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013 わたくしすっごく楽しいですわ

今回説明文があるのでちょっと長いです。

あと若干グロ描写があるのでお気をつけください。

でも展開はジャンルにたがわずコメディなのでご安心を!

「お、お断りします。なぜ高貴なブリューナク家の魔法を、見世物にしなければなりませんの?」

「ダメです、魔導騎士科では身分に関わらず教師の指示には従っていただきます。つまり高貴だろうと低俗だろうと知ったことではありません」


 侯爵令嬢の意見がぶったぎられた!

 この教師、相当なやり手かもしれない。


「それに、理由もいくつかあります。まず固有魔法ですが、扱えるものが限られることから、使えても他人にその事実を伏せる人が多くいます。軍に所属するものであっても上官にしか伝えていないことがあるほどです。戦闘となれば切り札となりえますし、それも仕方ありませんけど」


「やたらめったら他人に見せて良いものではありませんもの」

「でも、ブリューナク侯爵家が固有魔法を持っている事はこの国の民なら知っていて当然のことです。元々使えるとバレているのですから、隠す必要はないでしょう? 普通の魔法とは違うその力を是非皆さんにみせてあげてください」

「うぐっ」


 だから使えないんだってばああああ!

 普通なら自信満々に使って「これが高貴なブリューナクの力ですわよ家畜ども!」とかいう場面だけど、僕には無理だ。

 普通はそんな事言わない?

 言うんだよ普通のクリスタなら。


「待ってくださいドロシー先生」

「あら、あなたはたしかブリューナクさんと一緒に転入してきた」

「元魔導師科のジェイドです。魔導教員である先生はご存知かと思いますが、ブリューナク侯爵家の固有魔法は非常に危険なものです。このような場で使われたら、死人が出てもおかしくはないかと」

「そうで――」

「はっ、侯爵家のご令嬢さまはその程度の魔力制御もできないのか?」


 僕がわたりに船と便乗しようとした矢先、割り込んでくるやつがいた。

 先日僕が矢ぶすまにしかけたジミーだ。

 アレは彼が攻性魔法を使おうとしたからとった非常手段なので悪いとは思っていないが、このタイミングで割り込むあたり彼は根に持っているらしい。


「俺もブリューナク家の固有魔法はすごいって噂だから見てみたかったけど、そうか、クリスタは魔法の制御もできない半人前のブリューナクだったのか。じゃあしゃーねーな」

「ちょっと貴方! 勝手に呼び捨てにしないでくださる!?」

「そこツッコムのかよ!?」


 いや大事なんだよ、うん。

 僕としては馴れ馴れしいやつは嫌いじゃないが、侯爵令嬢としては気軽に呼び捨てしあう仲のやつを作るわけにはいかんのだ。

 あ、ちょっと哀しくなってきた。


「ちょっとジミー、そういう言い方はやめなって」

「そうだぞ、俺もこいつは気に食わないが、俺たちは所詮ただの学生だ、苦手な分野くらいあるだろう」

「そーそー、ちょっと魔法が苦手なくらい良いじゃん。このクラスに入れるだけの実力はあるんでしょ?」


 ちょっと、なにこの優しいクラスメイトたち!

 でもゴメン、魔導騎士科に入れるほどの実力なんてないんです。

 だって魔法使えないからね! 駆け出し魔導師にすら劣る侯爵令嬢でごめんなさい。

 いや、僕は男だけど。


「んー、困りましたね。いくつかある理由のひとつは、ブリューナクさんがどの程度魔法を扱えるかを見たかったからなのですが」

「ならジェイドからみてあげなさいな、彼も転入生ですわよ」

「ジェイド君は魔導師科の時に何度か見ていますから。これから魔法の実地訓練もありますし、事故を防ぐ意味でも使ってみてもらえませんか?」


 そういう事か。

 魔法は呪文を唱えれば勝手に使えるというものじゃない。

 呪文も重要な要素だけど、他にも色々とある、らしい。

 僕は扱えないので聞いただけで、実感はないのだけど魔力制御もその一つ。

 呪文は自分の中から出てきた魔力を望みのままに変換し操るためのもので、自分の中から上手に魔力を出してあげるには魔力制御ができなければいけない。

 これを誤まると軽い火種を作るはずが火柱を作ってしまったりする。

 そうした事故を防ぐために、僕がどの程度の魔力制御を身につけているのか知りたいのだろう。


 苦手だからと逃げることはできる。

 しかしこのままだと優しいクラスメイトの中で僕は魔力制御が苦手=魔法が下手という事実が確定してしまう。

 それもまずい。

 ブリューナク侯爵家はこの国最強の魔法使いの家系。

 戦争となれば最後の砦となるほどの偉大な魔導師。

 その末娘が魔法が下手だなんて噂がでたら……。


 考えるまでも無い、魔法が使えないだけで生まれてからずっと幽閉されてきたのだ。

 使えないとはいかずとも、下手という話が広まってしまったらお爺様に謀殺されかねない!


 それは嫌だ。僕はこの世界が好きなわけじゃないが、あっさり死んでやるほど未練がないわけじゃない。

 魔法の扱えない僕を生んだことで、未だに幽閉されているお母様。

 こんな僕を、クリスタ=(我が儘な)ブリューナク(悪役令嬢)を友達だと言ってくれたイリス。

 彼女たちともっと話をしたいし、これから助けになってあげたい。

 ジェイドにだって、いつか色々な事をちゃんと謝りたい。


 覚悟を決めろ。

 一度、たった一度誤魔化せれば良い。

 その一度で、もう使わせないほうが良いとこの場の全員に思わせろ!

 

「では、固有魔法以外でもよろしくて?」

「なんだ、やっぱり魔法の制御ができないのか」

「いえ、いまちょーっとイラついてますので我が家の固有魔法を使ったら、うっかり家畜を一匹屠殺してしまうかもしれませんわ」

「んなっ」


 魔力制御がみたいだけというのなら固有魔法を使う必要は無い。

 事実、ブリューナクの固有魔法は最強であり最凶だ。

 何度かお爺様とお父様に見せてもらったが、仮に僕が魔法を使えてもアレをここで使ったら本当に死人が出かねない。

 このドロシーという教師が魔導騎士科を任せられるほどの教師なら、それがわからないはずは無い。


「ちょっとジミー君は黙っていなさい。そう、残念ですけど仕方ないですね。見せてもらえればラッキーくらいでしたし」


 よし!

 

「それで、どんな魔法をみせてくれるんですか?」

「そうですわね、偉大なるブリューナクの固有魔法を見せてあげられないというのに、退屈な普通の魔法を使うのも芸がないですし」


 と、悩むフリをする。

 現状で僕がとれる手は魔導武器を使って場を誤魔化す事しかないのだけど、ここでいきなり「じゃあ魔導武器を使います」と言ったら普通の魔法すら下手なのではという疑惑が生まれかねない。

 だから数ある選択肢の中から、あえて魔導武器を使う理由をでっちあげる。


「ああ、いいものがありますわ!」

「いいもの?」

「はい、ドロシー先生。職人の手による品ではなく、迷宮から発掘された希少な魔導武器がありますの。魔導武器の使用には繊細な魔力制御が必要ですし、発掘品の効果は唯一無二。これならわたくしの魔力制御の実力と先生の希少な魔法を生徒に見せたいというご希望、両方とも満たせますわ」


「へえ! 魔導武器。いいですね、それはそれで嬉しいわ」

「嬉しい、ですの?」

「魔導騎士の人って、自分で武器に魔法を付与するから魔導武器なんていらないって意見が多いのよ」


 あぁ、それは想像がつく。

 魔導武器といってもその効果は千差万別だ。

 切れ味をよくするものから火球を打ち出すもの、中には回復効果があるものまで。

 それはちょっと魔法が使える程度の戦士や騎士、戦う力の弱い魔導師なんかには素晴らしいものなのだけど、魔導騎士となると話は別。

 強力な魔法を扱える彼らは自ら武器に付与魔法を掛けて切れ味をよくしたり、炎や水を纏わせることができるし、火球なんてぽんぽん撃てる。

 だからわざわざ魔導武器を使う必要が無い。


 あと魔導武器はお高い。投げ売りされていた呪いの品ですら50万。

 これは節約すれば平民が4ヶ月は暮らせる額だ。

 この世界は借家じゃなくて持ち家に住んでる人が大半だし、電気代とかそういったものがないので日本よりも生活費が安くなる。本気で節約すれば5ヶ月はいけるかもしれない。


 そんな魔導武器をわざわざ買う理由が魔導騎士にはないので、人気が無いのも頷ける話だった。


「先生としてはね、魔導武器の真価は咄嗟に魔力を流し込むだけで発動できるという点にあると思うんです。近接戦闘の最中に、詠唱もなく魔力制御だけで魔法が発動できるのは素晴らしいと思いませんか?」


 そう言われてもほとんどのクラスメイトたちは曖昧な表情を浮かべている。

 けれど、何人かは真面目な顔で頷いていた。

 多分、実戦を経験したことがある人とそうじゃない人の差だろう。

 この学園は色々な人がいるので傭兵経験者とか、実は現役の冒険者とかも混ざっていたりする。


「とまぁご覧の反応なわけです。でも意外でした、魔導師の大家であるブリューナク家の貴女から魔導武器の話が出るなんて」

「たしかに魔導騎士であればわざわざ魔導武器に頼る必要などありませんわ。でも魔導武器を使うのは楽しいですし、面白いですの」


 これは僕の本心だ。

 しつこいようだが僕は魔法が使えない。

 せっかく魔法がある世界に転生したというのに!

 けれど魔導武器ならそれができる。表向き魔導師しか扱えないということになっているけれど、それが違うのはお爺様に説明したとおりだ。

 

「そうですか。それで、今日はどのような魔導武器を見せてくれるんですか?」

「これですわ」


 僕が取り出したのは刃渡り30cm、全長44cmの巨大な包丁。

 その形状は中華包丁に近く、刃意外が黒いそれは(なた)のようにも見える。

 ところどころ本来の材質とは別の意味で黒くなっているのは、多分血だと思う。

 何の血なのかは考えない事にしている。


「貴女、どこから取り出しているんですか」

「スカートじゃありませんわよ? ちゃんとコートの内側に仕込んでありますわ」

「そういう事じゃ、いえ、ダメとはいいませんが」


 護身用として日常的に持ち歩きたかったのだけど、専用の鞘がなかった。

 なので制服を魔改造した時に、この《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》 だけではなく、色々なものを仕込めるようにしておいた。今後魔導武器を主武装にするなら、魔法が扱えない僕は大量の魔石を持ち歩く必要があるからだ。


 しかし堂々と持ち歩いて使用しては僕が魔法を扱えない事がバレるだけでなく、魔導武器は魔石を使えば魔法が扱えない平民でも使用できるというこの国最大の機密が明るみになる。

 実はこれ、軽く調べたけど他の国でも隠されているか、まだ判明していないっぽいんだよね。

 つまり僕が制服を魔改造したのは目立ちたかったからではなく、むしろ隠したかったからなのだ。


「うひゃあっ!」

「ひゃあ?」


 妙なうめきというか叫びが聞こえてみれば、イリスが頭を抱えて机につっぷしていた。

 のろのろと顔を上げて、僕の右手、そこにある包丁を見る。


「あの、クリスタさまそれって」

「あら、気になりますの? 先日手に入れた魔導武器ですわ。銘は《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》 。お気に入りですのよ」

「ぐふっ」

「イリス!?」

 

 イリスが再び机につっぷした。

 すごい勢いだったけど大丈夫かな、額を打ち付けてそう。

 は!? まさかこれも《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》の呪いの効果なのでは!?


「ちょっとイリスさん、どうしたんですか?」

「だ、大丈夫です先生。授業を続けてください」

「そ、そう? 貴女は高魔力保持者ですし、なにか身体に異常があればすぐに知らせてくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 高魔力保持者はその莫大な魔力を制御できず体調を崩す人も多い。

 この魔導騎士科に入るほどの実力者であるイリスなら大丈夫だろうけど、きちんと心配してくれるこの人はいい先生みたいだ。


「ではブリューナクさん、魔導武器の実演、お願いできるかしら?」

「あ、と。わたくしから持ち出したお話です、当然構わないのですがひとつ問題が」

「問題?」

「この魔導武器、獲物がいないと使えませんの。さっきから小うるさいジミーに使ってもよろしくて?」

「よろしかねえよ!?」


 うん、忘れてたわけじゃないんだけど、これ敵を切る事と自己修復しか能が無いんだよ。

 

「あぁ、そういうタイプですか。対象の希望はありますか?」

「ジミーですわね!」

「てめえ今すぐ表に出ろ!」

「やめなさいふたりとも! えっと、下級の魔獣でもいいかしら?」

「構いませんわ」

「では。”餓えたる獣よ我に応えよ、対価を食らいて我に従え”《召喚・鉄食い鼠(サモン・テッソ)》」


 ドロシー先生の詠唱に従い彼女が掲げる両手の前に緻密な魔法陣が描かれる。

 綺麗な緑色のそれはドロシー先生の魔力で編まれたものだ。

 その中心から、大きな灰色のネズミがぬるりと這い出して地面に着地した。


 召喚術と呼ばれる魔法だ。

 どこかにいる呼び出したい相手に対価を支払い、短期間従属させる。

 大体は魔力を食料にできる魔物や魔獣が呼び出される。自分の魔力から支払えばいいだけだからだ。

 事前に知性ある高位の魔物や魔獣と契約することで、自分よりはるかに強大な存在を使役することもできる。


 そんな召喚術だが、実はかなり難しい。

 召喚対象への呼びかけ、召喚用の魔法陣の作成、そして先払いの対価の転移。

 この三つを同時にしなければならないからだ。

 魔法陣には簡易従属の魔法も込められていて、ここを通った相手は短時間使役されることになる。これも含めれば4つもの魔法を同時に使用する複合魔法なのだ。


 それを下位魔獣とはいえあっさり呼び出してみせたあたり、ドロシー先生の実力は相当なものだ。

 ちなみにこの鉄食い鼠(テッソ)。鉄を食べるため鉄を扱う職種全般に嫌われていて、しかも魔力がこもった魔鉄が大好物なため魔導師からも嫌われているという哀れなやつだ。


 まさか先生、それが理由で鉄食い鼠(テッソ)を実験台に選んだわけじゃないですよね。


「さ、こいつならどんな目にあわせても大丈夫よ」

「本当によろしいんですの? 命の保障はできませんわよ?」

「召喚元をゴレフ鉱山に指定しました。あそこの鉱山にいた魔獣なら、どうせ近いうちに工夫の警護についている冒険者なり騎士なりに倒されますから」


 あの一瞬でそんな事までしていたのか。

 しかも近いうち死ぬことが確定している生き物を選んだことで、僕の中で先生の評価が一段階上がる。

 無害な生き物を殺すより、人の邪魔をしている生き物を殺すほうがマシだ。エゴだといわれてもかまわない。

 部屋の冷蔵庫を荒らしている鼠は退治できても、ペットのハムスターには手が出せないのが人間というものだ。


「わかりましたわ。わたくしは別にジミーでもよかったのですけど」

「その俺押しはなんなんだよ! え、なに、俺のこと好きなの?」

「は?」

「うわぁ傷つくわぁその目」


 突然なにか言い出したジミーは放置して、僕は手を切らないように注意しつつ《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》を撫でる……ふりをして袖に仕込んだ魔石を刃に触れさせる。

 パキンと砕け散る魔石。

 今回は派手に使う必要があるので、魔力容量極少の魔石ではなくて少くらいのを砕いた。

 こっそり切るの意外と面倒だな。

 この辺もっと使いやすいように改良しなくちゃなぁ。


「それじゃあ行きますわよ、《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》 」


 別に名前を呼ぶ必要はないのだけど、気分の問題だ。

 まず一撃目を鉄食い鼠に打ち付ける。

 ドロシー先生に使役された彼は、避けることもせず脳天にそれを浴びる。

 すこし斬れて血がでる。ちょっとかわいそうだけど、このサイズの包丁に斬りつけられてその程度で済むのはさすが下位とはいえ魔獣といったところか。


 しかしそこで、《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》の能力発動条件が満たされる。

 それは極少以上の魔力を注ぎ込み、敵を切ること。

 注がれた魔力に応じた連撃とはニ回目以降のことなので、一回目の攻撃は自分でする必要があった。


 《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》に魔力が宿る。

 それは使用した魔石と同じオレンジ、じゃない!?

 黒く、どこか光沢のある魔力が刃を包む。

 漆黒。まるで漆が塗られた茶碗のように、雅な光沢を放つ魔導武器はしかし、僕の右手を動かして、高速で動き始めた。


 ニ撃目は鼠を下から切り上げた。

 宙に浮いた彼を右から追撃が襲い、左に弾き飛ばれた彼を左からさらに追撃が浴びせかけられる。

 そうして何度も。

 何度も何度も何度も。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬ってきってきってきってきってきってきってキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテ。

 止まらない。

 明らかに魔力少の魔石から注ぎ込まれた魔力を上回っているのに、止まらない!


 勝手に動く右腕を強引にとめようとしても、手の平は包丁にぴったりくっついている。

 僕が包丁を動かしているんじゃない、包丁が勝手に動き、その包丁を僕が手放せなくなっている。

 そして感じる倦怠感。

 これだけ高速で右腕を動かしていれば当然つかれるけれど、それとは違う、生まれて初めて感じるもの。


 魔力だ。

 これは、この漆黒は、僕の魔力だ!


 魔石の魔力が魔導武器のトリガーとなって、僕から魔力を引きずり出している。

 そうだ、たしかあの商店主はこういっていた。


『はい、この説明書を読まず、平均的な魔力を注ぎ込んだものが多くいたのです。その者は相手が命乞いをするのも聞かず、死んだ後も切り刻み、肉片に変えてしまいました』


 違うのではないだろうか。

 考えてみれば効果のわからない魔導武器に、平均的な魔力を注ぎこむようなヤツはいない。

 つまり彼らは極少とまではいわずとも、少程度の魔力しか使わなかった。

 にもかかわらず、この武器から魔力を引きずりだされてしまった。


 この魔導武器の属性は斬・呪。

 斬属性と手放せない呪いだと思っていた。

 違うのではないだろうか。

 これは相手を斬るのを止められない呪いなのではないだろうか?

 手放しても帰ってくるのは、斬るのをやめさせないための呪いの一部なのではないだろうか。


「あは、ははは」


 この武器に大した効果がない事は変わらない。

 だって、この効果は相手の肉質が肉じゃないと発動しないから、ゴーレムとかには敵わない。

 だって、大きいといっても所詮は包丁だから、相手が盾を構えたりしたら、全部防がれてしまう。

 だって、近接武器だから、飛んでる敵や、遠くの魔導師には敵わないから。

 でも、だけど、僕はいま嬉しいのだ。


 だって、僕の魔力なのだ。

 人は誰しも魔力をもっているけれど、魔力制御ができない人は魔法を使えない。

 それはまるで、使えないだけで動かない自分の腕を眺めるような感覚で。

 家族の中で僕だけが上手にできなくて。

 僕はその点無能だから、自分の魔力を感じることはできても、見ることすらできなくて。


 でもいま、僕の魔力(うで)が動いている。

 呪いの武器に引きずり出されて、仕方ないなというように、それでもたしかに動いている。


「あはははは! あははははは♪」


 楽しい。

 わかる、自分の魔力が使われているのがわかる!

 これはそう、初めて補助輪をつけて自転車を漕いだあの日のように。

 例えばそう、浮き輪をつけて、ビート版をもって、誰かに手を引かれて、でもたしかに水の中で泳げたときのように。


 みんなが当たり前にしていることをできない子供が、その一歩目を踏み出せたときの高揚感。


「うふふ、あははは、あははははは♪」





 それから3分ほどがたって、包丁は動きを止めた。

 僕は肩で息をしているけれど、魔力が尽きたような感じは無い。

 きっと対象の肉質が肉じゃなくなったから止まったのだろう。

 僕の目の前にはミンチを通り越して、なんというかもう液状化した鉄食い鼠がいた。

 哀れな彼の姿を見て、生前なんの魔獣だったか当てられる人はいないだろう。

 

 でも僕はそんなことより、自分の魔力を見られたことが嬉しくて。

 ちょっとでも何かに使えたという事実が嬉しくて。

 お地蔵さまがくれた愛らしい顔で、この世界に生まれて初めて、心からの笑顔を浮かべて言った。


「あー♪ 楽しかったですわ♪」

「「「「「うわぁ……」」」」


 ジェイドも、ドロシー先生も、クラスのみんなもドン引きしていた。

 その中でイリスだけが、再び頭を抱えて机に突っ伏していた。


「お父さんの、ばか……」


 ぽつりともらした彼女の言葉は、僕の耳には届かなかった。

一応前の話でもちらっと書いたのですが、覚えてない方もいるかもしれないので捕捉説明を。

この世界の人間はみんな魔力は持っています。それを魔法という形で扱えるのが一部の人だけという感じですね。

なのでこれをきっかけにクリスタが普通に魔法を使えるようになる予定は今のところありません。


クリスタ「夢も希望もありませんわ!」

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