とりあえず教えておこう。
そう思った瞬間だった、黄土色の魔石が震えはじめる。
そして周囲のマシュマロゴレムだった残骸を吸い寄せ始めた。
「なんだ!?」
その叫びは誰のものだったのか。
皆が視線を向ける先で残骸はどんどん集まり、ふくらみ、ついにひとつの姿をとった。
醜い鬼のような顔。
腰布を巻いただけのやせぎすの姿。
右手にもったぼろぼろの剣、左手にもった粗雑な棍棒。
そしてその全身真っ白なボディの中心には巨大なショボーン顔!
「なんだあれ」
「ごぶ、りん?」
「いや、マシュマロゴレムだろ。だよな?」
「形状違いすぎるけど、素材はそうだな」
「「「ていうかあの顔って」」」
クラスメイトが見上げながら口々にアレはなんぞやと語り合う。
そう、見上げている。
多くの残骸があつまったせいか、その白いゴブリンもどきは体長5mを超えていた。
皆は一応危機感はもっているのか距離をとり、それぞれ模造剣を構えている。
こういうところは魔導騎士科らしい姿だ。
ここでぼーっとつったって相談するような無能はここにはいない。
……か弱いゴーレムに涙するお人よしはたくさんいるけど、それは悪いことじゃないから、うん。
「ほう、面白いな、マシュマロゴレムはその材質から成型が困難で小さな丸くらいにしかできないんだが。中々やるじゃないか」
マシュマロゴレムの形状にそんな秘密が!?
ってまって、まさかこれ僕がやったって誤解してるんじゃ。
「え、いや、違っ」
「ええ、これがお嬢様の実力です!」
ジェイドお前ええええええええ!
僕になんの恨みがあってこのタイミングでヨイショした!
もっとあっただろう助けるタイミング! それじゃただの腰ぎんちゃくだ!
……恨み、あるよな、何度か殴ってるし。
え、違うよね、そういう事じゃないよね。
「ジェイド、貴方」
「ふっ」
あ、ちがう。こいつやりきった男の顔してる。
善意100%だ。
お爺様こいつ使えませんわ!?
「お待ちになって教官、これは」
『”マシュマロゴレムの願いはひとつ~♪” ”コロシ”たい♪” ”逃げ”ない”出♪”』
「あん?」
うわあああああ! 合体した影響で変な感じに台詞が混ざってるうううう!?
最初は前後編だったんですが、皆さんが感想でマシュマロゴレム回を推してくれるので喜び勇んで書いてたらついつい文章量が増えてしまいました、申し訳ない。
そして読んでくれた皆さん本当にありがとうございます!
PVが全てではないですが、三日前と比較すると10倍くらいになっていて、さすがに震えます
(((((((( ;゜Д゜))))))))
明日には後編も投稿されるのでお楽しみに!




