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015 トイレの太郎くん その1

 やってしまったと思いつつ、すぐに戻るのもおかしいので宣言通りトイレに行こうとした。

 したんだけど、僕はまださ迷っている。


 トイレはすぐ見つかった。

 問題はどちらにも人がいたことだ。


 そう、男子トイレにも女子トイレにも。


 まず男子トイレは論外だ。

 この姿で入ってはクリスタが悪役令嬢から好色令嬢にクラスチェンジしてしまう。

 次に女子トイレだが、こちらはこちらで悪役令嬢の中の人のメンタルがキツイ。

 

 先ほどの流れからセクハラは最低だと認識を新たにしたばかりでは、なおのことだ。

 が、男女どちらも人が途切れない。

 せめて人がいなければこっそり入るのだけど無理そうだ。


 元々切羽詰まってトイレに行きたいわけじゃないけど、行けないとなると行っておきたくなるのが人情というもの。

 何もトイレは学食の側にしかないわけじゃない。むしろお昼の学食付近は最も混雑しているだろう。

 

 そこに思い至った僕は人気のないトイレを求めてふらふらとさ迷いだした。

 そうしてついに見つけたのである。

 ここはもう使われていない旧校舎。

 トイレの中どころか近くに誰もいない、完璧だ。


 いつものようにトイレに入ると、個室に入り用をたす。

 この服装だと立ってするのは抵抗があるので大小どちらでもきちんと座る。

 トイレってなんか落ち着くよね。

 適度な狭さがあるからだろうか。

 そんな益体もないことを考えていたところ、足音が聞こえてきた。


「クソッ! どいつもこいつも馬鹿にしやがって!」

「まぁまぁ、落ち着きなって」


 ん? 誰か入ってきたのか? 随分荒れてるなぁ。


「これが落ち着いていられるかよ!」

「どうどうどう、愚痴なら聞いてあげるし相談にものってあげるから大声出すなって。せっかく人目を忍んで来たのに、誰かに聞きつけられるかもしれないよ?」

「ふん、倉庫代わりの旧校舎なんかに来るもの好きが、そうそういてたまるかよ」


 どうも、物好きです。


 あー、これは内緒のお話かな?

 個室の鍵は閉めてあるけど、ここだけ扉が締まってたら居るのがバレるかもしれない。

 本格的に話し始める前に堂々と出て行ったほうが、あとでバレるよりもお互いに被害は少ないか。


 そして思い出す。

 人気の無いトイレを見つけ出した気の緩みから、いつも通りにトイレへ入ったことに。


 ってしまったああああ! ここ男子トイレだ、女装姿のままじゃ出られない!?


「そもそも俺は好きで魔導師科に入ったわけじゃねえ!」

「それは、君だってしぶしぶながらも納得してただろう? 入学して魔法と剣の腕をあげて、後からでも魔導騎士科に転入してみせるって。それなのにあんな女の子に八つ当たりなんてするから」


 僕の心彼ら知らず、彼らは僕の存在に気がつかず本格的に話をはじめてしまう。


「うるせえな、平民の女が魔導騎士科に入るのは、悔しいが見過ごしてやる。だが主席ったあどういう事だよ!」

「ま、それだけ実力があったってことだろうね。今年は第二殿下もいたはずだけど、正体は隠しているらしい。彼が本気を出していたら彼女は次席だったんじゃないかな? 実は本気を出したのに負けたって可能性もあるけど」


 王子さまが正体隠してるのは有名な話だったのか。お爺様も教えてくれたらよかったのに。


「つうかディアス、てめえもあの女につっかかってただろうが、俺だけが八つ当たりしてたみたいに言うなよ。てめえだって本当は魔導騎士科に入りたかったんだろう?」

「おいおい、私に魔法の才能がほとんどないのは知ってるだろう? そりゃあ貴族だし、通常魔法でも下位に属するものなら辛うじて使えるけど、私の魔力じゃ魔導武器だって起動できやしない。魔導騎士どころか魔導師だって夢のまた夢。そう、所詮は儚い夢だよ」


 ディアス? どっかで聞いた名前だな。

 それにこの声、どっちも聞き覚えがあるような。


「ディアス、お前」

「それに勘違いしてもらっちゃ困るよニック」

「あ? んだよ」

「君はあの女の子に八つ当たりでセクハラしていただけだろうが、私はあわよくば本当にお持ち帰りする気満々だったからね! あんな可愛い娘を八つ当たりで口説くわけがないだろう!」

「怖ええよお前!? あれ口説いてたのかよ!?」


 思い出した、イリスに絡んでた二人組だ!

 ディアスとは政治科であいさつをかわしている。ニックのほうは魔導師科だったのか。


 王国は魔法の才能がある平民を貴族に取り込むことに積極的だ。反面、貴族ならみんな魔法が使えるのでわざわざ英達のために魔導師科に入ったりしない。

 魔導師科に入る貴族は貴族の中で更に魔法に優れていて、かつ跡取りではないやつだ。


 跡取りである長男や、稀に長女は大体政治科に入る。あそこは別名社交科とも呼ばれていて、将来のためのコネ作りを兼ねているからだ。


 というか、彼らの話してる女ってイリスだよね?

 彼女、魔導騎士科の主席だったのか。真っ当に戦ったら並の騎士どころか部隊長クラスより強いかもしれない。

 それほど魔導騎士というのは強力な存在だ。

 

 おっと、せっかくだしもっと彼らの話を聞いておこう。

 今後もイリスにちょっかいかけてくるかもしれないし、他にも僕の知らない情報を持っているかもしれない。

 

「当たり前じゃないか。あ、そうだせっかくだし私の相談にも乗ってくれないか? よく身分を隠して街でも声をかけてるんだけど、全然釣れないんだ、なぜだろう。平民の女の子は押しの強い男性が好きだと冒険者の人に聞いたんだけど」

「絶対騙されてるぞお前! 友人として忠告するがお前にナンパの才能とか絶対無いからやめとけ!」

「えー、我ながらそこそこのイケメンだと思うんだけど」

「あの侯爵令嬢だって口を開かなきゃかなりの美少女だろうが! でも口を開けばどうだ?」

「なるほど、そういう事か。ってひどいよニック! 私はさすがにあそこまで酷くないよ!」


 ひどいのはお前らどっちもだ、そうツッコムのを我慢するのにかなり神経を削いだ。

 初遭遇ではニックのが危ないやつだと思っていたけど、どっちもどっちだな。

 

「ちっ、なんか萎えたわ」

「君も昔はもっと平民に優しかったのにねぇ」

「俺たちは貴族だぞ。なんで平民なんかに守られなきゃいけねーんだよ」

「俺が魔導騎士になって国を守るんだー、だっけ? ひゅーかっーこいーい」

「おい馬鹿にしてんのかてめぇ」

「でもー、女の子に八つ当たりするのはださーい。抱く気もない女の子に触ろうとしちゃだめだよ」

「馬鹿にしてんだな!」


 ほう。

 つまりあれか、ニックくんとやらはツンデレか。

 男の野蛮系ツンデレとか誰得だろうか。

 せめてクール系にしてほしい。

 それにどんな理由があろうとイリスに八つ当たりして怖がらせたのは事実だし、ディアスの言うようにとてもダサい。ディアスも同罪だけど。


 でもまぁ、性根から腐った貴族もいる中で彼らは随マシな方だと思う。

 この会話を鵜呑みにするなら、彼らが歪んだのは力がないからだ。


 魔法の才能は生まれつきのもの。

 後天的に技術を伸ばすことはできても、適性そのものをあげることはできない。

 僕が魔法を使えないように。

 《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》 は例外、というかあれは魔法を使ったわけじゃない。魔力を勝手に引き出されて使われた。つまり、あの包丁に僕が魔法をかけられた、と言うのが正しい。

 

 そんな僕が魔導騎士科にいるのに、少なくとも僕より魔法の才がある彼らがこんな場所で心を病んでいくなんて、ちょっと違うんじゃないか?


 僕はたぶん、馬鹿な事をしようとしている。

 でも、仕方ないよね。

 馬鹿は死んでも治らなかったんだから。


「話は聞かせてもらったよ」

「「誰だ!?」」

「そんなに怯えなくても大丈夫、僕の名前は、あー、名前は」


 口元に手を当てて、出来る限り声を低くする。それでも高めだろうけど、やらないよりはマシだ。

 

 それより名前だ。

 勢いで話しかけたから考えてなかった。

 すぐに思いつくのは前世のだけど、実は使いたい場所があるのでここでは名乗りたくない。


「個室に潜んでいやがったのか。どこの誰だか知らねえが良い趣味だなあ、ええ?」

「そうだ、太郎にしよう! トイレの太郎だ!」

「俺を無視してんじゃねえ! ていうかしようっていま考えただろてめぇ!」

「落ち着きなよニック、相手のペースに乗せられてはいけないよ」


 ニックが突っ走ってディアスが納める。

 これが彼らのいつもなんだろう。


「お、ディアスだっけ? 君は中々冷静だな。まさか、僕がいたことに最初から気がついていたのか?」

「まさか。でもね、今は若干くぐもっているが君の本当の声が大変可愛らしいことくらいわかる。ニックにも叱られたばかりだし、口説く時は丁寧にしないとね」


「おいディアス、なんでいきなり口説き始めてんだ」

「う、うん。声だけで口説かれても困るぞ」

「声だけで十分さ、これだけの愛らしい声だ、姿もさぞ可愛らしいに違いない」


 奇跡的に正解だが、その考え方は危うい。

 いまの僕のように男でも声がかわいいやつはいるし、萌え声な女性声優さんがみんな17才の美少女なわけもない。


「ていうか僕男なんだけど!? 男子トイレに女の子がいるわけないだろう!」

「何を言っているんだ! 僕はこれだけ愛らしい声なら男でも一向に構わない!」

「「怖いよお前 !?」」


 まさかニックと意見が一致する日がくるとは思わなかった。

 今いる場所が男子トイレということもあって怖さ倍増だ。


 しかしニックはディアスとの付き合いが長そうな雰囲気なのに、一緒にトイレにくるとは勇者だな。


「あ、まさか君たち、連れションだなんて仲が良いと思っていたけどそういう」

「勘違いすんじゃねえ! 俺は女が好きなんだ、巻き込むんじゃねえ!」

「ふ、ニック。中々いい宣言だ。どうだい、これから街へ繰り出してナンパでも」

「てめぇはちょっと黙ってろ!」


 たしかに黙ってほしい。

 話が脱線して戻ってこない、どころか始まらない。

 僕が脱線させたもところもあるけど。

 そんなことより僕は彼らにアドバイスがしたいのだ。

 

 そう、彼らが魔導騎士になるためのアドバイスを。

 そんなことできるのかって?

 できるさ。現にクリスタ=(魔法の才能)ブリューナク(がない貴族 )が魔導騎士科にいるのだから、彼らがなれないはずがない。


「もういいかい? 話がしたいんだけど」

「てめぇも脱線させてただろうが、結局なんなんだよてめぇは。てか個室から出てこいや」


 もちろん出るわけにはいかないのでこのまま話をさせてもらう。


「なに、君たちのアドバイザーになってあげようと思ってね。なりたいんだろう? 魔導騎士に」


 その意味を理解したのか、扉の向こうで息を飲む音が聞こえる。

 別に断られてもいい。

 それなら二人を気絶させて、ジェイドあたりに魔法で記憶をいじってもらうだけだ。


 魔法の才能はなくても剣の扱いにはなれている。

 それは戦闘のためのものではなく、体力づくりの型練習程度のものだけど、この距離なら魔導師科と政治科の学生くらい一瞬で気絶させられる。

 なにせ、殺さなければ回復魔法で治せるのでほとんど手加減しなくていい。素敵な世界だ。

 

 けれど、僕はそんな野蛮な行為をせずとも済んだ。


「わかった、話を聞いてやる」


 彼の魔導騎士への憧れは、怪しさ満点なトイレの太郎くんの話を聞いてしまうほどに強いものだったらしい。




「まぁこんなところかな? これからも機会があれば相談に乗ってあげるよ」

 

 いくつかのアドバイスに加えて必要なもの、それに魔導騎士科の試験の抜け道を教えてみた。

 彼らが信じるかどうかは微妙なところだけど。


「ちっ、まぁてめぇのアドバイスが役に立ったらまた話してやるよ」


 試すくらいはしてくれるらしい。

 案外素直だ。


「ですがわかりませんね。それでタロウにどんな得があるというんです?」


 ディアスのほうはわりと警戒してるようだけど。


「なに、簡単な話さ。君たちも第二王子のハイド殿下が身分を隠して学園生活を送っていることは知っているだろう?」

「小耳に挟む程度には」

「わりと有名な話だからな。どいつかまでは知らねえけどよ」


「流石に王子様とは身分が違うがけど、僕もちょっとした理由から正体を隠していてね。結構猫を被って生活しているんだ。ま、貴族の世界ではよくある話だろう?」

「まあな」


「ここにも人目のない場所を探してたどり着いたんだ。そこでたまたま君たちと知り合えた。さすがに姿を晒すことはできないから扉越しだけど、だからこそ本音で話せる」

「つまり、猫を被らず言いたい放題に話をして、ストレス発散するのがあなたの利益だと」

「この学園、結構ストレス溜まるだろう? 君たちならわかると思うけど」


 僕のストレスの原因は学園じゃなくて女装と演技への緊張からだけど。


「まあ、いけすかねえ平民の主席だとか、人を殴り飛ばす乱暴な令嬢だとかうろついてっからな。あ? ここの女ども凶暴すぎやしねえか?」


 ごめんなさい、それ片方は男なんです。


「それに、僕には味方と言い切れる相手が少なくてね。これも貴族にはありがちな話だけど。だからこそ恩を売れるときには売っておきたい」


 これは口からでまかせというわけじゃない。

 ジェイドはお爺様の手駒だし、イリスだってこちらの事情はなにも知らない。

 ブリューナクの手駒は数多(あまた)いても、僕個人の手駒は0と言っていい。


「そういう事なら了解しました。となれば、私たちは先にここを出たほうが良いですね」

「あん? 姿くらい確認してもいいんじゃねえか?」

「いやぁ、ここで実は伯爵のご子息とかだったら、口封じの為に消されかねないですからね。まだ死にたくありません」


 おしい、侯爵家です。もっと上。


「それも、そうだな。俺も魔導騎士になる前に死ぬ気はねーし。しゃあねえ出るか」

「それではまたいずれ」

「タロウだったか? んじゃまたな」


 そうして彼らはトイレから出て行った。

 しばらく様子を探ってみたが出待ちをしているような気配は感じられない。

 それでもこそこそと探りながら個室から出て、トイレからも出る。

 どうやら本当に帰ってくれたらしい。

 口は悪いし性格も捻じ曲がっているけれど、あれで案外義理堅い性格をしていたのかもしれない。


 どれだけ時間がかかるか分からないけれど、彼らが魔導騎士科に来てくれたら面白そうだ。


 キーンコーンカーンコーン♪


 「あ! お昼休み終了のチャイム!?」


 ここからじゃ間に合わない!?


 いや、次はたしか実地訓練で専用の施設を使うはず、あっちなら教室より近いから間に合うか。

 ええいとにかく走れ!


 ――結局、授業には5分ほど遅刻した。

久しぶりに晶口調で話せたクリスタくんでした。


【雑談】

先日友人と話していたところ、なろうの評価機能をそもそも知らない人が結構いるという話題が出ました。

こちらから評価を催促するのはいいのかなぁと今まで書いてこなかったんですが、そんな機能知らなかったよっていう人がもしいたらこのページの下部にありますので、ご確認だけでもお願いします。


そしてこの小説に限らず、他の作者さんの小説でも面白いなとおもったら評価してみてあげてほしいです。

作者のやる気がみなぎりモチベがあがり、更新頻度が上がります(個人差あり)。

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