012 わたくしの魔導騎士科初日ですわ
無事に魔導武器を手に入れた翌日、ついに今日から僕の学園生活が始まる。
ちょっと前に同じ事を思っていた気もするけど、あれは色々あったからノーカウント、ノーカウントだ!
白い引き戸の前で、僕とジェイドは中から聞こえる声に耳を傾ける。
この国、基本押し扉なのに、なんでここだけ日本の学校チックなんだろう。
「というわけで、今日からお前らの仲間がひとり増えることになった。入って来い」
引き戸の向こう側、魔導騎士科の教室の中から呼ばれて、僕らは中へ足を踏み入れた。
中にあるのは教卓と机と椅子。
さっきは日本チックなんていったけど、机や椅子はシックで、結構豪華に感じる。
まぁ実力優先の魔導騎士科とはいえ貴族の子息や、難関である入学試験を突破してきた優秀な平民たちに質素すぎるものを使わせるわけにはいかないってことかな?
学生用の机の数はざっとみて30くらい。
けれど椅子に座っているのは13人。
別に残りの人が休んでいるとか、座らないで立っているというわけじゃない。
単純に、今年この魔導騎士科に入学できた生徒がそれだけしかいないということだ。
入学に対して最低年齢は12歳という制限があるものの、最高年齢は無い。
広い年齢層に対して入学資格があるにも関わらず、今年はたった13人しか合格しなかった魔導騎士科。その教室に転入という異例の形で足を踏み入れた僕とジェイドに好奇の目が集まる。
「綺麗……」
「かわいいな、黒いけど」
「え、なにあの制服」
「いや、でもあの人ってアレだよな」
「ええ、例の噂のね」
「ジミーが散々な目にあってたしな。自業自得だけど」
「ていうかあいつ魔導師科のジェイドじゃないか? なんでこっちに来たんだ」
僕らをみて、様々な感想を言い合う生徒たち。
こそこそと陰口を叩いているわけじゃなく、わりとはっきりとした声量で堂々と話している。
うん、この辺は好感がもてそうだ。少なくともイリスに絡んでいた2人組みたいなやつはいないだろう。
ちなみに僕の制服は全体的に黒で、所々に白といった感じで、前世的にいうならコスプレ軍服だ。
スカートは膝上くらいだけど、足首くらいまで長いコートがあるので後ろからは見えない。
ガイスト学園の学生服の基本を残しつつ、それ以外はガッツリ改造させてもらった。
一応理由はあるんだけど、それはまた今度説明しよう。
「では2人とも、自己紹介をしてくれ。あぁ、ブリューナクはこうした形での挨拶は初めてか? ジェイド、お前から頼む」
「かしこまりました、それでは」
「魔導師科から転入しましたジェイドと申します、平民の出ゆえに家名はございません。魔法の腕には自信がありますが、剣のほうも最低限ここへ入学するだけのものはもっていますのでご安心ください」
魔法の腕には自信がある、の部分で何人か雰囲気が変わったな。敵対的、というのは人聞きがわるいけど、対抗心というか。よく見れば亜人の女の子もいる。たぶんエルフ、いや、耳の長さがそこまでないし、ハーフエルフかもしれない。
エルフやハーフエルフは魔法に優れた種族だと聞いているし、彼女も剣より魔法に長けているんだろう。それでジェイドの言葉に反応したのかな。他に反応した生徒たちも似たり寄ったりな理由だと思う。
ちなみにジェイドが平民の出というのは嘘ではない。
彼は冒険者として魔法の才能を示し、若くして名誉貴族に抜擢された。その後子供に恵まれなかった男爵家に養子として引き取られている。
今はお爺さまの元でしごかれていて、貴族としての下地が十分できたと判断されれば正式に家名を賜ることになっている。
お爺様に直接命令される立場であるだけに、相当優秀なのは間違いないはずだけどね。
「ま、そんな感じだな。次、ブリューナク」
ロバートに呼ばれて一歩生徒たちの前へ踏み出す。
当然生徒たちの視線はジェイドから僕へと、
その生徒たちの中には当然イリスと、先日戦ったジミーだっけ? 彼もいる。
はらはらと不安そうな表情を隠しもしないイリスと、むすっとした表情をこちらも隠す気が無いジミー。
ジミーはともかく、こんな僕と仲良くしてくれているイリスを不安なままにさせてはいけない。
「皆様はじめまして、ではないですわね。先日ぶりですわ。偉大なるブリューナク侯爵家がひとりクリスタ=ブリューナクですわ。家畜の分際でわたくしと競い合えることを誇りに思いなさい!」
「「「「「うわぁ……」」」」」
怒り出す生徒もいるだろうな、と思っていたのに意外や意外、そろってドン引きしている。
いや、ジミーのヤツはすごいイライラした顔してるな。
イリスも心配度を増したような顔をしている。本当に申し訳ない、申し訳ないけれどここで人の良いご令嬢を演じるわけにもいかないというか、今更後戻りなどできませんわ!
ぐぬぬ。
「あら?」
そこで改めて生徒を観察していて気がついた。
生徒たちの服装は貴族用の赤い制服に平民用の青い制服。その二種類だ。
けれどここにあるはずの色が足りていない。
白。王族用の特別な制服の色が欠けていた。
「ねえロバート公爵」
「ここでは教官と呼べ」
「ならロバート教官。今日は殿下はおりませんの? わたくしお会いできるのを楽しみにしていたのですけれど」
「いるぞ? 誰かは秘密だけどな」
「はい?」
「あいつがこの魔導騎士科に合格した翌日の台詞を、一語一句たがわず教えてやる『俺は学園でまで王子扱いされるのはごめんだ。強ければ王族だから、弱ければ王族のくせにと言われるなんて我慢できない。せっかくだから俺はこの青か赤の制服を選ぶぜ!」といって名前も変えている。王家の証であるこの赤い髪も魔法で変化させてるぞ」
そういいながら自分の髪の毛を示すロバート。公爵である彼もこんなではあるが一応王家に連なるひとりだ。
うん。
……うん、状況は理解した。
まぁ気持ちはわかる。普通の学園生活がしたかったのだろう。
でもさ、あえて言うぞ? いいか、言うぞ?
この国の王族って馬鹿しかいないのか!?
悪い意味じゃない、愚かとはある意味真逆だ。
平民や一貴族にまぎれて同じ視線で学園生活を送る。国民からしたら素晴らしい王族だ。
でもそれは王族である彼に警護もなにもつかないし、訓練中の事故が起きる可能性だってある。
ここにいるのは第二王子、つまり王位継承権が二位なので彼が次の国王になるわけじゃない。
けれど、二位という事は一位の第一王子に何かあれば次の国王は彼ということだ。
そんな人物が警護もつけず、姿も変えて、実践さながらの訓練をする魔道騎士科にいるなど馬鹿の所業である。
「そ、そうですの。至高の王家たる殿下と是非お話したかったのですが」
「残念だったな。それでどうする? お前が家畜呼ばわりしているヤツの中に、その至高のお方が紛れ込んでいるわけだが」
「ええ、そう、ですわね」
どうする。
どうしたらいい?
僕が考えていたクリスタ=ブリューナクの設定は王家を仰ぎブリューナクを人とし他は全て平等に家畜として見下し、邪魔者は駆逐するわがままお嬢様。
改めて最低だけど、そうすることで平民にも貴族にも、そして奴隷にすら同じ態度をとりつつ、お爺様に立場に関わらず平等に接していると思わせずに済む。
が、王家に対しては別だ。
彼らへのブリューナク家の忠誠は本物だ。
たしかにお爺様は王家を軽んじるような発言をたまにする。
奴隷を解放しようなど何を考えているのだ、とか。
でも、本気で王家を軽んじているなら、彼らを暗殺するくらいやってのけるはずだ。それをしていないのは、それだけ彼らに忠誠を誓っているから。
平民を虐げている、というよりは魔導師である貴族を優遇しているのも、奴隷を推奨しているのも、そのほうがこの国のために、そして王家のためになるとお考えだからだ。
さて、そんな王家の人間に対して、知らなかったとはいえ家畜発言をしてしまった。
これがお爺様に知られるのは非常にまずい。
というかお爺様じゃなくても貴族に知られるのはまずい。
王家は奴隷解放派の筆頭だ。ブリューナクと違って平民にも優しいし、平民も王家を慕っている。
この国の民は平民貴族問わず、ほとんどが王家の味方といって差し支えない。ブリューナクが積極的に奴隷を虐げているので、奴隷たちの怨みつらみはうちに集まっているしね。
仮に王家が奴隷解放を謳っていなかったとしても、王家はグリエンド王国の長い歴史のなかで、魔物に囲まれつつもそれに立ち向かい国民を守ってきた。その王家が積み重ねてきた信頼はこの国の全員の心の中にある。
つまり彼らを家畜よばわりなんてした日には、この国を敵に回したも同然ということだ。
このままではやばい。
僕の背に冷たいものが走り、汗が頬に滴る。
「教官、ひとつ確認したいのですけれど、殿下はたしかに『学園でまで王子扱いされるのはごめんだ 』と仰りましたのね?」
「ああ、そこは間違いない。その現場に直接いたからな」
よし、よし!
ならいける、ならまだセーフだ!
ありがとう王子さま、この中の誰なのかは知らないけれど、お陰で僕はまだクリスタを演じられる。
「では仕方ありませんわ。わたくしも心苦しいのですが、殿下がそうお望みならば仕方ありません。至高の王族たるその身で他の皆様と同じように家畜扱いされたいというのでしたら。ええ! ええ! わたくしとーっても心苦しいですが、殿下がその正体をわたくしにお教えくださるまでは、皆様と同じ家畜として扱いますわ! ええ、仕方ありませんものね!」
「「「「この人めっちゃ嬉しそうなんですけど!?」」」」
だって、王族に対してだけへりくだるとか面倒だったし!
誰が王子さまか分からないなら色仕掛けだってしなくて済む、いいこと尽くめだ!
なんかロバートのやつが「いや家畜扱いされたいとは言ってなかったぞ」ってツッコミをいれているが、この世に家畜扱いされたい人がいたらそいつは心を病んでいるから優しくしてあげるべきだと思う。結果オーライだ。
魔導騎士科の授業は1日につき午前4時限午後2時限の計6時限。
午前中に座学、午後に剣技や魔法の訓練となるらしい。
まぁ素振りだけでも結構ハードだし、模擬戦などしたあとに座学をしても頭にはいってこないよね。
場合によっては魔導師科や騎士科と合同授業を行うこともあるらしい。
つまり魔法を見せるとしたら午後の訓練中ということになる。
魔法が使えない僕としてはここが一番の難所だから、お昼にでもジェイドと相談しておこう。
彼は剣技では僕に、そして恐らくイリスにも劣るけれど、魔法の才能に関してはとびっきりだ。
昨日買った魔導武器のうまい使い方も考えてくれるかもしれない。
……買ったんだよ、何故か手持ちのお金は増えたけど、強奪したわけじゃないよ。
そう油断していたところで、僕にとってちょっとした事件が起きたのは4限目の事だ。
フラグなんて立てるものじゃないよな。
この時間は魔法史の授業だった。魔法の研究の歴史とでもいうのか。
一口に魔法といっても詠唱の順番や触媒の有無、なぜその方法が生み出されたのかなど研究分野は多岐にわたり、そしてその歴史は長い。
今日はそんな中でも特異な固有魔法というものについての授業だった。
固有魔法、それは特定の種族しか扱えない、あるいは特定の地域で、あるいは特定の一族だけが、様々な理由から一般には扱えない魔法を扱う魔導師の、さらに特定の条件が整わなければ扱えない魔法の通称だ。
例えばエルフは人間には扱えない精霊魔法という固有魔法が扱える。
つまり彼らは生まれつきの魔導師だ。しかも学べば人間の扱う魔法もちゃんと使える生まれつきの魔法チートである。
例えばイリスの桃色の髪ように、強力な魔力が外見にまで現れる高魔力保持者。彼らは通常の魔法よりも強力な高位魔法が扱える。そしてそうした強力な力を操れる彼らは自分専用の魔法を自ら生み出すこともある。これは厳密には固有魔法ではないんだけど、作った本人が世に広めないとその人しか扱えないので固有魔法に分類される。
例えば王家。彼らもとある固有魔法が使える。むしろそれがあるからこそブリューナクが王として頂いたといっても過言ではない。高魔力保持者とはちょっと違うんだけど、それはまた今度説明しよう。
そしてブリューナクもこの国最強の魔導師の地位に一族で立っている以上、非常に強力な門外不出の固有魔法を扱う高魔力保持者の一族だ。白髪や銀髪は別に珍しい色ではないけれど、僕らは本当に白い。
うん、詳しく説明すると普通の白髪は透明な髪があつまっているから白くみえるわけだ。透明なアクリル板を何十枚も重ねて、いやこれはわかりにくいか。 雪の白さとか分かりやすいかな。
つまりぱっと見よくある外見なのに高魔力保持者という詐欺一族といえる。
という事になっているし実際そうだけど、僕は魔法使えないんだよ!
「固有魔法を扱える人は非常に少ないですが、今年は幸いにしてブリューナク侯爵家の方がいますね。それではブリューナクさん、侯爵家が誇る偉大な固有魔法、是非みせていただけないでしょうか?」
なんて言われても困るんだよ!
そんな面倒かつ困る事を言い出したのは、魔導騎士科の魔法関連の授業を一手に引き受けている教師だ。
主に午後の実地訓練はロバートが、魔法についてはこの教師が引き受けているらしい。
他にも教師は何名かいるが、この2人と顔を合わせない日はないとイリスが教えてくれた。
そんな魔導騎士科の担任、あるいは副担任ともいうべき彼女、ドロシー=キュリオールがにこにこ笑顔で僕に這いよってくる。
どうしよう、大ピンチだ。
ジェイドをそっと盗み見るが……。
あ、あいつ窓際の席で外みてやがる! ちょっとは助けてくれてもいいんじゃないかな!?
ちなみに僕の席は後方でイリスの隣。
は、そうだイリスなら助けてくれ――
めっちゃわくわく見てる!? そうだよね、彼女は僕が魔法扱えないって知らないもんね!
それも魔導騎士科に合格する程度には魔法が扱えるのだから、固有魔法が見られると聞けばわくわくするのも頷ける。心なし、クラスメイトたちもわくわくしている気がする。
どうする? どうなる!?
弟にモンハンワールド借りてちょっとだけやってみたんですがすごい面白いですね。
本体を買うお金がないのでしばらくできそうにないですが、男キャラをツインテにできる喜び、プライスレス。




